六六七話 縋りたい、逃げたい
ユリナの言葉に、彼女の言動と行動が耐えられなかったヒロムは屋敷を飛び出ると現実から逃げるように走っていた。
アテもなく、ただ追いかけてくるユリナから逃れようとヒロムは走っていた。
走って、走って……数分走ったところでヒロムは走るのをやめて足を止めると息を切らしながらその場に座り込む。
おそらくユリナは遅れて来るから必ず追いついてくる。それが分かっていながらもヒロムは疲れ切っているのか座り込んで動こうとしない。
「……何でだよ……」
座り込む中で何かを吐露するヒロム。そのヒロムの瞳は今にも涙を流しそうになっていた。
「何で……何でオレに優しくするんだよ……。
こんなオレに……何を期待してんだよ……。オレは……オレには何も無いのに……」
自らの中に込み上げてくる思いとは逆の先程のユリナの言葉に戸惑いを隠せないヒロム。
彼女の言葉とその眩しいくらいの真剣な表情にヒロムは心を掻き乱されてしまっている。
今の自分には何も無い、そう思うヒロムの心の中のどこかには彼女の言葉に応えようとする思いも少しはあった。
だが、ヒロムの心は乱されてしまい、同時に彼の中にある穴が深くなってしまう。
「望んでも……帰ってこないんだ……!!
オレが何をやっても……アイツは……アイツらは帰ってこないんだ……!!」
掻き乱された心、その中で僅かにでも望みを抱いたとしてもヒロムは現実を理解してしまい、その現実に苦しめられてしまう。
もはや戻れない、そんなことは分かっている。
でも……
複雑な感情がヒロムを苦しめる中、彼のもとへと何かが迫ってくる。
何かが迫ってくるのを感じ取ったヒロムはゆっくりと立ち上がり、迫ってくる方向に体を向けてそれを見ると……ヒロムの前に全身をアーマーで武装した兵士が数人現れ、その兵士の真ん中に一人の男が現れる。
「……誰だ……?」
「ギルド所属の粛清部隊隊長葛城だ。
キミを粛清するためにここに来た」
「粛清……?
オレが……?」
「近々ギルドは解体されて新たな組織が対能力者専門の対処をしていくこととなるが、その前に我々ギルドに多く寄せられた問題を解決することとなった」
「その問題に……オレが関係あるのか?」
「大いにある。
姫神ヒロム……キミのおかげで我々「十神」に恩義を受けていた者は路頭に迷うこととなり、度々危険視されているキミが何も失わないのは不公平だと思わないか?」
「……そういうことかよ……。
オレが倒したアイツがいなくなったことでオマエらは解雇される。立場を失うくらいならその前に仇討ちしようと思ったわけか」
「言い方を変えるならそうなるな。
もっとも、キミが抵抗しないのなら手荒い真似はしない」
「……ふざけんなよ……。
オレが何も失ってないって……?
オマエらギルドが能無しなせいで……オレがどれだけ大事なものを失ったと思ってやがる!!」
現れた男・葛城の言葉に生気と呼べるものが宿っていなかったはずのヒロムは怒りを露わにする形でやる気を取り戻し、気力を取り戻したヒロムは葛城とその周りの兵士を倒すべく走り出した。
走り出したヒロムは葛城に接近すると拳撃を放とうとするが、葛城にヒロムの攻撃が迫ろうとすると周囲の兵士が武器を手に持つとヒロムの攻撃から葛城を守る。
「!!」
兵士に攻撃を防がれたヒロムは一旦距離を取るように後ろに飛ぶが、ヒロムが後ろに飛ぶと兵士たちは手に持つ武器を構えてヒロムを攻撃しようとする。
兵士たちが持つ武器、それは銃剣だ。可変させることで銃と剣の機能を使い分けるタイプのものらしく、兵士たちは今、距離を取ったヒロムを攻撃すべく銃として構えると魔力の弾丸を放っていく。
「くっ……!!」
精神が不安定で先程まで気力すらない状態だったヒロムは迫り来る魔力の弾丸を何とかして回避すると反撃に転じようとする……が……
「借りるぞ、フレ……」
何かをしようとしたヒロム……これまでやってきた精霊の力や武器を借りる戦い方を無意識で行おうとしたヒロムは自らの言葉のおかしさに途中で気づくと足を止めてしまい、ヒロムの足が止まると兵士が新たに魔力の弾丸を放ち、魔力の弾丸はヒロムに命中すると彼の全身に激痛が走る。
「……ッ!!」
「対能力者用銃剣型兵装・テスラバレット。
捕縛を目的に開発され、魔力の弾丸命中者の全身に激痛を走らせる。とくに魔力量が多い人間にはその痛みが何倍にも増幅される」
「んな……もん……!!」
やめておけ、も葛城が指を鳴らすと兵士はヒロムに向けて対能力者用銃剣型兵装・テスラバレットを構えると魔力の弾丸を放ち、放たれた魔力の弾丸が命中するとヒロムの全身にさらなる激痛が走る。
激痛が走る中でヒロムはその痛みに耐えながら反撃に転じようとするが、全身を走る激痛がヒロムの忍耐を上回るのかなかなか動けなかった。
「くそ……ッ……!!」
「無駄な抵抗はやめておけ。この攻撃からも分かるように抵抗しないのなら手荒い真似はしないのは事実だ。
テスラバレットの捕縛力からは如何なる能力者も逃れられない。
その身で理解しているのなら抵抗をやめろ」
「ふざ……けんな……!!
自分たちだけ……被害者ヅラしやがって……!!元々は「十家」の権力に甘えてたオマエらの怠慢が……招いた結果だろ……!!」
「なるほど、そう解釈するか。
だが敢えて言うなら、キミがその結果を迎えさせた要因ではないのか?」
「あ……?」
「キミが十神アルトを倒さなければ我々のように職を失うものがいなければ「十家」の権力でその身の保全を保証されたものもそれを失わなくて済んだ。
キミの行いは悪を倒したと世間では評価されているが果たしてそうなのか?」
「……だったら……守る立場にあるオマエらが何とかしてればよかったんだろうが……!!」
「だからやっていたのだよ。
十神アルトの指示で「十家」の権力でこの国を保つための仕事を」
葛城が冷たく告げると魔力の弾丸が次々にヒロムを襲い、魔力の弾丸と激痛に襲われるヒロムは吹き飛ばされるようにして倒れてしまう。
そして、最悪なことに……
「おい、アレって……」
「姫神ヒロムじゃない?」
「あの人たちってギルドの人?」
「え?何何?」
この騒ぎによって誘われた民間人が野次馬の如く集まり始め、魔力の弾丸を受けて負傷するヒロムは血を流しながら起き上がって民間人に逃げるよう伝えようとした。
だが、先に動いたのは葛城だ。
「諸君!!ここで見届けてもらいたい!!
個人の自己満足のためだけにギルドに属する大勢の人間の未来を閉ざし、「十家」の制度すら破壊して国を揺るがした悪意に染まる少年の末路を!!」
「テメェ……!!」
「……感謝しろ、姫神ヒロム。
オマエの犠牲は新たな世界において絶対な秩序を……」
葛城がヒロムに何かを言っていると彼の頭に何かが当てられる。
葛城の頭に当たったそれは地に落ち、地に落ちたそれを葛城は確認するように視線を落とす。
視線を落とすと……それがペットボトルだと理解した。
「……誰だ?これを投げたのは?」
野次馬の如く集まっている民間人を睨むような目で見る葛城。その葛城に一人の民間人が反発した。
「アンタの言ってることはおかしいぞ!!
そこにいる彼が必死に悪事を暴いてくれたのに何でこんなことしてんだ!!」
「分からないのか?
この男のせいで我々ギルドは……」
「前のテロ事件の時もそこの彼が私たちのために戦っていたわ!!
ギルドは何もしてないのに何でそんなに偉そうなのよ!!」
「……!?」
一人の民間人の言葉に反応するように次から次に民間人が葛城と葛城の言うギルドのためという大義に異を唱え、その異常なまでの反発に葛城は驚きを隠せなかった。
「何故だ……!?
何故分からない!?ギルドという存在があったからこの国は能力者と共存する道が出来ていたんだぞ!!
それをそこの男は潰したんだぞ!!」
「……うるせぇぞ……ボケが」
葛城が驚く中、ヒロムはフラつきながらも立ち上がると彼を睨みながら民間人が胸に抱く思いを代弁するように真実を告げていく。
「ギルドなんて無くても……最初から人は能力の有無関係なく歩めたんだ。
オマエらは「十家」の権力と自分の立場でそれを作り上げた気でいるだけで……最初からそんな蟠りなんてなかった……」
「ならばこの先能力者の反乱があれば誰が止める!?
何の力も持たないオマエがそれを止めると言いたいのか!?」
「……オレは今も昔も能力はない。
そしてこれからは……当たり前すぎて掴んでいなかったあの手を掴めないまま進むしかない。
けどな……この人たちに気付かされたよ……当たり前が無くなっても誰かがやらなきゃいけない事がある。オマエみたいなヤツが自分のエゴで他人を傷つけるのなら……オレはそれを止める!!この身に力がなくても……オレはオレにできるやり方でオマエらみたいな悪を倒す!!」
「悪だと……!?
正義の味方を気取って我々ギルドを悪に仕立てあげたいのか!!」
「悪いが……正義の味方は嫌いだ。
だからオレはそんなヒーローみたいなことはしない。誰かのための力として戦う、ただそれをやりたいだけだ!!」
「黙れ!!」
ヒロムの言葉に強い拒絶感を抱く葛城が叫ぶと彼のもとに巨大な銃器が現れ、現れた銃器を葛城は構えると魔力をビーム状にして放つ。
「貴様のような何も知らないガキが世界を腐敗させる!!
世界を腐敗させる芽は消さねばならないのだ!!」
「……」
葛城の構えた武器の放つ攻撃を前にして体の負傷が原因で動けないヒロム。そのヒロムの視界に自身を追ってきたユリナの姿が入る。
「ヒロムくん!!」
「……ユリナ……」
(多分、オマエが最初に気づかせてくれたんだ。
フレイたちがいなくても、今のオレにはユリナたちやガイたちがいるってことを。失ったことばかり気にしていたオレの手に初めてその意味をオマエが与えてくれたんだ……でも)
「……ごめんな、ユリナ。
ここまでだ」
迫り来る攻撃を避けることも間に合わないと悟ったヒロムが諦める。野次馬の如く集まっている民間人は彼に逃げるように叫び、ユリナは必死に彼の名を叫んだ。
聞こえている、でもヒロムはそれに応えるほどの力が今はなかった。
「……せめて、掴めるものは掴んどくべきだった」
(あの手を……払い除けずに掴めば変わっていたのかもな……)
後悔の念を抱くヒロム。そのヒロムに葛城の一撃が命中する……その瞬間、ヒロムの両手の色を失ったブレスレットが微かな光を発すると彼の前に大剣を出現させて葛城の攻撃を防ぎ消してしまう。
「何!?」
「……この大剣……は!?」
攻撃を防がれた葛城、そして突然現れた大剣にヒロムが驚いていると彼の色を失ったブレスレットが眩い光を発していく。