七二話 激動
ヒロムが普段暮らしている屋敷。
屋敷に到着したガイは中に入るなりまずユリナたちにヒロムのことを説明した。
説明したと言ってもヒロムが今、鬼桜葉王と戦っていると正直に言うわけではない。
頼まれた通りに誤魔化すための説明だ。
「散歩……?」
「そ、気分転換に散歩行くって言ってたぞ」
ガイの説明を聞いたユリナは何やら疑っているような目で彼を見ていた。
まあ、疑うのも無理はない。
あの怠惰なヒロムが普段やらないような散歩なんて運動を率先してやるなんてユリナが簡単に信じるとは思わなかった。
「きっとヒロムもバッツとの一件で悩んでるんだよ。
それにこの間ソラを探しに行くって言ってたからついでに探してるんじゃないか?」
「ホントに?」
補足しても尚、疑うユリナ。
普段の彼女なら何の疑いもせずに理解してくれるのだが、今日はいつにも増して信じてくれない。
おそらくユリナはヒロムが心配なのだろう。
特にパーティーの日に自分に黙ってヒロムがバッツと戦闘していた件でそれは強くなってるのだろう。
だが、正直に言ったところで納得してくれるわけもない。
心配になり、彼女はガイに助けに行くよう告げるに違いない。
しかし、そうなれば葉王の要求に背くことになり、何が起こるかわからない。
それを阻止するためにヒロムはその要求通りに一人で行っているんだ。
「ホントなの、ガイ?」
「ほ、ホントだよ?」
ユリナが詰め寄って来て、ガイも戸惑いながらに答えるが、このままではどうにもならないと思いつつあった。
(くそ……どうしたものか……)
どうしようか、と悩んでいるとガイに救いの手を差し伸べるようにある男がやってくる。
「おっ、お嬢様。
洗濯終わったぞ」
やって来たのは真助、その真助はユリナに報告に来たらしい。
「あ、ありがとう……」
「んで、向こうで二人のお嬢様が呼んでたぞ?」
「お嬢様……ってリサとエリカのことだよね?
……名前覚えてほしいな……」
「まあ、細かいこと気にしてないで行ってきな」
わかった、と真助に言われてユリナはリサとエリカの元へ向かうように走っていく。
ユリナが走っていくのを見て、ガイは助かったと思うと同時に真助に感謝した。
「……ナイスタイミング」
「いや、別に大したことないさ。
それより……何があった?」
真助はガイに説明を求めるように尋ねる。
ガイも真助なら問題ないと思ったのだろう、ヒロムのことについて説明した。
「今アイツは鬼桜葉王と戦っている。
ただ加勢に向かおうにも敵がヒロム単体で来ることを要求している」
「なるほど……つまり帰ってくるのを待つだけか」
手短に説明したが、真助はすぐに理解してくれた。
「で、それまであのお嬢様方に悟られぬように誤魔化せと?」
「あ、ああ……理解してくれて助かる。
……同じ「月閃一族」なのにこうも女の扱いに差があるとはな」
「それはシオンと比べての言葉か?」
そうなるな、とガイが返答すると真助はシオンについて言及した。
「アイツのあれはトラウマみたいなものだ。
……まあ、アイツが言わないってことはあまり踏み込まない方がいいかもな」
「……だな」
「それより、オマエに頼みがある」
廃工場。
その内部では激しい戦いが続いていた。
光を纏い、槍を手に持って認識することすら許さぬほどの速度で駆けながら連撃を放つヒロムとその連撃に反応し、最小限の力で防ぐ葉王。
この二人の戦い、ヒロムを援護しようと考えていテミスやアルカ、そしてランファンはただ傍観者となるしかなかった。
介入しようにも出来るレベルではない。
下手に介入すれば彼女らのマスターであるヒロムの足を引っ張ることになる。
今あの二人があの状態で拮抗しているのならば下手な手助けは邪魔になるだけだと理解しているのだ。
ただ、彼女たちは主の勝利を祈るしかできなかった……。
「オラオラオラァ!!」
ヒロムは葉王を倒そうと連撃を放ちながらそのスピードとパワーを増していくが、それでも葉王は余裕を見せながら魔力を纏わせた手刀で防いでいく。
「中々やるねぇ……。
正直甘く見てたよ」
「今更何を……」
「オレの中ではもう絶望して倒れてる頃なんだけどなぁ!!」
葉王は右手に魔力を集中させると、それをさらに大きくさせてヒロムに向けて炸裂させる。
が、ヒロムは槍に白銀の稲妻を集め、それにより威力を高めた状態でその一撃を防ぐが、炸裂した葉王の一撃の余波により後方へと吹き飛ばされてしまう。
「うぉっ……!!」
「せっかくだからもっと本気出させろや!!」
葉王は両手に魔力を纏わせると次々にエネルギー波に変換しながらヒロムに向けて放つ。
「……勝手に出せばいいだろうが!!」
ヒロムは槍を前に突き出し、それと同時に槍の先端が展開され、次々に光の弾丸が放たれる。
「!!」
光の弾丸は次々に迫るエネルギー波を順番に相殺していき、そしてヒロムはそのまま狙いを葉王に定めて連射していく。
「はぁっ!!」
葉王に狙いを定められた光の弾丸は速度を増しながら距離を縮めながら迫るが、葉王はまったく焦ることもなく静観していた。
いや、観察しているのだろう。
これをどう対処するべきなのか、その最適解を頭の中で探しているのだろう。
余裕を見せている葉王だが、今のヒロムの急激な成長には内心焦っているに違いない。
「……防ぐ必要はないなぁ」
葉王は両手に纏う魔力を消すと今度は両足に魔力を纏わせる。
攻撃ではなく機動力強化のための魔力、それにより葉王はさらに速度を増し、迫る光の弾丸をすべて避けてしまう。
「さて、これで終わり……」
ヒロムに向けて加速しながら迫る葉王、だが彼がヒロムに対して言葉を言い終える前に背後から光の弾丸が襲いかかる。
「!!」
予測していなかったのだろう、驚いた様子の葉王は後ろを振り返ると同時に前方に大きく魔力を展開して光の弾丸を防ぐが、どこからとなく光の弾丸は次々に襲いかかる。
「何……!!」
「ここに来て普通の攻撃で終わると思ったのか?」
光の弾丸を防ぎ、魔力が消滅した葉王に対してヒロムはさらに光の弾丸を放つ。
放たれた光の弾丸は速度を増しながら葉王に迫り、葉王はそれらから逃れようと走るが、光の弾丸は意思を持つように葉王を追いかける。
「追尾性能か……!!」
「オレは攻撃に専念できる。
その間の魔力調整などはフレイとディアナがすべて行ってくれている。
オマエがこの姿のことをどこまで想定してるか知らねぇが、今のオレたちはそれ以上のことをやってみせる!!」
葉王を追いかける光の弾丸は速度を増すにつれて鋭さを増し、そしてその形状は変わり、槍へと変化していた。
「貫け……グロリアス・ミーティア!!」
「……この!!」
葉王は魔力をエネルギー波として放つが、槍はエネルギー波を消し去るように貫き、次々に葉王に襲いかかり、そしてその衝撃により戦塵が立ち上る。
が、葉王はその戦塵の中より現れるが体は無傷で、服には何か焼けたような痕跡があった。
「……魔力を撃ってなきゃ死んでたなぁ」
「ちっ、まだ余裕かよ」
「驚かされたよ。
まさかその姿にそんな利点があるなんてなぁ」
葉王は嘲笑うような表情を見せながら、それでありながら称えるかのように拍手をする。
「本来の能力者は思考と反射、それに伴う動作、そしてそこからさらに能力の処理を行う……なのにオマエはそれを分担し、効率化した。
これまで幾度となく能力者を見てきたが、オマエのようなことをするヤツはいなかった……いや、いないよなぁ?
能力者紛いのこんなことをするヤツは」
「……そうかよ」
「ま、オレとしてはもっと追い詰めてくれねぇと能力を出す気にもならねぇし、その姿の底も見えた」
葉王はヒロムに向けて手をかざすと、連続でエネルギー波を放つ。
が、それらはヒロムの目の前まで迫ると何かに衝突したように消えるが、連続で放たれるが故にヒロムはそこから動けずにいた。
「それは能力じゃない。
瞬間的な加速を利用した拳圧での相殺だなぁ」
「くっ……!!」
「スピードとパワー、そして武器……それらはバランスがよく、そして最高なまでにハイスペックだ。
だがそれ故に残念だよなぁ……ハイスペックなのにバランスを優先しすぎている」
葉王は一瞬でヒロムの前に接近するとヒロムに連撃で蹴りを放ち、さらに至近距離で魔力を炸裂させる。
「ぐぁ!!」
それを受けたヒロムは怯み、そしてさらなる葉王の蹴りを受けて大きく吹き飛んでしまう。
が、ヒロムは何とかして立ち上がると槍を構え、刃を展開させて弾丸を放つ。
「精霊の戦い方は見て覚えた。
特に大剣のは攻撃に優れ、槍はスピードに優れている。
それがマッチして今のオマエのスペックに直結している……それだけだ。
わかってしまえば、対処できる!!」
葉王は走り出すとともにエネルギー波を放ちながら弾丸を防ぎ、そして魔力で剣をつくると斬りかかる。
「速度で上回り、それ以上の出力で挑めばオマエはそれで止められる!!」
「……」
ヒロムは槍を手放すと全身の力を抜き、沈黙してしまう。
諦めたのか、と葉王は内心思いつつも魔力の剣で斬り倒そうと攻撃の手を止めない。
「ここまで……」
「ナメるな!!」
ヒロムは瞬時に両手に魔力を纏わせると葉王の魔力の剣を両手で挟むように止め、攻撃を阻止した。
「白刃取りだと!?」
「……はっ!!」
ヒロムは魔力の剣をそのまま力任せに破壊し、葉王を勢いよく蹴り飛ばす。
その一撃を避けることも反応することも出来なかった葉王は直撃を受けて後ろへ飛ばされる。
「くっ……オマエ……わざとかぁ!!」
「よぉくわかったよ。
今のオレはアンタにナメられてる。
対処出来るとか言われて腹が立ってきたからな……」
するとヒロムは元の姿に戻り、そのそばにフレイとディアナが現れる。
何をしているのだ?
これまで互角だった「天剣流星」の姿を破棄し、元の姿に戻るなど無謀すぎる。
なのになぜ……?
葉王が不思議に思っていると、ヒロムのそばにランファンが駆けつけ、そしてマリアが姿を現す。
「何だぁ?
今更精霊と連携攻撃かぁ?」
「……「天剣流星」でダメなら他の手で挑む、それだけだ」
「他の手?
まさか「クロス・リンク」以外に……」
「いや、これは「クロス・リンク」だ」
ヒロムが魔力を身に纏うと、その頭上に魔力の龍が現れる。
龍が雄叫びをあげるとマリアとランファンは魔力となり、魔力となった二人はヒロムを包み込むように彼の周囲に広がっていく。
「クロス・リンク……?
バカを言うなよぉ?
それはオマエが二人の精霊を……」
何かを言おうとした葉王だが、自分が言おうとした言葉の中の違和感にいち早く気づき、そしてヒロムが言おうとしてるものについて理解した。
「まさか他の姿があるのか!?」
「誰が一つだけって言った?
勘違いも大概にしておけ!!」
ヒロムが魔力を大きくさせると、自身の周囲に広がる魔力がヒロムと一つとなり、そして頭上の魔力の龍がヒロムに襲いかかる。
「クロス・リンク……!!
「絶拳」マリア!!「龍撃」ランファン!!
荒ぶる魂を拳に宿せ!!」
龍がヒロムに食らいつくと同時に魔力が炸裂し、その周囲に無数の魔力の龍が現れる。
そして、その中心にはヒロムが立っていた。
袖のない青いロングコートを羽織り、右肩に龍の頭の肩当て、両腕にはガントレット、そして腰布を巻いたその姿。
「天剣流星」がフレイとディアナの意匠を持つように、その姿からはマリアとランファンの面影感じ取れる。
「クロス・リンク完了……「龍撃拳王」!!」
ヒロムが拳を強く握るとともに魔力を全身に纏うと、無数の魔力の龍がその魔力と一つになっていく。
「バカな……」
ヒロムの新たな姿、それを見て驚きを隠せない葉王。
そんな葉王に対して、ヒロムは語り掛ける。
「頭の良さそうなオマエがこうなる可能性を考えなかったとは意外だよ。
精霊の力を纏うと聞けば、オマエならこうなることも考えてると思ったからな」
「……驚かされてばかりだな、オマエには。
だが、見た目が変わってもオレには関係ない!!」
葉王は拳に魔力を纏わせると一気に距離を詰め、そしてヒロムに殴りかかる。
が、ヒロムは青い魔力を拳に纏わせると葉王の拳を殴り返す。
「!!」
「……オラァァ!!」
ヒロムがさらに力を入れると殴り返された葉王は拳を弾かれてしまい、後ろへ大きく仰け反う。
さらにヒロムの拳から魔力の龍の頭部が放たれ、葉王の体に衝突して炸裂し、葉王の体を勢いよく吹き飛ばす。
「うおおおお!!」
「見た目だけだと思ったか?
悪いな……今のオレたちは簡単には止まらねぇ!!」