六五〇話 最強の一角
『ゼウスとハデスが揃わなければもはや倒せない神……それが今のオレだ』
アルトを倒そうとこれまで動きを見せなかったのに全てを終わらせるべく動いた葉王とカズキに向けて告げるアルト。
そのアルトの言葉を聞いたイクトはアルトが言うハデスとゼウスがいなければ倒せない神についてそれに該当するある存在に気づいた。
「もしかして……クロノスか!?」
「あ?おい、勝手に話進めんなイクト」
「イクト、オレやソラたちにも分かるように教えてくれ」
「あ、ああ。
クロノスってのは農耕神であると同時にゼウスたち神々の親だ。
ある言い伝えでは冥府より蘇ったクロノスが人類を滅ぼそうと暴れたところをゼウスとハデスが力を合わせることでようやく阻止できたと伝えられている」
「ゼウスとハデスが手を組んでようやく……!?」
「この戦力でそんな相手を倒せって言うのか……!?」
問題ない、とクロノスという神の存在についてイクトが話しているとカズキは余裕なのか一言言い、そしてカズキはガイたちに告げた。
「オマエたちは役目を果たした。
ここから先については我々「一条」が責任を持って対処する」
「ふざけんなよ……?
散々戦わせておいていい所は自分たちが持っていくのか!!」
「……この戦いは未だカメラを通じて全国に映像が流れている。
これ以上のオマエたちの戦闘は晒すわけにはいかない」
「なっ……」
「さすがに都合がよすぎない?
大将は死にかけて、シオンたちも深手負ってんのにさ」
「異論は聞かん。
ここからはオレと葉王が対処する」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!
オレたちは……」
よせ、とカズキの言葉に熱くなるソラとイクトを宥めるようにガイは落ち着いた様子で言うとカズキに確かめるようにある事を言った。
「……一条カズキ、オマエはオレたちがこれ以上負傷するのをメディアに流れてオレたちの家族が悲しまなくて済むように気を遣ってくれてるんだろ」
「……」
「どういうことだガイ?」
「一条カズキと葉王の狙いは最初から今に至るまで「十家」というシステムが如何に機能していないかを見せしめることだったんだ。
「十家」の再建というのはただの口実で、本当の狙いは権力を与えられた能力者が如何に身勝手で危険かを世間に知らせることだったんだ」
「なっ……」
「……雨月ガイィ、どこで気がついたァ?」
「……オマエがオレの特訓をしてくれた時からだよ、葉王。
オレの指導をしてくれるオマエはこれまでの能力者同士の戦いや権力争いの中で見せなかった顔を何度か見せた。
幼子である飛天や希天、それにまだ子犬の鬼丸が遊びたくなったらわざわざオレに休憩を与えてまでアイツらと遊ばせ、特訓の時もオマエは気がつけば指導の中で飛天たちのことを気に掛けているような言葉を使っていた。
だからオレはその時から疑っていたんだ。「一条」の計画は「十家」の再建ではなく「十家」の当主やトウマを救った先にある結果の中にある何かなんかじゃないかってな」
「ヘェェ……。
てッきり特訓に気を取られて気がつくことなないものだと思ッてたんだがなァ。
さすがは鋭い観察眼を持つ最強の剣士だなァ」
「……どうしてなんだ?
どうしてオレたちに事前に教えてくれなかったんだ?」
必要ないからだ、と葉王に問うガイに向けてカズキは言うと続けて教える必要が無い理由について話していく。
「オマエたちのこれ以上の負傷はオレたちが望んでいない。
ここまでの戦いをオマエたちに任せたその責任はしっかり果たさなければならないからな」
「あ?何訳のわかんねぇこと言ってやがる?
元々オレたちは「十家」と戦うしか現状を打破できなかったんだぞ。
それなのに……」
「オマエたちに戦わせたのは現状のシステムに不満を持つものがいることを世に知らせるためだ。
システムそのものの破壊はオマエたちがこの先世界の恐怖として認識されないからこそ十神アルトの始末はオレが引き受ける」
「システムの破壊……?」
「元々「十家」というシステムは「十神」の先祖が国と結託して生み出し、序列という縦割りを作ることで上下関係を確立させた十の財家が集う組織として治安の改善と国民の安全の確保を担うはずだった。
だが、オレが今の当主の地位に着いた時には組織としてのその面影は皆無だった。
その原因を調べたところ、「十神」の三世代前の当主がその座を継いでから暫くした時から「十家」のシステムは急変していた。
都合よく権力で不都合を隠蔽し、都合のいいものは自らのものにして歯向かうものは権力で消す。いつの間にかこれが「十家」の力として当然となっていた」
「警察やギルドが機能していないことを言ってるのか?」
「そうだ。
序列一位となればその辺は簡単に変えられると思ったが、長きに渡り「十神」に支配されたこの国の機能はそう簡単には変えられそうになかった。
だからオレは「十家」そのものを完全に破壊してこの国に働く権力を一掃しようと考えた。
そしてオレはオマエたちに目をつけた。「十家」の権力で押し潰されそうになる現実を前にしても抗い、己の意志を強く持つオマエたちにな」
「……ッ」
「一条カズキ……」
「……無理な戦いをさせてすまなかったな相馬ソラ、雨月ガイ、黒川イクト。
他の仲間の命はこの件が終わったら何があっても救う。オレたちの計画に協力してもらった礼として必ず約束する」
「一条カズキ……。
オマエは……」
『長話は終わったか?』
カズキの話を聞いたガイが何かを言おうとすると邪魔するようにアルトがカズキに向けて言い、アルトに声を掛けられたカズキは冷たい眼差しで睨みながら冷たく告げた。
「オマエとその家が引き起こしたこの一連の騒動と「十家」のシステムはここで終わらせる。
オマエの駆逐、それこそが終わりの証だからな」
『オレは倒せない。
オマエの力ではオレは倒せない。神々の力を手に入れ、その神々の親たるクロノスという存在へと進化したオレはもう誰にも倒せない』
「オマエが神になったから倒せないという理屈はない。
あるのはオマエという愚かな人間が存在しているという現実だけ、オマエが自称してるだけで実際のところ神なんてこの場には存在していないかもしれないからな」
『神はここにいる。
ハデスを取り込み、ゼウスを完成させて取り込んだオレは神と同義。
その証拠に今のオレは人間を凌駕している。そんな今のオレが数多の神々の親たるクロノスを名乗っても何もおかしくはない』
「……おかしな話だがな」
『何?』
「神になったのなら何故人の姿を捨てない?
神になったのなら何故早々に全員を始末しない?
オマエは自らが神になったと言い聞かせることで都合の悪いことから目を逸らそうとしているんだろ?」
『何を……』
「オマエは今完全に力を掌握出来ていない。
冥府から現れたハデスは正真正銘本物の神だが、そのハデスがオマエを拒絶しているせいでオマエは思うように力を発揮出来ずにいるのが現状だ」
『拒絶?
オレは神を従えている!!そして精霊を統べる人間たる姫神ヒロムの力と「天霊」と「魔人」の力を秘めて育ったルシファーの力をも宿している!!
万が一のことがあろうと、オレは確実な力を得て確実な強さでオマエを凌駕することができる』
「……何を言っても無駄か。
オマエのその力は他者から強奪した仮初、それが真の力を前にして本領を発揮されないということは……身をもって知らせるしかないな」
カズキが指を鳴らすと無数の刀剣がカズキの周囲に出現し、出現した刀剣は矢の如くアルトに向けて放たれようと……するが、アルトはカズキの周囲に現れた刀剣が放たれる前に先に敵を倒そうと動こうとした。
その時……
「無駄だ」
動こうとしたアルトに向けてカズキが一言言うと彼が放とうとしていた刀剣は気がつけば動こうとしていたアルトに襲いかかっており、動き出そうとしていたアルトの体は次々に迫ってくる刀剣に襲われて負傷していく。
『!?』
「もはやオマエは何も出来ない」
刀剣が迫っていること、そしてその刀剣に襲われたアルトに対してカズキがさらに言うと無数の槍がアルトの頭上に現れ、そして気がつけば槍は雨のように降り注がれるとアルトを襲う。
『バカな……!?
何が……!?』
「オマエは知る由もなく終わる。
オレの能力を理解する前にオマエは死ぬ」
カズキが言葉を発しているといつの間にか現れた無数の武器がアルトに襲いかかっていき、アルトはどうにか避けて反撃に転じようとするが、アルトが動こうとしても彼の意志に反するように次々に攻撃が襲いかかってくる。
「オマエのその力が神の力だというなら止めてみろ。
オレの能力を理解しているならの話だがな」
『バカな……!?
オマエの力は求めた武器に求めた力を与えて具現化する能力のはずだ!!
それなのに何故……!?』
「このままではオレの能力を理解するのは到底無理だろうな。
知ることなく終われ」
アルトに終わりを告げるように言うとカズキは次々に攻撃を放つ。
カズキが攻撃を放っていく中、葉王は圧倒的な戦いをするカズキを見ながら彼の力についてアルトが聞こえぬような声で呟く。
「カズキの能力はよォ、たしかに万物創造に近い具現化能力だァ。
だがなァ、その程度でカズキが最近になれるわけがねェ。
カズキのもう一つの能力……「時界」の前ではなァ」
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ノアルがユリナたちと一緒に連れてきたとされるヒロムの治癒を行う最適な能力者がいるとされる場所へヒロムを抱えながら向かうゼロ。
ノアルが言っていたであろう場所へ向かうためにゼロは周囲の気配を手繰りながら走り、ある気配を感じ取るとヒロムを抱えたまま加速して一気にそこへと到着する。
ゼロが到着したのは戦場となっている地点から数キロ離れたところにある家屋であり、そこに入ると姫野ユリナたちの姿が目に入る。
そして……
「やっばりか。
ヒロムの治療に今最も適している人間ってのはオマエだったか」
ゼロの視線はユリナたちではなく、彼女たちの奥にいる人物に向けられている。
静かな面持ちで椅子に腰掛ける女、その女を睨むような視線をゼロは向けているのだが、その視線を向けられる女は落ち着いていた。
「……アナタが警戒するのは無理もありません。
私の存在はそれほど厄介なものなのですから」
「厄介なものとかそんな甘いもんかよ。
オマエは人の道理に反した女だ。息子のためと言いながら敵になってしまうような人工生命体を生み出し、その人工生命体を生み出すために己の息子を利用した。
そうだろ……姫神愛華!!」
そうね、と落ち着いた様子で答える女……ヒロムとトウマの母親の姫神愛華は答え、彼女の言葉を聞いたゼロはただ睨むことしかなかった……