六六三話 名家の終わり
ヒロムの一撃を受けたアルトは倒れ、倒れたアルトの体からは彼がその身に宿していた魔力や力が抜けていく。
魔力や力が抜けていくアルトの体は力が抜けていく影響からかアルトの体は徐々にやつれていき、変化していた体は元に戻っていくもののやつれていく影響なのか生気の感じられないものとなっていた。
そのアルトの姿を見るとヒロムは一息つくと右手に纏わせる白銀の稲妻を消し、全身の力を抜いてアルトの末路を見届けようとする。
「……無様だな」
無様、アルトの今の姿をそう例えたヒロムだっが、彼の体が纏う白銀の霊装の力が徐々に消えていき、力が消えるとヒロムの姿は元に戻って瞳の色や髪も元に戻ってしまう。
アルトのように力が抜けていくということはないが、彼が両手につけている白銀のブレスレットはその美しさを失うと灰色へと変色してしまう。
「……オレも変わらないな」
自らの変化を受け入れるようにヒロムは呟くとどこか諦めたような表情を浮かべ、ヒロムがそんな表情を浮かべる中アルトの体から大きな光と闇が抜けていく。
アルトの体から抜けた闇、その闇の一部が形を変えるとこの戦いに加勢してくれた神・ハデスとなりハデスは闇と共に消えようとする中でヒロムに感謝を述べた。
『人の子よ……いや、精霊の王よ。
汝の働きにより私と兄弟は救われた。感謝するぞ』
「……アンタに感謝されるようなことはしていない。
オレは……オレのやるべき事をやっただけだ」
『だがその行動理念によって世界は救われ、秩序を乱す諸悪を一つ積み取れたのだ。
汝の功績は皆から称賛されるべきものだ』
「称賛されるべきもの、ね……。
あいにくそういうのはガラじゃねぇから遠慮したいんだが、アンタにそこまで言われんならその気持ちは受け取っておくよ」
『フッ、変わった小僧だ。
いつか汝が困った時には……もし力になれる事があれば必ず手を貸そう』
さらばだ、とハデスは闇と共に完全に消え、大きな光も闇を追うように消えていく。
ハデスが消えた後、ヒロムの表情はどこか悲しみに沈み彼は思わず呟いてしまう。
「力になるってんなら今手を貸してくれよ……」
「ヒロム!!」
悲しみに暮れるヒロム、そんな彼のもとへ仲間であるガイたちが駆け寄る。彼らが駆け寄るとヒロムは何も無かったかのように平然とした態度で彼らの方を向き、ガイはヒロムの無事を確認しようとした。
「大丈夫か?」
「……ボロボロのヤツに心配されるほどの傷はない。
オマエらの方がダメージは深刻だろ?」
「いや……」
ガイたちの方が傷はひどい、そうヒロムは言って彼らの身を案じるがガイたちはヒロムの言葉を聞くと何故か辛そうな顔をして黙ってしまう。
何故黙る?それが気になったヒロムは彼らに問おうとしたが、視線の先……ガイたちの後ろにいる「彼」が視界に入るとヒロムは自然と察してしまう。
「全部聞いたんだな」
「ヒロム、オレたちは……」
「何も言うな。
これは……オレたちが互いに望んで出した結論だ。その果てにある答えなんて分かる術はないから後悔の残る結末を迎えても受け入れるしかねぇんだよ」
「ヒロム、違う。
それは……」
「ガイの言う通りだヒロム。
それはオマエたちが納得したとかそんな問題じゃないだろ。オレたちは強くなったと思ってオマエの力になろうとして何も出来なかった。そしてオマエに苦しい決断をさせた」
「それはオレたちがヤツを止めるために受け入れたことだ」
「納得しちゃダメだって大将。
その、話聞いてるだけだから偉そうに言えないけど……方法はあるはずだから探そうぜ?」
「……オマエたちの気持ちは嬉しいが、もう戻れないんだ。
受け入れるしかない」
ガイ、ソラ、イクトの言葉を受けたヒロムは冷たい口調で言うと彼らの気持ちを受け入れようとせずに話を終わらせようとし、ヒロムが話を終わらせようとするのをガイは阻止しようとする。
「葉王や一条カズキに頼もう。
そうすればフレイたちも戻って……」
「しつこいんだよ!!」
何とかしようとガイが色々提案しようとするとヒロムは声を荒らげるように強く言って彼の胸ぐらを掴み、ガイの胸ぐらを掴んだヒロムは彼のことを睨みながら言った。
「しつけぇんだよ……!!
オレもアイツらもこうなることは理解して受け入れたんだ!!オレが「ビヨンド・ソウル」の力を使うことも!!オレがその力を使えばもう二度とフレイたちはオレのところに戻れなくなることも!!」
「だけど諦めるなんておかしいだろ!!
何か方法があるなら探すべきだ!!ゼロだってオレたちに教えてくれたんだ!!いつになるかは分からないにしてもフレイたちは戻ってくるって!!だから少しでも早く……」
ヒロムの強い言葉に反論して何とか説得しようとガイはフレイの名を出した。だが、その選択が間違いだとガイはヒロムに思い知らされてしまう。
力で知らされるのではなく、より残酷でより痛い方法でガイは思い知ることになった。
フレイの名をガイが出した途端、ヒロムの瞳は涙を流し、流した涙はヒロムの頬を伝い、頬を濡らすヒロムは声を震えさせ、体を震わせながらガイに……ガイたち仲間に強く告げた。
「戻せるなら……さっさと戻せよ……!!
何時になるかも分からない……戻ってきてもオレのことなんて一切覚えていない……何も知らない精霊になって戻ってくる……!!
オレがこれまで一緒に……フレイやテミスたちと過ごして来た十何年の月日なんて無かったことにされて……同じ顔と同じ姿で別人として宿る……!!
この力を使った代償としてオレは家族を失った……!!
その家族を取り戻せるってんならさっさと全部元に戻せよ!!」
「……ッ!!」
「何も知らない状態って……」
「それじゃ元に戻るなんて不可能なんじゃ……」
「……何とかするってんならさっさとやれよ……!!
もうオレの中にはフレイたちの声もフレイたちの存在もフレイたちがいるって安心感も何もかも無くなったんだ!!
それを戻すってんなら……さっさとやれよ!!」
「違う……違うんだヒロム。
オレは……オレはただオマエの力になりたくて……」
「なら黙っててくれ……!!
もう……これ以上耐えられないんだよ……!!
もう帰ってこないんだよ……アイツらが……当たり前のように過ごしてきたアイツらとの日々はもう戻らないんだよ……」
震える声で自らの心の苦しさを吐露するヒロムのガイの胸ぐらを掴む手はゆっくりと離され、ヒロムが手を離して涙を強く流すとガイは何も言えずにただ申し訳ないという気持ちでいっぱいになりながら下がるしか無かった。
戻りたくても戻れない、誰も計れないヒロムの苦しみを知ったガイたちは何も言えなかった。ましてヒロムは苦しみや辛さは表に出さないし、これまで感情を強く表に出さなかった。そのヒロムが涙を流してまで他人に強く訴える姿は彼らの安直な優しさを押し殺させてしまう。
沈黙、それがヒロムたちの間を重苦しくさせる。その空気が漂う中、葉王は十神アルトのもとに現れると数枚の札を出してアルトの体に叩きつけるように貼り、札が貼られるとアルトの全身に何やら古代文字のようなものが浮かび上がり始める。
『が……ぁあ……!!』
「十神アルト、オマエの能力はここで封印する。
これからは無能力者の罪人として警察とギルドの長きに渡る尋問を受け続けろ」
普段の気の抜けたような口調が無くなった葉王の言葉を受けたアルトが彼を睨もうとしていると一条カズキが十神アルトの前に現れて彼の顔を勢いよく蹴って気絶させる。
アルトを気絶させたカズキはため息をつくと葉王にある質問をした。
「……ここからどうするつもりだ?」
「……そうだなァ。
この口調も何だかんだで面白いしィ、このままァ……」
「違う、オマエのその口調はどうでもいい。
オマエはどうせその口調で面白がっているし、オレといる間はやめないのは理解してるが姫神ヒロムの方だ」
「……あァ、姫神ヒロムかァ。
なるようになるしかないなァ」
アルトが気絶すると葉王はヒロムに歩み寄り、ヒロムを優しく抱きしめるとそのままの状態でガイたちに伝えた。
「もはやコイツは十神アルトを倒すッて意志だけでここまで持ち堪えていたァ。
目的が達成された今ァ、得られるモノは十神アルトを倒したという英雄視と世間からの称賛だがァ、コイツはそんなのを求めてはいないィ。
今はァ……どこか落ち着く場所で休ませるしかねェ」
「葉王、オレたちは……」
「オマエたちの今後についてはゼロに伝えてあるし、細かいことはカズキから直接聞けェ。
オレはしばらくコイツの傷を癒すことに専念するゥ」
それと、と葉王はヒロムを抱きしめたまま消えようとする中でガイたちにある事を忠告した。
「コイツのことはしばらく放置しとけェ。絶対に探そうとするなァ。今のオマエらにできることはコイツの帰る場所を守ることと今回の件の後処理を担うことだァ」
「……ッ!!」
「……今回の件での協力は感謝してるゥ。
その謝礼は後で話してやるゥ」
ガイたちに告げると葉王はヒロムを連れて消え、葉王とヒロムが消えるとガイとソラは何も出来ないことを思い知らされたことに悔しさを感じていた。
「オレたちは何も出来ないってことか……」
「まるでオレたちは「無能」だな。
アイツは何かを失ってでも、別れを恐れずに戦ったのに……オレはイグニスと一体化することすら躊躇しかけた弱い男だ」
「……強すぎるんだよ、大将はさ……。
いつも……いつも先に進んで……」
「だからオレたちはアイツの後ろに続いた。
けど……今回ばかりは後ろを歩きすぎたな」
「シオンの言う通りだ。
オレたちは心のどこかでアイツに頼りきっていた。何かを変える、アイツならやってくれる、そんな期待でアイツを追い詰めたのはオレたちだ」
「……ヒロムには色々教えられた。
なのに……こんな形で無下にしてしまうなんて」
ガイとソラだけでなくイクトとシオン、真助とノアルも己の無力さを悔いていた。
後悔、一言で表すならそれだ。だが、彼らの心を襲うこれはそれはそんな簡単なものでは無い。
後悔の念はただ大きく、その思いに連なるようにガイたちは敗北感に見舞われていた。
十神アルトという大敵はヒロムが倒した。それに関しては勝利だろう。だがガイたちはヒロムの力になるどころか彼の苦しみを救えなかった。
そういう意味では……彼らは敗北したと思っているのだろう……