九四話 違思
「どういうことなの!?」
アキナの一言により、ユリナはの顔つきは一変し、ヒロムから真意を聞こうと迫るが、ヒロムはユリナから目を逸らしている。
アキナの言葉が聞こえたらしく、リサとエリカも駆けつけ、ヒロムをじっと見ていた。
「えっと……」
「ちゃんと説明して」
ユリナは真剣な眼差しで迫るが、ヒロムは言葉を詰まらせ、一向に話そうとしない。
こんなに真剣になっているのになぜ言ってくれないのか?
ヒロムは何かやましいことがあって言えないのか?
ヒロムが言おうとしないで時間が過ぎていく一方で、それはユリナの中で不安を生んでしまう時間となりつつあった。
「……言ってくれないの?」
「その……言いにくいんだ」
「どうして?」
ヒロムがこれまであえて言わなかったということは何かユリナたちには言いづらいことがあるのだろうということは想像できる。
が、それはなぜなのかわからない。
「ヒロムくん、こっち見てくれる?」
目を逸らすヒロムに対してまずユリナはこちらを見てもらおうとお願いするが、ヒロムは応じてくれない。
おそらく、ユリナが可能とするヒロムの表情などから考えを読む特技を警戒してのことなのだろう。
が、このままでは話が進まないし、ユリナにとっては不安はもちろん、ヒロムに対して不信感を抱くことになりかねない。
「……」
話そうとしないヒロムを前にユリナはため息をつくと、エレナの方を見て、彼女に尋ねた。
「エレナちゃん、ヒロムくんの代わりになるけど教えてくれる?」
「えっと……」
ユリナに尋ねられたエレナはヒロムのように目を逸らすことはないのだが、ヒロム同様話すことをなぜか躊躇している。
それほどまでに言いたくないことなのだろうか?
ユリナの中でハッキリとさせて解決したいこの話だが、渦中にある二人が答えてくれない。
となれば……
「あの……」
ユリナはアキナの方を見ながら恐る恐る質問した。
「アキナさんは教えてくれますか?」
「アキナでいいわよ。
私の知ってる範囲でいいなら教えるわよ?」
「お願いし……」
わかった、とヒロムは頭を掻くとユリナに向けて話した。
「話すよ。
なんで言わなかったかもな」
「ちゃんとだよ?」
「わかってる。
けど……聞かない方が良かったとか言うなよ?」
「……?」
ヒロムの言葉、「聞かない方が良かった」の部分が理解出来なかったユリナは首を傾げ、そしてリサとエリカにそれについてわかったか確かめようと二人を見たが、二人も首を傾げている。
そんな三人のことなどお構いなしにヒロムは今渦中にある話題について語り始めた。
「端的にいえば……エレナは婚約者だった中の一人だ」
「だった?」
「一人って……」
「チカもアキナもその中の一人だ」
「ええ!?」
「そんで……」
待って、と次々に語っていくヒロムの話しをユリナは中断させると、一つ質問した。
「どういうこと?
エレナちゃんだけじゃなくて、チカやアキナさんも婚約者だったって……どうしてそんなことになったの?」
「……「無能」と呼ばれ、何もかもに興味をなくしたオレが中学に入学するその年に遡ることになる。
母さんと蓮華さんはこれ以上オレが自分を追い詰めないようにフレイたち以外の心の支えになる存在をオレに作らせようと考えたらしい」
「らしい、てことはハッキリとわからないの?」
リサの質問にヒロムは少し間を置くと、それについて答えを返した。
「……いや、この婚約のことで話をしたことがあるが、どうもそういう風にしか思えなかった」
「でもそれは……」
「推測でしかない、って言いたいのか?
まあ、アキナの言い分はわかるけど……肝心なのはそこじゃない」
アキナの言葉を遮るようにヒロムは話し、そしてため息をつくと、深刻な面持ちで続きを語る。
「母さんと蓮華さんはオレと相性が良いと思われる「姫神」の関係者および親睦のある家系などから何人か選び、中学に入った頃から順番にオレは面会し、数日間互いを知るために共同生活を余儀なくされた」
「共同生活……って一つ屋根の下で思春期男子が!?」
リサが大袈裟なリアクションを見せるも、ヒロムはスルーし、エレナを見ると申し訳なさそうに言った。
「エレナはその共同生活における最初の婚約者、アキナは二番目、そしてチカはその共同生活の最後を飾った。
とくにエレナとオレは相性が良かったこともあって今でもエレナとの婚約関係は続いてるのではないかと噂されている」
ストップ、といつの間にかその場で話を聞いていたハルカが挙手するとヒロムに質問した。
「アキナさんの言い方だと姫神くんが今の婚約者はエレナちゃんって捉え方になるんだけど……アナタの言い方だと最初からエレナちゃん以外には興味がなかったの?」
「いいや……最初から誰にも興味はなかった」
ヒロムの告げた言葉、それを聞いたユリナたちは言葉を奪われる。
別に特に変わった言葉ではない。
だが、ヒロムのその言葉を聞いたユリナたちは何かを言おうとしたはずなのに、その言葉を、何を言おうとしていたのかを忘れたかのような状態にされたのだ。
「どういうこと……?」
なぜなのか、それを知るためにユリナは勇気を出して尋ねる。
それに対してヒロムは迷うことも躊躇うこともなく答えるが、その目にはいつもある優しさや普段のヒロムらしさはなく、どこか冷たく、人を見るには適さぬほどに冷めたものだった。
「……これまでオレは「姫神」の優しさもあって大抵の事は許容されていた。
地下のトレーニングルームも、この屋敷も、オレが好きにしていいことになってるのもそのためだ。
けど……あの日の共同生活は違う」
「違うって?」
ヒロムの言葉にユリナではなく、ハルカが反応し、それについての真意を説明するよう求めてくる。
ヒロムもそれには気づいており、簡潔に答えた。
「……何も感じなかった、それが本音だ」
どうして、とハルカが強く問い詰めようとしたその時だ。
チカがハルカを止め、それ以上はやめてほしいと言わんばかりに首を横に振る。
「……チカさん?」
「悪い、ハルカ……説明が足りなかったな。
中学に入学するより前……十歳の誕生日の時、オレはトウマに決別された。
それ以来、オレは他人に対して信用することを忘れ、いずれ捨てる関係だと思うようになったんだ」
「だから何も感じなかったの?」
「ああ、干渉したら感じれたのかもしれない。
でもオレは相手を疑ってそれを拒んだから感じなかった」
「だったら今からでも……」
違うんです、と今度はエレナがハルカに向けてヒロムのことを説明した。
「ヒロムさんは……私たちを巻き込まないために距離を置かれてたんです」
「え……?」
どういうことなのかわからないハルカ。
そんなハルカにアキナは優しく説明した。
「他人に対して疑ってる所は私たち皆面会した時から知っていたの。
それでもエレナも私もヒロムのことを知ろうとして頑張ったわ」
「じゃあ……」
「でもね、ヒロムは十歳で理解したのよ。
自分の命が家を継いだ弟に狙われることを誰よりも早く察知してたの……だから私たちを巻き込まないために距離を置いて、冷たくしてたの」
「あっ……」
『なんでここに来た!!』
ユリナは自分がトウマと初めて会ったあの日、ヒロムが言った言葉を思い出した。
あの言葉、あの時はユリナが自分の気持ちを伝えていたが、今の話を聞いて思い返すと、ユリナは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
それに狼角のときもヒロムがユリナの言葉に振り向こうとしないで行ってしまったのも……
「……もしかして、ヒロムくんは私たちを巻き込まないためにわざと隠してたの?」
「……」
「トウマと出会った日も私が来た時に怒ってたのはあの人たちと会わせたくなかったから……この間の時も、私たちのせいで……」
「それは違う。
オレがそうしたかったからだ」
でも、とユリナは自分の情けなさに涙を流しながらヒロムに何かを言おうとするが、ヒロムはそれよりも先にユリナに言った。
「……オレがどんなに突き放してもオマエらはついてくる。
わざわざ離れるように遠ざけたのにチカもエレナもここに来た。……あとアキナもな」
「ついでみたく言わないでよ」
「……オレと会わなきゃ好きなことやって、女子高生らしく放課後を楽しんだりしてたはずだ。
オレと関わって人生が狂った……だからこれ以上……」
「巻き込みたくないから遠ざけるの?」
ヒロムの言葉の途中でユリナはヒロムに尋ねた。
「自分のせいで私たちがやりたいこと出来なくなったって言いたいの?
私たちはヒロムくんに何もかもを台無しにされたって言いたいの?」
「それは……」
「ヒロムくんにとって私たちはそんなに弱い存在なの?」
涙を流しながらヒロムに次々に問いかけるユリナ。
そんなユリナにヒロムはどうしていいのかわからず、言葉を詰まらせる。
するとリサがヒロムの手を握りながら、ユリナの言葉に続くように話し始めた。
「ヒロムくんは不器用だからヒロムくんなりに頑張ってたんだと思うけど、私たちだってアナタのことを思って自分の意思でそばにいようとしてるの。
巻き込まないためにって言うけどね、私たちの気持ちを聞かないのもダメだと思うわ」
「それは……」
そうだよ、とエリカはリサの手の上に自分の手を重ね、その状態でヒロムに伝える。
「皆ヒロムくんのことを想ってそばにいることを選んでるの。
何よりもヒロムくんといたいからこうしてここに集まってるんだよ?」
「……」
(あれ……私はシオンくん一筋なの忘れられてる!?)
ハルカが内心心配する中でエリカはそれを無視してヒロムに伝えた。
「これからは向き合ってくれるんでしょ?
だったら今までみたいなことは考えないでね?」
エリカのお願い、それにリサもチカも頷き、ユリナも涙を拭うと大きく頷いてヒロムを見つめる。
その視線にヒロムはため息をつくと、頭を掻き、そしてユリナたちを見ながら一つ質問した。
「……オレがどんな道を選んでも、オマエらはついてくるのか?」
ヒロムの言葉、それを聞いたユリナ、リサ、エリカ、チカ、アキナ、エレナは互いに顔を見合わせて頷くと、笑顔でヒロムに答えた。
「「もちろんだよ」」
「そうか……」
はぁ、とヒロムは深いため息をつくと、両手で自分の両頬を勢いよく叩く。
突然のことでユリナたちは驚いてしまうが、ヒロムの顔つきが変わり、そしてヒロムはユリナたちに伝えた。
「……これからもオレのわがままに付き合ってくれるか?」
ヒロムの言葉にハルカ以外の皆は全員で声を揃えて返事をした。
「「はい!!」」
***
散歩から帰ったイクトと真助はリビングに通じる外の扉の前で中のヒロムたちの会話を聞いていた。
「……なるほど。
大将も色々考えてたんだな」
「ま、一方的な押しつけでしかなかったらしいがな」
感心するイクトに反して真助は呆れていた。
が、呆れている真助も心のどこかではヒロムのことを認め、評価している部分はあった。
「これからはお嬢様方と向き合うって言ってたが、本当に向き合うことにしたんだな……」
「有言実行ってやつ?」
「そうなるな。
まあ、言ったからにはやる男なのはここ最近のアイツを見ててわかってるがな」
ところで、と真助はイクトに一つ質問した。
「オマエさんも女と良好か?」
「……夕弦のことか?」
「ああ、あの女は強くていい女だ。
オマエに気がありそうだぞ?」
「だといいけど……って申し訳なくて見舞い来てくれてた感じだから怪しいけどな。
つうかよく見てるなぁ……」
「これでも裏で生き続けるために色んなヤツと接触し、見てきたからな。
……こんな風に平穏な日々ではなかったがな」
「なるほどねぇ。
じゃあ……」
「何してる?」
真助の言葉にイクトは興味津々でいるが、そんな時、シオンがやってくる。
トレーニングルームでの特訓後そのまま来たらしく、汗だくになっていた。
「うわっ、汗臭っ!!」
「うるさいぞ、死神。
それより、何をしてる?」
「……オレらの王様が中で決意を固めてるのさ」
「は?」
「ま、そういうことだ」
訳が分からん、とシオンはため息をつくと、真助とイクトに向けてヒロムのことで一つ訊いた。
「……その決意ってのは真っ当なものか?」
「ああ、オマエと同じ愛のためにな」
「……なるほど。
ヒロムもそのために戦うのか」
ヒロムの決意について聞いたシオンは笑い、そして真助とイクトに向けて告げた。
「……アイツは大変そうだ。
だから、オレらで敵を倒すか」
「それは悪くないな」
「大将のため、やりますか」




