七九話 炎魔絶焼
「喰らいたくてしかたねぇ、だと?」
ソラの登場を目の当たりにし、その言葉を聞いた射角はソラを睨むように鋭い眼差しを向けながら言った。
「オマエはわかってんのか?
前回の戦闘でオマエは他人の力を借りなきゃ勝てなかっただろ?」
「形はどうあれオマエは倒した。
そしてオマエはそんなオレに負けた、違うか?」
なんだと、とソラの挑発にも似た言葉を受けた射角は反論しようとしたが、拳角はそれを制すとソラに一つ尋ねた。
「……なぜここにいる?」
「あ?」
「外で暴れてるのは裏切り者の氷堂シンクだ。
そしてヤツがともに行動していたのは鬼月真助のはずだ。
なのになぜ……」
「別にどうでもいいだろ。
今オレはここにいる、それがすべてだ」
「それもそうだな……」
ソラの言葉に拳角は納得したような態度を見せ、その一方でソラに対して明確な殺意を向けていた。
「理由はどうあれ侵入者は排除する。
そして裏切り者も、そこの道具もだ」
「コイツは……「ハザード・チルドレン」はオマエらの都合のいい道具じゃないだろ」
拳角の言葉に対してソラは魔力を纏うと銃を構える。
拳角の殺意に対抗するかのようにソラの殺意も強く、そしてそれは拳角だけでなく射角にも向けられていた。
「コイツも一人の人間だ。
それをオマエらの都合で物扱いしてんじゃねえよ。
オマエらにそんな資格ねぇだろうが」
「……「無能」の面影と重ねてるのか?」
ソラの言葉を聞いた射角はソラの考えを見抜いているかのような態度で語り始める。
「オマエが信頼を寄せるあの男とそいつを重ねてるのか?
哀れに思って同情してるんだろ?」
「黙れ」
「勘違いしてんじゃねぇよ!!
そいつも「無能」も必要とされてないからそれ相応の扱いを受けてるんだろうが!!
何も出来ない、何の価値もない!!
それがそいつらとあの「無能」が晒してるものだ!!」
「黙れ!!」
射角の言葉に怒りが限界に達したであろうソラは魔力を炎に変え、さらにそれを紅く染上げる。
荒々しく、激しく燃えるその炎はソラの心を表しているようだった。
「オマエらよりヒロムの方が価値はある。
アイツにはアイツを必要としている人たちがいるんだからな」
「戯言を……」
「それにその「無能」に敗北し、「無能」に仕えるオレに負けたのはオマエらだろ?」
「確かにそうだな」
ソラの言葉に拳角は頷くと、全身に炎を纏わせてソラを睨んだ。
「オレは「無能」に負けた。
だが過去の敗北でオレの全てを理解したと思うなよ?」
「だったらオレに勝てよ。
それが出来ないなら……くたばれ!!」
ソラは銃を構えると無数の炎弾を拳角と射角に向けて放つ。
拳角はそれを避けると走り出し、射角は自身の前で大きな爆発を起こすと炎弾を防いでいく。
「当たるわけねぇだろ!!」
爆風をかき消すと射角も走り出し、二人はソラに狙いを定める。
「援護してやるよ、拳角!!」
「好きにしろ」
拳角はソラに接近するとその勢いを活かして素早く殴りかかるが、ソラはそれを右足の蹴りで弾き、さらに後ろに続く射角に炎弾を放つ。
「くらうかっ!!」
射角はまたしても爆発を起こして炎弾を防ぐが、その一方でソラは炎を纏わせた蹴りで拳角を攻撃していた。
「くっ!!」
「どうした?
口だけか?」
「油断すんなよな!!」
拳角に攻撃するソラの隙をつくように射角は爆発を起こそうとしたが、ソラはそれよりも早くに後方へと飛び、飛びながら拳角に炎弾をぶつける。
近距離からの炎弾を受けた拳角はダメージにより倒れ、本来そこにいたはずのソラに向けて放たれた爆撃が倒れた拳角に襲いかかる。
「!!」
「しまった!!」
「おいおい……味方攻撃するとか何考えてるんだ?」
ソラは銃を構えると炎を収束するように集め、動揺する射角に向けてビーム状にして放った。
「この……」
「防げるなら防いでみろよ。
……無理だろうけどな」
射角はこれまでと同じように防ごうと爆発を起こすが、ソラの放った一撃はそれをかき消すと射角を襲いかかり、その炎で射角の身を焼こうとする。
「があああ!!」
「この……」
再生の力を持つ炎「不炎」をその身に宿す拳角は徐々に傷を再生させながら立ち上がると、ソラを睨んだ。
が、それに対してソラは大した反応を示さない。
「威勢だけは良さそうだな。
角王ってのはこんなに弱かったか?」
「コイツ……」
ソラの一撃を受け、火傷を負った射角は拳角の横に並び立つとソラに殺意を剥き出しにし、そして銃を構える。
だが拳角はそんな射角に落ち着くように告げる。
「落ち着け……。
今のままではダメだ」
「おい、呑気なこと……」
「わからないのか?
……アイツは我々の知る相馬ソラではない。
この短期間に相馬ソラという人間は成長し、人知を超えた可能性がある」
(ヤツが言うように角王としてのオレたちが弱いわけではない。
並の能力者なら苦戦を強いられることもない。
だがコイツは……違う)
「……あの炎が「炎魔」の力なら以前のように自滅は期待できない」
「この短期間に制御したってのか?
ふざけ……」
そうだよ、とソラが引き金を引くと同時に拳角と射角の周囲に無数の火柱が現れる。
「「!!」」
「オレはアイツの力になるためにこの力と向き合い、そしてこの手で扱えるように克服した。
悪いがオレは……オマエらを殺すためならこの命も捨てるつもりだ!!」
ソラは銃を捨てると同時に両腕に炎を纏わせ、それを紅い炎へと変えると勢いよく燃やさせる。
「……炎魔劫拳、焼装!!」
炎の中より魔人の力を宿し、姿を変えたソラの両腕、それを見た二人は言葉を失うしかなかった。
甲殻にも似た真紅のアーマーに覆われたような腕は鋭い爪を持ち、そして何よりその見た目は人ならざるもの、悪魔のようとしか言い様のない姿をしているのだ。
「な……」
「あれが……オレたちと同じ能力者……!?」
言葉を失う射角と、驚きを隠せない拳角。
ソラは首を鳴らすと拳を構え、紅い炎を身に纏う。
「この程度で驚くなよ?
まだ見てくれが変わっただけだぞ!!」
走り出すとともに炎となって消えるソラ。
その動きに警戒しようとした拳角だが、そうしようとした時には隣にいたはずの射角が勢いよく吹き飛ばされており、そして自身の体は紅い炎に襲われていた。
「なっ……!!」
「遅いんだよ!!」
拳角の前にソラが現れるとともに拳角は無数の紅い炎の龍に襲われ、さらにソラの拳が体に叩きつけられる。
ソラの拳が攻撃した拳角の体は徐々に焼け焦げていき、拳角はその痛みにより叫び声を上げてしまう。
「があああ!!」
「あんまり経験ないだろ?
炎の能力者のアンタが「熱い」って思うことは」
「な、なぜ……」
ソラは拳角をもう一度殴ると、それについて語り始めた。
「炎の能力者は炎を受けても熱いとは思わない。
せいぜいダメージ受けて痛いくらいだろうな。
それはなぜか?アンタもわかってるだろ?
炎を扱う上で炎に対しての耐性が出来てるからだ」
「ああ、そうだ……だが今……」
「何故なのか……単純な話だよ。
その耐性ってのは扱う炎で左右される!!
いくら不死鳥に近い炎と言われる「不炎」でもすべてを焼き尽くす「炎魔」には耐えられないってだけだ!!」
ソラは左の拳に炎を収束させると拳角を殴り、そして炎を炸裂させて拳角を射角同様に吹き飛ばす。
拳角は全身に酷い火傷を追いながら吹き飛び、吹き飛んだ先で倒れてしまう。
が、意識はあり、何とかして立ち上がろうとする。
「この……」
(再生に時間がかかるか……。
だが再生さえすれば……)
「再生すればどうにかなる、て思ってるだろ?」
拳角の考えを読んだかのようにソラは言うと、拳角の背後に現れる。
背後に現れたソラに驚き、ソラは反応が遅れた拳角の顔に蹴りを入れると続けて言った。
「甘いんだよ。
アンタは今、能力者の力比べで負けた。
なのに能力が機能してると思うか?」
「何を……」
拳角は冷静になって体を見た。
普段なら重傷でも再生が始まっていてもおかしくないのに、今は再生すらされない。
「そん……な……」
「オマエら「八神」は力に固執しすぎだ。
だからオマエはヒロムに……「無能」と見下したヤツに負けたんだよ」
「黙……」
「黙りたきゃ黙れ」
ソラが指を鳴らすと拳角の周囲に火柱が現れ、それらは巨大な龍となると拳角に食らいつく。
「がああああ!!」
「じっくり味わえよ?
再生しない体で受ける痛みをな」
「悪魔がぁ!!」
射角が走ってくるなりソラに殴りかかるが、ソラは射角の拳を掴むなり力を入れて、骨を砕いていく。
「ああああ!!」
「……オマエは簡単には終わらせねぇ。
前回の借りがあるからな」
「……黙……れ!!」
射角が指を鳴らすとソラの顔の前に魔力の球が現れ、勢いよく炸裂するが、炸裂した後は音だけで何も起こらなかった。
何も起こらなかった、それが予想していない事態だったらしく、射角は愕然としていた。
「……は?」
「能力者の戦いは強い方が勝つ。
常識だろ?」
「まさか……オレの能力を「燃やした」のか……?」
「いいや、喰らっただけだよ!!」
ソラは炎を纏わせた蹴りで射角を天へと蹴り上げると全身に纏う紅い炎を身の丈の何倍もの大きさへと膨らませていく。
「悪いな……もう迷ってられねぇんだよ。
ヒロムのためにも……相棒のためにも……!!」
ソラの脳裏によみがえるビジョン。
バッツの攻撃でボロボロになってしまったヒロムの姿を、そして夕弦を庇い重傷を負ってしまったイクト姿を。
それらは自身の不甲斐なさが招いたものだ、ソラはそう言い聞かせるように拳を強く握ると炎の一部を大きな翼へと変化させて、射角を追うように飛翔する。
「オレは戦う……!!
アイツらのために……アイツらを前に進ませるために!!」
全身に纏う炎を大きくする中で拳に集中させ、射角に向けて拳を突き出す。
「炎滅劫魔撃!!」
突き出した拳から炎が解き放たれ、それが射角に襲いかかる。
射角に襲いかかった炎は標的を喰らうと次々に炸裂しながら激しさを増し、気づけば巨大な炎の球体となって射角を焼き続けていた。
「あああ!!」
「じゃあな、角王!!」
ソラが指を鳴らすと炎の球体は炸裂し、大きな爆発を起こす。
その爆発の中にいる射角は身動きが取れず、ダメージをもろに受けてしまう。
爆発の中より瀕死の重傷を負った射角が現れ、ソラの横を通り過ぎるように落下していき、落下した先で倒れてしまう。
拳角と射角、双方が酷い火傷を負いながら倒れた。
その状況に岩城ギンジは驚く他なかった。
「す、すげぇ……」
「無事だったか?」
ソラはゆっくりと着地するとすべての炎を消し、腕を元に戻してギンジの安否を確認しようとする。
ギンジは驚きを隠せないような顔をしており、それを見たソラは咳払いをすると彼に尋ねた。
「改めて……相馬ソラだ。
一応聞くが……戦う気はないよな?」
「あ、ああ。
アンタのおかげでコイツらが倒れたんだし、助かった」
「そうか。
で、どうしたい?」
どうしたい、ソラの言うその言葉の意味がわからなかったギンジは首を傾げる。
首を傾げるギンジにソラはわかりやすいように言い換えた。
「オレとここから出るか、ここでまだ暴れるか……どうする?」
単純な二択、ソラはそれをギンジに選択させようとしていた。
が、その選択をする前にギンジはソラに対して一つ質問をした。
「アンタは……オレのことを警戒しようとしないのか?」
「あ?」
「オレはアンタと初めましてなわけだけど……アンタはオレが後ろから攻撃するかもとか思わないのか?」
ギンジの言葉を聞いたソラは大きなため息をつき、そして呆れながらギンジに一言告げた。
「バカなのか?」
「え……?」
「オマエはアイツらに勝てなかったが、オレはそいつらに勝った。
オレより弱いオマエに攻撃されるとか考えるわけねぇだろ」
「失礼な……」
「まあ、オマエはそういうやつじゃないと思っただけだよ」
ソラはギンジに背を向けると少し微笑み、そしてその場を去るように歩き始めた。
「……外の仲間と合流する。
来るなら勝手に来い」
待ってくれ、とギンジは地面に落としたままの大槌を拾い上げ、ソラのもとへと慌てて走っていく。
「なぁ、何て呼べばいいんだ?」
「……さあな。
まぁオマエのことはギンジって呼んでやるからオレのことは好きに呼べよ」
「わかった。
ソラでいいか?」
「……好きにしろ。
まずは脱出するからついてこいよ、ギンジ」
ソラは走り出し、ギンジも後を追うように走っていく。