七六話 方針
屋敷の入口。
ヒロムはチカとともに庭を歩き、ここまで来た。
「はぁ……」
ため息が出る、いやつきたくなる。
ヒロムはチカから「アキナ」の名を聞いてからため息しかついていない。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……一応、な」
「ですが……」
「大丈夫だ。
……まだ会ったわけじゃないからな」
「そうですか……。
でも、元気を出さないとユリナたちが心配しますよ?」
そうだな、とヒロムは再びため息をつくとそれを最後に一度深呼吸をした。
気持ちを落ち着かせ、一旦忘れることにした。
と、同時に何気ないことに気づいたヒロムはそれを確かめるためにチカに尋ねてみた。
「珍しいな。
アキナのことはともかく、チカがユリナのことも呼び捨てするなんて」
「最初は皆さんと同じようにお呼びしてたのですけど、「友達だから普通にしていい」ってユリナが言ってくださったので」
「……ユリナらしい言葉だな」
「ヒロム様もその方がいいですか?」
別に、とチカの問いかけに対してヒロムは冷たく答えると続けて伝えた。
「オレは気にしてねぇし、オマエが呼びやすい呼び方でいいと思ってる。
だから気にしなくていい」
「はい、わかりました」
チカが元気よく返事をする中、ヒロムは屋敷の入口の扉を開ける。
何事も無く終われ、ヒロムはそう願いながらチカとともに中に入り、ユリナたちを警戒しながら中へと進んでいく。
が、妙に静かだった。
「……?」
人がいないわけではない。
ユリナたちや真助、それに誤魔化すように頼んでおいたガイがいるはずなのだが……
「どうかしましたか?」
「なんか妙に静かだな……」
「そうなんですか?」
「ああ、何故なのかは……」
やっとか、とこちらへガイが歩いてくる。
おそらくずっと待っていたのだろう。
ヒロムはこちらに向かってくるガイに対してこの妙な静かさについて尋ねた。
「何かあったのか?」
「?」
ヒロムの言葉に何かおかしな反応を見せるガイ。
ガイはこの静かさに何も感じてないのだろうか?
と、思っていた時だ。
「きゃああ!!」
「もう、何やってるの!!」
どこからともなく聞こえてくるリサとエリカの悲鳴とユリナの叫び声。
何かあったのではないかと思ったヒロムは慌てて向かおうとしたが、ため息をついたガイは何が起きているのかを説明した。
「大丈夫だ。
今……少しお勉強中だ」
「ああ?」
「リサとエリカが家事の勉強中だが……。
ユリナの言う事聞かずにやってるからさっきから悲惨なことになってる」
「何のためにだよ?」
「……花嫁修業、だとよ。
ユリナにだけいい格好させたくないんだとよ」
なんだそりゃ、とヒロムはため息をつくとチカに一つ頼み事をした。
「チカ、ユリナを手伝いに行ってくれるか?」
「はい、おまかせください」
ヒロムに頼まれたチカは快諾すると声のした方へと向かっていく。
チカの姿が見えなくなったのを確認したガイはヒロムに何があったのかを聞こうとする。
「無傷、というわけでもなさそうだな」
ヒロムに傷はないが、着ていたジャージは微かだが汚れが残っている。
それを見たガイは戦闘があったことを見抜いた。
「勝ったのか?」
「……負けたよ。
情けで傷を消されたんだよ」
「どういうことだ?」
「よくわからんが……オレは最後までアイツのペースで動かされてた」
「つまり、それほど強いってことだろ?」
ヒロムとガイの話、それに参加するかのように真助がやってくるなり横から話し始めた。
「オレたちを圧倒し、そしてオマエを倒した……さすがは「一条」の信頼する能力者ってか」
「呑気なこと言うなよ真助。
……その能力者にオレらは勝算がないんだからな」
「そんなにヤバイのか?」
ガイの問いかけにヒロムは頷くと葉王について語り始める。
「ただの魔力だけで高い攻撃力、さらに的確な攻撃処理……そして一切崩れない余裕……化け物だよ、アイツは」
「オマエにそこまで言わせるとは、な……まだ見たことないが、出来るなら会いたくないな」
「けどよ、そいつがオマエのとこに来たってことは「一条」にとってもはやオレらは敵だってことだろ?」
そうでもない、と真助の言葉を訂正するようにヒロムは
語る。
「アイツらにとってオレは目的のために必要らしい」
「目的だと?」
「……実はパーティーの日、あそこに潜入していたらしい」
「何!?」
ガイは声に出して驚き、真助も声には出さなかったが驚いていた。
そう、当然だろう。
バッツ相手にあれだけ苦戦したあの場でもし葉王が介入してきたとなれば、それは最悪の結果しか残らない。
「けど何で何もしてこなかったんだ?」
「葉王が言うには一条カズキとの計画にオレは不可欠、バッツは邪魔だったかららしい。
そして、バッツをオレが倒すことでトウマと争わせるよう仕向けようとしたんだ」
「つまり……?」
「単純にオレたちは駒として踊らされてることに変わりはない。
ただ、今のところ「一条」からオレたちを直接潰すことはしないはずだ」
「その計画が何を現すのか……だな」
それと、とヒロムは続けてある能力者について二人に説明した。
「トウマを倒すための鍵となる能力者がいるらしい。
生まれながらにその身に宿す純粋な「魔人」の力を持つ能力者」
「それってソラと同じ……」
「いや……ガイが言いたいことはオレも言ったんだが、葉王が言うには格が違うらしい。
純粋なその力とソラの「炎魔」ではな……」
「そうか……」
「けどバッツはあの戦闘でソラが炎を制御してることに驚いていた。
だからトウマにソラの力は脅威になる可能性がある」
「ふむ……」
手掛かりは、と真助はヒロムに情報を求めるように質問し、ヒロムは葉王から聞いた貴重な情報を伝えた。
「色のない髪に鮮血の瞳、だとよ。
あとはどうにかしろってさ」
「色のない……ってことは白い髪か」
「鮮血ってことは紅い瞳だな。
紅い瞳ってオレやシオンと同じか」
「じゃあそいつは「月閃一族」……」
「いや、それはわからない。
葉王が言うにはそいつは忌み子として捨てられ、「一条」が施設に捕らえていたらしいし、「八神」も密かに探ってるらしい」
「……となればオレのような「月閃一族」の末裔ならすぐに見つかるってか」
「八神」も「十家」、つまりそれ相応の力を持つ。
その気になれば情報なんてヒロムたち以上に簡単に集められる。
それなのに葉王が「八神」も探ってるらしいと告げてきた。
つまり、それを持ってしても見つからないほどの存在だ。
「……となれば、当面はそいつの捜索か?」
「ああ、真助の言う通りだな。
トウマを倒すために最速で見つけて仲間にする」
じゃあさ、と真助はヒロムに一つ頼み事をした。
それは話題が大きく変わる内容だった。
「オレは今後「天獄」としてオマエのために戦うんだが……武器がねぇんだ」
「急だな……」
「さっきもオレと話してたんだけど、知識しかないオレじゃ限界がある」
「……だからオレが手配するようにしろと?」
「可能ならでいい。
無理なら刀を何本か寄越せって話だ」
滅茶苦茶だな、とヒロムはため息をつくと少し考え、そして一つだけ真助の頼みを聞ける相手を思いつく。
「親父にでも言うか……」
「飾音さんに?」
「おい、オマエの親父さんは治療中だろ?」
「親父から「姫神」に頼ませる。
オレが言うよりまだ効果はある」
「……オマエが言うならそうするか。
で、どうする?」
そうだな、とヒロムは考える。
どうするべきか。
真助は武器さえあれば戦力になると言っていることに変わりはない。
ただ、問題はそこからだ。
「八神」とその当主のトウマを倒すために必要となるであろう「魔人」の能力者の捜索はおそらく「八神」との競争になる。
そうなれば遅かれ早かれ戦うことになるし、ヒロムとトウマが戦うことを早めることになる。
戦力を揃えるための捜索が、決着を導くような結果ではダメだ。
かといって捜索を躊躇うとその能力者を奪われかねない。
どうしたものか……。
ヒロムが悩んでいると、ガイが一つ提案した。
「ヒロム……ここはもう、蓮夜さんに頼もう」
ガイの提案、それを聞いたヒロムは嫌そうな顔をした。
「なんでアイツが出てくるんだ?」
「オマエが嫌がるのもよく知ってるけどさ……。
情報収集においてはあの人と率いてる「月翔団」に勝ることは出来ない。
専門にしてる部隊もあるはずだろ?」
「だからって承諾すると思うか?」
「だったら、その取り引きをオレにさせてくれないか?」
***
とあるホテルの一室。
ソラはそこにいた。
いつものフードのついた服ではなく、青いラインが入った黒い服を着ていた。
が、ソラの体は少しばかし傷だらけだった。
服装のせいかいつもと雰囲気が異なり、そしてそのソラの様子も変だった。
「……ふぅ」
一息つくとソラはなぜか天井を見つめる。
何かあるわけではないが、見てしまう。
「……」
「大丈夫か?」
シンクが部屋に来るなりソラに水の入ったペットボトルを投げ渡す。
ソラはそれを受け取ると、キャップを開け、水を体内へと流し込むように飲み始めた。
「無理はするなよ?
わざわざこんなことを……」
「……少しでも情報が欲しいんだよ」
水を飲み干したソラは力任せに空になったペットボトルを握り潰すとシンクに言った。
「オレたちは……オレはヒロムのために何も出来なかった。
力になるために強くなり、「炎魔」の力を制御しようとしたのに……結局は敵に力を奪われ、仲間を傷つけた……!!」
ソラの脳裏に夕弦を守ろうとして負傷したイクトの姿が浮かぶ。
それがソラを追い詰めるのか、ソラは不機嫌そうな顔をしながら舌打ちをすると自分に言い聞かせるように話す。
「力があっても最悪の結果しか残せないならそれは「無能」だ。
力があるなら……最良の結果を残すしかない……!!」
「……そうか。
まあ、オレとしてはあまりこちらに踏み込まないでほしいんだがな……」
一ついいか、とソラはシンクに尋ねた。
「オマエはこれまでオレたちやトウマを欺いて自分のやろうとすることのために動いていた。
その結果オマエは自分の罪の意識でヒロムの手を掴めないと考えてるらしいが、それはこの先ずっとなのか?」
「……そうだな」
「ヒロムが許してもか?」
「オマエはわかってないだろ?
オレはアイツを騙すために嘘とはいえ傷つけ、そして人生そのものを歪ませる原因の一つとなった。
……アイツが何と言おうともオレの行いは消えない、許されることではない」
「……許されたくもないってか?」
「そうだな……アイツが光ならオレは永遠の闇でも構わない」
「……」
シンクの覚悟、それを聞いたソラは何も言おうとせずに感心していた。
そんな中、シンクは話題を変えるようにこのあとのことについて語り始めた。
「次の研究所に向かう。
廃棄されかけてる場所だ」
「そこにあるのか?
オレらが求める情報が」
「ああ、トウマを潰すための切り札……「魔人」を宿した「黒鬼」のな」