八六話 話解
屋敷へと帰ってきたヒロムたち。
リビングに入るとガイと真助がソファーでくつろいでおり、二人が話していたであろう蓮夜は既に帰ったのか姿はなかった。
「お、帰ってきたか」
「意外と早かったな、ヒロム。
……ってその手どうした?」
ガイはヒロムの右手を見るとすぐに訊ねたが、ヒロムは右手を見るとため息をついてソファーに腰掛ける。
「……色々、な」
「それを教えてくれるとありがたいんだが……」
ふとガイはヒロムの顔を見た。
一見するとわかりにくいが、いつも通りに見えて何か雰囲気が違った。
「……何だ?」
「何か変わった気がしたんだが……」
「ああ……変わった、かもな」
ヒロムはユリナたちを見ながら呟くと、ガイと真助に蓮夜との話について聞こうとした。
が、ガイはそれよりもさきにヒロムについて質問してきたのだ。
「何があったか聞いてもいいよな?」
「……オレとしてはオマエらが何を話してたか聞きたいんだが?」
「なら互いに話し合うか。
まずはヒロムからな」
「単にガイが聞きたいだけな気もするが……いいか」
***
なるほど、とヒロムの話を聞いたガイは何があったのかを理解する。
その話を聞いた上でガイはヒロムに確認を取るように質問した。
「トウマを潰すのは後回し、でいいんだな?」
「そういうことになるな。
後回しというよりはついでに倒すくらいだな」
「……後悔はないよな?」
後悔、それがどういうことか何となく分かっているヒロムは頷くが、その隣からユリナがガイにその意味を訊いた。
「後悔ってどういうこと?」
「今までヒロムはトウマを倒すためだけに強くなろうとしていた。
その過程でユリナたちを守ろうとしていたわけだが……今の話だとヒロムはこれからユリナたちを守るために、自分たちのために戦うために強くなるって決めた。
それはつまり、目的そのものが大きく変わる」
「大して変わらないだろ?」
そうでもない、とガイは真助の言葉に対して訂正を加えるように説明した。
「今までは強くなればそれで敵は倒せた。
でもこれからは守るために強くなるんだ」
「敵を倒すことと守ることを両立させる、てか?」
「ある意味、な。
真助の言う通りそこまで大差はないが……これまで私怨に身を任せていたヒロムがそう簡単に割り切れるのかが心配なんだよ」
「私怨、か……」
消えてはないさ、とヒロムはガイに告げるとそのまま話した。
「多分これからも消えることはない。
けど、それでもやるって決めたからな」
「ヒロム……」
「つうか、何もしなくても向こうからホイホイ来るなら戦うことになるんだし、そこはいいんじゃね?」
「……案外適当だな」
ヒロムの言葉にガイと真助は呆れるが、そんな中でユリナは何か言いたげな顔をしていた。
「どうかしたのか、ユリナ?」
ふとそれに気づいたガイはユリナからそれを聞こうと声をかけるが、ユリナは話していいのかどうか不安そうにヒロムの方を確認するように見る。
その視線に気づいたヒロムは何も言わずにただ頷き、ユリナもそれを確認すると言葉を発した。
「その……戦う以外の方法はないのかなって……」
「それはトウマとか?
それとも「十家」とか?」
両方だよ、と真助の問いにユリナは答えるとそのまま続けて話し始めた。
「……ヒロムくんなこれまでしてきたことは私も許せないと思うんだけど、それでも今のまま戦ってても終わらないんじゃないかな?」
「……なるほど。
お嬢様は和平交渉とかが出来ないかって思ったんだな?」
「和平交渉……?
よくわからないけど……話し合いとか出来ないかな?
そうすれば……」
無理だな、とユリナの言葉を一蹴するようにヒロムは言い放つ。
真助のように例えられるわけでもなく、ユリナの考えを否定するような言い方。
だがそれはヒロムなりにそう思える理由があるからだ。
「……トウマは自分の部下である角王や「ハザード・チルドレン」を使ってオレを倒させようとしてる。
それに親父まで利用してオレを潰そうと考えてたんだ。
ユリナの言いたいこともわかるけど、こっちの言葉を聞く耳を向こうは持ち合わせてねぇんだ」
「そ、そっか……」
「で、でもいつかはユリナの言うように仲直りなんか出来るかもしれないわよ」
ヒロムの話を聞いて少ししょんぼりしてしまうユリナだが、それをフォローするかのようにリサが言うが、真助は少し間を開けると補足するように伝えた。
「それが出来ない環境になりつつあるからヒロムは無理だって言ったんだよ」
「どうして?」
真助の言葉が気になるエリカはなぜなのか訊くと、真助はそのまま続けるように話した。
「ヒロムはこれまで角王や「ハザード・チルドレン」などの敵の刺客を迎え撃ってきた。
そして敵の一人であるバッツを消滅させた……向こうからすれば今更和平交渉をされても敵対の意思を見せ続けた相手に対して信用しようとは思えない」
「でもそれって向こうが勝手に……」
「たしかに敵がこちらを攻撃してきたのは事実だが、ヒロムはこうして仲間を増やし、さらに力を身につけて戦ってきた。
つまり……自ら戦う姿勢を示してしまってるってことだ」
「じゃあ……無理なの?」
「……無理だな」
ヒロムはため息をつくと頭を掻き、さらなる問題点を挙げた。
「トウマは「一条」と手を組んでるみたいだしな。
鬼桜葉王も「一条」の計画においてオレとトウマが戦うことを重要視している……オレらが和平を結びたいと言っても向こうは何がなんでも攻撃してくるってわけだ」
「だがその計画ってのはわからないんだろ?
だったら……」
あのさ、とヒロムとガイが話し合っていると真助がヒロムに一つ質問した。
「バッツはヒロムの精霊に目をつけていたんだろ?
なら「一条」もそれに目をつける可能性はあるんじゃないか?」
「それも考えたさ。
でもなんでオレの精霊をわざわざ狙う必要があるんだ?
「一条」が求めてるってなれば自分でつくれば早いだろ?」
「つくる……?」
ヒロムの発した一言がどういう意味なのかわからないユリナたちは互いに顔を見合わせ、その後じっとヒロムを見て説明を求めた。
その視線に気づいたヒロムは小さくため息をつくと少し面倒くさそうに語り始めた。
「つくるっていうのは「召喚」するってこと、つまりは魔力を媒体に実行者の力量に応じた全く新しい精霊を生み出すってこと」
「そんなことできるの?」
「理論上はな。
ただこの方法で生み出した精霊は自我もない命令を聞くだけの兵器そのものだ」
「……そこじゃないのか?」
ヒロムの説明を聞いたガイはふと言葉を発し、そしてそれについて言及し始めた。
「フレイたちは自我を持ち、ヒロムと肩を並べて戦えるほどの力を持っている。
それも人と何の遜色もないほどに強い自我をだ。
それは運用の仕方次第では敵にとって大きな力にならないか?」
「……なるかもしれないが、それだけの用意が必要な計画なのか?」
「つうか、そもそも何で「八神」も「一条」も今になってヒロムを狙って動いてるんだよ?」
ヒロムと真助は同時に質問を繰り出すが、ガイは同時に答えることは出来ないとして「わからない」と一言返した。
そして、続けるようにガイは話したのだが……
「とにかく敵はオマエの二十の精霊については……」
ちょっと待って、とガイの話を中断させるようにユリナが話に割って入る。
さらにガイも何かやらかしたような顔をし、ヒロムも頭を抱えながらため息をついた。
「バカ……」
「あ、忘れてた……」
「ねぇ、二十ってどういうこと?
ヒロムくんの精霊は本当は十六人なんじゃないの?」
「そういやバッツにもヒロムがそう言ってたな……。
じゃああとの四体は?」
それは、とガイはヒロムに目を向けるが、ヒロムは舌打ちすると目を逸らしてしまう。
が、それを見兼ねたフレイが咳払いをするとユリナたちに説明を始めた。
「マスターの精霊はたしかに十六人です」
「でもガイは……」
「ユリナの言いたいことはわかります。
そもそもマスターはこの話をガイとソラにしかしていません」
「どういうこと?」
「万が一自身の身に何かあれば対処できるであろう二人にだけ打ち明かした秘密、ですよ」
フレイの意味深な言い方にユリナたちは勿体ぶらないでくれと言わんばかりの視線を送る。
フレイもそれに応じるかのように説明を始めた。
「マスターは真助との戦いを終えた日の夜、精神世界でセラやディアナと出会いました。
その翌日、ユリナにそのことを軽く説明すると精神世界でそのための特訓をしていました」
「それで?」
「その結果マスターは「ソウル・ハック」を完成させたんですが……」
「なんだ?
あのとんでもないクロス何とか……」
「クロス・リンク、だろ?」
それだ、と真助はガイの言葉に続くようにフレイに質問した。
「それを完成させる前にその残りの四体に出会ったのか?」
「簡単に言えばそうなりますね……」
じゃあ、とフレイが答えた後、エリカがフレイに質問した。
意外な質問者に真助は驚くが、ヒロムとガイはそこまで驚いてもいなかった。
というのも、彼女が質問したのは単に気になったからではないかという予想が出来てしまったからだ。
「詳しく聞いたら教えてくれるの?」
「それは……」
エリカの質問に答える前にフレイはヒロムの顔色を伺うように視線を向ける。
が、それに気づかないヒロムにフレイは声に出して確認することにした。
「ま、マスター……いいんですか?」
「……いいよ。
ガイにもそこまで詳しくは言ってないからついでに聞かせてやるか」
「悪かったって……怒るなよ……」
「怒ってねぇよ。
どっちにしてもいつか言わなきゃいけなかったんだし、時期が早まっただけだ」
「ヒロム……」
さて、とヒロムは仕切り直すかのように手を叩くとともに語り始めた。
「あの日……精神世界で何があったのか。
その真相を明かしてやるよ……」