七四話 情報
本題に入ろうか、と葉王はヒロムに告げると語ろうとする。
明らかに葉王がこの状況での主導権を握っている。
簡単な理由だ。
葉王はどういうわけかダメージをすべてなかったことにした。
対するヒロムは葉王による攻撃のようなものを受けて負傷し、今では精霊たちの支えがなければ立っていられない。
葉王の判断により攻撃にでも移行されれば、手も足も出せないままやられる。
「さて、話してもいいかぁ?」
確認するように葉王は尋ねてくるが、それは優しさなんかではない。
ヒロムの意思を確認するためだ。
そしてそれによって葉王は手を打つのだろう。
だが今のヒロムの姿を見て、なぜそれをするのか?
(オマエには「ソウル・ハック・コネクト」がある。
負傷してオマエが戦えない状況でも、オマエはせいぜい精霊の強化を施すことくらいは出来る。
つまり……抵抗しようと思えば出来るってわけだぁ)
「……抵抗の意思は?」
葉王の問いに対してヒロムはまずフレイたちに武器を下げるように目で伝え、そしてヒロムは葉王の問いに対する返事をした。
「……ねぇよ。
話を聞いてやる……」
そうか、と葉王はヒロムの意思を確認すると話を始めた。
「八神トウマの能力は知ってるな?」
「……「天霊」、だろ?
知ってるさ、無効化の力だよな」
「そう、能力者にとって天敵とも言える能力だ。
そしてその力を使うあの男はさながら天使のような翼を身に纏う」
「それがどうした……?
シンクが倒したのならそこまで……」
「すべてを出し切ったと思うか?」
葉王の言葉、それを聞いたヒロムは瞬時に察した。
トウマはなにか奥の手を用意しており、葉王はそれについて知っている。
そしてそれを教えるのは「一条」が目的として欲しがる「結果」のためだろう。
「……どんな手を隠してやがる?」
何の含みもない、直球の質問。
だが葉王は答えようとしない。
「おい……」
「それを教えるのもつまらねぇからなぁ……。
ヒントをやるよ」
「ああ?」
「トウマの「天霊」を攻略する方法は何だと思う?」
「……攻略する方法だと?」
葉王に言われるがままにヒロムはトウマの能力について考え、その攻略法を導き出そうとする。
がそれも案外時間がかからなかった。
「無効化の力って言うなら身体能力で上回れば手っ取り早い。
それに、どんな力でも能力……つまりその能力の力にも限界はある」
「オレの知るかぎりではオマエはトウマの能力を見たのは一度だけのはずだが、理解力が……いや、オマエの新しい精霊にもいたなぁ、同じ能力を持つ精霊が」
「……!!」
どうやら葉王はすでにセラのことを知っているらしい。
いや、それもそうか……。
バッツとの戦いを見ていたのなら目撃されていてもおかしくはない。
「……だったら何だ?」
「そうだな……そこまで理解してるのならさらなる事を教えてやろうか。
他にも方法があるんだよ、「天霊」の力を……八神トウマを攻略する方法がな」
「他の方法だと?」
知りたいか、と葉王はヒロムに訊くが、ヒロムは当然ながら首を縦に振り、説明を求めた。
そのヒロムに応えるように葉王はトウマを倒す他の方法について語り始めた。
「簡単な話だ、相対する力を使うんだよ」
「相対……」
相対する力、つまりは対立する関係にある力。
ヒロムは考えようとしたが、それよりも早くに葉王が説明した。
「天使と謳われるほどの「天霊」と相対するとなれば悪魔と謳われるような力……つまりは「魔人」の力だ」
「魔人」、その言葉を聞いたヒロムはすぐにソラのことを考えた。
魔人の炎「炎魔」を操ることに成功したソラ。
該当するのはそれ以外にないし、思い返せばバッツはソラの成長に驚いていた。
『 そこまでその炎を操れるようになってるのは想定外だ!!』
あの時のバッツの反応、おそろくはあそこまで制御することを想定していなかった。
そして今の話からバッツはソラのことを危険視していたに違いない。
だとすれば葉王の言う別の方法とやらにも納得出来る。
「ああ、オマエのとこの「炎魔」じゃ役不足だ」
ヒロムの思考を読んだかのように葉王はヒロムがソラの名を口にする前にそれを否定したのだ。
なぜだ?
ここで葉王が情報を出すということはそのキーとなる存在がいるということだ。
なのに……とヒロムは悩んだが、すぐに葉王の言葉を思い出した。
そう、こうなる経緯となった言葉だ。
「……その「魔人」の能力者を探せと?」
「どうしてそう思った?」
「……今までの話からオマエはオレたちにトウマのことを話すものだと思っていた。
だが、「魔人」の話とソラの名を出したことからそう思ったんだ」
「……さすがは仲間を率いてるだけのことはある。
それだけの情報で理解してくるとはなぁ」
葉王は答えを導き出したヒロムに対して大きな拍手をすると、そのままその能力者について説明した。
「そいつは生まれながらに「魔人」の力を宿した純粋種にして忌み子だ。
生まれてすぐに親に捨てられ、「一条」が保護し監視していた」
「ああ?
じゃあオマエらが監視して……」
脱走した、と葉王はため息混じりに言うとどういうことなのか説明した。
「とある研究所へ輸送中に暴れてなぁ……。
ちょうど下っ端どもしかいなかったせいで取り逃したのさ」
「……間抜けだな」
「まったくだな。
とはいえ、それを聞きつけた「八神」は密かに探そうとしてやがるんだよ、敵の手に回る前になぁ」
「……」
葉王の説明、それを聞いたヒロムは少し違和感を感じた。
それは「八神」が捜索しようとしているからではなく、脱走したということだ。
「……そいつは他の能力者で代用出来ないのか?」
「道具のような言い方だなぁ〜。
まあ、無理だなぁ……純粋な魔人の力は能力に混じった程度の力とは桁が違うんだよ」
「そう、か……」
それを聞いたら尚更おかしいと思ってしまう。
そこまで力の差があるというのならなぜ脱走対策をせず、「八神」にまで捜索されるような状況になっているのか?
「十家」最強の「一条」にしてはおかしい。
発信器なりつけておくべきなのに……
なぜなのかとヒロムが考えていると葉王は立ち上がり、その場を去ろうとするかのようにヒロムに背を向ける。
「おい、まだ話は……」
「終わったぞ?
あとは自分たちで調べろ」
「ふざけるな……。
それだけの情報で……」
「色のない髪に鮮血の瞳……これでいいか?」
面倒くさそうに追加の情報を告げた葉王はため息混じりにヒロムに対して言った。
「これでもオレはいつか倒すであろう敵に優しくしてるんだぞぉ?
あんまり頼りにされても鬱陶しいだけだぁ」
「いつか倒す……敵……」
葉王はヒロムに向けて左手をかざし、そして右手の指を鳴らした。
何をするのか?
ヒロムがそれを気にしていると、葉王の行く手を阻もうとしていたフレイたちが驚いたような顔でヒロムに注目してしまう。
「……どうした?」
「マスター……傷が……」
傷?
フレイに言われ、ヒロムは自分の体を見た。
先程までボロボロだった体が何もなかったかのように無傷で、そして支えがなければ立ってられなかったはずの疲労も消えていた。
ヒロムはマリアとランファンの肩から手を離すと葉王を睨むように見つめた。
「何だ?」
「何をした……?」
「あんまりボロボロだと女どもに心配されるだろ?
だからだよ」
どこまでも崩れる気配のない葉王のその余裕にヒロムはわずかではあるが怒りを覚える。
が、一方で同じくらいに心の中でホッとしていた。
敵に情けをかけられたはずなのにだ。
「……いいのか?
こんなことして……」
「怒られないかって?
オマエがいなきゃ計画が進まねぇからこんなことしたところで何も言われねぇよ」
「……オマエの言う計画って……」
「教えるわけねぇだろ?
だから……知りたいならさっさと「八神」を潰せ」
じゃあな、と葉王は音もなく消え、そして葉王が腰掛けていた玉座も粒子となって消えてしまう。
「待て……!!」
追いかけようとしたがそれはすでに遅く、最早気配すら感じることが出来なかった。
「……くそっ!!」
ヒロムは自分の不甲斐なさと最後まで加減してたかのような葉王に苛立ち、その怒りを留めることなく声に出した。
そしてその声は廃工場に響き渡る。
***
戦闘のあった廃工場から少し離れた場所にあるビルの屋上。
そこには廃工場を遠くから眺めている一条カズキがいた。
「……なるほど、葉王の言う通りだな」
そこからは建物しか見えないはず。
なのにすべてを見通しているかのようにカズキは言った。
(たしかにあれほどまでに急激な成長を遂げているのなら計画を進めてもいいかもしれないな……)
「これなら文句は……」
「ないだろぉ?」
カズキのもとへ音もなく葉王が現れる。
それに驚くこともしないカズキは葉王に語り始めた。
「……ずいぶん楽しんでいたようだな」
「そんなことないぜぇ?
しっかりと立証しようと頑張ってたんだからなぁ」
「わざわざ「魔人」の情報だけでなく、トウマのことも言ってたようだが……?」
「……「みた」のか?」
葉王が呆れたような顔で言った一言。
「みた」、その言葉が何を意味するのか。
それはカズキと言った張本人の葉王しかわからない。
「そうだ。
オマエが立証するのなら見届ける必要があるからな」
「そうかよ。
で、結果は?」
「……問題ない。
フェーズIIに移行すると同時にすぐにフェーズIIIへの準備を始める」
「……いいねぇ」
カズキの言葉、それは葉王が望んでいたもの。
故に葉王は笑みを浮かべ、そして声を出して笑った。
「ハハハハ!!
ついにこの時が来た!!
オレたちの理想を、願望を叶えるための計画が進む!!」
「……それより、例のアレは?」
安心しろ、と葉王は何かを取り出すとそれをカズキに見せる。
取り出したのは何かのパネル。
タブレット端末のようなサイズの石版のパネルだ。
そのパネルの中心には十字架が刻まれた六芒星があり、それを囲むように二十個の球体のようなものが並んでいた。
「さっきので十四体目。
これで残り六体だぁ」
「その件に関してはオマエに任せておく。
頼むぞ」
「任せろって。
すべては理想のためだ」