九八話 戦撃
遡ること五日前。
ヒロムの屋敷の地下にあるトレーニングルーム。
ヒロムとシオンはそこにいた。
「何の用だ?」
ヒロムがここへ呼び出したのではないらしく、シオンに対して説明を求めていた。
「頼みがある。
オレとここで戦ってほしい」
「ああ?
何のためにだよ……」
「オレが強くなるためだ」
「そんなことのため……つうか、戦うだけで強くなれるのか?」
「ああ、オレなら……「月閃一族」のオレなら可能だ」
どういうことだ、とヒロムが説明を求めるようにシオンに言おうとすると、それよりも先にシオンが語り始めた。
「オレたち「月閃一族」の血を宿す人間にはその血があるからこそ発動できる力がある。
それは戦うことで経験したことを学習して力に返還する戦闘種族として強くあり続けるための力だ」
「ふーん……ってことは真助も持ってるんだな?」
「というよりはアイツが先にその力に目覚めていて、あとからオレも目覚めさせられた感じだがな」
「まあ、理由はわかった。
戦うたびに強くなる力なら戦うのはセオリーだな。
けど、その相手がなんでオレなんだ?
同じ力を持つ真助とやった方が……」
簡単な話だ、とシオンはヒロムに対してその理由を話す。
「オマエと一度戦ったから言えることだが、単純な身体能力はオレら「天獄」の中では群を抜いて高い。
機動力も攻撃力も判断力も高い、そして何より「流動術」という先読みもあって予測能力も高い。
そして精霊の使役とその力を共有する技術も得ている」
「……つまり、オレと戦う上で「ソウル・ハック・コネクト」を交えた戦術で多くの経験を得たいと?」
「まあそんな感じだ。
オレが全部言う前に全部理解してくれて助かる」
「けどいいのか?
オレが精霊召喚したらオマエ……」
ヒロムが心配していること、それはシオンもわかっていることだ。
ヒロムと初めて戦った時、ヒロムの圧倒的な力の前に苦戦したのは事実だが、何よりも敗北した原因はヒロムが召喚した精霊、アルカとテミスの出現によるものだ。
女嫌いを見抜かれ、そこを突かれる形で敗北したシオンだが、この戦闘自体も強くなるためというならヒロムは精霊を召喚するに違いない。
そうなった場合、シオンの女嫌いはどうするのか?
するとシオンはため息をつくとヒロムに告げた。
「そこは気にしなくていい。
何なら好都合、少しでも克服できるなら加減せずに頼む」
「……わかったけど、確認していいか?」
シオンの言葉を聞いたヒロムはシオンとの戦闘については承諾するが、その上で気になったことを確認した。
「この戦闘ってのはオレが危険だと感じたら止めていいのか?」
「いいや、殺す気でやってくれ。
そうでもしないと意味がない」
「いや、あんまりやりすぎると……」
「ハルカがうるさい、だろ?
わかってるさ……だけど、これはアイツを守れるようになりたいオレの意志だからな」
「オマエ……」
「理由はどうあれ戦うことに変わりはない。
それはオレもオマエも変わらない」
シオンの言う戦う理由。
それはヒロムがユリナたちを守るために戦うと決めたことと変わりなく、そして同じ志を持っているということになる。
ならばヒロムも止める理由はなくなった。
「先に言っておくけど……最初から飛ばすぞ?」
「ああ、それでいい。
でないと戦う意味ないからな」
シオンはコインを取り出すと天高くへと投げる。
なぜコインを投げたのかはヒロムは理解しているらしく、シオンから少し離れると深呼吸して構える。
「……落ちたら合図なしでスタートだからな?」
「ああ、わかっている」
コインは高く上がるところまで上がると勢いよく降下を始め、一気に地面へと落下する。
コインが落ちた音、それが響くと同時にヒロムとシオンは動き出す。
「いくぞ、オラァ!!」
「来いや!!」
***
現在
「オラァ!!」
獅角に対して猛攻を食らわせようと接近して殴りかかるシオン。
だが、獅角は右手に魔力を纏わせるとシオンの拳を殴り返す。
「!!」
「先程は不意を突かれたが、同じ手は食らわん」
「そうかよ!!」
シオンはそれでも攻撃をやめず、雷を纏うと獅角を翻弄しようと動き回るが、獅角はシオンを追おうとしない。
「コイツ……」
獅角の行動、それがどういうことなのかはシオンにも真助にも一目で理解できた。
(アイツ、シオンの動きが止まるのを待ってやがる!!
縦横無尽に動くシオンを追わずに力を温存して仕留めるために……)
「だとしても!!」
真助が獅角の行動に注意する中、シオンは雷を激しく、大きくすると獅角の体に拳を叩きつける。
が、獅角はビクともしない。
「その程度か?
武器もなしにあの「無能」の真似事で勝てると思ったか?」
獅角はシオンの体に蹴りを入れると、右手に魔力を纏わせてシオンを殴り飛ばす。
「がっ!!」
「シオン!!」
「大丈夫!!」
シオンを心配する真助だが、イクトが指を鳴らすと、影の腕がシオンを救出してみせる。
「ナイスだ、イクト!!」
シオンは影の腕を足場代わりにすると走り出し、獅角に襲い掛かるが、獅角はそれを避けてしまう。
「ちぃ!!」
「どうした?
さっきまでの勢いはなくなったか?」
「どうかな!!」
シオンと獅角、二人が同時に殴りかかる。
拳と拳がぶつかりあい、これまでの戦闘から獅角が力で勝ると思っていた。
が、シオンの拳は魔力を纏っており、獅角の拳を殴り返してしまう。
「!!」
「オラオラァ!!
どうしたあ!!」
シオンは魔力と雷を拳に纏わせると獅角に殴りかかる。
「オマエの力はこの程度かよ!!」
「黙れ!!」
獅角が魔力を身に纏うと、その周囲に三頭の魔力の獅子が現れる。
「レグルス・トライ・ハウリング!!」
三頭の獅子が獅角の合図とともに雄叫びを上げ始める。
「……うるせえ!!」
三頭の獅子は雄叫びを上げながらシオンに襲い掛かろうとするが、シオンは魔力と雷を纏わせた拳で次々に破壊していく。
「な……」
今の攻撃が防がれると思ってもいなかった獅角は驚きを顔に表し、それによって動きが止まってしまう。
シオンはそれを見逃すことなく全身に雷を纏うと獅角に攻撃を放ち、ダメージを与えていく。
「この……!!」
「これが角王の力?
笑わせるな」
シオンは右足に雷を集中させると連続蹴りを獅角に放ち、それを受けた獅角は蹴りによる思い攻撃と雷による攻撃で一瞬意識が飛びそうになった。
かろうじて意識は保った獅角だが、シオンに追撃の時間を与えてしまうことになり、さらに攻撃を受けてしまう。
「オレからすればオマエなんかよりヒロムの方が強い!!」
「……!!
黙れ!!」
ヒロムの名を聞いた瞬間に血相を変える獅角。
シオンの攻撃を間一髪で避けた獅角はシオンを弾き、距離をとるように跳ぶと魔力を纏い、体が徐々に大きくなっていく。
「!?」
「あんな「無能」と一緒にするな……!!
オレは……オレはああああ!!」
徐々に大きくなっていく体は毛に覆われ、骨格も変化していく。
シオンと真助にはそれに覚えがある。
以前は鬼桜葉王が倒したがために問題なく終わったが、今は違う。
その名に違わぬ獅子の獣人となった獅角はシオンに音もなく接近すると蹴りを放つが、シオンはそれをギリギリで避ける。
「くッ!!」
「オマエたちが抗っても世界は変わらない!!
すべては我々が……我々の前で貴様らは無意味な存在に成り下がる!!」
「そんなことは……」
「試してみるか?」
シオンの言葉を遮るように真助は獅角の背後に現れ、何かを取り出す。
両手にそれらを持っていた。
黒い柄の、二本の小太刀。
波打つような刃紋、刀身からは見るものを圧倒するような力が伝わってくる。
「コイツの……霊刀「號嵐」の切れ味を!!」
真助が小太刀に小さな黒い雷を纏わせる。
たかがその程度、獅角の目にはそう映っていた。
が、獅角がそう判断した瞬間、真助の二本の小太刀が纏った黒い雷は真助の身の丈の倍以上の大きさへと大きくなっていく。
「!!」
驚く獅角に真助は小太刀を振り下ろし、斬撃を放ち、黒い雷と刃で獅角の体に大きな切り傷を刻む。
ダメージを受けた獅角は膝をつき、右手で傷口を押さえようとするが、その行動を邪魔するように真助は小太刀で突きを放ち、獅角の両肩を抉ってしまう。
「ぐっ!!」
「これが二本一対の小太刀の霊刀「號嵐」の力」
「そして!!」
ダメージを負う獅角の体を拘束するように無数の影の鎖が彼を縛り上げ、さらに黒い弾丸が獅角に襲い掛かる。
「!!」
「これがオレの後方支援特化型影死神・「影銃死」だ!!」
黒い弾丸が飛んできた方向にはイクトがおり、イクトは瞳を金色に輝かせ、黒いマントと黒い銃を構えていた。
黒い銃、それは純粋な銃器ではない。
イクトが影で作り上げた影の武器だ。
「オレたちが無意味な存在?
そう思うなら立てよ、オレたちはまだやれるぞ!!」
「貴様ら……!!」
「そうだ、オレは止まらない!!」
シオンは雷を纏い、さらに全身から雷を放出すると獅角の周囲を駆け回る。
翻弄するようでありながら、加速するために速度を増しながら駆けている。
「オマエがヒロムの真似事と否定したオレの戦いはヒロムと共に完成させたオレの新しい力!!
己の信念と覚悟を貫き通すための、オレの意志を強くするための力だ!!」
獅角の目に映らぬほどの速度に到達したシオンは身の丈の数倍の雷を右手に集中させると、それを獅角に叩きつけ、獅角を大きく吹き飛ばした。
「失せろ!!」
獅角は何度も地面に叩きつけられるように吹き飛び、そしてその過程で元の人の姿に戻ると意識を失い、地面に寝転がるように倒れてしまう。
起き上がる可能性もある。
シオンと真助、イクトは警戒して構える。
が、起き上がる気配もなく、獅角のほかに敵がさらに出現する気配もなかった。
「やったか?」
イクトは影を元に戻すと武器を下ろす。
真助も小太刀を鞘に納め、シオンも雷を消す。
三人とも軽傷だが、想定の範囲内でのダメージ。
それだけの結果で角王を倒したが、三人は喜ぶこともしない。
いや、喜ぶ以前におかしいと感じていた。
「……シオンと真助は気づいてたか?」
「ああ……」
「まあ、な」
イクトの言葉に二人は頷き、そして三人は周囲を見渡す。
そう、三人が感じているものは今自分たちがいる場所を考えれば不自然すぎる静けさに満ちているのだ。
「なんで騒ぎになっていない……?」
「つうか、なんでオレらだけしか人がいない?」
あれだけの雷の音を轟かせ、さらに激しく戦っているのに警報もなっていないし、ショッピングモールという場所上、客が姿を見せ、目撃されてもおかしくない。
なのにそれらが一切ないのだ。
「こんだけ派手に暴れてるんだぞ?
いくらこいつらが「八神」でも……」
「さっきまで人がいたはずの場所から人を消したってことか?」
「いや違う……」
何かに気づいたイクトは慌てて戻ろうとする。
が、どういうことかわかっていない二人はイクトに説明を求めた。
「どうしたんだ?」
「大将が危ない!!
この戦闘はオレたちを対象から確実に引き離すための囮だったのかもしれない!!」
「けど角王は……」
「おい、まさか!!」
「ああ、「八神」の角王と「一条」が手を組んだ可能性がある!!」