六四話 絶望
「……セラ、頼みがある……」
『 どうしました、マスター?』
ヒロムは座り込むと、精神世界から返事を返すセラにある頼みをした。
「オレはバッツを倒したい。
だが今のままじゃあのバッツには適わない……だからオマエの力を借りたい」
『 それは構いませんが、マスターのお怪我では戦いは……』
大丈夫だ、とヒロムは愛華が自身に歩み寄り、治癒術を施し始めるのを確認するとセラに伝える。
「今から回復してもらう。
それが終わってからでいい、力を貸してほしい」
『 ……わかりました。
私だけでいいのですか?』
「……できればディアナも頼む。
もしもの時は……奥の手で挑む!!」
***
ガイたちは走り、バッツに迫ると攻撃を放とうとする。
そんなガイたちの姿にバッツはため息をつき、そして右手で後ろ頭を掻きながら話し始める。
「威勢だけは認めてやろう。
だが、オマエらじゃオレは倒せない」
「やってみなきゃわかんねぇだろうが!!」
ガイは「折神」に「修羅」の力を纏わせると斬りかかるが、バッツはそれを素手で止めてしまう。
「なっ……!!」
ありえないことだ。
魔力を与えればあらゆるものを斬る霊刀「折神」に触れれば切り裂く「修羅」を纏わせている。
触れれば間違いなく腕は切り落とされる。
なのに、バッツはそれを掴み、そして無傷でいるのだ。
「なんで……」
「これがオマエの全力か?
だったらこれでも受けろぉ!!」
バッツはガイの刀を強引に奪い取ると投げ捨て、そして自身の右足に蒼い魔力と雷を纏わせるとその場で回転し、ガイを蹴り飛ばす。
蹴りを受けたガイは全身が何度も斬られ、そして切り刻まれたかのように体が傷を負っていく。
そう、それはまるで「修羅」の力に似ていた。
いや、それそのものだ。
「まさ……か……」
「そう、さっきオマエから吸収した力だ。
そして……」
バッツは右手に紅い炎を出現させると、それをイクトと真助に向けて放つ。
「!!」
紅い炎の接近にイクトと真助は避けることを選び、そして難なく避けることができた。
だが、バッツはそんな二人に向けてさらに紅い炎を放つ。
「どうした、どうした!!」
「コイツ……!!」
「ソラの能力もかよ!!」
イクトと真助は迫り来る炎に回避を強いられ、バッツに対して攻撃できないでいた。
イクトは大鎌で、真助は妖刀「血海」で避けきれぬ攻撃を防ぐだけで、武器の本来の役割を果たすことができずにいた。
が、そんな中でバッツの背後に音もなく現れたシオンは槍で斬りかかる。
「もらった!!」
「……ダメだなぁ」
バッツは後ろを見ずにシオンの攻撃を避け、そしてすかさず槍を掴むと握り潰し、そして粉砕してしまう。
「そんな攻撃じゃオレは倒せねぇぞ!!」
バッツは紅い炎を至近距離でシオンに放ち、それを受けたシオンは全身に火傷を負いながら倒れてしまう。
「く……そ……」
「シオンくん!!」
ハルカの叫び声が響くが、それに返事をすることもなくシオンは倒れてしまう。
「まずは二人……」
「貴様ぁ!!」
「炎魔劫拳」を発動したソラはバッツに殴りかかるが、バッツはそれを避けようともせずにその身に受ける。
が、バッツには一切のダメージがなく、殴られている今も平然としている。
「……何かしてるのかぁ?」
「なめやがって……!!」
ソラは紅い炎を拳に纏わせてバッツを殴るが、バッツはそれを素手で弾き、そしてソラの紅い炎をすべて吸収してしまう。
「な……」
「これがヒロムの精霊の力……。
実に役に立つ!!」
「アイリスの能力……かよ!!」
その通り、とバッツはソラよりも強力な紅い炎を拳に纏わせるとソラを殴る。
それは一度だけではなく、何度も何度だ。
「あああ!!」
「オマエ自身の能力の前に倒れろ!!」
「ふざけんな!!」
すると影から無数の腕が現れるとバッツを拘束し、さらに影の腕の一部がソラをヒロムのいる方へと投げ飛ばす。
ソラはバッツによる攻撃で受けたダメージでうまく受け身が取れず、投げられた先で転がるように倒れてしまう。
が、まだ意識はある。
「イクト……」
そしてソラと入れ替わるようにイクトが大鎌でバッツに斬りかかる。
「覚悟しろ、バッツ!!」
「偉そうな口を……」
バッツは影の腕を力任せに振り払うとイクトの攻撃を避け、そしてイクトに数発蹴りを放つ。
「くっ……」
蹴りの一撃は相当重く、受けたイクトは意識が飛びそうになっていた。
が、それでも何とかして保つとバッツの攻撃を大鎌で防ぎ、そして「影騎死」を発動させる。
「苦し紛れの強化か?」
「うるせぇ……!!
何と言われようがオマエを倒す!!」
イクトは大鎌で再び斬りかかるが、バッツに触れる直前に炎に包まれ、そして破壊されてしまう。
「!!」
「哀れだな……」
オマエがな、とシンクと真助は同時にバッツに攻撃し、イクトを助けるように現れる。
攻撃はバッツに命中するが、大したダメージには至らなかった。
このままではまずい、そう思ったシンクと真助、そしてイクトは一度バッツから距離を取った。
「……助かった」
礼を言うイクトに対してシンクも真助も反応は見せないが、そのかわり二人はバッツから視線を外そうとしない。
いや、できないのだろう。
「……何か手はあるか?」
「さあな。
だがガイやソラ、そしてシオンのおかげでわかったことがある」
「能力のことか?」
そうだな、とシンクはイクトに対して返事を返すと氷を身に纏う。
「それがオマエのとっておきか?」
「これでも全力だよ。
影を攻撃特化にするのはキツいんだぜ?」
「そうか……竜装術・氷牙竜!!」
シンクは身に纏う氷を変化させ、自身が誇る最高の姿へと変化した。
氷の竜を彷彿とさせるその姿、それを見たバッツは拍手をする。
「素晴らしいねぇ。
綺麗じゃないか」
「言ってろ……オマエはここで……」
「じゃあオレも本気で行くか」
バッツは首を鳴らしながら呟くが、それを聞いたイクトは耳を疑った。
今ですらガイたちを圧倒したというのに、その上があるというのだ。
「……解放ォォ!!」
バッツが叫ぶと紫色の光に包まれ、そしてバッツは少し姿を変えて現れる。
紫色の装飾が加わった黒い衣装、そして紫色の隈取りが加わったバッツは不敵な笑みを浮かべながらイクトたちを見つめる。
「さぁ、始めようぜぇ?」
「……上等だ!!」
「死神、オマエは下がってろ」
シンクが走り出す中、真助はイクトに指示を出した。
が、この状況下でそれは出来ないと判断したイクトは反論した。
「オレも戦う!!
アイツは……」
「全員で挑んで全員負けたら万が一が対処出来ねぇだろ!!」
「!!」
「……武器もねぇんじゃ無理だ」
真助はイクトに冷たく言い放つとシンクを追うように走る。
そしてそんな真助とシンクの背中を見ながらイクトは悔しそうに拳を握る。
「くっ……」
「なんだぁ?
三人で来ないのかぁ!!」
「オレら二人で十分だ!!」
真助は「狂」の黒い雷を纏うと速度を上げ、バッツに斬りかかるが、バッツは煙となって消えてしまう。
「!!」
どこに消えた、と消えたバッツを探そうとする真助の背後にバッツは現れると真助を蹴り飛ばし、さらにシンクに雷と炎を放つ。
シンクはそれらを避けて接近すると氷の爪で切り裂こうと攻撃を仕掛けるが、バッツはそれを素手で止めると氷を砕き、さらにシンクが身に纏う氷を紫色の稲妻を用いて砕いていく。
「くっ……!!」
「この程度かぁ?
二人で十分だって聞いたんだけどなぁ!!」
「失せろ!!」
シンクにさらなる攻撃を加えようとするバッツを背後から斬ろうとする真助だが、バッツは蒼い魔力と紫色の稲妻を右手に纏わせると「血海」を掴み、そして刀を砕いた。
「な……オレの……」
「くだらねぇな」
バッツは紫色の光を右手に宿すとともにエネルギー波を真助に放ち、そしてそれを受けた真助は吹き飛び倒れてしまう。
「真助!!」
「次はオマエだ!!」
シンクの体を掴んだバッツは全身に紫色の稲妻を走らせ、そしてシンクの体にそれを流し込む。
「がああああ!!」
「どうだシンク!!
これが罪の味、オマエが光に触れようとせずにいる理由
である罪の味だ!!」
「……だま……れ……!!」
紫色の稲妻が体を流れ、痛みに苦しむ中でシンクは右手に氷を集め、バッツに至近距離でぶつけようと試みるがそれを察知していたバッツはさらに稲妻の勢いを強くし、シンクの体の自由を奪うように攻撃を続け、そして投げ捨てた。
投げ捨てられたシンクは何もすることなく倒れるが、何とかして立ち上がろうともがいていた。
「……無様だなぁ」
「……なんとでも言え……。
これは……オレへの罰だ……」
シンクはどうにかして立ち上がるとバッツを睨みつけ、そして氷の剣を作ると構えた。
が、体に蓄積されたダメージは限界に達してるらしく、今にも倒れそうだった。
それでも闘志は尽きておらず、バッツに対する殺意も増していた。
「……オレはな……力になると約束した王を欺き……敵として暗躍していた。
その間に王は……傷つき、苦しんでいた……。
だからこそ、オレは触れることができない……んだ」
「シンク……」
「だから……王の……ヒロムのすべてを奪うように仕向けたオマエだけは……この手で……」
「……遺言は終わったか?」
バッツは右手人差し指をシンクに向けると光を収束し、そして鋭い刃の如き一撃でシンクの体を貫いた。
それを受けたシンクは膝から崩れ落ち、手に持つ氷の剣は砕け、倒れてしまう。
「シンク!!」
イクトはシンクを助けようと走り出すが、気づけばバッツはイクトの前におり、そしてイクトの全身は紫色の稲妻に襲われていた。
「がああああああ!!」
「……雑魚は黙ってろ」
バッツはさらにイクトへ攻撃をしようと構える。
が、それを邪魔するように風の刃が飛んできて、バッツに命中する。
だがそれは一切のダメージを与えることなく消滅してしまう。
この攻撃を一体誰が放ったのか?
それを確かめようと攻撃が飛んできた方向をバッツが確認すると、魔力を纏った白崎夕弦がそこにいた。
「……何のつもりだ、女ァ?」
「ヒロム様の仇敵……ならば、私にも戦う理由がある!!」
「夕弦……」
逃げろ、と。
イクトは朦朧とする意識の中で叫ぼうとするが、声が出ない。
何なら体も思うように動かない。
そのイクトの状態を無視して進むように夕弦はバッツに攻撃を仕掛けるがバッツは夕弦のガントレットを砕き、そして夕弦を弾き飛ばす。
「きゃあ!!」
「可愛い声出すなよな?」
バッツは夕弦を始末するかのように紫色の稲妻で槍を作ると投擲するように構え、夕弦を狙いに定める。
「くっ……」
「夕弦!!」
すると蓮夜が夕弦のもとへ向かおうと現れるが、バッツは槍を手に取るなり蓮夜の前へ瞬間移動すると彼を蹴り飛ばす。
「くっ……」
「黙って見てろ、娘が死ぬ様をな!!」
バッツは勢いよく槍を投げ、夕弦のその命を奪おうとした。
投げられた槍は弾丸のように速く、そして止めようとして止めれるような速度ではなかった。
「夕弦!!」
「……ああ……」
蓮夜も、狙われた夕弦も、そしてその場にいる全員が夕弦の身を案じ、そしてその危機的状況に絶望しかけていた。
が、そんな中で突然夕弦の影から何かが姿を現し、向かってくる槍に貫かれる。
「……え?」
「な……」
その人物にバッツは驚き、そしてガイたちは目の前の光景に言葉を失うしかなかった。
「……大丈夫……?」
槍を受けたのはイクトだ。
影から影への移動で夕弦の前に現れ、槍をその身に受けたのだ。
が、それはただの移動でしかなかったため、槍は体を貫き、イクトも勢いよく血を吐いてしまう。
「なんで……?」
「……オレも男……だからさ。
たまにはカッコつけたい……んだよね……」
何してんだよ、とソラは立ち上がるなり怒りとともに叫ぶが、イクトはただ笑っていた。
ガイとシオンも起き上がるとともにそんなイクトの姿に不安しか抱けなかった。
「ごめん、相棒……。
ガイ……シオン……」
「何やってんだよ……」
ソラが走り出す中、イクトはゆっくりと夕弦にもたれかかるように倒れてしまう。
夕弦は何とかして槍を破壊するが、出血は止まらない。
それどころか傷が深すぎてこのままでは危険すぎる。
「どうして……」
「……なんで、かな……。
シンク……の覚悟、聞いたくらいから……変なんだ……」
もう喋るな、と駆けつけたソラは涙を流しながらイクトに告げるが、イクトはそれでも何かを伝えようとする。
「なぁ……ソラ……」
「な、なんだよ?」
「……死にたく……ねぇ……!!」
イクトの涙を流しながらに口にした言葉。
それを聞いたソラはイクトの手を握ると伝える。
「ここには愛華さんがいる。
だから……」
「させると思うか?」
するとバッツがソラと夕弦、イクトのもとへと歩み始める。
それはとどめを刺すためだ。
迎撃したいがソラも夕弦もイクトの命を助けたいと思っている。
それを理解していたガイとシオンはバッツを止めるために動こうとするが、ダメージのせいですぐに倒れてしまう。
「くそ……」
打つ手がない。
その場にいた全員がそう思った時だ。
白銀の稲妻が戦場を駆け抜け、そしてイクトのもとへ愛華が、バッツの前にヒロムが現れる。
「……何の真似だ?」
愛華による治癒術での回復により全快したヒロムは白銀の稲妻を大きくしながらバッツを睨む。
その後ろで愛華はイクトの傷口を確認し、治療を始める。
バッツは舌打ちをするとヒロムに冷たく言い放つ。
「どけ。
オマエじゃ勝てねぇよ」
「……黙れよ」
そうかよ、とバッツはヒロムに殴りかかろうとしたが、そらよりも速くヒロムはバッツを殴り、そして蹴りを入れて後ろへと押し返す。
「何!?」
何故だ、とバッツは驚くしかなかった。
先ほどは圧倒した相手に一撃とはいえ押されている。
「何をした?」
「……オマエは奪うことしかしねぇんだな。
だからこそ……ここで殺す!!
オレのすべてを使ってもだ!!」
やってみろ、とバッツが紫色の稲妻を放つとヒロムはそれを即座に生成したフレイの大剣で防ぐと深呼吸をした。
「……見せてやるよ。
オレの……精霊を!!」