七七話 熱き氷
目的となる研究所。
そこから少し離れた物陰に隠れるようにしてソラとシンクは研究所の様子を伺っていた。
外の警備は薄い。
シンクが事前に告げたように廃棄されかけてるだけのことはある。
が、なぜかシンクは研究所に潜入しようとしない。
「どうした?
行かないのか?」
「いや、行くのは行くが……妙だ」
「?」
何が妙なのか?
こういう潜入経験の浅いソラはわからないでいた。
そんなソラを察したのかシンクは説明した。
「廃棄されかけてると言ったが、警備が薄すぎるな」
「そうか?
捨てる施設に人員回す方がおかしいだろ?」
「いや……捨てるからこそ、ここにあるであろう情報を部外者に奪われたくないはずだ。
とくにオレのようなヤツがいるくらいだから警戒してておかしくはない」
「つまり……オレたちを誘い込む罠ってことか?」
シンクの説明から考えを述べるソラ。
そのソラの言葉にシンクは頷くと話した。
「……可能性はあるな。
中に何がいるかわからないがな」
「……で、どうする?」
「ソラは中に潜入して情報を確認した後、施設を破壊してくれ。
外での戦闘はオレがやる」
待て、とソラはシンクに意義を唱える。
「オマエの方が内部構造詳しいだろ?
それに施設のどこに何があるかはオマエが知ってるんだ
ったら逆の方が……」
「戦闘を引き受けるってことは敵をその手で潰す、つまりは「八神」に対する敵対行動だ。
「八神」が始末しようとするオレはともかく、オマエがやればヤツらの新しい標的にされることになる」
「そんなこと……」
言っておくぞ、とシンクはソラの胸ぐらを掴むと強く言い放つ。
「オマエはヒロムの大切な仲間だ。
そのオマエがオレと同じような罪を背負う必要は無い」
「シンク……」
「……これでもオマエには感謝している」
「え?」
シンクはタブレット端末をソラに手渡すと立ち上がり、研究所に向けて歩き始める。
そして、その中でソラに伝えた。
「オマエがヒロムのために戦おうとしてくれたおかげでオレはこうして強くいられたんだ」
「それって……」
「もういいだろ?
……始めるぞ」
シンクの言葉を境に二人は右耳に無線型の小型通信機を装着する。
そしてソラは銃を取り出し、しっかりと握った。
***
研究所。
正面ゲート。
一人の警備兵が立っている。
そのゲートも門となる扉は開いており、中は筒抜け状態。
そこから伺うことの出来る警備兵の数は多くない。
警備兵の装備は機関銃、さらに護身用の短剣。
何とも弱そうな装備だ。
「……いくぞ」
シンクは勢いよく飛び出し、そのままゲートに向かって走り出した。
「!!
貴様、止まれ!!」
ゲートの前に立つ警備兵がシンクに対して叫ぶが、聞く耳を持たないシンクは止まることは無い。
だったら、と言わんばかりに警備兵は機関銃を構え、引き金を引く。
機関銃から銃声を響かせながら弾丸が雨のように放たれるが、シンクはそれを立ち止まることもなく走り続け、迫る弾丸の雨の中を駆け巡っていく。
「当たると思うのか?」
「くっ……敵襲ぅ!!」
警備兵は空高くに目掛けて信号弾を撃ち、仲間に知らせようとする。
が、シンクはそれを止めようともしない。
なぜならそれはシンクにとって好都合だからだ。
ソラを中に潜入させるためには外で派手に戦うことに徹するしかないが、その敵がわざわざこちらに来るのなら止める理由はない。
が、それでも倒せる敵は早いうちに倒すのが吉だ。
シンクは警備兵の目の前まで接近すると敵の頭を右手で掴み、そして右手に魔力を込める。
次の瞬間、目の前の敵は氷に覆われていき、そして氷の像のような姿へと変わる。
シンクは氷の像となった警備兵から手を離すと再び走り出そうとした。
が、
「止まれ!!」
先程の信号弾を受けて駆けつけたであろう警備兵たちがこちらに向けて機関銃を構えている。
が、引き金を引こうにも出来ないような状態だった。
氷の像になった仲間を傷つけずに助けようと思っているのか、それともシンクの力に警戒しているのか。
その理由はわからないが、明らかに攻撃する意思が薄かった。
「止まったら助かるのか?」
「それはこちらが決める!!
おとなしく拘束されれば……」
「あっそ」
シンクが指を鳴らすと警備兵が構える機関銃が一瞬で凍りつき、それに驚いた敵は思わず武器を手放すように捨ててしまう。
「おとなしくして助かるとかナメてんのか?
オマエらが何しようがオレは殺す気で攻撃する」
「くっ……」
武器を捨て、シンクに威圧されて後退りを始める警備兵。
だがシンクはそんな敵を逃がす気もなく、潰すために接近しようと歩き始める。
が、それとほぼ同じタイミングで研究所から何かが上空へと飛び、そしてそれはある程度の高さまで行くとシンクに向けて進み始めた。
シンクはそれを見て避けようともせず、ただ呆れてため息をついた。
「ミサイルを撃つとはな……。
本気なのはわかるが、状況考えろ」
迫り来るのはミサイル。
その速度は速く、あと数秒でシンクに直撃しそうだが、それでもシンクは慌てる様子を見せない。
「……バカにしてんのか?」
シンクがミサイルに向けて手をかざすと、ミサイルは何の音もなく氷に包まれ、それにより制御する力を失ったのか軌道が逸れ、シンクの頭上を通り過ぎた先で爆発した。
「バカな……」
「バカはオマエらだ。
こんなので能力者を殺せると思うなよ?」
シンクは警備兵たちの背後へと一瞬で移動し、同時にその場にいる敵全員を氷の力により凍結させる。
先程までシンクに恐れを抱いていた警備兵たちは声を発することもなく氷の像と変わり果て、シンクはそれを見て何か言うわけでもなくゲートをくぐり、その先へと進む。
が、その先にも敵である警備兵は何人もいた。
「お行儀よく順番に来るくらいならまとめて来い。
オマエらじゃ足りねぇんだよ」
かかれぇ、と一人の男の合図とともに警備兵が一斉に走り出し、シンクに襲いかかる。
「……それでいいんだよ」
シンクはため息をつくと迫り来る敵の攻撃を避け、そして次々に氷を放つことで倒していく。
「このっ!!」
短剣を持った男がシンクを刺そうと迫るが、シンクはその短剣を凍結させると砕き、男の顔面に拳を叩きつける。
男が倒れるとまた一人、敵が迫ってくるが、シンクはそれすらも倒してしまい、気づけば向かってくる敵すべてを倒していたのだ。
「こんなもんか……?」
最後の一人であろう警備兵の男が逃げようとシンクに背を向けて走り出すが、シンクがすかさず指を鳴らすとその男は全身が凍りつき、そして一瞬で氷の像と化していた。
「他愛もない……」
シンクはため息をつき、そして首を鳴らすと周囲を見渡す。
他に動けるような敵はいない。
が、呆気なさすぎてシンクは物足りなかった。
戦いたいわけではない、ソラが潜入するための時間を稼げていないし、何より敵のすべての注意を引き付けてるとは思えないからだ。
「他にもいるならとっとと……」
とっとと出てこい、シンクがそう言おうとすると紅い雷がシンクに向かって迫り来る。
「!!」
シンクはそれを避けると、雷が来た方向へと氷の弾丸を放つ。
が、それは紅い雷によりできた何かにより防がれ、再びシンクに向けてそれは襲いかかる。
「この……!!」
シンクはまたも避けると、誰かに語りかけるかのように話し始めた。
「……まさか、オマエがここにいるとはな」
「オレとしてはまだこんな事をしているオマエの方が驚きだ」
こちらに向けて歩いてくる敵、それをシンクはよく知っていた。
だからこそここにいるのは意外に思えた。
「……何の用だ、斬角」
シンクの前に現れた敵、それは「八神」有する「角王」の一人である斬角だ。
が、その装いはシンクの知るものとは少し違った。
シンクの知る斬角は黒い鎧を身に纏っていたが、今は動きやすさを重視したような服装にガントレットを付け、剣を帯刀していた。
「別に、オマエなら次にここへ来ると思っていただけだ」
「……そうか」
シンクが斬角に向けて何かを放とうとすると、斬角もそれに合わせて何かを放ち、二人の間で何かが衝突したかのような音が響き、そしてそれにより生じた衝撃が二人を襲う。
「ち……」
「わざわざ敵を欺いてまでやろうとしたことがこれか?
そのせいでオマエは自分の手の内を知られてるんだぞ?」
「オマエこそ……わざわざ飾音さんやオレのスパイとして情報を横流ししてたのに今さら役目を果たすつもりか?」
「今さら?
これでもずっと役目は果たしていた」
「裏でコソコソと横流ししてたヤツが偉そうに……」
「……オマエさえいなければそうならなかったがな!!」
斬角は全身に紅い雷を纏うとシンクに殴りかかるが、シンクはそれを避けると斬角の腕を掴み、凍らせようとした。
が、それを予見していたのか斬角はシンクが掴もうとした箇所に紅い雷を集中させ、シンクの手が行おうとしていた動作を中断させた。
「!!」
「触れて凍るなら触れさせなければいいだけだ」
斬角はすかさず紅い雷を放つことでシンクに攻撃するが、シンクは自身の体を氷で覆い、その攻撃を防ぐと距離を取るように後ろへ跳んだ。
「どうやら、本気らしいな……」
「オレはいつでも本気だ。
だが……それをオマエが邪魔したんだ、シンク!!」
再び紅い雷を放つ斬角だが、シンクは右手を凍りつかせ、さらにそれを鋭く尖らせると刃のようにして紅い雷を両断した。
「オマエが理由を知った上で引き受けたんだ。
邪魔呼ばわりされる筋合いはない」
「ふざけたことを……!!
オレには何の成果もないことをやらせたくせに……!!」
全身に紅い雷を纏った斬角はシンクに接近すると何度も殴りかかるが、シンクはそれを余裕のある動きで避け、隙をつくように斬角の腹に蹴りを入れる。
「!!」
「悔しいと思うくらいなら己の判断に身を委ねて行動するな……!!」
さらにシンクは両手を氷で包み、それらを用いて鋭い爪へと変化させると斬角に爪による連撃を食らわせる。
「ぐぁっ!!」
シンクは手を緩めず、氷の尻尾を自身の体に出現させるとその場で回転し、その勢いを乗せた尻尾での薙ぎ払いで斬角を吹き飛ばす。
回転をやめ、吹き飛んだ斬角の動向を確かめようとするシンクは敵である彼に告げる。
「自分の判断したことに後悔するくらいなら失せろ。
この世界は選択すれば戻れない、そういう摂理で出来てんだよ」
なるほど、と斬角は吹き飛んだ先でゆっくりと起き上がると剣を抜く。
斬角のために用意されし魔剣「ラース・ギア」。
斬角の怒りの感情により力を増す紅い雷「憤撃」を最大限に発揮させるための魔剣、そのために造られた剣だ。
「つまり、覚悟の上でこんなことをしてるんだな……」
「そうだ、わかったらここにある情報を渡せ」
「……残念だが、渡したところでオマエは帰れない」
「何……?」
斬角が指を鳴らすと、シンクを取り囲むように次々に能力者が現れる。
それもその辺にいるような能力者とは感じ取れる気迫が違う。
これは斬角が呼び寄せた手練たちだ。
「なるほど……オレを倒すためにこんなことを」
「ここにいるのは「八神」に力を貸すと誓ってくれた同志たちだ。
そしてオマエを……裏切り者のオマエを始末する!!」
「威勢がいいのは褒めてやるが、勘違いしてるなら教えてやる……」
するとシンクの体が凍りつき、そして次々に凍りついた体は変化し、シンクの腕と脚は氷で覆われ、鋭い爪を持ち、氷により作られた翼と尻尾、牙を有したマスクをして斬角たちの前に現れる。
「……竜装術・氷牙竜」
「出たな、オマエが得意とする強化形態。
だが対策は取って……」
「……逆鱗!!」
斬角が何かを言い切るよりも先にシンクが冷気を全身に纏い、さらに氷の翼が大きくなり、二枚しかなかった翼は四枚へと増えていた。
さらに尻尾も三本に増え、牙や爪はより鋭くなっていた。
その姿を見た斬角は言葉を失い、シンクを倒そうと集まった手練の能力者たちも思わず一歩後ろへ下がってしまう。
「オレはオレの覚悟のなさを痛感した……。
だからこの姿を完成させた……己の魂を削ってでも強くなる力を!!」
「命を削ってでも……だと?
惑わされるな、ヤツはハッタリを……」
斬角が味方を鼓舞するように叫ぶ中、シンクが両手を大きく広げると、周囲を取り囲むよう現れた能力者たちが巨大な氷塊に襲われ、次々に負傷していた。
「な……」
「ハッタリ、だって?
笑わせるな……オマエら如きの覚悟でオレの氷を溶かせると思うな!!」
シンクは勢いよく飛翔すると斬角に襲いかかる。
「いくぞ!!」
(こっちは任せろ、ソラ。
オマエは……オマエのやれることをやってくれ!!)