七話 思惑
白崎夕弦
彼女のことはよく知っている。
特にヒロムとは深いかかわりがある。
「月翔団」
姫神家に属している組織で、姫神家が誇る最強の能力者の組織。
組織の構成員全員が能力者であり、同時に全員が姫神家に対して絶対的な忠誠を誓っている。
特にこの組織は傘下となる複数の組織と、「月翔団」直属の部隊が存在する。
そう、「月翔団」自身が作り上げた部隊、その一つが強襲行動部隊「月華」。
戦闘における高い技術を持つと同時に卓越したセンスを併せ持った能力者による戦士の集う部隊。
その頂点となるのが「隊長」、その「隊長」になるには全隊員をたった一人で圧倒できるほどの強さを持ち、全員に認められる必要がある。
つまり、「隊長」になるということそのものが実力者としての証となる。
白崎夕弦はそれを持っているという。
ヒロムが知っているのは、彼女の家である白崎家が代々姫神家に仕え、夕弦も同じように姫神家に仕えることを幼少期に誓っているということなのだが……
「……何しに来た」
久しぶりの再会になるであろうが、ヒロムにとっては嫌な予感しかないと警戒していた。
「警戒しないでください。
ヒロム様のために馳せ参じたまでです」
『ヒロム様』
八神トウマが聞けば「無能に対して言う言葉じゃない」と言って反吐が出るといわれるに違いないが、夕弦はヒロムと出会ってすぐにヒロムのことをそう呼ぶようになった。
「オマエの行動原理はわかってる。
ヒロムが言いたいのはここに来た理由だ」
姫神の部隊が来た理由。
ヒロムが警戒しているのはそこだということはソラでもわかっていた。
わざわざ部隊長自らがここに来るほどの目的と理由。
それが何なのか気になるところだ。
が、今朝のガイの電話があったため、ソラはその理由について一応の見当がついていた。
「……まさかだが、シンクか?」
氷堂シンク、今朝のニュースでは事故扱いされていた研究所を破壊した張本人。
飾音がその情報を持っているとなれば姫神の部隊、もっと言えば姫神家全体が知っていてもおかしくない。
「察しがいいですね」
「やっぱりか……」
「ですが、今回は別件もありますので」
「?」
「角王が動き出しました」
角王、聞きなれない言葉にヒロムとソラは知らないぞと言わんばかりの顔をしていた。
夕弦はその反応を見て、すぐさま説明した。
「「角王」とは八神トウマ直属の部隊です。
その実力は「月翔団」に並ぶほどといわれています」
「裏切り者のシンクのためにか?」
「いいえ。
こちらの得た情報ではヒロム様を狙っているということです」
「……なるほど」
ヒロムを狙う。シオンに対してもそうだったが、トウマはヒロムを潰すためなら如何なる手段も厭わない。
それほどまでに本気でヒロムを殺したいのだろう。
だが、それを黙って見過ごすソラではない。
「そいつらは強いのか?」
「先程も言いましたが、実力は「月翔団」に並ぶといわれるほどです。
今のヒロム様とアナタたちでは……」
悪いけど、とソラに説明する夕弦に対してヒロムは夕弦の横を通り過ぎるように歩きながら言った。
「トウマはオレが潰す。
実力云々は一切合切どうでもいい」
ヒロムの言い分はソラにはわかる。
ヒロムにとってもトウマは殺したい相手。
自分のすべてを否定したあの家の当主、だからこその感情だ。しかし……
「奴らとの間に実力差があるとなれば……」
「所詮は人間。
限界のある「人間」である限り、勝てないことはない」
「そんな理由で……」
限界のある「人間」、それはつまり自分たちと同じ人間。
どんな能力であろうと使用するのは人間、つまり人だ。
どこかに弱点となるものが存在している。
前回会ったとき、無限の命があるようでもスタミナが尽きないという雰囲気はなかった。
が、それでもソラは不安しかない。
相手は「十家」
そして十ある名家の三番目の実力者。
「角王」という存在がどこまで邪魔してくるかわからないが、もし行く手を阻んできた場合、こちらは不利でしかない。
「一応言っておくが、オレにとってもあれは潰したい敵。
だが、それ以前に「十家」の人間だ。
どんな手を隠し、どんな戦力を出すかもわからない相手……」
「そんなもの片っ端から潰せばいい話だ。
トウマをつぶしても当主の敗北で「八神」は崩れるに違いない」
簡単に言ってくれる、ヒロムの言葉にソラは呆れると同時にヒロムの言葉から感じ取れた自信に驚くしかなかったが、それよりもソラは今にヒロムに対して落ち着けだのと言っても通じるとは思っていなかった。
となれば、とソラはすぐさま話題を変えた。
「シオン……紅月シオンは?」
「心配せずとも伝えるわ。
彼については一連の処理……つまり八神とギルドからの保護とその監視から外すまでは拘束した状態になるでしょうが、すぐに自由になるということです」
「……そうか」
それと、と突然夕弦が付け足すようにヒロムとソラに伝えた。
「この町のどこかに紅月シオンと同じ色「月閃一族」の末裔が一人いるそうです」
「アイツと同じ……
ってことはあいつの仲間か?」
ソラの問いに対して夕弦はただ首を横に振り、そしてそれについて説明した。
「そこまではわかりませんが……おそらくヒロム様を狙っているということは間違いないと思います。
異名は「狂鬼」、危険性では紅月シオン以上と聞いています」
「そいつがいれば……」
「おい、まさかだがそいつも仲間にしようとか思ってるか?」
ヒロムの顔を見るなり、ソラは突然ヒロムに確認をとるが、それに対してヒロムは何も言わなかった。
「図星か……」
「一応言いますが、私は止めません。
ですが「月翔団」がどういうかは保証しませんよ」
「……あっそ」
では、と用件を済ませた夕弦は音もなく消えていく。
***
高層マンションのトウマの滞在する部屋
シンクの一件のせいでトウマはかなり苛立っており、調査経過を伝えに来た部下にもそれにより強く当たっていた。
「なぜまだ見つからない!!」
「げ、現在全力で調査を……」
「そんなことはわかっている!!
オレはそんなことを聞きたいんじゃない!!
さっさとアイツを捕らえて始末しろ!!」
「しかし……」
「しかしだのですがだの……!!
そんなものはどうでもいい!!
さっさと見つけろ!!」
苛立ちが溜まりに溜まっているのだろう、トウマの口調は荒く、そして乱暴になっていた。
そのトウマの言葉に委縮した部下たちは「申し訳ありません」と出ていくとトウマは溜まりに溜まった怒りをぶつけるように近くの椅子を蹴り飛ばした。
「シンク……!!」
(これまでどれだけ力になってやったと思っている!!
オレに同行したいといったからこそあの日連れてきたのに……!!
それなのに!!)
「何を考えている!!」
「考えても無理だろ、ダンナ」
すると入り口の方から一人の男が入ってくる。
茶髪の髪に左目に傷、そして「八神」の当主たるトウマを「ダンナ」と呼ぶ男は少しだが飄々としているようにも見えた。
「どうしたんだ?」
「狼角さん……」
狼角と呼ばれた男はトウマが蹴り飛ばした椅子を直すとそれに座った。
「ダンナがいくら焦っても無駄だ。
氷堂シンクは仮にもオレたち「角王」に匹敵するとして「角王候補」になっていた男。
実力もだが、あれでも情報網を把握しているはずだ」
「……情報網」
「ああ。
ダンナが来てから同じように能力者として強くなるために特訓をつづけ、その一方であらゆる情報を集めるための情報網を熟知させられていた。
となれば、やつは今頃オレたちが関与できないところにいてもおかしくない」
「……ではどうすればいいのです?」
徐々に冷静さを取り戻し始めたトウマに対して狼角はある提案をした。
「拳角と射角が直に町に入る。
それを待ってもいいんだが、それだとシンクの野郎も警戒して動こうとしないはずだ。
そこでオレの部下を使う」
「ですが相手はあのシンク。
あなたの部下では……」
「だから餌を用意する。
裏切ったあの男が次に向かうであろう相手がいるはずだ。
そいつを狙う」
「次に向かう相手……?」
***
授業の半分を終え、昼休みとなった。
ヒロムたちは屋上に移動し、そこで昼食をとっていた。
当然のようにそこにはユリナと、ユリナに同行したハルカもいたが、会話の内容は二人で理解できるとは思えない内容だった。
「夕弦がね……」
ガイは夕弦の名を聞くと少しだが驚いた様子を見せた。
「何かあったのか?」
「いや、夕弦が動くってことは余程強いってことなのかと思ってな。
角王、か……」
「聞いたことあるのか?」
「軽くだがたしか前に……」
「うまいな……」
ガイの言葉を遮るかのようにヒロムがユリナから渡された手作りのお弁当を食べて感想をユリナに伝えていた。
「ほ、ほんとに?」
「ああ。うまいよ」
「……惚気てるとこ悪いが、続けていいか?」
「ああ?
勝手にしろ」
「わかった。
……前に聞いた話では八神が各分野において最強と呼ばれる実力を持つ能力者を「角王」に選び、その者に元々の名を捨てさせてその特徴を合わせた名を与えている」
「例えば何があるのさ?」
興味津々で質問してきたイクトに対してガイは少し考えると、すぐにわかりやすいように説明した。
「……ソラなら「炎角」、オレなら「刀角」、オマエなら「影角」だな」
「八神の……あの家のやりそうなことだ。
実力のあるものだけを集めて不要となれば捨てる。
八神のやり方だ」
ヒロムの突然の言葉にガイたちは何も言わなかったが、あることを疑問に思ったハルカが質問した。
「ねえ、さっきから何で「八神」って名前が頻繁に出てくるの?」
「そ、それは……」
ユリナは自分が聞いてすぐに受け入れることができなかったあの事実をハルカに説明すべきか悩んだが、その心配を一切無視してヒロムが簡単に説明した。
「オレの中にはその「八神」の血が入ってるんだよ」
「へえ~……え!?」
「ひ、ヒロムくん!?」
「オレの親父は元々「八神」の人間だった。
で、オレはその「八神」に対して何の能力もないとして役立たずの烙印……今では有名になってる「無能」の名を与えられた。
で、今の当主のあのくそ野郎はオレの弟で、オレはその弟に命を狙われている」
「ええ!?」
ヒロムが簡単に説明した内容にハルカは驚き、思わず大きな声を出してしまうが、その大きな声にヒロムは不快感を露わにしていた。
「うるせえ……」
「じゃあ、姫神くんのこと無能って呼んでたのは元々身内の人で、その人たちのせいで周りからひどいことを!?」
「長い」
「……ってなんで姫神くんの弟が当主で命狙ってるの!?」
「……うるさい」
「ヒロムが狙われているのは単純にトウマが個人的な恨みを持っているだけだ」
なぜ狙われているかを簡単に説明したガイだが、それを聞いたハルカは次なる疑問が出てきたらしく、ガイに対してそれを訊いた。
「ていうか何でわたしたちと同じくらいの年齢で「十家」の当主になれるの?」
ハルカのの疑問に対してガイは嫌がることなく説明した。
「格付けみたいなものだが、「十家」の中には序列がある。
一から十ある名家はその序列で上下関係が決まる。
そして「十家」の特徴は実力主義者による実力至上主義。
たとえ若かろうが実力があればその時点から当主としての責務を全うすることになる。
そしてどの家もその段階で上に這い上がろうとしている」
「へ、へえ~……」
「つうか、それで成立してる「十家」の関係性ってすごいよな」
「それが名家としての実力だろうな。
名家として生まれること自体プラスであり、能力にもそれによる他との優劣が生じる」
ガイの説明にハルカは少し困惑し、隣で聞いていたユリナは途中からヒロムの様子を窺っていた。
「ユ、ユリナはわかった……?」
「あ……えっと……」
そんなことよりも、とガイは話題を変えるかのようにヒロムに確認した。
「本気でシオンを……あの男を仲間にするのか?」
「ああ?
文句あるか?」
「文句、か。
どうせいつもの気まぐれなんだろうからな……」
ヒロムはユリナからのお弁当を完食すると寝転がってあくびをした。
「お、おいしかった?」
「ああ……美味かった……」
「話聞いてるか?」
弁当の感想を聞き出そうとするユリナの横からガイがヒロムに確認をとるが、ヒロムはただ二つ返事で答えた。
「聞いてる、聞いてる。
気まぐれではあるが……オレが楽になるなら何でもいい」
やっぱりか、とガイはため息をついてしまう。
ソラとイクトもガイほどではないが、小さくため息をついたが、三人ともシオンを仲間にしたいとヒロムが言い始めた理由は見当がついていたため驚いてはいないし、逆に見当した通り過ぎて少し呆れていた。
「……オマエらしいな」
「そうか……」
(((いつも通りか……)))
ヒロムが呑気にあくびをするその姿にガイたちはいつもと変わらないヒロムになぜか安心してしまった。
***
飾音がシオンの一連の処理が終わるまでの間、シオンを匿うために用意した部屋。
そこでシオンは飾音にある話をしていた。
「シンクがキミのところに!?」
ああ、とシオンは返事をすると続けて説明した。
「一度オレのもとに現れた。
八神トウマとの交渉を頓挫して逃げた後だがな」
「彼は何か言っていたか?」
飾音の言葉、飾音もシンクについて探っている。
いや、ガイに電話でシンクについて伝えていたのを聞いていたシオンは関係性があると読んでいた。
シオンは飾音もシンクを探しているとして今話していた。
「あの男はオレに妙なことを言った」
「妙な?」
「ああ。
「オマエはあの男の力になれる存在なのか」ってな」
「一体何を……」
シオンの言葉から飾音はそれがどういう意味かを必死に考えていた。
が、そんな飾音に対してシオンは真剣な顔で急に問い詰める。
「ホントは知ってんだろ?」
「え?」
「さっき雨月ガイに電話で言ってたろ?
覚悟がどうとか。
つまりあんたの情報網ではあの男の行動の一部が入ってきてんだろ」
「それは……」
「あんたはヒロムのために動いているといった。
ならば教えろ」
シオンは一切目を逸らさず、真剣な眼差しで飾音を見ながら告げた。
「オレにできることがあるはずだ。
だから教えてくれ、アイツが何を企んでいるかを」