九〇話 想話
アキナとエレナの自己紹介のようなものは終わり、ユリナはリサ、エリカとともにキッチンで夕食の準備を再開していた。
下ごしらえの途中でアキナたちが来たので大して進んでるわけではないが、今から準備を進めても時間はかからない。
だがそれはユリナ単独でやればの話だ。
「ねぇ、これどうするの?」
ユリナの手伝いをしに来たリサとエリカは好奇心旺盛な子どものように色んなものを触りながらユリナに質問を繰り返す。
「これは炒めるの?」
「ねぇ、これおいしいの?」
「これって……」
「二人とも少し静かにしててくれるかな?」
ユリナは椅子を用意するとそこに二人を座らせて、調理を再開する。
「ちょっと〜」
「ダメ、二人とも気持ちは嬉しいんだけど進まないから……」
「仕方ないでしょ?
気になるんだから」
「だからって……」
楽しそうだな、と真助がキッチンに入ってくるなりユリナたちの様子を見て笑った。
「三人とも相も変わらず仲良さげで微笑ましいな」
「どうかしたの?」
「いや?
ヒロムは客の相手してるから一人退屈だから来たんだよ」
「そ、そうなんだ」
「で、何か手伝おうか?」
入ってくるなり真助はユリナの前に並ぶ食材を見ながら手助けが必要か尋ねてきた。
意外な言葉にユリナはもちろん、リサたちも驚いてしまう。
ユリナに至っては驚いたせいで訊かれたことに対しての答えを返せていないでいた。
が、そんなユリナに真助はさらに伝えた。
「こう見えても料理はできるんだぜ?
少しは力になれるかもだけど……」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
任せろ、と真助は答えると手を洗い、ユリナの隣に並ぶと一緒に調理を始めた。
ある程度の大きさに切られた食材、何か粉末と混ぜ合わされた半固形に近い液体の入ったボール、そして鍋に注がれた油。
それらを見て、真助は何を作るのか推測し、ユリナに言った。
「見たところ……天ぷらでも作る気か?」
「よ、よくわかったね……?」
「いや、鍋に油入ってるしな。
何となくでもわかるけど、天ぷらだけなのか?」
「ううん、あとはお蕎麦を茹でるの。
何か嫌いな物とかあった?」
「いいや、オレは基本好き嫌いはないから問題ない」
「そうなんだ」
ただ、と真助はユリナに一つだけわがままを言った。
「魚が食いたいかな?
ここに居着くようになってから食ってないからな」
「えっと……ちょっと難しい、かな?」
「ん?
魚料理は苦手か?」
「その……ヒロムくんが魚ダメなの」
「なんだ?
アイツにも苦手なものがあるのか?」
「でもヒロムくんって食べ物の好き嫌い激しいよね?」
「結構多いよね」
リサとエリカが言うとユリナも渋々頷き、そしてそれが気になった真助はそれを聞き出そうと話を続けた。
「まさか人参とかピーマンか?」
「えっと……嫌いな物は魚全般とお漬物、酢の物、納豆、スイカ、アイス」
ユリナが次々に挙げていくヒロムの嫌いな食べ物。
それを聞く真助はユリナの言葉を疑ってしまう。
「魚全般って刺し身もか?」
「うん、ヒロムくんは魚の匂いがダメなんだって。
本人曰く「あんな臭いの放つのは人の食うもんじゃない」って。
刺し身も嫌がるけど、火を通したら絶対に嫌がるの」
「いやいや、匂いくらい我慢すれば……」
「そういえば前にユリナがそれ知らないでお弁当に焼き鮭入れてたら一日機嫌悪くなったんだよね?」
リサが確認するようにユリナに言うと、ユリナは頷く。
「ヒロムくんも知らなかったから仕方ないって言ってくれたけど、その日のお弁当食べてくれなかったからね……」
(どんだけ嫌いなんだよ……)
「で、魚はいいとして、他のは?」
「えっと……納豆は匂いと見た目、お漬物と酢の物は匂いと味、スイカは種が混ざってて嫌い、アイスはただ冷たいだけで嫌いって」
「思った以上に理由がくだらねぇ……!!」
真助はため息をつくと、今度は逆についてユリナに聞いてみた。
逆、つまりはヒロムの好物だ。
「アイツは何が好きなんだ?」
「えっと……辛いものとコーヒーと胡桃とビスケット」
「……なんだそのレパートリーは」
「コーヒーは毎日飲むくらい好きで、胡桃とビスケットはコーヒー飲みながらよく食べてるの。
辛いものは……私たちが匂いで泣きそうになるくらい辛いものを食べたがるくらいなの」
何か思い出したのかユリナは少し顔色が悪くなっていた。
というか、そんなにヤバい辛さなのか?
真助が悩んでいると、今度はリサが真助に質問した。
「ねぇ、一ついい?」
「ん?」
「なんでアナタはヒロムくんと一緒にいようと思ったの?
初めて会った時はそんな素振り見せなかったじゃない」
「ああ……まあ、成り行きだな」
「成り行き?」
真助はコンロの火をつけると鍋に注がれた油を温め始め、そしてそれを待つ間の時間潰しのように語り始めた。
「あの時、オレがヒロムに襲いかかって負けた後、オレはこれまでに感じたことがないほどに楽しいと思った」
「楽しい?」
「心を満たすほどの戦いを出来る、そう思ったからなんだけどな。
また戦ってもっと楽しみたい、アイツをオレの手で倒したいって考えてるときにシオンやシンクと遭遇して、角王と戦った」
真助は語る中で思い出していく。
ヒロムと戦い満たされる心。
バッツの出現、角王との戦闘、そして鬼桜葉王との戦闘による敗北。
「……オレも少し訳ありだからな。
利用出来るものは利用する、そのつもりでシンクと各地の「八神」の研究所を探っていた」
「じゃあヒロムくんのことも利用するつもりだったの?」
「最初はな。
けど……あのパーティーの日に見たヒロムに対するガイたちの心に秘めたものを見た時に思ったんだよ。
ヒロムはお嬢様方どころかアイツらからも頼りにされてる、それに応えるように戦ってるんだなって。
そう感じたからこそ、味方になってもいいかもしれないと思った」
「真助……」
「ま、実際はお嬢様方のためって焦りすぎて心配かけてたんだけどな。
それでもアイツは決意を新たにして進むことを決めた。
オレは今、その力になりたいだけだよ」
***
「本気なの……!?」
ヒロムから何かを告げられたアキナは驚いたような顔をしていた。
夕食が出来るのを待つ間、リビングでこれまでについて話を聞いていたアキナだが、あまりのことで驚きが隠せないようだった。
「そんな驚くことか?」
「驚くことよ?
精霊が増えてるなんて……」
「増えてるというか……元々呼べるはずの精霊を呼べるようになっただけだぞ?」
「でも驚くことだと思いますよ?」
アキナのリアクションに呆れるヒロムにエレナは自分の思いを伝えた。
「ヒロムさんが今日に至るまで体験されたこともですが、ヒロムさんの中にまだ眠っている精霊がいたことは紛れもなく驚くことです」
「ふーん……ま、オレとしては何の変化もないけど……」
「増えたのよ……」
「アキナ……?」
何かを呟くアキナを心配に思い声をかけるチカだが、そんなチカにアキナは血相を変えて告げた。
「増えたのよ、小姑みたいな精霊が!!
十一人でもスゴいって言われてたのに二十人って……嫁に行ったら姑問題なんてレベルじゃないわよ!?」
「オマエはオレの精霊を何だと思ってやがんだ?」
「小姑なんて失礼ですよ?
あの方たちはヒロムさんのことを常に思っておられるんですから」
アキナの言葉を不思議に思うヒロムに続くようにフレイたちについて語るエレナ。
そんなエレナにアキナは一つ問い詰めた。
「じゃあもしヒロムと結婚するってなった時にフレイたちが反対しても怒らないの?」
「け、結婚!?
まずはお付き合いして段階を……」
「例えばの話よ、例えば!!
真面目に順序とか考えなくていいのよ!!」
「……でも私とヒロムさんが……結婚……」
アキナの質問に対する回答を出すことなく、エレナは顔を赤くしながら顔を手で覆い隠してしまう。
「……何これ?」
エレナの姿を不思議そうに見つめるヒロムに、アキナは一つ質問した。
「で、アンタはあの子たちの仲で誰が好きなの?」
「ああ?
なんでそうなる?」
「自然な流れよ?
だってあの人に無関心なアンタがこうして家に泊まらせるなんてありえないんだから」
「まるでオレのことなら何でも知ってるような言い方だな。
別にいないけど?」
ホントに、とアキナは疑いのある目でヒロムをじっと見つめるが、ヒロムは頷くとさらに告げた。
「アイツらに特別な何かを抱いてはいない。
つうか、オレに対してもそんなのはないだろうしな」
「いや、あるでしょ?」
「ねぇだろ?」
「普通はあるからそういうことするのよ?
もしかして……気づいてないの?」
何がだよ、とヒロムはため息をつくと言うが、アキナの言葉と似たようなことをソラや真助にも言われたような気がしたのを思い出すと、ふと自分の中で疑問が生まれた。
ユリナたちはいつもヒロムのことを何よりも優先してやっている。
それはアキナの言うような特別な何かを抱いているからなのだとすれば……
「今のオレって昼ドラみたいに泥沼にハマりかけてる?」
「何の話?」
「え?」
「え、じゃなくて。
もしかしてあの子たちのこと?」
「一応な」
はぁ、とため息をつくアキナ。
なぜため息をつくのか不思議で仕方がないヒロムだが、アキナは説明しようともしない。
「何がおかしい?」
説明しないのなら、とヒロムはアキナに尋ねたがそのアキナは応えようとしない。
「おい、聞こえてるか?」
「聞こえてるわよ?
聞こえてるから言わないのよ」
「?」
(未だにこんな鈍いってどうなのかしら……。
これじゃあ私やチカ、それどころかエレナの気持ちにも気づいてないんでしょうね、きっと……)
「……でも」
するとヒロムが何かを話し始める。
「アイツらの誰かがそんな風に思ってくれてるなら、オレはその気持ちに応えてやりたいとは思うよ」
「あっ……」
(昔ならこんなこと言わなかったのに……もしかして知らない所で変わってきてる?)
ヒロムの言葉に驚くアキナ。
自分の知らない所で変わりつつあるヒロムに対してアキナは少し複雑な気持ちを抱き始める。
が、そんなことも気にせずにヒロムはあくびをする。
「ま、そんなことないかもな」
「そ、そうね……」
(気のせい、だったのかも)
自分の抱いた気持ち、そしてヒロムの変化は気のせいだったのかもと少し呆れるアキナだった……




