六七一話 かつての帰る場所
数日後……
ヒロムの闇とも言える存在のゼロは白崎夕弦と「姫神」およびその傘下にある自衛組織「月翔団」との停戦協定にも近い調停を結ぶべく現在の「姫神」の管理を行う代理当主たる姫神導一と「月翔団」の団長にして夕弦の父親たる白崎蓮夜のいる「姫神」の屋敷にいた。
ゼロと夕弦が「天獄」の代表として来て用意された椅子に座っている中、「姫神」と「月翔団」側は導一と蓮夜の他に導一の妹でヒロムの母・愛華の姉である蓮華と蓮夜の妻にして夕弦の母である天宮スバルがいた。
敵地に赴いている二人に対して数を合わせようともせず大勢でこの場に臨む導一たち。
ゼロは導一たちに対して不満があった。
「ここにオレたちが来てる理由わかってるよな?」
「……キミたちへの今後の攻撃行動や妨害などは行わずに干渉せずに和平を結ぶ。
そしてキミたちのリーダーたるヒロムくんには手出しも今後一切彼に対しての殺害命令などは出さないという約束を交わすんだろ?」
「その話し合いの場に何でオマエらは不要な人間を呼んでる?
こっちは不在のヒロムに代わってオレとアンタらとコンタクトの取れる夕弦の最小限の人員で来てるのに何でオマエらは代理当主と「月翔団」のリーダー以外まで来てんだよ?」
「そこは気にしないでもらいたい。
こちらも色々とあって……」
「今更被害者ヅラですか?
ヒロム様を見捨てて都合良く殺そうとしたのに、今度は自分たちを都合良く守るために行動してるのですか?」
「それは……」
「言葉を慎めよ夕弦。
オマエはただの代表として来てんだろ?
そっちに考えがあるようにこっちにはこっちの考えがあってこの人数だ。
それに今回のこの調停を結びたいと申し出てきたのはそっちだろ?それを受けただけでも感謝しろ」
「くっ……!!」
「オマエ、娘の前で何偉そうにクズみたいなこと言ってんだ?
ヒロムを前にしてあの場から逃げたオマエが何を偉そうに……」
「ゼロ、オマエも勘違いするな。
オマエはヒロムの代理として来てるようだが、オマエでは代わりなんて務まらん。
姿や思考が似ていてもアイツは……」
「ならそのオレが来れば問題ないか?」
夕弦やゼロに対して強気な言葉を崩さない蓮夜の言葉を遮るようにどこからか声がし、その声が響くと同時に導一と蓮夜の後ろの空間が歪むとその歪みの中から黒いジャージに身を包んだヒロムが姿を現す。
ヒロムの突然の登場に蓮夜と導一、スバルや蓮華が驚いているとヒロムは音も立てずにゼロと夕弦のもとへ移動し、導一たちを驚かしたヒロムは首を鳴らすとゼロと夕弦に礼を言った。
「悪いな二人とも、面倒なことを引き受けてくれて助かるよ」
「いえ、これもヒロム様のためです」
「……力が戻ったんだな」
「まぁな、ゼロ。
心配してくれてたのか?」
「まさか、寝言は寝て言え。
オマエは必ず戻ると分かってたさ」
そうか、とゼロの相変わらずの態度にヒロムは笑みを返すと導一と蓮夜に向けて話し掛ける。
「さて……偉そうに何か言ってたみたいだが、オレがいたらまずかったか?」
「ヒロムくん……」
「ヒロム、オマエ……」
「そういや蓮夜、「月翔団」の新人教育は進めてるのか?
ここ最近のオマエが引き連れてくる能力者はどれも数集まってるだけで役に立たねぇ小物が多いが、まともなの育ってんのか?」
「オマエが散々倒しておいてよく言えたな。
残念だがオマエが気にしてくれなくとも新人教育は導一の指示で進めている。
万が一の時のためにもな。オマエが問題を起こしかねないからな」
「オマエ、まだヒロムを……」
落ち着け、と蓮夜の言葉に反応するゼロを宥めるように言うとヒロムはジャージのポケットから何やら封筒を出すと導一に投げ渡した。
ヒロムが投げ渡した封筒を導一は受け取り、導一は受け取った封筒の封を切って中身を取り出す。
取り出されたのは封筒に入るサイズに折られた数枚の書面であり、導一は一枚ずつしっかり読んでいく……のだが、書面を読んだ導一は驚きを隠せぬ表情でヒロムの方を見てしまう。
「ヒロムくん……これは本当なのか?」
「今更嘘言っても意味ねぇだろ。
それに、そこに書いてある通りにならないと都合が悪いんじゃないのか?」
「……」
「導一?」
「兄さん、何が書かれてるの?」
「……愛華を釈放して無罪にするらしい」
「「!?」」
「それだけじゃない。
釈放と無罪にする条件として愛華を「姫神」の当主に任命し、愛華は当主になるとともに一条カズキや七瀬アリサと連携をとりながら能力者問題の解決に取り組むこと、「姫神」傘下にある「月翔団」については警視総監の依頼により可能ならば軍所属の部隊とし、「月翔団」団長を務める蓮夜……キミは警察と軍に配属となった能力者の新兵の教育担当を頼み願いたいそうだ」
「何!?
「月翔団」が……軍に所属だと!?」
「勘違いするなよ蓮夜。
所属と言っても形式上だ。オマエら「月翔団」のこれまでの功績は報告してあるからそれを聞いた警視総監の千山さんがぜひともとその書面を用意してくれたんだ。
母さんの事も人助けをしたがために起きた予期せぬ事態としてお咎めなしにしてくれてはいるが、結局はこの事実を知る人間から不安視されないように一条カズキや七瀬アリサに監視される。監視って言い方は悪いが今はそれが母さんを助けた上でアンタらを納得させる方法だと判断した」
「何でこんなことを?」
「……千山さんとしてはどんなわがままをオレに言われてでも今の権力が支えていただけの日本を立て直すために必要な抑止力としてオレの力を借りたいようだったからな。
オレ自身が多少自由を制限されて拘束されんのならその分の見返りを求めてもいいと思った。だからオレは母さんを助けると同時に母さんがやりたかったオレのためを間違えないようにしてほしいと思ったし、オレたちとアンタらで出来た溝を埋めるんじゃなくて一から築き直すって意味でこういう形にしたんだ」
「まさかオマエが自ら……?」
「何日か前に警視総監直々に呼び出されたからな。
変に緊張させられたし、その腹いせだよ。それに……仮にもアンタらが守ろうとしたのはオレがいつかは帰るかもしれない場所だった。その思いを一時の感情で無碍にした詫びはしなきゃならねぇからな」
「ヒロムくん……」
ヒロムの思い、書面に綴られたことに対してのヒロムの思いと今の彼の考えを知った導一はその思いに感動したのか涙を一粒流し、そして彼に向けて頭を深く下げると謝罪をした。
「ヒロムくん、これまでの非礼を許してほしい。
オレはいつもキミが適任だと言って当主の座を受け継いでもらおうと押しつけてばかりだった。本当ならキミのような未来ある若者を守り正しい道に導くのがオレのやるべき事だったのに……気がつけばキミの心の強さに頼ろうとばかりしていた。それどころかオレは父親である飾音くんを亡くしたキミが愛華のことで追い詰められているのに助けようとしなかった。本当に申し訳ない!!」
「……」
「謝って許されないのはわかっている!!
だけだ……」
「もう十分ですよ」
何度も何度も謝る導一にヒロムは優しく言うと彼に顔を上げさせ、導一が顔を上げるとヒロムは彼に……彼や蓮夜たちに伝えた。
「オレもアンタらの優しさにどこか甘えてた。
だからオレがわざわざ謝られる必要はないはずだ。謝るくらいなら千山さんの頼みを聞き入れて今後の活動に力を入れて欲しい」
「ヒロムくん……」
「それに……オレはもうここには戻らない」
突然のヒロムの告白に導一や蓮夜は驚いた表情を見せ、その表情を見せる導一たちにヒロムは真意を伝えた。
「元々袂を分かつようにオレはここを出ていった。
アンタらが軍に所属するよう頼まれてそれを引き受けるならオレはそこに関与しちゃいけない。
オレはオレに与えられることがあるからな」
「ヒロムくん……」
「心配しないでくれ、導一さん。
どうせ母さんのことだからたまには顔を出しなさいとか口うるさく言ってくるだろうし、その時は顔を見せに来るさ。
こんなオレだけど、一応は叔父でもあるアンタのことを大切に思ってるからな」
「……嬉しいことを言ってくれるね。
そうだね、もし来てくれたらその時はちゃんとおもてなしさせてもらうよ。それでいいかな、蓮夜」
ヒロムの言葉に導一は納得し、納得した導一は蓮夜にも意見を求めようとする。話を振られた蓮夜はため息をつくとヒロムを見ながら彼に伝えた。
「……気がつけばオレたちより強くなって前に進んでやがる。
気に食わねぇが、オマエは一人前の能力者ってわけだな」
「どうも」
「……オマエがやりたいのならオレは止めない。オマエはオマエのやりたいことをしろ。
難しい話が出てきたらその時は大人のオレたちに頼れ、いいな?」
「ああ、分かった」
「……オレからオマエに対しては以上だ。
あとは……夕弦、オマエがもし戻ってくると言うなら好きにしろ」
「団長……」
「オマエの席は新しく用意するし、オマエが「月翔団」に戻ってくるとなればそれこそヒロムも何かあった時にオレたちに頼りやすくなるだろうからな」
「……ありがとうございます。
少し考える時間をもらいます」
「そうしてくれ。
……じゃあな、ヒロム」
「ああ、蓮夜。
またな」
ヒロムは導一や蓮夜に別れを告げるとその場を去るように歩いていき、ゼロと夕弦も立ち上がると彼の後をついていく……
******
「姫神」の屋敷をあとにしたヒロムはゼロとともに自分たちの暮らす屋敷に戻ろうとしていた。
その場に夕弦はいない。彼女は道中で所用があるとのことで別行動となったため、今はヒロムとゼロで屋敷に向かっていた。
目的地に向かって歩く途中、ゼロはヒロムにとある質問をしていた。
「よかったのか?
このままの流れが続いても?」
「ん?」
「オマエも気づいてるだろ。
この流れは……今オマエの周りで起きてる事のほとんどはオマエの意思ではなく一条カズキの計画により生まれた流れがオマエを従わせているだけだ。
そんな流れが続いていけばいずれオマエは自由を無くすぞ?」
「……かもな。
けど、そうならないように一条カズキも配慮してくれてるさ」
「配慮だと?」
一条カズキはヒロムに配慮してくれている、その言葉を疑うゼロの眼差しを受けるヒロムはこれまでについて語っていく。
「アイツが「十家」を立て直すために計画を動かす際にオレに話をした時、アイツはオレに選択するチャンスをくれた。断りたいなら断れと言わんばかりにな。
今回のセンチネル・ガーディアンの件も千山さんだけじゃなくて一条カズキが裏で選択するチャンスをつくってくれていたんだ。
だから完全に流れが出来てそこにオレが飲まれてるわけじゃない。アイツが用意した選択肢をオレが選んだからこの流れになってるだけだ」
「……大差ねぇと思うがな。
どの道オマエは一条カズキから逃げられないんだ」
「かもな」
ゼロの言葉にヒロムは苦笑し、ヒロムが苦笑するとゼロはさらなることを尋ねた。
「それで……あっちは済ませたのか?」
「あっち……?
ああ……それか。まだだよ」
「警視総監のとこに行ったのは昨日今日の事じゃないだろ。
まだ話してなかったのか?」
「……色々悩んでたんだよ。
でも、これから伝えるさ」