六二八話 約束の泪
ヒロムが狼角の名を叫んだ時、彼は既に重傷だった。
獅角、刃角、拳角の躊躇いのない攻撃を全て受けた狼角は全身をひどく負傷すると共に鋭い刃や爪に襲われて肉を抉られ、その傷は彼の命を微かなところまで追い詰めていた。
倒れた狼角、彼のもとへとヒロムは駆け寄ると彼に必死に呼びかける。
「おい、狼角!!しっかりしろ!!
東雲牙王!!こんなところで死ぬな!!」
「……姫神……ヒロム……」
「ふざけんな……!!
オレは……オレとオマエは仲間でも何でもないんだぞ!!
敵同士で殺し合うような相手なのに……何でオマエが犠牲になってんだよ!!」
「……オレは……オマエに人間らしさを、感じたんだ……」
「何言って……」
「マスター、涙が……」
狼角の言葉が分からないヒロムが彼に問おうとしたその時、ヒロムの異変に気づいたフレイは彼にそれを教えるように言い、フレイの言葉を受けたヒロムは自分の瞳を指で拭った。
拭った指は濡れており、そしてヒロムがそれに気づいた時には彼の瞳から次々に涙が零れ落ちる。
「涙……?」
「マスターが涙を……!?」
フレイはヒロムが涙を流していることが信じられなかった。
そう、「八神」によって「無能」と蔑まれた時から涙など一切流さなくなったヒロムの瞳から涙が零れ落ちて頬を伝っている。
その光景がフレイはもちろん、ヒロム自身も信じられなかった。
すると狼角はヒロムに最後の言葉を伝えようとした。
「……姫神……ヒロム……。
これまで何度も邪魔をして……すまなかった……。
オマエの人としての強さを認めなかったのは……オレの一番の罪かもしれない……」
「やめろ……やめてくれ……!!」
「だけ、ど……よかった……。
「無能」と呼ばれても……こうして誰よりも人として……涙を流してくれる優しい人間で……」
「オレは……オレは……!!」
「……あの時の頼み……聞いてくれなくてもいい……。
だけど……トウマを……オマエの弟だけでも助けてくれ……。
もう、苦しむ姿を見たく、ないんだ……」
「……分かってる。
トウマは必ず……止めるから。
もう、喋るな」
「……そうか……。
なら、よかっ……」
最後の言葉、それを言い終える前に狼角は息を引き取り、魂の消えた彼の抜け殻は冷たくなっていく。
彼の死、それを間近にしてヒロムは涙を抑えられなくなり、そして……彼は自分の中の感情を抑えられなくなっていた。
「……狼角、オレはアンタのことを忘れない。
必ず……ホタルさんの墓に連れて行ってやるから、向こうでちゃんと再会しろ」
「いつまで続けるつもりだ」
命の尽きた狼角に決意を伝えるヒロムに対して刃角は冷たく言うと魔力を纏いし刀で一閃を放つ。
放たれた一閃は斬撃となって飛んでいくとヒロムの横を通り過ぎていき、斬撃が通り過ぎていくと刃角はヒロムに告げた。
「今のはわざとだ。
次は外さないからまずはそのギアを渡せ」
「そのギアは我々角王のものだ。
貴様のような「無能」の穢れた手で触れていいものでは無い」
「……穢れた手?」
「そうだ。
涙を流そうがオマエはもはや「無能」、役に立つことすらない存在だ。
そんな役立たずが今更……」
黙れ、とヒロムが冷たい声で強く言うと獅角たちが纏う魔力が一瞬にして消されてしまう。
何が起きたのか、それが分からない獅角と刃角は戸惑い、二人が戸惑っているとヒロムは狼角の体をゆっくりと地面へ寝かせて立ち上がる。
立ち上がったヒロムは涙を拭うと獅角たちを強く睨み、そして狼角から受け取ったロケットペンダントを首にかけると彼から受け取ったもう一つのもの……「アンチェイン・ギア」と呼ばれる腕輪のような黒い装置を右手首に装着する。
「貴様……!!
貴様のような虫けらが我らの証を軽々しくつけるな!!」
「このギアの中には!!
オマエらが無碍にしてきた多くの人々の命が宿っている!!
その人たちの思いが、感情が……その全てが兵器として利用されてきた!!
そして今、クズのようなオマエらの中で過ごしてきた一人の男が過ちに気づいて罪を償おうとしたことを侮辱した!!」
「は?侮辱?
トウマ様に使える使命を忘れたのなら当然の結果だろ」
「それが必然だと言うなら……オレはもうオマエらなどどうでもいい」
「は?
オマエが何を言っても今さ……」
ヒロムの言葉に対して刃角が話している中、ヒロムは一瞬で刃角の前に移動すると手刀で彼の腹を貫く。
手刀により貫かれた刃角は吐血し、そしてヒロムは勢いよく刃角の腹から手刀を引き抜くと彼を蹴り飛ばして彼と獅角、拳角、そしてトウマに向けて告げた。
「オマエらに慈悲もクソもない。
オマエらのその今の姿が「八神」の全てだと言うなら……オレは、この身に流す「八神」の血でオマエらを否定して全てを取り戻してやる!!」
ヒロムの強い意志とそこから来る言葉、その言葉が出た瞬間、ヒロムが装着した「アンチェイン・ギア」から光の粒子が放出され、放出された光の粒子がヒロムの周囲を舞う。
「な、何だ……アレは……!?」
「ギアが……「無能」に反応してるのか!?」
腹を貫かれたはずの刃角はタフなのか体が何かおかしいのかまだ立っており、彼と獅角は目の前の光景を信じられずにいた。
そんな中、光の粒子はヒロムの周囲を舞う中で温かい光を発してヒロムを照らすと彼の左手首の白銀のブレスレットを輝かせる。
「……!!」
突然の輝きにヒロムが驚いているとブレスレットから金、赤、青、白、杏、琥珀、紫紺、紫、黒、緋色、桃、緑、水色、藍色の十四色の輝きが放たれ、放たれた十四色の輝きは光の粒子をそれぞれ取り込むと強い輝きを発していく。
「まさか……ギアを生み出すために犠牲になった人たちの思いがオレたちの力になろうとしてるのか?」
「マスターの強い意志に応えようと……マスターの足りない部分を補おうとしている……」
強い輝きにヒロムが目を奪われ、彼が輝きに目を奪われていると精霊であるフレイ、ステラ、ティアーユ、マリア、アイリス、ラミア、オウカ、アルマリア、メルヴィー、セツナ、テミスの霊装となる武器が光を発する。
彼女たちの武器が光を発するとヒロムの白銀のブレスレットから精霊・セラ、ユリア、アルカが現れる。
現れた天使のような少女の精霊・セラは白の輝きに包まれると眩い白の翼を広げて新たな白き装束を纏い、長い黒髪に杖を持った少女の精霊・ユリアは杏色の輝きに包まれると杏色のローブのようなものを纏うとともにロングスカートを翻しながら杖を振る。そしてオレンジ色の長い髪の少女の精霊・アルカは緑色の輝きに包まれると身に纏う衣装にいくつもの緑色の装飾を施していき、左肩に髑髏型の肩アーマーを装備する。
「天醒、「天聖」セラ」
「天醒、「天織」ユリア」
「天醒……「天迅」アルカ」
三人の精霊が見事に変化し、十四色の輝きの数と同じように十四人の精霊が色を担うと輝きはさらに強さを増していく。
輝きが強さを増していく中、七つの大罪を司る紫、黒、緋色、桃、緑、水色、藍色の七色の輝きは左手首の白銀のブレスレットの中に収まり、残る七つの美徳を司る金、赤、青、白、杏、琥珀、紫紺は「アンチェイン・ギア」と一つになると腕に装着されたそれの姿形を変化させる。
「これは……!!」
七つの美徳を司る七色の輝きと「アンチェイン・ギア」が一つになると白銀の稲妻が発せられ、ギアと呼ばれたそれは白銀の稲妻を発する中で左手首につけられたものと同じような白銀のブレスレットへと完全に変化する。
いや、よく見れば少しちがう。
左手の白銀のブレスレットには「X」の形をした紫色の石が施され、右の方には十字架の形をした金色の石が施されていた。
ほんの一部が違うだけの二つの白銀のブレスレット、それを装着したヒロムは全身に白銀の稲妻を強く纏うと獅角たちを強く睨み、ヒロムに睨まれた獅角、刃角、拳角は目に見えない何かによって吹き飛ばされて倒れてしまう。
「ぐぁっ!!」
「バカな!?」
「今……何が起きた……!?」
何が起きたか分からない三人。するとトウマが闇を強く纏うとヒロムの前に一瞬で移動して攻撃を放とうとするが、ヒロムが右手をかざすとトウマの動きがスローモーションのように遅くなり、ヒロムは左手を強く握ると光を纏わせながらトウマに一撃を叩き込む。
一撃が叩き込まれると白銀の稲妻がトウマに襲いかかり、トウマに襲いかかった稲妻が炸裂すると彼を勢いよく吹き飛ばしてしまう。
「!?」
吹き飛ばされたトウマはどうすることも出来ずにそのまま飛んでいき、トウマが吹き飛ばされたことが信じられない獅角たちは自身の目に映るヒロムの姿を疑った。
「バカな……ありえない!!
あの「無能」に……こんな力があるわけがない!!」
「今のトウマ様は無敵のはず!!
なのに……」
「ヤツは何をした?
いや……ヤツは一体何を隠していた!!」
獅角たちが目を疑い、ヒロムの力を疑う中でヒロムは彼らに見向きすることも無くトウマが飛んで行った方へ向かって歩き進む。
そして……
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そして……現在
白崎蓮夜の相手をシンクが引き受け、ヒロムの加勢と四条美雪を連れて逃亡するかもしれないリュクスの足止めの二手に分かれようとしていたガイたちの前でボロボロになりながらも再生しようとするトウマと白銀の稲妻を纏うヒロムが睨み合っていた。
変貌したその姿の影響かトウマはもはや言葉を発する余裕もなくただ睨むことしかせず、ヒロムは拳を強く握ると纏う白銀の稲妻をさらに強くさせてトウマを睨み、トウマを睨みながらヒロムは彼に告げた。
「トウマ……それがオマエの答えなら教えてやらなきゃならない。
オマエがどんな手を使っても掴めないものがある事を……オマエが踏み躙って来た多くの命にも意志があったことを。
そして、教えてやるよ……オマエら今の「八神」がどれだけ醜いかをな!!」