六六四話 戻らぬ虚空
大波乱の幕引きとなった「十家会議」。
ヒロムの乱入と「八神」の闇の暴露、さらには「四条」の当主とその兄・貴虎の非人道的な行い、そして「八神」や「四条」を裏で操り権力の裏で悪たる「世界王府」の一人としての本性を見せた十神アルト。その十神アルトという大敵を前にしてヒロムたちは奮闘し、ヒロムは家族と言っても過言ではない精霊を失う形で大敵の撃破を果たした。
だがそのヒロムの心は酷く傷つき、そのヒロムの心を救えなかったガイたちは自らの無力さを痛感するように悔しさを胸に抱いていた。
今回の波乱の「十家会議」は各報道メディアや警察、政府からは「十家騒乱事件」として後世に語られらような大事件として扱いをされ、ヒロムやガイたち「天獄」はこの騒乱事件を解決した英雄として称賛されることとなった。
その騒乱事件から二週間……
一週間という時が流れたある日、学校帰りのガイとソラは一条カズキが所有する「一条」の屋敷へと招待されていた。
客室に案内された二人は高級感あるソファーに座らされ、テーブルを挟む形で向かい側に座るカズキはいくつもの書類をテーブル上に並べながら話を進めていく。
「今回の「十家騒乱事件」と呼ばれる「十家会議」の果ての事件を受けて「十家」の一員としてオレは警察とギルドに「十家」の制度そのものを廃止してもらうように申請した」
「廃止って……」
「オレたちがヒロムと聞いていた計画と違うぞ?
何のつもりだ?」
「……落ち着け。
姫神ヒロムにはあらかじめ言っておいたが、オマエたちはこれを聞くと自分の判断を口止めするとアイツが言ったから「十家」の当主に成り代わるという話で進めていたんだ。
実際問題誤魔化しても誤魔化さなくても結果は変わらんのだがな」
「どういう意味だ?」
「知っての通り「十家」のシステムは過半数の当主を権力の裏で野放しにして好き放題にさせたもので十神アルトの先祖たちが築き上げた制度だ。
そのことはメディアのカメラを通じてリアルタイムで放送されたから今更隠そうとしてももう遅いのが現状だ。
国民は今回の件を受けて「十家」の制度は不要だと抗議し警察やギルド、政府も撤廃を進めようとしている」
「アンタはそれでいいのか?」
「元々オレたち「一条」は「十家」の制度について政府に疑問視していたからな。
それに「七瀬」の当主たる七瀬アリサも警察と共同で動くこともあるからか警察への申請が通るのが早かった。
何より……八神トウマの一件が上の人間を動かした」
「アイツが?」
「人の命を弄ぶ、その人道に反した行いをしてきた「十神」や「四条」の被害者とも言える八神トウマを救おうとする声が多くあがり、その結果を受けて政府は八神トウマに対する罪は本人の意思とは関係の無いところで洗脳された上で手を汚させられたこととして肩代わりすることとなった」
「じゃあトウマは……無罪なのか?」
「いや、そこまで甘くはない。
八神トウマへの罪はそれでないに等しくなったが、「八神」の家自体は今回の件で陥落に等しい処罰を受けることとなった。
元々ゼクスを潜ませていた十神アルトの計略によって衰退し切っていた「八神」はすでに陥落寸前まで追い詰められていたのを十神アルトが八神トウマを操って無理やり機能させていたから八神トウマもすんなり受け入れていた」
「そうか……」
「トウマが無事ならヒロムも安心しそうだな」
「まぁ、オレはまだ納得してないけどな」
カズキの口からトウマの罪について、そしてトウマの今の安否について知らされたガイが安心する一方でソラはどこか納得いってない様子を見せるが、そんなソラの素直ではない様子をガイは隣で笑ってしまう。
ガイに笑われたソラは彼を横目で睨むが、二人がそんなやり取りをしているとカズキはトウマについての更なる情報を二人に話す。
「その八神トウマだが、「十家」の制度の撤廃に関しては反対している」
「え?」
「ほらみろ、安心できねぇこと言い始めてんだろ?」
「いや、相馬ソラ。
オマエが考えるようなことを八神トウマは口にしていない。強いて言うなら姫神ヒロムを思って撤廃を反対しているだけだ。
今回の件を解決に導いた姫神ヒロム本人には何の報酬も与えられていない。そのことに八神トウマは不満があるらしくてな。せめてもの救いとして姫神ヒロムには相応の立場と権力を与えて平和に尽力しました証をと訴えている」
「アイツ……」
「さすがの政府も一個人のその場での感情にはそこまで応じられないとして拒否しているが、抑止力という意味では警察やギルドは何かしらの地位に着かせた方が今後の日本は安心ではないかと思っているみたいだ」
「ヒロムの功績を称えると言うよりは「十家」警察やギルドは自分たちの地位を守るのに利用したいかのような言い方だな」
「間違いではないさ相馬ソラ。
現に警察やギルドは「十家」の制度のせいで何かあっても毎度後手に回されて満足に活動できない状態だった。
そんな中で姫神ヒロムの活躍で今まで邪魔だった「十家」の制度が消せる上に八神トウマの進言が無ければそんな手を思いつきもしなかったようなのが今は上にいるからな」
「……結局、どこも権力のあるヤツが暗躍してる可能性があるのに変わりないってことか」
「絵に書いたような汚さだからな。
それについては「十家」の制度撤廃と一緒に一つの問題として対処させる。
いくら権力を与えられた「十家」がいたからと言えどここまで業績の悪い点が目立てば改善は必須となる」
「……その改善はヒロムのためになるのか?」
カズキの言葉に対してガイは政府や日本の今後についてではなくヒロム一人に対しての答えを求めた。
こうなるのは仕方ない。今のヒロムは「十家騒乱事件」の解決の中心となると同時に多くを失った。当たり前が無くなり、その当たり前が支えとなっていたヒロムはもはや自分の存在意義すら疑うような状態だ。
そんな状態のヒロムを救えるかどうか、ガイとソラにとってはそこが今後の大きなポイントとなる。
だからこそハッキリさせたかった。
そんなガイの言葉に対してカズキは今答えられることの全てを包み隠すことなく話していく。
「……姫神ヒロムの心の傷は時間をかけて癒す他ないのが現状だ。
これから先どうなるかは分からないが、少なくとも今回の件で改善される点というのは姫神ヒロムに与えていた負担を今後負わせなくていいようにするという意味では確実に姫神ヒロムのためになる。
だが、姫神ヒロムの精霊については……保証はできない」
「そう、か……」
「ついでだから聞くが、オマエや鬼桜葉王はこうなることを予見していたのか?
その……鬼桜葉王は未来を予知できたんだろ?」
「残念だが姫神ヒロムの精霊の件は葉王の予知を大きく外れる形で変化してしまった。
元々の葉王の予知では姫神ヒロムの精霊は一時的に姫神ヒロムの心と一体化して姿が見えなくなるだけだった。
その力で黒幕の力を凌駕して倒し、戦いが終われば全て元に戻るはずだったが……姫神ヒロムはその予知を超える成長を遂げていた」
「つまり、ヒロムが予知を自らの手で変えたってことか?」
「そういうことになる」
本来の予知の結果と異なる結末、その結末を迎えた要因が想像を超えるヒロムの成長にあると知ったガイたちはそれ以上何も言えなかった。
いや、言ったところで意味が無いと二人は分かっているのだ。
カズキも葉王も出来ることを全力でやった。その上でヒロムの目的であるトウマの救出に手を貸し、ヒロムもその見返りとして「十家」を中から壊そうとした。
双方がそれぞれの目的のために手を組み、互いに尽力して目的を成し遂げた結果が今の結果。
カズキは「一条」としての立場すら犠牲にすることを成し遂げ、今もこれまでの立場がない中でガイたちの身を案じて後始末を引き受けてくれているような状態。
そんな彼にこれ以上ワガママを言うような真似は出来なかった。
それぞれがリスクを背負って何かを変えようとした、その結果をガイたちは受け入れるしか無かった。
そんなガイたちが何も言えない中カズキは葉王が療養のために連れて行ったヒロムについて話していく。
「葉王が言うには姫神ヒロムはようやく精神が安定したらしい。
療養用に用意した部屋を二つ壊すほどに数日は荒れてたみたいだが今は落ち着きを取り戻したようだ。
部屋を壊した当人はまたやらかしたと言っていたらしいが、過去にも同じことが?」
「……ガキの頃にな。
自暴自棄になって暴れた時があったんだよ」
「そうか。
似たようなことがあったから冷静に己の行動を見返してすぐ反省できたというわけだな。
それならそれで納得がいく」
「……随分と落ち着いてんな。
ヒロムが暴れたことについては怒らないのか?」
ソラの質問、それを受けたカズキは質問の意味がわからないと言わんばかりの視線を向け、カズキは視線を向けたままソラの言葉について自らの思いについて話した。
「姫神ヒロムが精神的に不安定なのは分かっていた。
それなのに落ち着かせるとか大人しくしないから苛立つとかは全くない。そうなる過程があったが故に姫神ヒロムは追い詰められて暴れたと考えればヤツの行動に対しては許容出来るものがある」
「……そうか」
「ヒロムには会わせてもらえるのか?」
「安心しろ雨月ガイ。
数日前にに葉王が精神状態を再度チェックした後に姫神ヒロムの持ち家たる屋敷に送っている。
帰りにでも立ち寄れば会えるはずだ」
「数日前に?
何で教えてくれなかった?」
「教えればオマエらは押しかけるだろ?
今のアイツには静かになる時間が必要だと判断したんだ」
「そっか……。
でも教えてくれたってことはもう安心って……」
ただし、とカズキはヒロムが既に屋敷に戻っていることをガイに伝えるとそのヒロムについてある忠告をした。
「間違っても姫神ヒロムの精霊を取り戻すなどという類の話は絶対にするな。
ハッキリとした根拠の無い慰めはかえって不安にさせる。それを避けるなら何も言わないが、最低限の注意を持って姫神ヒロムと話すように気をつけろ」
「了解、した……」
「……さて、話を戻そうか。
「十家」の制度撤廃となると国の治安の低下は免れない。そこで政府は……」
ヒロムの現状についての話から今後についての話に戻すとカズキは淡々と話していくが、ガイはその話がいまいち入ってこなかった。
いや、正確には聞こうとしていなかった。
なぜなら……今のガイには精神状態が安定したというヒロムの姿を早く確かめたかったのだから……