六七話 休息
バッツとの戦闘、それはヒロムの活躍により勝利を収め、そしてバッツは消滅した。
幾度となく現れた敵は消えたが、この戦闘のせいで姫神愛華の誕生日を祝うパーティーは中止、さらに黒川イクトは重症を負った。
会場となっていた屋敷も戦闘の影響により修復しなければならなくなった。
が、パーティーの方は後日改めて別の場所にて行うこととなった。
それと同時にバッツとの一件から警備を強化することが決まった。
イクトの方は治癒の力を持つ愛華の尽力もあって一命を取り留め、今現在は入院生活を余儀なくされている。
が、本人は気持ち的に元気なため問題なさそうだ。
バッツに利用されていた飾音も長い間憑依されていた影響によるものなのか衰弱していたため、イクトと同じように入院生活を送っている。
今回の一件でヒロムの実力の高さと「天獄」の存在を参列者に認知し直させることになったが、同時にそれは不安要素でもあった。
ヒロムの力でバッツを倒したのは事実。
そして……
ソラたちが手も足も出ないままに敗北し、足を引っ張るような形になったのも事実だ。
***
あれから四日。
「姫神」の管轄下にある病院。
パーティー会場から近い場所にあり、ヒロムの住んでいる屋敷からはかなり離れたところにある病院だ。
そこでイクトは入院していた。
「調子はどうだ?」
イクトの様子を伺おうと見舞いに来たガイとシオンはベッドの上に座るイクトに差し入れの菓子折りとイクトの着替えを手渡した。
シオンのそばにはハルカもいる。
「悪いね、面倒かけさせて」
「気にするなよ。
今回に関してはオマエがいなかったら悲惨なことになってたからな」
「悲惨なこと、ねぇ……。
オレのも大概だと思うけどな」
「生きてたならそれでいいだろ?
……ったく、文句の多い野郎だ」
「いやいや、シオン。
死にかけてたからね、オレ?
も少しで死神が迎えに来るとこだったよ」
笑えねぇな、とイクトの冗談にシオンはため息をつく。
ガイとハルカも反応に困り、苦笑いを浮かべるが、そんな中イクトはソラについて尋ねた。
「ソラは来てないのか?」
「あ、ああ。
シンクに用があるって言ってたな」
「そっか……」
「ソラはまだここに来てないんだな?」
イクトの反応からシオンは推測してそれについて問うと、イクトは頷いた。
「何でかな……?
電話しても無視されるし、メッセージ送っても無視されるし……」
「多分、忙しいんだと思うよ?」
どうかな、とフォローしようとするハルカの言葉を少し疑うように呟くイクト。
そんなイクトにガイはある話をした。
「夕弦がまた見舞いに来るってよ」
「え?
毎日来てくれてるぞ?」
「感謝しきれないんだってよ。
下手すりゃアイツがやられてたからな……」
そうだな、とイクトはなぜか嬉しそうに返事をした。
それが不思議だったハルカはなぜなのか訊いてしまう。
「なんで嬉しそうなの?」
「だって、感謝されること滅多にないからさ。
こういうのって嬉しいんだ」
「変わってるな……」
「女嫌いなのに彼女連れてるシオンに言われたくねぇよ」
「おい、訂正しろ」
「シオンくん、ひどいよ!?」
「せめてそれは裏で否定しろよ……。
ハルカが傷ついてるぞ?」
大丈夫か、シオンの言葉にショックを受けるハルカを慰めるようにガイは言うが、ハルカはただ頷き、シオンはため息をついた。
こんなのでよくこの二人は喧嘩しないなとガイは内心感心しつつあった。
何せハルカはヒロムとよく揉める。
あのヒロムのいい加減なところが嫌だからだ。
今のシオンもどちらかと言えばヒロムに似てるのだが……
これも愛のなせる技なのだろうか?
「そういえばユリナたちは?」
何かを思い出したようにハルカはガイに尋ねた。
ガイも訊かれたことについては知ってるらしく、すぐに返答した。
「ユリナならヒロムと一緒にいるはずだ」
「へぇ……姫神くんとねぇ」
ヒロムとユリナが一緒にいるのがあまり良くないらしい。
ハルカの機嫌が少し悪くなる。
するとそれを見兼ねたのか、イクトはガイにさらなる質問をした。
「そういやチカさんは?」
「チカも一緒のはずだ。
というか、ユリナたちに会いたいってチカが言ったからヒロムが一緒にいるんだけどな」
そうなんだ、とハルカは安堵のため息をついた。
ガイの話から何かしらの不安がなくなったのだろう。
その安心した理由もガイからすればわかりやすいものだ。
おそらく、一緒にいる理由がちゃんとしてるからだろう。
「わかりやすいな……」
「だな」
「?
なんでホッとしてるんだ?」
なぜなのかわかっていないシオンは首を傾げ、それを見るガイとイクトはただ呆れ、ため息をついた。
***
同じ頃。
ショッピングモール。
「ふぁ……」
ヒロムは退屈そうにあくびをした。
そのヒロムの視線の先にはユリナとチカ、そしてリサとエリカがいる。
四人は楽しそうに雑貨屋で買い物をしている。
ヒロムはというとそんな四人を待つようにベンチに座っていた。
「……たく」
「退屈ならオマエも行ってこいよ」
なぜかベンチのそばで立っている真助はヒロムに提案するが、ヒロムはため息をつくとその提案を却下した。
「そんなんじゃねえよ。
……つか、なんでいるんだよ?」
「気にするなよ。
たまにはこういうのも悪かない」
真助がなぜここにいるのか不思議で仕方がないヒロムに対して、真助は呑気に笑っている。
そんな真助はユリナたちの姿を見るとヒロムに話し始めた。
「お嬢様方はもう心配なさそうだな。
あの戦闘を目のあたりにして何かあるかと思ったが、あれだけ元気そうなら大丈……」
「大丈夫ではないだろうな」
真助の言葉を遮るようにヒロムは何か思うところがあるような言い方をした。
そのヒロムの言葉も不思議で仕方ない。
真助から見ればユリナたちは普通に笑い、楽しそうに過ごしている。
どこにでもいる女子高生の姿そのものだ。
なのに、ヒロムは違うと言いたいのだろう。
「何か変なのか?」
「変、か……。
アイツらが本当に心の底から楽しんでるように見えるか?」
「違うのか?」
「アイツらはああして装ってんだよ。
大丈夫な姿を装ってオレらに変な心配かけさせないようにな」
なるほど、と真助はヒロムの考えに納得すると同時に、ふと感じたことをヒロムに告げる。
「お嬢様方のことをよく見てるじゃないか」
「別に……普通だよ」
「さてはオマエ、あの中の誰かのこと好いて……」
ねぇよ、とヒロムは真助の言葉を否定すると立ち上がる。
そして
「……アイツらには他に相応しいのがいる。
オレはそれまで守って……」
「本気で言ってるのか?」
すると真助がヒロムの前に立つと、ヒロムをじっと見つめ、そしてヒロムに自分が思うことを告げた。
「それはオマエがお嬢様方の気持ちと向き合ってないだけなんじゃないのか?」
「……何が言いたい?」
「わかってるんだろ?
あのお嬢様方がオマエに向けてる想いが何なのかくらい。
それから目を逸らしてていいのか?」
「それはオマエの推測でしかない。
事実はわからないだろ?」
「わかるだろ?
バッツとの戦いの中で誰よりもオマエを心配していたのはあそこにいるお嬢様方だ。
それは紛うことなき事実だ」
「事実か何か知らないが、本人の口から聞かないかぎりは推測止まりの空論だ」
「だったら向き合ってみろよ。
でなきゃ本心は聞けねぇぞ?」
「そんなこと……」
「喧嘩してるの? 」
買い物を終わらせたであろうユリナがやってくるにりヒロムと真助を心配そうに見つめている。
遅れて来たチカたちもユリナと同じようにヒロムと真助の状況を見て心配そうな顔をしていた。
「……別に大したことは話してないよ」
ヒロムはユリナにただ一言言うと真助に背を向け、どこかに行こうとする。
「あ、待って!!」
するとそれを止めるようにユリナはヒロムの手を掴み、そして何かをヒロムにそっと手渡した。
「?」
何を渡されたのか、それが気になったヒロムは確認するように手渡された物を見た。
手に渡されたもの、それはピンク色の可愛らしい御守りにも似たキーホルダーだった。
「……キーホルダー?」
「ご、ごめんね?
神社とかじゃないからご利益あるかわからないけど……ヒロムくんの安全のためにと思って……」
ユリナは恥ずかしそうに説明し、それを聞いているヒロムの方を真助はニヤニヤしながら見ていた。
その視線に気づいたヒロムは真助の方を見ると何かおかしいのかと問う。
「……何だよ、変か?」
「これでもさっきと同じこと言えるのかなぁって思ったんだよ」
「……その話か」
ヒロムはため息をつくと少し考え、手に持つ御守りを見つめた。
安全祈願。
そう書かれた御守りのキーホルダーは一見すれば飾りでしかないが、なぜか手に持つそれをそれだけでは済ませそうになかった。
「……そうだな。
オマエに言われるのは癪だが、少しくらいは向き合ってやるよ」
「それは何よりだ」
それと、とユリナは真助にもヒロムとは色違いの紫色の御守りを渡した。
「これは……」
真助は不思議そうな顔をするが、すぐにそれが自分に対してだとわかると少し笑い、そしてユリナに確認するように言った。
「いいのか?
オレまでもらって」
「う、うん。
ガイたちにも渡すつもりだし、あなたも私たちの仲間だから受け取ってほしいの」
「仲間、か……。
敵としてあったはずのオレもそう思われるようになるとは、世の中何があるかわかんねぇもんだ」
「良かったな」
「悪いな、ヒロム。
オマエだけ特別ってわけでも……」
「じゃあ私からも」
するとリサがユリナと同じようなキーホルダーをヒロムに渡し、それに続くようにエリカとチカもヒロムにキーホルダーを渡した。
「オマエらもか?」
「これはヒロムくんにだけだからね?
ユリナはみんなにあげるみたいだけど……」
「せっかくですからヒロム様に差し上げたいと思いましたので」
「……なるほど」
ヒロムは苦笑いを浮かべつつも、手に持つ四人から受け取ったキーホルダーを見て少しくらいは嬉しいと感じた。
「……少しくらいは効果あることを願っておくよ」
「う、うん!!」
ヒロムの言葉に嬉しそうに頷くユリナ、それを見たヒロムはなぜかそのユリナの笑顔に一瞬だが頬を赤くしてしまう。
が、それを自身が気づくよりも前にリサが気づき、ヒロムに近寄るとじっと見つめる。
「……何だ?」
「顔赤いよ?」
「なってない」
「なってる」
「気のせいだ」
なってるよ、とリサの隣からエリカが話に入ってきてヒロムに伝える。
が、それでもヒロムの反応は変わらない。
「なってねぇよ」
「一瞬だけだったけど、赤かったよ?」
「……気のせいだって」
「なってたって。
ねぇ、チカ?」
エリカは確認するようにチカに言い、チカも優しく微笑むと頷き、それについて説明し始めた。
「ヒロム様の普段見れない表情でしたので、とても可愛らしかったですよ」
「可愛……!?」
「はい、可愛らしかったです。
ヒロム様もああいうお顔をされるのだと思うと微笑ましいです」
なんの躊躇いもなく話を続けるチカとリサとエリカの視線に耐えれなくなったヒロムは背を向けると足早に去ろうとする。
「ヒロムくん?」
「帰る……」
「ええ!?」
待って、と歩いていくヒロムを追いかけるようにユリナは走り、それに続くようにリサたちも走っていく。
「……賑やかで退屈しなさそうなヤツらだ」
真助はヒロムたちの光景に呆れながらも楽しんでいるかのように笑い、そして後を追うように歩き始めた。
だが、ヒロムも真助も、そしてユリナたちも気づいていなかった……。
ヒロムたちを遠くから監視するかのように見つめていた黒い軍服の少年の存在に……