九九話 邂逅
急いでヒロムのもとへ戻ろうと走るイクト。
その後を追いかけるシオンと真助。
なぜイクトがこんなに慌てているのか?
理由もわからない真助は走りながらイクトに尋ねた。
「敵の狙いがわかったのか?」
「そこまではわからない。
けど、嫌な予感しかしないんだ」
「敵はオレたちで倒した。
ここから合流すればまだ何とかなるだろ?」
「シオンの言う通りだ。
それに「一条」と組んでる可能性も確実じゃないだろ?」
そうじゃない、と真助の言葉を遮るように異を唱えるイクトはそれについて自分の考えを語った。
「なんで角王のリーダーがわざわざオレらを誘き寄せるような真似をしたのか気にならないか?」
「それは……」
「アイツらは「ハザード・チルドレン」という人道に反した実験までして兵力を稼ごうとしてる。
なら囮に使うならそっちの方がいいはずだ」
「……けど、そうしなかった」
「そう、そこには大きな意味がある」
「何?」
「ヒロムが鬼桜葉王に言われたって言ってたろ?
「一条」の目的としてヒロムとトウマが戦うことは不可欠、その結果で生まれるであろうものを求めてるって」
「なるほど……仮に「八神」と「一条」が組んだとしても互いの思惑通りに動く可能性は高くない。
となれば……」
「不確定要素だから何とも言えないけど……
「一条」はヒロムとトウマを戦わせた後に効率よく潰せるように「八神」の戦力を削ごうとしてる可能性はある!!」
「じゃあ今ヒロムのもとへ向かってる敵って「八神」ではなく……」
「ヒロムと接触して何かをしようと考えてるであろう「一条」だ!!」
***
同じ頃……
ユリナたちを守るように立つヒロムは目の前の少年の存在について何となくではあるが理解し始め、そしてこの少年の重要性について悩まされていた。
(コイツの気配だけで結論づけるなら間違いなくコイツは「魔人」の能力者だ。
けど、あの「一条」が未だ手掛かりすら掴んでないであろうその能力者がわざわざオレのところに現れたのは何でだ?
ただ「一条」から逃れるためにオレの前に現れたのか、何か思惑があって現れたのか……)
「……考えはまとまったか?」
少年はヒロムの心を読んだかのように話しかけてくるが、ヒロムは返事を返さない。
いや、返さないのではなく、下手な返事を返せないのだ。
ここでヒロムの安易な判断で下してしまうと後ろにいるユリナたちに何が起きるかわからない。
人質、言い換えれば守るべきユリナたちがヒロムにとってのそれになっている。
となれば、まずは必要なことを確認するのが得策。
目の前の少年の素性、その一部だけでも掴めればそれでいい。
「……オマエの名は東雲ノアル、か?」
まず誰なのかをハッキリさせる。
運のいいことに蓮夜の集めた情報の中に「魔人」の能力者の名前があった。
だからヒロムはその名を口にでき、それを用いて相手の素性を探ろうとしたのだ。
「ん……オレは名乗ったか?」
少年の反応、間違いない。
この少年がヒロムたちが探していた「魔人」の能力者の東雲ノアルだ。
よくよく思い出せば葉王はヒントとして白い髪と鮮血の瞳と言っていた。
どちらもこの少年に該当する。
となれば間違いなくこの少年が東雲ノアルだ。
「まあ、いいか。
どこで知ったかは知らないが、オレは東雲ノアルだ」
「……「一条」から脱走した能力者なんだよな?」
「そういうことになってるんだな、オレのことは」
「?」
妙だった。
少年の、東雲ノアルの今の言葉だと脱走したというのは後付けされたような言い方だった。
葉王はたしかにヒロムに言った。
親に捨てられた彼を「一条」が保護し、監視していたが、研究所への輸送中に脱走した、と。
なのになぜ……?
「その情報は誰に聞いた?」
東雲ノアルからの問いかけ。
それはヒロムの情報源を探ろうとしているのが明確だった。
が、ヒロムはそこで黙秘せず、答えを返した。
「オマエを監視していたと言う「一条」に属する鬼桜葉王だ」
「そうか……アイツか」
東雲ノアルはため息をつくと、ヒロムの後ろにいるユリナたちに視線を向ける。
何かされる、そう感じたヒロムは構えようとしたが、東雲ノアルからは戦意を感じられない。
「安心しろ、何もしない。
噂に聞いていた「覇王」と印象が違ったのでつい見てしまったんだ」
「噂?」
「歯向かう相手には情け容赦なく蹂躙するように潰し、人の思いにも耳を傾けない非情の戦士、てな」
「どんな噂だよ……」
たしかに敵に対して容赦はしないが、人の思いに耳を傾けないってのはひどい言われ方だ。
まあ、この間まではそうだったかもしれないのもたしかだが……
「……まあ、噂なんてそんなもんだな。
で、オマエはここで何をしている?」
ヒロムは話題を変え、本題に入った。
敵の可能性もあるが、それでも確かめなくてはいけない。
ヒロムがそう考えるのに対して東雲ノアルは違うことを思っていたらしく、意外な返事が来た。
「人を見ていた」
「ああ?
バカにしてんのか?」
「真面目さ。
……だからこそ、噂と違うオマエの姿を知れた」
「あ……?
おう……」
東雲ノアルのマイペースな言葉、それにヒロムは困惑してしまうが、それをかき消すように事態は大きく動いた。
「おいおい、まさかオマエがいるとはな……」
音もなく、何も無いはずの場所から赤髪の少年が現れ、東雲ノアルを見ながら話す。
「今までどこに逃げてやがった?」
「……双座アリス、なぜオマエがここにいる」
東雲ノアルはこの少年と面識があるらしく、その名を口にすると少し不快そうな顔をしてみせる。
「会いたくなかったんだけどな……」
「おい、こっちはオマエのせいですべて狂ってんだ。
抵抗することなく捕まれ」
「断る、オレは知りたいから自由を選んだ」
「知りたい?何をだ?
人を喰らうしかできない忌み子が人の姿で何を言うか……」
「……おい、オマエ誰だ?」
放置されたまま話を進める二人に苛立ってしまうヒロムは東雲ノアルが双座アリスと呼んだ少年を睨みながら問う。
「あ?
オレか?オレは双座アリス、「一条」の能力者だ」
「オマエもか……!!」
「そう警戒するなよ、姫神ヒロム。
オレはオマエと取引に来た」
「何?」
アリスの突然の言葉に疑問を抱くヒロムだが、そんなヒロムを無視してアリスは話を進める。
「当初はオレの計画に加担してもらうと考えてたが、ノアルが見つかったなら変更だ。
オマエ……そいつをこっちに寄越せ」
「渡すと思うか?
コイツは「魔人」の能力者、オレにとっては大事な鍵だ」
「鍵?人を喰らうしか出来ないやつがか?
そいつを連れていけばオマエは全てを失うぞ?」
「適当なことを……」
事実だ、とアリスが指を鳴らすとヒロムたちの周囲の景色が一切の音もなく一変してしまう。
ショッピングモールにいたはずなのに、今ヒロムたちはなぜか廃工場に似た場所にいるのだ。
「な……」
「これは警告だ。
次に歯向かえば相応の仕打ちを与える」
「何を……」
「次はこうする」
アリスは右の掌に魔力を出現させるとヒロムやユリナたちから少し離れた場所に向けてそれを放つ。
当然狙いは外して撃たれたために命中などしなかったが、突然のアリスの攻撃にユリナたちは怯えるしかなかった。
が、ヒロムはアリスに対して殺意を剥き出しにし、敵意を抱いていた。
「オマエ……!!」
「次は当てる、選択しろ。
素直にノアルを諦めて無事に帰るか、ノアルを手にするためにオマエ以外の命が消されるかをな」
「ふざけるな!!
なんでユリナたちを巻き込まなきゃならない!!」
「なぜ?
それくらいの価値しかないだろ、そんな無価値な存在」
「え……」
アリスの言葉、それを聞いたユリナやエレナは驚くが、あまりのことに驚きすぎて言葉が出てこず、アリスの言葉に恐怖を感じるだけだった。
「何を言ってやがる……?」
自分の耳を疑うヒロムはアリスに確かめるように問うが、アリスは同じようなことを繰り返し言った。
「そこにいる女たちには人質になるくらいの利用価値しかない。
能力もなく、力もない、守られるだけの飾りなら活用しない手はない」
「オマエ……それでも人間か?」
「ああ、人間だ。
オマエやノアルはともかく、そこの装飾共とは格の違う人間だ」
アリスのどこまでも身勝手でふざけた言葉、それを聞くヒロムの頭の中はもう苛立ちで抑えきれなくなっていた。
今まで自分が受けたような言葉にも似た言い方、それはまるでユリナたちが「無能」と言われてるようで我慢ならなかった。
「……訂正しろ!!」
「あ?」
「コイツらには心がある!!
誰かを思える優しさが、人のために動こうとする行動力や意思がある!!
それを……否定する言い方は許さない!!」
「ヒロムくん……!!」
ヒロムの言葉に明るさを取り戻していくユリナたち。
だが、そんな言葉でどうにかなるような人間でないのがアリス、ということらしい。
ヒロムの言葉に顔色を変えることも、何かを思ったような雰囲気もない。
「……理解不能だ」
ヒロムの言葉をただ一言で否定してしまうアリスはそれについて語り始めた。
「この世界に必要なのは力を持ち力を行使できる戦士だけ。
それ以外は不要、飾りなんてどんな理由を与えても無価値だ」
「オマエ……!!」
だったら、と東雲ノアルはアリスに敵対するかのようにヒロムの前に立ってアリスを見て告げる。
「オマエの言葉が正しいのか証明してみろ。
オマエの否定する人の可能性はその力の前でどうなるのか見てみたいだろ?」
「……あくまでオレではなく「覇王」に味方するか?」
「ああ、コイツならオレの見たい理想を見せてくれそうだからな」
理想、それが何を表すのかはわからない。
が、今ヒロムやユリナたちの前で東雲ノアルはアリスに敵対する姿勢を見せた。
ヒロムにとって今はそれだけで大きな意味があった。
「……双座アリスを潰す」
「ん?」
「オマエは手を出すな」
「残念だが、オマエは彼女たちを守るんだろ?
だったらオレも手伝う」
「……何?」
「安心しろ。
背中から襲おうなんて思わないさ」
ノアルの言葉を安直に信用していいものかと言われれば定かではないが、これだけはわかる。
ヒロムは今、ノアルの言葉を聞いて味方になってくれると感じていたのだ。
ヒロムはユリナたちを見つめ、大丈夫だと伝えようと微笑むと一言言った。
「……すぐに終わらせるから待っててくれ」
「う、うん!!」
ヒロムはユリナたちを見ながら告げると、ノアルの隣に並び立つ。
「……オマエを信用したつもりはない」
「それでいい。
オマエは彼女たちのため、オレはそんなオマエが何を表すのかをみたいだけ。
そのための共闘だ」
「……恥ずかしいセリフを言いやがって」
だが、悪くない。
ノアルの言葉に恥ずかしいと思いつつもそれはそれで面白いと感じたヒロムは拳を強く握ると構えた。
「いくぞ……その身に宿す魂燃やしてオレを滾らせろ!!」