六五二話 不浄の治癒
一条カズキと鬼桜葉王が十神アルトを倒そうと動き出した一方……
ヒロムの傷を治すべく彼を治すのに最適な能力者がいるとされる場所へ来たゼロはその人物を見るなり不快感を露わにしていた。
ノアルが連れてきてしまった守るべき対象たるユリナたちといる女……ヒロムとトウマの母親たる姫神愛華を前にしてゼロは苛立ちを隠せなかった。
「何でオマエがここにいる?
オマエは「七瀬」に身柄を拘束されてるはずだろ……!!」
「ゼロ、まずは落ち着いてください。
今アナタがその疑問を抱くのは分かりますが、ヒロムさんの傷の治療が最優先です」
「話を逸らそうとするな。
オマエが何故ここにいるのか、何故ここに来れたのかを解決するのが先だ。
それと……オマエの今後についてもな」
「ゼロ……話を聞いてください」
「ヒロムの治療が先ってか?
それのお望みならさっさとやりやがれ」
愛華に対して冷たく言うとゼロは抱えているヒロムを乱暴に投げ、乱暴に投げられたヒロムは負傷した体を床にぶつける形で倒れてしまう。
「ヒロムくん!!」
乱暴に投げられたヒロムが倒れるとユリナとエレナが心配して駆け寄り、アキナはヒロムを乱暴に扱うゼロを責めようとした。
「ちょっとゼロ!!
ヒロムはひどい怪我を負ってるのにそんな乱暴に扱うなんて何考えてるのよ!!」
「うるさいぞ女。
オマエはすっこんでろ」
「あのね、ゼロ。
私は……」
「おい、二度も言わせるな。
うるさいから黙ってろ」
話を聞こうとしないゼロに対してアキナがさらに言おうとするとゼロは殺気の混ざった冷たい視線で彼女を睨み、ゼロに睨まれたアキナは恐怖を感じたのかそれ以上何も言わずにゆっくりと後ろに下がる。
アキナが黙り下がるとゼロは愛華に対して問い詰めていく。
「何故オマエがここにいる?
どうやって「七瀬」の拘束を逃れた?」
「……予め鬼桜葉王が根回ししてくれていたんです。
ヒロムさんに何かあった場合のために七瀬アリサさんに事前の通達をしてくださっていたんです。そのおかげで私はこうしてここにいます」
「あ?根回しだ?
オマエと鬼桜葉王はこの展開を予測してたってのか?
ヒロムの力になってくれてる鬼桜葉王はともかく、「竜鬼会」やそれを率いていたゼアルやウルの命を弄んだオマエがこうなると予見していたのか?」
「いえ……鬼桜葉王は未来予知ができる能力者です。
彼の未来予知があったからこそこれまで「一条」はヒロムさんたちのことを助け、的確な助言が行えたのです」
「つまり鬼桜葉王はその未来予知がありながらヒロムを見殺しにしようとしたってわけか?」
「それは……違うと思います。
彼はヒロムさんを死なせてはならないと言っていましたし、ヒロムさん抜きでは彼は……十神アルトは倒せないとも言っていました」
「……何?
十神アルトの裏切りは最初から分かっていた事なのか?」
愛華の口から語られた十神アルトの裏切りという言葉にゼロが驚いていると愛華はさらに詳しく明かしていく。
「そもそも鬼桜葉王がヒロムさんに目をつけたのはヒロムさんに優れた力があるからではありません。
七つの大罪と七つの美徳、それらから来る力を授かりながらもその力に心を壊されずに強く保たれているその精神力があったからこそです」
「どういう意味だ?」
「……鬼桜葉王の能力はご存じですか?」
「知ってるさ。
因果律の操作、あらゆる事象の結果と原因を己の手で自由に書き換える力だろ?」
「ええ、その通りです。
鬼桜葉王の能力はシンギュラリティに達することで如何なる事象も結果も変える力となり、未来を予知する力となっているのです」
「それで?
鬼桜葉王の因果律の操作と未来予知の関係性が何だって言うんだ?」
「ヒロムさんが二歳になった頃……鬼桜葉王が現れました。
将来この国を揺るがす悪を倒す能力者に成長すると」
「は?」
ゼロは愛華の言いたい言葉の意味が理解できなかった。
いや、理解出来るはずもない。ヒロムが宿す精霊が持つ霊装には七つの大罪と七つの美徳を冠するものがあるというのはカズキや葉王はヒロムがシンギュラリティの覚醒を経た際に話し、そしてそれを理解するべく手を貸してくれた。
そこはゼロも把握している。だが、愛華の言い方ではまるで鬼桜葉王は十何年も前からヒロムがシンギュラリティの覚醒と到達を遂げることを予知していたというのだ。
国を揺るがす悪、それが具体的には今起きている問題の主犯たる十神アルトの事を指してるかはさておいて、ヒロムは十神アルト以外にも「竜鬼会」を壊滅させている。
信ぴょう性が疑われるが、葉王はどういうわけかヒロムのことを昔から予知していたらしいが、そうなるとゼロはある疑問を抱かずにはいられない。
「葉王の未来予知が確かかどうかはどうでもいい。
アイツ本人に聞かなきゃ分からねぇからな。それよりもだ……オマエの話には少し気になる点がある」
「何でしょうか?」
「鬼桜葉王が十何年も前にオマエの前に現れたのなら、今のアイツの外観から考えても現れたとされる時の年齢はまだ若いはずだ。あの見た目ならおそらくは二十代前半か二十代手前くらいだ。まだランドセル背負ってるような小僧の話を鵜呑みにしたのか?」
「……そのことですか。
いいえ、鬼桜葉王は今も昔も変わらずあの姿ですよ」
「何……?」
「そもそも鬼桜葉王は因果律の操作と未来予知を扱うことにより能力者としてのリスクを背負ってしまっています。
ヒロムさんが精霊を多く宿すことでその大半以上を内に封印してしまったように、鬼桜葉王はあらゆる事象と原因、結果に関与できる力を持っているが故に咎人として罪を問われて能力の呪いを受けて不老不死になってしまったのです」
「不老不死……だと!?」
不老不死、現実味の薄れるようなその言葉をゼロはいささか信用出来なかったが、ゼロはヒロムがかつて葉王と戦った際のある話を思い出した。
ヒロムはシンギュラリティに到達して得た強さで葉王と互角に戦い、その上で葉王を追い詰めると葉王の体を刃で貫き倒したらしい。だが倒された葉王は何も無かったように立ち上がり、そして貫かれた傷口は一切の出血がなかったと言うのだ。
その話を思い出した葉王は愛華の言う葉王は不老不死だという点が少なからず合点がいくと判断し、その上で詳細を話させようとした。
「いつからだ?
葉王はいつから不老不死なんだ?」
「私がそれを質問した時……つまりヒロムさんが二歳の時にお会いした時にそれを尋ねた時彼は五百年は既に生きていると答えました。
ですから……おそらくは五百年前からでしょう」
「五百年……!?」
「因果律の操作は当初は自分に起こることにしか作用しない力だったはずがいつの間にか対象を選ばずに作用する力となり、その力は鬼桜葉王の死と老いという事象を消し去ってしまったことで彼は死ぬことも歳を取ることもなくなったのです。
長く生きることは多くの別れを経験する、それを悟った彼は人知れず表舞台から姿を消したのです」
「表舞台……?
どういうことだ?」
「……鬼桜葉王の本名は姫神葉桜。
そしてその正体は「姫神」の家を繁栄させ今の地位を確立させる先駆者となった方であり、ヒロムさんとトウマさんの先祖にあたる方です」
「葉王が……「姫神」の創設者だって言うのか!?」
愛華の口から明かされた衝撃の事実にゼロが驚きを隠せずに困惑していると負傷しているヒロムはゆっくりと起き上がると愛華に質問した。
「……何で……その事を今話す?
アイツの正体を今知っても……事態は変わらないのに……何で今話すんだ?」
「元々私と飾音さんはヒロムさんの力が狙われる可能性があると鬼桜葉王に忠告されたこともありどうにかしてその力を封じ込めてその時が来るまで狙われないようにしようとしたのです。
ただ無計画すぎた私と飾音さんはヒロムさんの心を閉ざすような事をしてしまい、そして気がつけばヒロムさんは復讐の道に進んでしまいました」
ですが、と愛華はヒロムの質問に対する答えとなる話をする中で今話す理由も説明した。
「無計画すぎた私たちのやり方を見兼ねた鬼桜葉王が私の前に現れ、私にある提案を持ちかけました。
パラドクスの石版、鬼桜葉王の因果律の操作を利用することで心を閉ざしてしまわれたヒロムさんから精霊の力とその力の一部を石版として置き換えて保管し、万が一の際は鬼桜葉王からヒロムさんに返還するという方針を取ると同時に鬼桜葉王はヒロムさんを裏からサポートする代わりに来るべき時が来た場合は自分の正体と計画について明かすよう伝えてきました」
「……まさか、アイツがこれまで何度もオレの前に現れたのはオレを強くさせたいからだったのか?」
「その通りです。
そのおかげでヒロムさんは「竜鬼会」を滅ぼし、偽りの精神たるクロムを倒すと共にシンギュラリティの到達を果たされた。
ここまでは私と鬼桜葉王の想定している範囲の成長でした。ですが……トウマさんの精神が十神アルトや彼により操られる「八神」によって闇に支配されていると分かった時は私には何もできない状態にありました。
「竜鬼会」の件で私は身柄を拘束されることになり、後のことは鬼桜葉王に託したのです」
「……だから葉王はあのタイミングで現れてトウマのことを話したのか」
「オマエがここにいるってことは「七瀬」の当主はこのことを知ってるのか?」
「……七瀬アリサさんが初めてヒロムさんのもとを訪れたのは私が「八神」の動きを危険視したことで鬼桜葉王に相談し、彼が信用できる人物として彼女を向かわせてくれたのです。
彼のことも、私と彼がヒロムさんを導こうとしてたことも……彼女は知っていながらも心苦しくなりながら知らないフリをしてヒロムさんたちと接してくれていたのです」
「……つまり、最初からアレらはオマエと鬼桜葉王に仕組まれてたってわけか。
そして今もオマエらの望み通りか?」
「……十神アルトの成長は想定外です。
ですからヒロムさんを治療して完全な状態で戦いに戻ってもらいたいのです」
「結局ヒロム頼みってか?」
「……仕方ねぇよゼロ。
アイツを止められるのは……オレだけだろうからな」
「そうですね。
ですがその前に……ゼロ、アナタにお願いがあります」
「あ?」
ゼロへのお願い、愛華の言葉に嫌悪感を露わにするゼロが睨みながら聞き返すと彼女は彼に伝えた。
「ヒロムさんを助けるため……今一度ヒロムさんの中にある精神世界へ入ってください」
「……は?」




