九三話 驚想
「いやあ、満喫したわ」
ユリナたちが用意したイクトの退院祝いの豪華な食事を堪能したイクトはご機嫌な様子でソファーに座っていた。
そうか、と他人事のように適当な言葉で返すヒロムは呑気にテレビを見ていた。
真助とシオンもその場にいるが、特に反応する様子はない。
「……にしても、いつの間にかこの屋敷もにぎやかになったな」
「ここはオレの屋敷なんだが?」
「細かいこと気にするなって。
それににぎやかなのも面白いだろ?」
「まあ……アイツらが喜ぶならいいかもな」
テレビを見ていたヒロムは後片付けをしているユリナたちの方に目を向ける。
後片付けをする彼女たちはとても楽しそうに満面の笑みを浮かべながら言葉を交わしながら作業をしている。
それを見たヒロムは何かを彼女らに言うわけでもなく、一人納得するとイクトに言った。
「賑やかかどうかは別として、ああいうのも悪くないとは思うかな」
「えっと……大将?」
何かおかしなものでも見たか聞いたのか、イクトは驚いた表情でヒロムを見つめていた。
何か変なことでも言ったのかと思ったヒロムは真助とシオンを見るが、二人ともわからないとして首を横に振った。
「何かおかしかったか?」
気になったヒロムはイクトに直接聞くことにした。
質問されたイクトは一瞬動揺するが、すぐに何を驚いていたのか答えた。
「あの鈍感な大将が姫さんたちのこと考えてるなんてびっくりするだろ?」
「オマエの中のオレはどんなイメージなんだよ……。
まあ、今更かもしれないけどな」
「いいじゃん!!
前に進もうとして決めたことなんだろ?
オレは応援するぜ!!」
イクトは満面の笑みでヒロムに気持ちを伝えるが、その笑顔に何か思ったのかヒロムはため息をつくと目を逸らした。
「大将!?」
「……暑苦しい友情とかは苦手なんだよ」
「いやいや、大将の決意を……」
お待たせしました、とイクトの話を遮るようにエレナが四人分のコーヒーを運んできて手渡していく。
「おう……」
ヒロムはエレナからコーヒーを受け取ると一口飲み、真助とシオンも受け取るとそれを飲んだ。
「どうぞ」
エレナにコーヒーを手渡されたイクトは一礼するのだが、エレナのそのきれいな顔に見惚れてしまい、じっと見つめてしまう。
が、明らかに堂々と見つめてしまったせいでエレナは少し困惑した様子でイクトから目を逸らすと、慌ててヒロムの隣に座った。
「あ……ごめん」
「い、いえ……こちらこそすいません」
「エレナに変なことしようとするなよ?」
しねぇよ、とイクトはヒロムの言葉に対してため息交じりに否定するが、エレナのことが気になってしまい、彼女についてヒロムに尋ねた。
「というか、大将にはまだこんな美人さんの知り合いがいたんだな。
どういう関係なのさ?」
「あ、あの……」
「それはエレナを狙っての質問か?
それとも関係性を知りたいがための質問か?」
「好奇心からだよ。
大将って意外とモテるみたいだしさ」
「……そうか。
まあ、エレナとオレは……」
ダメです、とエレナはなぜか慌ててヒロムの口を手で押さえて塞ぎ、言葉を遮ってしまう。
何かまずかったのだろうか?
気になったヒロムはエレナの手をゆっくり離させると尋ねた。
「言っちゃダメなのか?」
「い、いえ……なぜか恥ずかしくなってしまいまして……」
顔を赤くし、恥ずかしそうに答えるエレナ。
原因がわからないため、何があったのか不思議そうに彼女を見るヒロムにイクトは何の前触れもなく、そして何の迷いもなく直球の質問を繰り出した。
「お二人って付き合ってる?」
「あ?」
「ええ!?」
イクトの直球すぎる質問、それを受けたヒロムはおかしなこと言っていると思っている顔をするが、一方でエレナはさらに顔を赤くして驚き、どこか慌てていた。
「へ、変なことを言わないでください!!」
「えっと……付き合って……」
「大丈夫?」
心配になったのかやってきたユリナがエレナに声をかける。
ユリナの言葉にエレナは大丈夫と頷き、それを確認したユリナはイクトに注意した。
「ダメだよ?
エレナちゃんをいじめちゃ」
「あ、いや……いじめてはないんだよ、姫さん?」
「でも嫌がってるみたいだからやめてあげてね?」
「う、うん……ごめん」
イクトは申し訳なさそうにエレナに謝り、エレナもそれに軽く頭を下げた。
一件落着、と思ったヒロムだが、気が付くとエレナと同じようにユリナが自分の隣に座っていることに気が付く。
「どうかしたのか?」
「え、ううん。
何でもないの」
「?」
「……」
(なるほど……)
ユリナの反応から何かを察した真助は不敵な笑みを浮かべ、そして何か閃いたのか指を鳴らすとユリナに言った。
「お姫さん、かわいいとこあるじゃないか」
「え!?
何のことかな……?」
わざとらしいくらいの誤魔化し方をするユリナだが、それを見たイクトも真助が察したものを気づき、真助に続くようにユリナに言った。
「そういう気分なんだろ?」
「えっと……」
「さっきから何言ってんだ?」
この状況下で何が起きてるか察していないヒロムは不思議そうに真助とイクトに訊くが、二人は楽しそうな笑みを浮かべるだけで何も言おうとしない。
「おい、聞こえてるか?」
「いやいや、聞こえてるよ?」
「まあ、自分で考えてみろって」
「ああ?」
***
しばらくするとシオンは特訓がしたいと言い出して地下の特訓用のルームへと向かい、真助はイクトと散歩に向かうと言って出ていった。
で、テレビを見ているヒロムの両隣にはユリナとエレナが座っている。
二人ともなぜか顔を少しだけ赤くしており、恥ずかしそうにしている。
「……」
二人が何を思っているのか、それは多少なりとも気になるヒロムなのだが、考えてもいまいちわからないため、ため息しか出なかった。
「ど、どうかしたの?」
「だ、大丈夫ですか?」
ユリナもエレナもどこか緊張したような声でヒロムのことを心配してくるのだが、ヒロムからすればそんな二人の方が心配になってしまう。
「……変に気を遣うことないぞ?
何かあるんなら言えよ?」
「あ……うん……」
「は、はい……」
ヒロムの一言を受け、二人は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとした。
深呼吸した成果なのか二人の顔色は良くなっていき、これなら問題ないかとヒロムは思った。
が、しばらくするとすぐにまた二人の顔は赤くなっていき、振出しに戻ってしまう。
「あ~……」
(原因がわからないから何とも言えないな……)
ヒロムはどうしたものかと考えてみるも、原因が何なのかわからないためにどうすればいいかわからないままだ。
だが二人の様子がおかしいのもたしかだ。
それを見過ごすこともできない。
どうしたものか、いつの間にかヒロムまで悩む羽目になったのだが、思わぬ助っ人が現れ、ヒロムはその人物に頼ることにした。
「何をされてるんですか?」
やって来たのはチカだ。
チカはコーヒーの入ったカップを四つと小さな容器に入れられたミルクと角砂糖をトレーに乗せて運んできており、ヒロムに一つ渡すと次にユリナとエレナに渡し、ミルクと角砂糖を二人の前に置いた。
「良かったらどうぞ」
ありがとう、とユリナとエレナは砂糖とミルクをコーヒーに入れ始めるが、ヒロムは何も入れることなくそのまま飲み始めた。
が、一口飲んだ後、すぐに問題になっている案件について相談した。
「チカ、この二人の様子がおかしいんだが、わかるか?」
「えっと……」
チカはヒロムに言われ、確かめるようにユリナとエレナを見る。
二人とも少し頬を赤く染めて、ヒロムに対して恥ずかしそうにしている。
それくらいしか見てわかることはないが、チカはそれらからヒロムにあることを尋ねた。
「ヒロム様は恋をされたことはありますか?」
「……恋?
どういう……」
「「チカ!?」」
チカの言葉が何を意味するのかわからないヒロムに対して焦りを見せるユリナとエレナ。
そんな二人に落ち着くように目で合図を送ったチカは、そのままヒロムに質問した。
「ヒロム様は好きって何だと思いますか?」
「一応聞いておくが、関係あるんだよな?」
ありますよ、とチカは笑顔で答えるが、ヒロムはそれによって悩まされる。
何を意味しているのか、今の二人の状態にどう関係しているのか、考えても答えは見つからない。
「さっぱりわからん」
「そうですか……。
では、likeとloveの違いってわかりますか?」
「ああ?
好きってことに変わりはねぇだろ?
違うっていったら……likeは親近感、尊敬でloveは愛だろ?」
その通りです、とチカは笑顔で手を叩くとユリナとエレナを見ながらヒロムに伝えた。
「このお二人は今、ヒロム様を愛されています」
「「チカ〜!!」」
ユリナとエレナは慌てて止めようとするも時既に遅し。
チカの言葉はヒロムに伝わっており、それを聞いたヒロムも少し驚いたような顔をする。
が、そんなヒロムの口から出た言葉は三人の予想をはるかに超えていた。
「……いやいや、そんなんでこんな風になるのか?」
「え?」
「ヒロム様?」
「ん?」
ヒロムの言葉に困惑するユリナたちとそんなユリナたちの反応をおかしく思うヒロム。
「少しお時間をください」
チカはユリナとエレナを連れ、少し離れた所でヒロムに聞こえないように話し始めた。
「あの……私の言葉が悪かったのですか?」
「むしろチカのおかげで私もエレナちゃんもドキドキしてるよ?」
「気づかれてないのですか?」
「ヒロム様の反応からだと……」
「あんなにチカがヒロムくんにハッキリ伝えたのに?」
「ですが……」
おーい、とコソコソ話をする三人に遠くから声をかけるヒロムだが、三人は振り向こうともしない。
「……何なんだよ、ったく」
ヒロムはため息をつくとコーヒーを口にし、そして少しだがチカの言葉を思い出す。
『このお二人は今、ヒロム様を愛されています』
あのチカの言葉を思い出すと、ヒロムの頭の中はなぜかグチャグチャになってしまう。
冷静さが消えてしまうような、考えがまとまらないような状態になってしまう。
(そんなわけねぇ……とは思うけど……。
あの二人の反応、なんか怪しいな……)
ヒロムはユリナとエレナを見ながら少しは頭の中を整理しようとする。
が、頭の中で整理してもすぐにそれを否定してしまう。
「ないないない。
オレなんかのことを……」
好きなわけがない、そう言おうとしたヒロムだが、それを言ってしまうと何かを終わらせる気がしてしまい、言えなかった。
そして今一度考え、そしてある答えを出した。
「……本当かどうかなんてすぐにハッキリさせなくていいか。
少しずつ、知っていけばいいさ」
「ねぇ、ヒロム」
するとヒロムの背後からアキナが抱きつき、そしてある質問をした。
が、この質問がユリナたちにとって衝撃的な質問だった。
「ヒロムとエレナの婚約関係ってまだ続いてるの?」
「ああ〜……それは……」
「「婚約!?」」
アキナの質問に驚き大きな声を出してしまうリサとエリカ、そして声を出さずにエレナを見るユリナ。
言ってなかったの、という顔でヒロムを見つめるアキナだが、そんなアキナにヒロムはため息をつくしかなかった。
「その話を今するのか……?」
「むしろ何でしてないのよ?
ここにいる子たちに教えとくべきじゃない?
アナタには婚約者がいるって」
「……オマエ、本当に話をややこしくするよな……」