七八話 炎怒
シンクが斬角とそれが率いてきた能力者たちを相手に戦っている一方で、ソラはタブレット端末の情報に従って研究所内に潜入することに成功していた。
シンクのおかげで内部は静かで、人の気配もない。
どうやらシンクの読み通りに敵は外へ向かっているのだろう。
が、この状況をソラは素直に喜べなかった。
「……上手く行き過ぎてないか?」
自問自答するかのように呟くソラ。
こういう潜入に関しては素人のソラは今のこの静けさを受けて不安に感じているのだ。
「こういう時って大概誰かに終始見られてるんだよな……テレビとかだと」
辺りをキョロキョロと見渡すソラ、監視カメラがないかを探している。
シンクから受け取ったタブレット端末のマップには敵の監視から逃れるための最短ルートなどが明記されている。
この通りに動き、情報を回収すれば問題ないわけだが、それでも不安はある。
(伏兵でもいたら外と中で分断されることになるからな……ってシンクが外で暴れてる時点で自分たちからそうしてるんだけどな)
ソラはタブレット端末を確認すると動き出し、少し進んだ先にある部屋に入った。
研究所らしく無数の資料や機材が置かれ、そして作業用のデスクにはパソコンが数台置かれていた。
「ここか……」
(情報があるとされる部屋はここだな。
確か奥にあるパソコン……)
あれか、とソラは部屋の最深部にあるデスクの上のパソコンを見つけ、そこに向かって進んだ。
「パソコンの回収もされてないとか、ますます怪しさしかないな……」
ソラはタブレット端末にケーブルを繋げると、ケーブルをさらにそのパソコンに繋げた。
と、同時にパソコンの画面が明るくなり、「データコピー中」と表示される。
タブレット端末には「データ取得中」と表示されている。
これで情報の回収が出来る。
(あとは中身を確認してシンクに報告だな……)
この後の段取りまで確認したソラだが、ふとデスクの上に置かれている資料が目に入る。
何気ない研究所にあるような資料、だがそこに書かれていた内容がソラは気になったのだ。
「これは……」
大きく書かれた資料のタイトル、そこには「能力者培養計画」と書かれていた。
培養、その言葉を見たソラはこの資料が何を意味するのか気になり、それを確かめるように続きを見た。
資料にはこう書かれていた。
『 能力者の遺伝子を人為的に操作することで様々な結果が確認された。
遺伝子操作を行った被験者は必ず「ハザード」に発症する。
人としての可能性を失う被験者の記憶を改竄し、新たな記憶を与えることで「兵器」として運用できる。
被験者たちは戦う度に強くなり、「兵器」としての誇りを抱くことになる』
「……これって……「ハザード・チルドレン」のことか……!!」
今読んだ内容から「ハザード・チルドレン」だとすぐに理解したソラは、怒りを抑えられなかった。
「……ふざけるな……!!
こんなことを裏でコソコソやってやがったのか……!!」
怒りのあまり、ソラは資料を握りしめてしまうが、肝心の情報に関してはちょうどコピーが完了した。
「……データは問題ない。
それに……」
ソラはその中身を確認し、目的のものだと判断するとともに、コピーしたデータの中に今見ていた資料と同じものが入っているのを見つけた。
中身を開けると内容は全く同じだ。
ソラはパソコンからケーブルを抜き、タブレット端末を回収すると今見ていた資料を炎で燃やし、焼失させた。
「……続きはあとでゆっくりと見るとするか」
すぐさまその部屋を出たソラ。
その時だった。
どこからか警報音が鳴り響いてくる。
「な……!!」
ソラはその音に驚き、周囲を見渡すと同時に銃を取り出し、敵の出現に備えた。
(くそ……!!
どこでバレた、どこからバレてた!!
こんな所で……)
「こっちだ!!」
敵と思われる者の声がし、ソラは声のした方を振り向くと共に銃を構えて引き金を引こうとした。
が、声がしたはずなのにそこには誰もいなかった。
「……?」
おかしい……。
声は確実に聞こえていた、なのにいない。
一体どういうことだ?
ソラはただ疑問に思うが、その疑問を解決するかのように新たな音が響いてくる。
何度も何度も響いてくる銃撃音、そしてそれに続くように何かが爆破したような音が鳴り響き、研究所内が大きく揺れる。
「これは……」
明らかに先ほどの警報音と「こっちだ」と言う声はソラに対してのものではないことが今ならわかる。
が、それならそれで新しく疑問が生まれる。
敵は「何」に対して攻撃しているのか?
シンクは今も外で戦っているし、潜入する際に周囲に他に人の気配はなかった。
ならばどこから……
ソラはひとまずタブレット端末にてマップを確認し、この騒動が起きているであろう場所がどこなのか調べた。
今いる地点にマップを更新し、それらしい場所を一つ見つけた。
「実験設備場……」
明らかに怪しさしかない名前、このマップ上でも他の区画に比べればスペースがかなり大きく確保されている。
「……なるほど」
ここに来た時のあの静けさ、そした放置されたままの部屋の資料やパソコン、そしてこの騒動……。
ソラはそれらから一つの結論を導き出した。
「シンクの出現でここの研究者たちは避難したのは確かだが、ここには「ハザード・チルドレン」の被験者がいる……シンクに対してアレをする気だったんだな」
ソラはヒロムやガイから聞いたバッツが行った「ハザード・チルドレン」を意図的に暴走させたという話を思い出す。
「いくらシンクでも理性を無くした人間の動きは対処できないかもしれないからな……で、やろうとした結果の末に巻き込まれてるって感じだろうな」
やれやれ、とソラはため息をつくと悩んだ。
シンクに頼まれた情報の回収はすでに終えている。
ここはすぐに引くべきなのだろうが、この騒ぎの中安全に撤退できるかも定かではない。
「……厄介なことになったな」
悩んでいるソラ。
そのソラの意表を突くように背後から声をかけられる。
「おい、オマエ」
「!!」
声をかけられ、恐る恐る振り返るソラ。
振り返った先には白衣に身を包んだ男が立っていた。
が、武器は持っていなかったため、そこまで危険性は感じられなかった。
「ここの人間、ではないな?」
「……」
どうしたものか……。
敵意はなさそうだが、警戒されているのは確かだ。
逃げれば仲間を呼ばれかねないが、かと言って武器もない無抵抗に近い相手を撃つのも気が引ける。
だがこの状態が続くのも問題だ。
「……だったら何だ?」
ソラはひとまず敵だということをハッキリさせるために男に銃を突きつける。
銃を突きつけられた男は驚きはするものの、抵抗の意思はないと言わんばかりにすぐに両手を頭より上に挙げた。
「……撃たないでくれ」
「だったら教えてもらおうか。
この先にある実験設備場で何をやっているのかを」
「……被験者の一人が暴れている」
それで、と一言で済ませようとした男に向けて殺意を剥き出しにしながらソラは告げ、そして引き金に指をかける。
それを感じ取った男は逆らおうとせずに説明した。
「……暴れているのは岩城ギンジ、被験者として更なる遺伝子操作を施す予定だった少年だ。
能力を強化することに成功したが、後遺症により「ハザード」に発症している」
「それが暴走したってか?」
「……彼に施した記憶改竄が解けたんだ。
そこで実験の数々を思い出し、恨みを抱くように暴れている」
「自業自得だな。
オマエらがやったことだろ?」
「私はやりたくてやったんじゃない!!
ここに配属されて、命令されるがままに実験をしていくうちに自分が何をやっているのか気づいたん……」
ふざけるな、と男の言葉を聞いたソラは怒りを露わにし、男の腹に蹴りを食らわせる。
ソラの攻撃を受けた男は蹲り、ソラを見上げるように視線を送るが、ソラはすかさず男に銃を突きつける。
「指示通り動いただけで関係ないって言いたいのか?
罪のない人間に実験を施したのに他人のせいにするのか?」
「そ、そうしなければ私が……」
「他人の全て奪うようなことしておいて自分を守ろうとか思うな!!」
ソラは銃を男の頭に押し当て、強く言い放つ。
「今更助かりたいって?
そうやって助かりたいって思ってるヤツらを実験台にしていたのはオマエらだろ……!!」
「そ、それは……」
ソラの中でこの怒りは次第に大きくなりつつあった。
ヒロムのことを「無能」と呼び、蔑んだ家に仕えるこの研究所の職員は「八神」の家と変わらない。
ただ自分たちとことしか考えていない、どんな形であれそれを感じると怒りがこみ上げてくる。
幼い子どもの夢と希望を壊し、挙句人の未来を潰して都合よく記憶を書き換えてなかったことにしようとしている。
「本当に自分勝手で気に入らねぇ……!!」
「す、すまない!!
許してくれ!!頼む!!」
必死になって許しを乞う男、だがこの身勝手すぎる行いにソラは怒りを通り越して呆れてしまい、男から武器を遠ざけるように下ろした。
「……ふざけすぎてて何も言えねぇよ」
「じゃ、じゃあ……」
助かった、そう思ってるか男は顔を上げ、ソラの顔を見つめて安心したような表情を浮かべている。
が、その表情はすぐに消えることとなる。
ソラは下ろしたはずの銃を男に向け、音を発することなく炎の弾丸を放つ。
放たれた弾丸は男に襲いかかり、命中すると炎が男を飲み込もうとする。
「う、うああ!!」
痛みにより表情が変化する男、ソラはその男に目を向けることもなく背を向け、去ろうと歩き始めた。
「な、なんで……」
「この手で殺す価値もない。
死にたきゃ勝手に死ね、生きたきゃ罪を償え……オマエは人の苦しみを理解しろ」
ソラは爆音の響く実験設備場の方へと進み始めた。
(シンク、悪いがもう少し暴れててくれ……)
***
実験設備場
入口には出入りを封じるかのように警備兵が機関銃を構え、中で暴れている者を捕らえようとしていた。
そこに設置されている大きなカプセルは粉砕され、制御装置や関連装置も破壊され、その周りには何人もの研究者が傷だらけになって倒れていた。
そしてその中心には一人の少年が立っていた。
逆立った銀髪、道着にも似たような灰色の衣装を纏い、大槌を構えた少年。
この施設の入口を封鎖するように立つ警備兵と対峙するように構えていたが、少年は軽微とはいえ負傷し、そして体力も尽きかけていた。
「はぁ……はぁ……」
「抵抗はやめろ、岩城ギンジ。
ここで大人しくすれば身柄の拘束だけで済む」
「……っざけんな。
オレは道具じゃない……人間だ!!」
「何を言っているんだ?
キミは能力者としてここで施術を……」
「記憶を消されてまで強くなりたくねぇ!!
オマエらのせいでオレは……」
やれやれ、と警備兵が照準を少年に、岩城ギンジに狙いを定める。
それに対するギンジも来るなら来いと言わんばかりに大槌を振るために力を入れる。
が、その場にいる者全員が想定していないことが起きた。
「何をやっている?」
ギンジと警備兵たちの間に炎が現れ、その炎は人の形へと変化していく。
眼帯をした茶髪の男、警備兵はその男を見るなり武器を下ろして敬礼し、ギンジはただ敵意を剥き出しにした。
「拳角……!!」
「何をやっているのか聞いたんだがな……被験者。
外は裏切り者のせいで苦労してるのに、道具が要らぬ感情を持ち合わせるな」
「オレは人間だ!!
だから人間らしく生きたいんだ!!」
「忘れたのか?
オマエは何もかもを否定されて「兵器」としての道しか残されていない。
誰もオマエを求めてないんだよ」
黙れ、と拳角の言葉を聞いたギンジは怒りとともに魔力を身に纏い、拳角に攻撃しようと動き始める。
が、そんなギンジの周囲が突然爆発し、ギンジは勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「が……」
何が起きたのか?
意識が遠のきそうになりながらもギンジは確かめようと拳角の方を見た。
「何やってんだよ、拳角」
拳角の隣にはいつからいたのか定かではないが、金髪の男がいた。
左頬に傷を持つその男、拳角は勿論、その場にいる全員が誰なのかを知っている。
「何の用だ、射角」
「冷たいこと言うなよ、拳角。
出来損ないの「兵器」を見に来たのさ」
「……オレは……」
「人間ですってか?
わかってねぇなぁ」
射角が指を鳴らすと、ギンジの右肩に魔力の球が現れ、それが炸裂してギンジを襲う。
「ぐぁあ!!」
「オマエはここに来た時に人間としての全てを破棄してんだよ。
今更戻れると思うなよ?」
「この……」
さて、と射角はため息をつくと拳角を見ながら確認した。
「もう殺していいか?」
「オマエが来なければすぐにやってた。
やるならやれ、裏切り者を殺しに行くぞ」
「オッケー、任せ……」
「面白いのがいるじゃないか」
ギンジでも拳角でも警備兵のものでもない声が射角の言葉を遮る。
誰かいる、そう思った拳角と射角は周囲を警戒しようとしたが、それは遅かった。
入口を封鎖するように並ぶ警備兵が音もなく紅い炎に飲み込まれ、その炎から逃れようともがいているのだ。
「な……」
「おい、どうなってんだよ拳角!!
あれは……」
「忘れてるとは心外だな」
紅い炎の一部が勢いよく拳角と射角の間を通り抜けるとともに姿を変え、ギンジを守るように二人の前に立ち塞がる。
その現れた人物、その存在を思い出した射角は思い出すと共に苛立ちを露わにする。
「相馬ソラ……!!」
「思い出したか?
あの日、オレの炎で負けた口だけ野郎が」
突如現れたソラ、そのソラの存在にギンジは困惑していた。
何者なのか、敵なのか味方なのか、そしてなぜ現れたのか?
すべての謎が解決することなく新たな疑問が生まれる。
そんなギンジにソラはただ一言伝えた。
「安心しろ……オマエの味方だ」
「アンタは……?」
「自己紹介、は後でいいよな?
今オレは目の前の獲物を喰らいたくてしかたねぇからよ!!」




