八八話 私悩
「……これが全容、これが真相」
ヒロムは語り終えると手を叩き、そして話を終えたヒロムにユリナたち女性陣は拍手を送る。
が、ヒロムの曖昧な説明を前にガイと真助は呆れていた。
「なんだ?
物足りないか?」
「いや……普通に語ってくれたが、理解が追いついていない」
「つまり……オマエの精霊は九体が自らの意思でオマエのためを思って身を隠したってことか?」
「そうだな……まあ、オレの未熟さが招いた結果だがな」
ガイと真助に向けてヒロムが言うと、その隣でユリナが不思議そうに質問してきた。
「その守護の精霊って呼ばれてる人たちは強いの?」
「ん?
ああ……一人はユリナも見たことあるぞ?」
そうなの、と不思議そうな顔をするユリナだが、ヒロムが言うその一人を急に思い出したのか、大きな声を出してその名を挙げた。
「もしかしてディアナ!!」
「急に大きな声を出すな……正解だけど」
けど、とガイはヒロムにディアナについて触れた。
「ディアナとフレイの「クロス・リンク」はあの葉王に対処されてしまったんだろ?
ならもう通用しないんじゃ……」
「どうかな?
オレの秘策はまだあるからな」
「秘策?」
それはいいとして、と真助は話題を変えるようにある事をヒロムに訊ねた。
「そもそもなんで「クロス・リンク」が完成したんだ?
今の話だと精霊の魔力とヒロムの魔力を合わせて生まれる力を発動するのが「ソウル・ハック」、オマエが本来持ってるはずの力を再現した「コネクト」まではわかるが、なんでそこに新しくそれが出来たんだ?」
「……それは、オレが「ハザード」を克服しようとして「精霊憑依」を行おうとしてたからこそ完成させれた力なんだ」
「精霊憑依……だと?」
精霊憑依、己の肉体に精霊を憑依させる術、ガイはそれについて知っていた。
が、まさかヒロムがやろうとしているとは考えもしなかった。
「それは……実践したのか?」
恐る恐る確認するガイだが、ヒロムはため息をつくと首を横に振った。
「ビックリすることに何回やっても失敗した。
本当はそこからフレイたちに「ハザード」を制御させるつもりだったんだけどな……」
「それで何度も吹き飛んでるって言ってたのか」
「で、その原因も精神世界で判明して、それを踏まえた上で新たに考案したのが「クロス・リンク」。
オレがフレイたちの力を最大限に引き出せる姿ってことだ」
「……そうか」
ヒロムの話を聞いたガイは立ち上がるなりリビングから出ていこうとした。
「ガイ……?」
何かあったのだろうか、そう思ったユリナは声をかけるが、ガイはため息をつくとヒロムに背を向けたまま告げた。
「……オマエがどうしたいか、オマエがなぜそんな強さを手にしたかはわかった。
でも……オレも止まるわけにはいかない」
「ああ?」
「……オレもこれからどうすべきかハッキリした」
ガイは一言言い残すとそのまま出て行ってしまう。
「待ってガイ……」
「やめとけ、ユリナ」
追いかけようとするユリナだが、ヒロムはそれを言葉で止めた。
なぜ止めたのか、それが気になるユリナだが、ヒロムはすぐになぜ止めたのかを説明した。
「多くを語らないってことはアイツにも自分の考えがあるってことだ。
それをオレたちが四の五の言う権利はない」
「でも……」
「大丈夫だよ。
アイツはいつだって心に決めたことは裏切らないし、成し遂げる男だ」
***
屋敷を出たガイはしばらく歩くと足を止め、拳を強く握ると空を見上げた。
緋色に染まる空、眩しい輝きを放つ夕陽。
「……情けないな、オレは」
綺麗な景色を見ながらガイが呟いた言葉、それはこの景色には似合わない自責の言葉だった。
なぜこんな言葉が出たのか?
それはヒロムの話を聞いたことでガイが何かを感じたからだ。
そしてそれは誰も想像出来ないほどにガイを悩ませているのだ。
「……オレがただ強くなろうとする中でこの先のことまで考えて、そしてフレイたちのために力になろうと必死になっていたってのに……オレは変わってないな」
ガイはこれまでの戦闘を振り返る。
ギルドの軽部を倒した後、刃角とは引き分け、決闘になったヒロムには惨敗、能力を使ったことで倒した千人の能力者との乱戦、そしてバッツと「ハザード・チルドレン」と対峙した時とパーティー会場でのバッツとの戦闘は足を引っ張る形で終わった。
今思えば自分の力で勝った戦闘はどれも相手が油断してたか自分より格下の相手ばかりで、これといった結果は残せていない。
だがヒロムは戦う度に強くなり、そしてバッツと戦う時には能力者顔負けの力を発揮し、今に至ってはユリナたちを守るために強くなることを決めた。
「……アイツが進むべき道を見つけてる一方でオレは進むことすら出来ていない」
あのヒロムが、トウマと「八神」、そして「十家」を潰すために強さを求めていたヒロムが、今更ではあるが人の思いに向き合おうとしている。
強さだけではない、心も成長しようとしている。
では自分は?
ガイは自分自身がどうなのかを考えた。
が、答えはすぐに出た。
「……何も成長してねぇ、な。
情けない……な」
情けない、そう思うと自然と大きなため息が出てしまう。
だからといって諦めるつもりはガイにはない。
いや、そんな選択肢はあってはならない。
そう思うだけの理由がガイにはあるのだ。
「……あの日決めたんだ。
ヒロムのためにオレは敵を倒す、そのために刀を振るうと……」
(そのためならオレは……)
ガイは過去に誓った決意を思い出す中、ふとあることを考えた。
「……ヒロムは過去に縛り付ける私怨ではなく今を守ろうとしている。
なら……オレがやるべきことは何だ……?」
自分に出来ることは何か、何をすべきか。
その答えを出そうとするガイだが、ふと視界に入った車に目を奪われる。
黒い高級車、それはヒロムの屋敷の方へ向かっていくのだが、ガイはなぜかその車が気になってしまった。
「……もしかして……アイツか?」
***
ガイが出ていってからしばらくして、ユリナはチカとともに夕食の準備に向かった。
リサとエリカはというと、そんなユリナとチカの手伝いに行っている。
リビングにはヒロムと真助、そしてフレイが残っていた。
「にしても、ガイはなんで帰ったんだよ?」
真助はガイが出ていった理由が気になるのかヒロムに訊くが、ヒロムは首を横に振る。
「知らねぇよ。
アイツはたまに予想できないこと考えるからなぁ……」
「……一ついいか?」
真助はヒロムに対して、ある質問をした。
「戦う目的が変わったわけだが、敵は止まらない。
最悪の場合、お嬢様たちがオマエの枷になる可能性もある。
それでも私怨を捨てて、思いに応えるのか?」
「そうだな……。
意外だな、オマエに心配されるとは……」
「いいや、心配はしてねぇよ。
オマエはやれば何とかしてしまいそうだからな」
真助は自分から質問したにもかかわらず、一人で勝手に解決してしまう。
ヒロムはため息をつくと真助に対して話そうとしたが、それを遮るように音もなくシズカが現れる。
「マスター、ご報告が……」
「ああ?
敵か?」
「……アキナさんがお見えになられました」
「そうか……。
…………はぁ!?」
シズカの報告を受けたヒロムはこれまで見た事ない驚き方をし、そして急に慌て始めた。
「なんで今来るんだ!?
なんでだ!?」
「おいおい、落ち着けって」
無理だ、とヒロムは真助にただ一言言うとどうするか頭を抱えながら考えた。
「逃げ道……はねぇ。
くそ……事前に対策取れなきゃアレを……」
ヒロムが慌てる中、屋敷の門に設置されたインターホンの音が響く。
「あああ!!」
「お、おい……そんなにヤバいやつなのか?」
「えっと……」
真助の言葉にフレイはなぜか即答出来ず、そして答えようとしなかった。
するとヒロムはシズカにある指示を出した。
「急いでユリナたちを止めて来てくれ!!
アイツらのことだからすんなりと……」
ヒロムくん、とユリナがリビングの扉を開けて顔を出すと、ヒロムに伝えた。
「ヒロムくんにお客さんだよ」
「ああああ!!
遅かったか!!」
「ひ、ヒロムくん!?」
「まさか……通した?」
「う、うん。
もうそこに……」
「ヒロム〜!!」
ユリナの言葉をかき消すように勢いよく扉が開かれ、一人の少女が走ってヒロムのもとへと向かう。
腰よりは長いであろう紅い髪、青い瞳、黒いノースリーブシャツとスリットの入ったミニスカートの少女はヒロムに迫ると勢いよく抱きついた。
「ええ!?」
モデル顔負けのスタイルの少女がヒロムに抱きついたことにユリナは声を出して驚いてしまう。
「アキナ!?」
「会いたかったわ、ヒロム!!」
彼女は、朱神アキナは目を輝かせながらヒロムを見つめるが、ヒロムは目を逸らす。
「……どうして逸らすのかしら?」
「何を言ってるのやら……」
「目線よ、め・せ・ん。
久しぶりなのに失礼よ?」
「気のせいです」
えっと、とユリナはヒロムに声をかけるとさらに伝えた。
「もう一人のお客さんもいるんだけど……」
「もう一人?」
一体誰だ?
気になったヒロムは恐る恐るアキナの顔を見た。
そしてアキナはそれを待っていたかのように微笑んだ。
「おい、誰だ……?」
「誰だと思う?」
「つうかいつまで見せびらかしてんだ?」
真助が咳払いをするなり一言言うと、ヒロムは慌ててアキナを自分から離れさせた。
そしてもう一人が誰なのか確認しようとリビングから出た。
すると
「あっ、ヒロムさん」
ちょうど外に出たところで、もう一人の客人である少女がいた。
長い金髪の毛先は少し巻き髪のようになっており、アキナよりも抜群のプロポーション、そんな彼女を見たヒロムはなぜか嬉しそうだった。
「エレナ……久しぶり」
「お久しぶりです、ヒロムさん」
ヒロムに笑顔を見せた彼女、そしてその笑顔を見たヒロムもどこか笑っているようにも見えた。
そんな二人にユリナは少し驚き、真助は面白そうに眺めているが、アキナだけは不満を抱いているような顔をしていた。
「……ねぇ、私の時と反応違うくない?」
「おお、紅毛のグラマーが金髪ナイスボディに嫉妬か?」
「私としては真助のその適当なネーミングセンスも気になるんだけど……」