八九話 訪姫
「久しぶりに会うとなって少し取り乱したわ……」
少しばかり慌ただしくなったリビングだが、ヒロムたちはそこに集まって話をすることとなった。
ソファーに座るヒロムの両隣を挟むようにユリナとチカ、その隣にリサとエリカが並んでおり、真助は少し離れた位置で椅子に座っている。座っている。
ヒロムと向かい合わせになるような位置にあるソファーには客人である朱神アキナと隣にはエレナとヒロムが呼んだ少女が座っている。
騒がしくしてしまったと反省している朱神アキナであるが、ヒロムはそれに異議ありとして訂正しようとした。
「少しどころかかなり取り乱してたと思うんだが」
「私にとっては少しよ?」
「アキナは人目を気にすることを覚えた方がいいわ……」
「そうかしら?
エレナこそ会うなり照れながらニコニコしてたじゃない」
「あなたと違って騒がしくはしてないわよ?」
エレナは一言アキナに告げると小さくため息をついた。
アキナとエレナ、初対面である彼女たち二人に驚くユリナとリサ、そしてエリカ。
だが、チカは面識があるようで、二人に簡単に挨拶をした。
「お久しぶりです、お二人とも」
「久しぶりですね、チカ。
元気そうでよかったです」
「お二人もですよ。
お変わりないようでよかったです」
「いや、いいのか?」
ヒロムが疑問に思いながら考えていると、その隣からユリナがヒロムの服の裾を引っ張って何かを訴えた。
ヒロムはユリナの方を見るが、何のことかわからないとしてユリナに訊ねた。
「どうした?」
「えっと……私たちにも誰なのか教えてくれる?」
「あ、ああ……そういうことか。
まずは……」
初めまして、とアキナは立ち上がるとユリナたちに自己紹介を始めた。
「朱神アキナ、十六歳。
皆さんと同い年の高校一年、ヒロムとは昔からの仲でいつかは婚約する関係よ」
「ええ!?」
「嘘でしょ!?」
「おい、適当なこと言うな。
あとユリナとエリカも真に受けるな」
「でもアナタへの愛は本物よ?」
「その愛が重すぎるんだよ、バカ」
「何よ、これくらい普通でしょ?
あっ、誕生日プレゼントに送ったタオル使ってくれてる?」
「あんなタオル使えるか……」
「普通のタオルじゃないのか?」
「おいおい、真助。
アキナの下着姿の全身写真がプリントされたタオルが普通に使えると思うか?」
「ああ……無理だわ」
「もしかして飾ってる?」
「いや、コーヒーこぼしたときに使った」
「あら、ちゃんと使って……そういう使い方しないでよ!!」
アキナはショックを受けながらもヒロムに強く言うが、ヒロムはそれを聞いても知らん顔をする。
というか、むしろ嫌そうな顔をしていた。
「バレンタインもそうだ。
わざわざ自分の写真をプリントしたハート型のチョコ送ってきやがって」
「どんなチョコだよ……」
「いいじゃない、私の愛を表したのよ?」
「その愛が重すぎるんだよ……」
そうかしら、とヒロムの言葉に対してアキナは首を傾げる。
ヒロムの言うアキナの行動を聞いた真助は苦笑し、ユリナたちは驚いて言葉を失っていた。
そんな時、エレナがため息をつくと座ったまま自己紹介を始めた。
「初めまして、愛咲エレナと申します。
よろしくお願いしますね」
「アキナのせいでエレナが地味に見えるじゃねえか……」
「失礼ね。
ヒロムが言うほど目立つことしてないわよ?」
(((今までにしてきたのが衝撃的過ぎたんだけど……)))
平然と語るアキナにユリナ、リサ、エリカの三人は心の中で同じことを思うが、口に出しはしなかった。
と、アキナは続けてエレナを見ながらヒロムに言った。
「エレナなんて地味なんかじゃないじゃない」
「じゃないじゃないって言われても知るかよ……」
「見なさいよ、この豊満な胸を」
すると突然、アキナはエレナのその大きな胸を指差す。
アキナの言葉でユリナたちの視線は一気にエレナの胸に集中し、エレナは思わず顔を赤くして手で隠そうとする。
「ちょっとアキナ……デリカシーのないこと言わないで」
「事実じゃない。
今Fだったっけ?」
「い、一応G……って言わせないで!!」
「えっ、Gもあるの!?
私でもやっとFなのに!?」
「おいおい……ヒロムの女の自己紹介から胸の話になったぞ?」
「好きにさせればいいんじゃないか?」
止めろよ、と興味を抱いていない真助はため息をつくと、ヒロムが言ったように好きにしようとユリナたちに話題を向けた。
「お嬢様方は羨ましく思ってるのか?」
「えっと……」
「ちょっと、あの二人のせいでこの四人で一番スタイルよかった私が目立たなくなるじゃない」
なぜかユリナに対して興奮気味に言うリサ。
ユリナがなぜなのか困惑しているとリサが語り始めた。
「私でE、ユリナとエリカでD、チカは……」
「私はCですよ」
「……ってなったら私がこの中で大きかったのよ!?
なのにあの人たちのせいで!!」
「何の話してるのよ!!」
「とりあえず落ち着いて!!」
興奮するリサに対してエリカはツッコミを入れ、ユリナもリサを落ち着かせようとする。
が、そんな中、ヒロムは呑気にあくびをしていた。
「別にいいだろ……サイズ云々とかは」
「そ、そうよ。
それに大きくても肩は凝るし日常で不便なこともあるんだから……」
「異議あり。
その胸でヒロムを誘惑する気じゃないでしょうね?」
「そんなことしません!!」
アキナの言葉に対してエレナは強く否定すると、声量を少し抑えて話した。
「たしかにヒロムさんも男性ですし、そういうことに興味がおありかもしれません。
でも私は一人の女性として見てもらいたいんです。
だから……」
「というかなんでオレが胸好きみたくなってんだ?」
「あら、嫌いなの?」
「別に普通……って自己紹介の流れはどこ行った!!」
謎に大きく展開されていく話題に対してツッコむヒロム。
それで全員が我に返ったのか、まずエレナが話を戻した。
「え、えっと……よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。
姫野ユリナっていいます。
皆からはユリナって言われてます」
「桃園リサ、リサでいいわよ」
「高宮エリカです。
エリカって気軽に呼んでね」
ユリナたちが一通り自己紹介を終えるとエレナはふと真助の方を見た。
真助もその視線に気づき、そしてその視線が何を指すかを察すると咳払いをした後で名乗った。
「鬼月真助、能力者だ」
「よ、よろしくお願いします」
真助が怖いのかエレナはどこか笑顔がぎこちなかった。
と、ここでヒロムが本題に入ろうと質問した。
「で、今日は何の用だ?」
「あら、聞いていませんか?」
ヒロムの言葉に不思議そうな反応を見せるエレナ。
聞いていませんか?
何のことだ?
ヒロムは気になり、エレナに訊ねた。
「何も聞いてないが、母さんに何か言ってたのか?」
「はい、こちらに伺うということで愛華さんにお電話した際に今日ここに蓮夜さんが伝えてくれると言ってましたので……」
「蓮夜が……?」
ヒロムは真助の方を見た。
蓮夜ということは昼間ガイと真助が話をしていた時のことだろう。
となれば……
ヒロムはすかさず真助に確認した。
「真助、何か聞いてないか?」
「いいや、何も言ってなかったぞ?
「魔人」の能力者の名前が東雲ノアルとか言ってたくらいだな」
「……なるほど」
真助の言葉がすべてとは限らないが、ヒロムの知る白崎蓮夜の人間性を考慮した結果、ヒロムはある結論を出した。
「アイツ……面倒になって説明省きやがったな」
「ならオレは悪くねえな」
「……そうだな。
ってことだ、説明頼む」
わかりました、とエレナは笑顔で返事をするとなぜアキナと共にここに来たのか説明を始めた。
「実はチカが九月からヒロムさんの通われている学校へ転入すると聞きまして、私たちも居ても立っても居られないと思いまして……」
「へぇ~……え!?
オマエ転入するのか!?」
驚いたヒロムはチカの方を見ると、チカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……もう少し早くご報告しておくべきでした」
「いや……オマエ女子高だろ?
なんでわざわざ共学に……」
なるほど、と真助は不敵な笑みを浮かべながらユリナたちに向けて告げた。
「これは夫争奪戦白熱だな」
「え?」
「もしかして……」
「まさか……」
よくわかっていないユリナとは違い、理解したリサとエリカはチカを見つめた。
二人の視線のせいなのか、真助が言う言葉のせいなのかはわからないが、チカは顔を赤くすると申し訳なさそうに目を逸らす。
そして確信を得た二人はエレナとアキナを見た。
「これは……」
((間違いなく荒れるわ……))
リサとエリカは立ち上がると部屋の隅に行き、二人で何やらコソコソ話し始めた。
「まずいわよ、リサ。
最悪ユリナとヒロムくんが付き合うくらいなら愛人枠でイケるかもだけど、あの二人はやばいわ」
「落ち着いてエリカ。
チカはどちらかと言えばユリナよりの良い子だからまだ大丈夫。
あの巨乳ちゃんもユリナ系の可能性があるわ」
「だとしてもまずいでしょ?
あのアキナって人、リサより強引なタイプよ?」
「大丈夫、私たちはこの夏で距離を縮めようとここに寝泊まりしてるんだから」
「うん、違うよね?
元々はヒロムくんの生活のサポートのためだからね?」
「そこはいいの。
とにかくチカもあの二人もここに寝泊まり……」
「大丈夫ですか?」
二人でコソコソ話している最中、その背後からエレナが心配そうに声をかける。
いつからいたのかも気になるが、ここで声をかけられると思わなかった二人は慌てて何もないような顔をしてごまかそうとしている。
「な、なんでもないわよ?」
「そ、そうそ、大丈夫」
「そう、ですか……。
すみません、突然のことで……」
気にするなって、とヒロムは言うと、エレナに一つだけ伝えた。
「コイツらは優しいやつらだ。
オレのために力になってくれるし、オレのことを自分のことのように心配してくれる。
だから何かあれば頼ってもいいくらいに仲良くなれって」
「ヒロムさん……」
「で、どういう関係なの?」
「どういうって……今はオレの生活のために家事とか泊まり込みでやってくれてる」
「はい!?」
ヒロムの言葉にアキナは声を出して驚いてしまうが、ヒロムの方はなぜ驚いているのかわかっていないようだった。
「何かおかしいか?」
「おかしいわよ!!
何で元婚約者のチカはともかくあの三人まで!?」
「いやいや、せっかく特訓に専念できる環境にしてくれてるんだしいいじゃねえか」
「……アンタ、感覚ズレすぎ」
確かに、とアキナの言葉に真助は頷くとともにヒロムに告げた。
「年頃の女を何人も家に住み込ませるとは罪な男だ」
「ああ?
じゃあ追い出せってか?」
「いやいや、そこまでは……」
「……決めた」
するとアキナはユリナを指差しながら声を大にして宣言した。
「アナタたちがヒロムの邪魔をしていないか私も泊まって確かめるわ!!」
「確かめるわ、じゃねえよ」
ヒロムはため息をつくと言い、そしてアキナに補足するように説明した。
「つうかオマエが来なくても明日には帰ってる予定だったんだぞコイツら」
「え……?」
ユリナたちは訊いていないという驚いた顔でヒロムを見るが、ヒロムの顔を見てすぐにどういう意味か理解した。
彼女たちだからできるヒロムの表情と雰囲気から思考を読み取る特技、それによりヒロムの考えを察したのだ。
『アキナを落ち着かせるために頼む。
文句は後で聞く』
ユリナたちはそれを読み取ったためにヒロムの考えを知り、それ以上は言えず、従うように頷いたのだ。
「……うん、そのつもりだったんです。
その……ごめんなさい」
ユリナは申し訳なさそうに言うとアキナに謝り、それを受けたアキナもすぐに謝罪した。
「あ……ごめんなさい。
何も知らないのに一方的に言っちゃって」
「まあ、仲よくしろって。
エレナとアキナも飯ぐらい食ってから帰るだろ?」
「え、ええ……」
「じゃあ、楽しみに待とうぜ」