六八話 鬼襲
「一条」の屋敷。
その一室。
そこは当主である一条カズキが執務などで使用している部屋だ。
当主が執務などで使う部屋というだけあり、家具なども一流品が揃い、来客用のソファーまで用意されている。
そしてカズキはそこで椅子に座りながらパソコンを操作し、そして来客用のソファーには鬼桜葉王がその上で寝転ぶようにくつろいでおり、葉王の隣にはヘッドホンをしてゲームをする少年がいた。
「……計画は順調か?」
カズキはパソコンを操作しながら、葉王に対して報告を求めるように尋ね、それに反応するように葉王も話し始めた。
「まあな。
恐ろしいほどに順調に進んでるよ〜。
ま、カズキの想定より早いけど、計画はすでにフェーズIまで進んでる」
「つまり、バッツは消されたんだな?」
「ああ、「覇王」が精霊とともになぁ」
「……あの男がか?」
そうだぞ、と葉王が気の抜けた返事をするとカズキはパソコンの操作をやめ、詳しく聞こうとした。
「何があった?」
「バッツがこの間言ってたろぉ?
アイツが新たに得た力「ソウル・ハック」がさらに成長してたんだ。
バッツはそれに敗北して、力を使い果たして消えた」
「……なるほど。
これであの男も王の名をもつに相応しい実力を手にしつつあるんだな」
「だから手っ取り早くフェーズIIに移行しようぜ」
どうかな、と葉王の隣でゲームをする少年はヘッドホンを外すと葉王に対して不満をぶつけるように言い始めた。
茶色のロングコートを着用し、赤い髪、右が赤く左が青いオッドアイの少年。
「偶然バッツを倒したくらいで計画を急かすのは軽率じゃないか?
ましてアンタみたいにまともに指示も聞こうとしないやつの言葉なら尚更な」
「あらら、アリスは厳しいねぇ〜。
そんなにオレが嫌いなのか?」
葉王はまるで茶化すかのように彼に、双座アリスに言うが、彼はそれをスルーすると葉王に告げる。
「アンタの実力は認めてる。
けど、それとこれは別だろ?
カズキの計画のためにも万が一があってはならない、確実に決めなくてはならない」
「はぁ〜あ、相変わらずお堅い人だ。
そんなんじゃモテねぇぞぉ?」
「安心しろ、アンタと違ってオレは問題ないんだよ」
「何が問題ないのだか……それも口先だけだろ、アリスちゃん」
「……おい、もう一回言ってみろ?」
葉王の一言でアリスは冷たく、そして刃物で抉るかのような殺気を放ちながら葉王を睨むが対する葉王はソファーに寝そべったままアリスに向けて殺気を放っていた。
「オレのことをちゃん付けで呼ぶなって何回言えばわかるんだ?」
「オマエこそ、オレとの実力差わかってて喧嘩売ろうとしてんだろうなぁ?」
「いつまでもオマエが上だと思うなよ?」
「ほざいてろよ?
オレがその気になれば……」
そこまでだ、とカズキが指を鳴らすとともに二人の喉元に鋭い刃を持ったナイフが突きつけられていた。
誰かが握り、突きつけているのではない。
意思を持つようにナイフは宙を浮いており、その状態で二人の喉元に迫っていたのだ。
「……相変わらず、恐ろしいことするよなぁカズキは」
「だったらガキのような幼稚な喧嘩はやめろ。
くだらないことで揉めるなら仕事をしろ」
「じゃあ計画はどうするのさ?
葉王の言う通り進めるの?」
「フェーズIIに移行しようとするにはアリスの言う通りで判断材料が少ない。
バッツを倒した実力は本当なのか、それはやはり誰かが確かめなくては意味がないな」
「つまり……」
「オレがそれを確認すれば問題ないんだよなぁ?」
葉王はマスク越しに笑みを浮かべながらカズキに申し出る。
それを聞いたカズキも止める様子はなく、それよりはそうさせようとしているように見えた。
カズキが指を再び鳴らすと二人の喉元に迫っていたナイフは音もなく消える。
「計画を進めたいのなら自分でそれだけの価値があることを立証してみせろ。
出来ないならオレはオマエを……」
「任せろっての、カズキ。
オマエのためならオレはこの命くらい燃やしてやるよ」
「……そうか」
「じゃあ早速……」
「待て、もう少しで来る」
早々に向かおうとする葉王をカズキが止めると同時に彼らの前に緑色の炎が現れる。
その炎は徐々に大きくなり、そして人の形へと変貌を遂げ、そして一人の少年となる。
黒い軍服にも似た衣装、茶髪ではあるが毛先は緑色に変色した少年は現れるなりカズキの方へと向かっていく。
「戻ったか……」
「報告する、カズキ。
ここ数日、ヤツを監視していたが目立った動きはない」
「そいつに従う他のヤツらは?」
「確認した限りでは相馬ソラが何やら氷堂シンクに頼んでいたが、特に脅威となるようなことはない」
「ご苦労だったな、アラト。
早速だが次の仕事を進めてくれ」
はっ、とアラトは敬礼をすると葉王を見ながら言った。
「姫神ヒロムを倒すなら協力するぞ?
奇襲なり何でも言えば貸しとして……」
「おいおい……オレも舐められてるなぁ?」
葉王は起き上がるなり首を鳴らし、そしてため息をつくとアラトを睨んだ。
「そういうのは弱いやつがやることなんだよ。
オレはオレの力ですべてを否定して潰すのが好きなんだよ……邪魔するなら潰すぞ?」
「……ふん。
冗談も通じぬとは戦闘狂に近い思考を持つやつは理解できないな」
「オレからしてみればオマエの方が理解できないけどなぁ?」
「……失礼させてもらう」
アラトは葉王を睨むと全身を緑色の炎へと変化させて消えてしまい、葉王も舌打ちをするとカズキの方を見て告げる。
「……今回の件はオレがやる。
だから、他のヤツには手を出させるなよぉ?」
「安心しろ。
オマエがミスしない限りは手出し無用で進めてやる」
「頼もしいねぇ。
あ、それと……例のアレについて少し情報漏らしていいか?」
「……好きにしろ。
常人では理解できないだろうからな」
「了解〜」
じゃあな、と葉王はアリスに手を振ると音もなく消え、そして自身がいた場所に無数の花びらを落としていく。
アリスはそれを鬱陶しそうに見ると右手をかざす。
右手をかざされた無数の花びらは音もなく一瞬で氷漬けになり、そして砕けて消える。
「……ゴミと手間を増やしやがって」
「ところでアリス、そっちの方はどうだ?」
「例の「ハザード・チルドレン」か?
バッツが何とかしてデータを集めたおかげでオレたちが求めていたデータは手に入った」
「そうか、それは何よりだ」
「……いつまで放置しておくのさ?
オレたちからすれば「八神」の当主は計画の邪魔でしかないのに、葉王に鍛えさせるように指示を出すなんてどうかしてるよ」
「そう言うな、アリス。
あれはあれで利用価値があるから利用するだけだ。
……目的さえ果たせれば価値はない」
カズキの言葉を聞いて少しは納得したらしく、アリスは少し息を吐くと、それに続けるようにして話した。
「要は計画のための道具にするってことだよな?」
「そうだな……それがどうかしたか?」
「少しだけ「ハザード・チルドレン」を使って試したいことがあるんだけど、いいか?」
「……何を考えてるかは聞かないが、計画に必要になるのか?」
「ああ、計画に対しての有用性なら保証してやる」
詳しく聞かせろ、とカズキが言うとアリスは淡々と語り始めた。
なんの迷いもなく、悩むこともなく、そのすべてを語るアリスに対してカズキは静かに聞いていた。
「……という感じだ。
どうだ?」
「なるほど……。
実験してみる価値はあるな」
「上手くいけば計画はかなり進む。
まあ、それと同時に「八神」を敵に回すことになるが……どうせアイツらじゃオレらは倒せないだろうからいいだろ?」
そうだな、とカズキは頷くとともにパソコンの電源を落とし、そして立ち上がるとアリスに伝える。
「それを進めるのなら準備が必要になる。
手配してやるから段取りをしろ」
「……了解」
アリスは返事をすると粒子となって消える。
一人となったカズキ、だがそのカズキはどこか笑っていた。
「バッツ……道化としての演者の役割を担ってくれて感謝する。
そして、それと同時に思うよ……オマエがどれだけバカだったかをな。
オレが八神トウマと接触したことをチャンスと思ったみたいだが、それは逆だ」
カズキは部屋の入口の方へと向かって歩きながら一人語っていた。
「オマエが現れたことで、オレたちの計画は確実に進められると確信に変わった。
そう、オマエにとってのチャンスはオレたちへのチャンスだったんだよ」
だから、と一人語るカズキは扉を開けると冷たい眼差しでその先を見つめる。
「オマエが望んだ「八神」が実現することは無い……そのすべてを否定してオレが破壊してやるよ……!!」
***
早朝。
バッツの一件からまだ危険性があるとしてヒロムは普段なら寝ている時間に起き、いつも自分が過ごしている屋敷の外を歩いていた。
特に変化はない。
いや、奇妙なほど静かなのだ。
「……問題ないか」
「マスター、心配されすぎでは?」
ディアナがヒロムのもとへ現れると心配そうに声をかける。
が、ヒロムは頭の後ろを軽く掻きながらディアナに説明した。
「いや、むしろ上手くいきすぎてると思うんだ」
「どういうことです?」
「……バッツが現れた時、オレはある点を心配していた。
それはアイツがあの家に属していたからだ」
「……「八神」ですね?」
ああ、とディアナの言葉にヒロムは頷くと続けて説明した。
「あのバッツがこれまで「ハザード・チルドレン」やガイの前に能力者を大量に仕向けたから増援が来ておかしくはないと思った」
「ですがあの日、マスターに倒されたバッツ以外に敵影は見当たりませんでしたね」
「……バッツが先代に最も近い存在だと知っているであろうトウマがオレを始末するチャンスに動かなかったのはなぜだ?」
ヒロムが悩んでいるとふと後ろから追い風が吹く。
そこまで強くはないが程よい風ではある。
「マスター、風邪を引く前に戻りましょう」
「あ、ああ。
そう……」
そうだな、と言おうとしたヒロムだが、その言葉を遮るように視界を不自然なものが横切って行く。
「な……」
桜の花びら。
この夏の蒸し暑い時期に桜の花びらが風に吹かれて舞っているのだ。
ヒロムはその違和感にすべての判断を委ね、そして背後を確認するようにすぐに振り返る。
そこには……
「よく気づいたなぁ?
気配は消してるはずだが……?」
鬼桜葉王がいたのだ。
誰だ?
面識のないヒロム、そしてディアナはまずそう思うしかなかった。
が、その誰なのかについては目の前の本人が語ってくれた。
「初めまして、「覇王」。
オレは鬼桜葉王、「鬼滅」の葉王だ」
「鬼桜葉王……」
聞いたことがある。
確かシオンやシンク、真助を角王から助け、そして三人を倒した「一条」の能力者。
「……何の用だ?」
警戒心を強めるヒロムだが、葉王はそれを気にすることなく話し始めた。
「オマエに用があるんだよなぁ?
いいよな?」
「……内容次第では断るぞ?」
「そんな怖い顔するなよ?
オレは……オマエを潰したいだけなんだよ」
葉王の軽い一言、それには言葉からだけでは計り知れぬほどの殺気を感じ取れた。
ヒロムとディアナは身構え、そして危機感を感じ取ったフレイが姿を現すとともに大剣を構えた。
「オレを潰したい、だと?」
「そ、オマエを潰したいんだ。
断ってもいいけど、オレはオマエの答えが「イエス」でも「ノー」でも潰しにいくからなぁ?」
つまり、拒否権はないらしい。
葉王は一枚の紙を出すとヒロムに投げ渡す。
ヒロムもそれを受け取ると中身を確認し、そこに住所が書かれていることを見つけた。
「一時間後にそこに来いよぉ?
ただし、一人でだ」
「……約束を破れば?」
「変なこと聞いてどうすんだ?
破ってもいいけど、その場合は覚悟しておけよ?」
じゃあな、と葉王は不敵な笑みを浮かべながら言うと花びらとなって消えてしまう。
「……鬼桜葉王……!!」
ヒロムは手に持つ紙を握りつぶすと、急いで走り出し、そしてフレイとディアナもそれに追従するように走り出した。