八一話 想異
ガイが真助とともに屋敷で蓮夜と話している頃。
ヒロムはユリナたち女性陣を連れて出掛けていた。
いつもながら来るのはショッピングモール。
ヒロムは大した用もないのだが、ユリナたちはここに来れば何かしらの用事が出来て楽しそうにしている。
ヒロムにとってはそれを見てるのが目的になりつつある。
「ふぁ〜……」
眠たいのかあくびをするヒロムは椅子に座って彼女たちの様子を見ていた。
その傍らにはフレイとイシスが立っており、二人はユリナたちとヒロムの様子を見ていた。
「毎度ここに来てるのに、よく飽きねぇな……」
ユリナたちを見ながら呟くヒロム、そんなヒロムにイシスは一言言った。
「そういうマスターもいつもため息とあくびで飽きませんね?」
「それは嫌味か?」
「フフッ……マスターは今同じようなことを呟かれてましたので」
「あっそ……」
ヒロムは適当にあしらうとため息をつき、周囲を見渡した。
夏休み、そう呼ばれる休暇真っ只中のショッピングモールは毎日のようにイベントが開催されており、人で賑わっている。
あまり人の多いところが好きではないヒロムは内心帰りたいとすら思っていた。
が、勝手に帰るとそれはそれで面倒なことになるのは分かりきっている。
「アイツらに付き合うのが得策だな……」
「ですね……」
ヒロムの言葉に賛同するフレイ。
そのフレイがヒロムに向ける視線はいつもと違った。
主として、マスターとしていつも送る視線ではなく、何か不思議に思っているような視線だ。
そのくらいの違いは長い時間をともに過ごしてきたヒロムにかかればすぐにわかる。
「……どうかしたか?」
「いえ、最近のマスターはお変りになられましたと思いまして……」
そうか、とフレイの言葉を受けたひヒロムは不思議そうな顔をして悩む。
別に何も変わってはいない。
ヒロムの中では何の変化もない。
あるとすればセラたちと出会い、精霊が増えたこと。
「ハザード」を乗り越え、「ソウル・ハック」の力を発揮して戦えるようになったこと。
そして己の運命を歪めた「八神」の一人を倒したくらいだ。
それ以外には何の変化もない。
「……どこか変わったか?」
わからないヒロムは迷うことをやめてフレイに質問した。
フレイもヒロムに訊かれるとすぐに答えた。
「マスターはこれまで人と向き合うことを避けられてました。
ガイやソラはともかく、ユリナたちのことは特にです」
「そうか?
気のせいだろ?」
「……最近のマスターはユリナたちと向き合おうとしてます。
彼女たちの気持ちに気づかれてるのではないですか?」
「気持ち……?
ああ……役に立ちたいって話か」
いえ、とフレイはヒロムの言葉を訂正するように言葉を発した。
「ユリナたちはマスターのことが好きなんですよ。
マスターのことを異性として愛されてるのです」
フレイの言葉、それを聞いたヒロムはキョトンとしていた。
おかしな事は言っていないはずだ、フレイはそう思っているが、ヒロムは違うらしい。
「ありえない話だな。
オレに好意?まさかだよ。
アイツらは他の男を愛してるに決まってる」
「で、ですがマスタ……」
「オレなんかを愛してもアイツらには何も残らない。
……オレはアイツらの光のように眩しい笑顔とは真逆にある、戦うことしか出来ない闇だからな」
「それは違……」
違いますよ、とフレイが言おうとした言葉を遮るようにディアナが現れてヒロムに言った。
「それは間違いですよ、マスター。
アナタは闇ではありません」
「ものの例えだけど……間違ってはないだろ?」
「もしマスターが闇なら、私たちは何なのでしょうか?」
間違ってはないというヒロムに対するディアナの言葉。
それはヒロムの頭の中の考えを見透かすような言葉で、ヒロムはすぐには答えられなかった。
「それは……」
「……私たちはマスターとともにあり、マスターに導かれ、導く存在です。
それはマスターが今よりも輝けるように、そして誰よりもマスターを想うからこそそう感じています」
「……つまり、オレはオマエらの光であり、アイツらにとっての光ってか?」
「そうですね……そういうことですね」
何だそれ、とヒロムはディアナの言葉にため息をつくとユリナたちを遠くから眺め、その中で思ったことを口にした。
「オレにはアイツらが眩しすぎるんだよ。
今も昔も……「八神」を潰したくて仕方がないオレには……」
「それが終わったらどうされるのですか?」
ヒロムの言葉を言及するようなイシスの一言。
それを言われたヒロムは考えもしていなかったのかすぐには何も言わなかった。
いや、言えなかったのだ。
「……終わったら、か」
(「八神」を倒した後……やっぱ「一条」と戦うことになるだろうな。
そうなればオレは「十家」と対立することになるのか……)
「わかんねぇな……先のことは」
「では、マスターは……」
ちょっと待て、とヒロムは何かを言おうとしたフレイを止めるとユリナたちがいる方に指をさした。
フレイがそちらを見てみると、ユリナが走ってこちらに向かって来ているのだ。
「ヒロムくん、あのね……」
それほど離れた場所にはいないが、走ってきたユリナは少し息切れしていた。
何か言いたそうだが、息切れしているせいで中々本題に入ってくれない。
「……大丈夫か?」
「う、うん……あの、ね。
今度みんなで海とか遊園地行きたいなって話してたの」
「へぇ、良かったじゃん。
楽しい女子会ってやつか?」
「ち、違うの。
その……ヒロムくんと一緒に行きたいの」
ユリナの言葉を受けたヒロムは少し驚いた顔を見せるが、すぐに我に返ると平静さを取り戻し、ユリナに伝えた。
「オレはインドア派なんけどなぁ……」
「せっかくだし、って思ったの。
いつもヒロムくんは……」
何かを言おうとしたユリナ。
だが、その言葉は途中で途切れ、そしてユリナはどこか辛そうな表情に変わっていた。
「……?」
「……そ、その……せっかくの夏休みだから、ね?」
「……まぁ、行き先次第だな」
明らかに話題を変えたようなユリナの一言に返事をするヒロム。
だがどうにもユリナのあの辛そうな表情が何を意味してるのかが気になって仕方がない。
気になってしまうと頭の中がモヤモヤする。
ヒロムはそれをかき消すため、ユリナに質問しようとした。
が、そうしようとした時にはチカやリサ、エリカが後を追ってこちらにやって来た。
「ユリナ、慌てて行かないでください」
「ご、ごめんねチカ」
「せっかくだから報告したいのはわかるけど、行きたいって話だけだったでしょ」
「ごめんね……つい嬉しくなって……」
ユリナは笑ってリサたちと話し始めたが、その笑顔はどこかいつもと違う。
何かを隠すようなぎこちのないもの。
ユリナやリサ、それにエリカはヒロムの表情や雰囲気で考えがわかるらしいが、逆にヒロムはそれが出来ないし、それ故にわからない。
だから今の彼女の本心はわからないが、それでも笑顔の裏に何かあるのは確かだった。
「……ユリナ」
「ど、どうしたの?」
ヒロムが声をかけるとユリナはその笑顔をこちらに向ける。
……気にしすぎなのだろうか?
「あのさ……」
「楽しそうに女連れて歩いてるなぁ」
ユリナに対してヒロムが言おうとするのを遮るようにどこからかヒロムに向けて言葉が発せられる。
ヒロムは思わずそれに反応して、言葉が聞こえて来た方を見てしまう。
そこには、一人の男がいた。
「オマエは……」
ヒロムはその男について知っている。
いや、忘れようにも忘れられないほどに因縁のある相手だ。
「狼角……!!」
「覚えてたか。
さすが、だな」
男は、狼角は拍手をしながらヒロムに向けて近づくように歩き始め、その中で話し始めた。
「今日来たのは他でもない。
言わなくてもわかるよな?」
「……ああ」
狼角の目的、それはおそらくヒロムの抹殺だ。
狼角はそのために角王として行動してるようなものだからだ。
だが、その話を今ここでしたくはないとヒロムは思っていた。
なぜなら、今この場にはユリナたちがいる。
巻き込んでしまう、そうなってからでは遅い。
「悪いが、場所変えさせてもらうぞ」
「お優しいねぇ。
オマエが優しいのはそこの女を巻き込みたくないからか?」
「……だったら何だ?」
狼角の挑発にも似た言葉を受けたヒロムは少し苛立ちながらも移動しようと立ち上がり、狼角に迫ろうとした。
が、ユリナはそんなヒロムの腕を掴み、ヒロムが行こうとするのを止めてしまう。
「ユリナ……?」
「……ダメ」
「離してくれ、アイツは敵だ。
倒さないと……」
やめて、とユリナは震える声でヒロムに言うと、同時に腕を掴む手に力が入っていく。
ユリナは今にも泣きそうな瞳でヒロムを見つめ、そして今の自分の思いをヒロムに伝えた。
「行かないで……。
ヒロムくんがそこまでして戦わなくても……他の方法で……」
「……悪い、ユリナ。
オマエの気持ちは嬉しい……だから話は後で聞く」
ユリナの切実な願い、それを聞いたヒロムは少し申し訳ない気持ちにはなるが、狼角を前にするとそれを抑えて込んでしまい、そしてユリナの手をそっと離させる。
「……オレにはこうする以外の方法はないんだよ」
「だ、ダメ……!!」
「……イシス、コイツらを頼む」
はい、とヒロムの言葉に返事をしたイシスはそれに従うようにユリナの手を取り、そしてリサたちをヒロムのもとへ向かわぬように止めようとしていた。
が、それでもユリナはヒロムを止めようとする。
「ダメ……行かないで!!
ヒロムくん!!」
自分の名を呼ぶユリナにヒロムは背を向けるとただ一言だけ伝えた。
「必ず……帰ってくる。
待っててくれ」
その一言を伝えたヒロムは狼角のもとへ向かい、狼角もそれを確認すると場所を移そうと歩き始めた。
そしてそれに続くようにフレイとディアナも歩き進んでいく。
「やだ……」
段々遠くへ行ってしまうヒロムの後ろ姿にユリナは涙を浮かべながらも、届くはずのない手を必死に伸ばしている。
その姿をヒロムの指示を受けているとはいえ止めてしまうことに複雑な心境になるイシスは何も言ってやることは出来なかった……
***
外へと出たヒロムと狼角。
距離を取るように離れる狼角だが、狼角が向かう先には何人もの少年と少女がいた。
「用意周到だな……わざわざ「ハザード・チルドレン」を待機させているとは」
彼らの姿を目の当たりにし、ヒロムは何の気持ちもこもっていない拍手を送る。
その後ろでフレイとディアナはそれぞれが武器を構えていた。
「……ま、潰せば関係ねぇけどな。
さっさと終わらせて戻らなきゃ行けないからな……」
ヒロムは首を鳴らし、さらに指の関節をポキポキ鳴らしながら構えた。
「……敵はあの「無能」、オマエらの存在意義を示せ」
狼角は「ハザード・チルドレン」の後ろへと移動すると彼らに指示を出し、彼らは大きく返事をして武器を構える。
「ようやく「覇王」と戦える……!!」
「ハザード・チルドレン」の一人、炎城タツキはガントレットを装備した拳を構えながら嬉しそうに笑っていた。
が、ヒロムはただ冷たい眼差しで彼らを睨んでいた。
「……今オレはイラついてんだよ。
だからオレを滾らせる自信があるやつはかかってこい!!
オレが片っ端から潰してやる!!」