六二七話 狼、散る
時は数分前に遡る。
ガイたちが加勢して当主の相手を引き受けたことによりヒロムはトウマの相手に専念するように戦っていた。
長期化する恐れがあるこの戦いに臨むヒロムは一度力を温存すると共に変貌したトウマが何か隠していないか見定めるために白銀の稲妻を纏うと共に精霊・フレイたちの支援を受けながら圧倒的な力を持つトウマお互角に渡り合っていた。
「はぁっ!!」
精霊・テミスとティアーユ、ステラが遠距離からの攻撃を放ちながら注意を逸らさせ、三人の精霊の攻撃を見えぬ何かで防いだトウマはすかさず闇の翼を広げながら禍々しい魔力を撃ち放とうとした。
だがその時……
「オラァッ!!」
トウマがテミスたちに攻撃しようとした瞬間にヒロムは背後からトウマに接近すると彼に蹴りを食らわせ、さらに精霊・フレイ、ラミア、マリア、オウカ、セツナ、アルマリアはそれぞれが有する武器に稲妻を纏わせて一撃を放つとトウマに直撃させる。
「ゥゥ……!!」
直撃を受けたトウマは怯んでしまい、トウマが怯んだことにより攻撃が中断されるとテミス、ティアーユ、ステラは彼に遠距離からの攻撃を放って命中させ、ヒロムは白銀の稲妻を強く纏うとトウマを蹴り飛ばしてみせた。
精霊たちの攻撃を直撃で受け、さらにヒロムの一撃を受けて蹴り飛ばされたトウマは全身を負傷しながら倒れる……が、そのトウマの体の傷は徐々に再生していくと最初から何も無かったように綺麗に消されてしまう。
「ちっ……これでもダメか」
「マスター、さすがにこれ以上は危険です。
いくら何でもこのまま無策では……」
「無策なんかじゃないさテミス。
ただ……タイミングが悪いからそれを待ってるだけだ」
「お言葉ですがマスター、トウマの中の暴走している力は私たちの霊装をいくつ合わせても上回れないほどの力を持っています。
マスターが何かの策を用意しているとして、その策を早く投じなければトウマを止められなくなる危険性が高まります」
策ならある、そう言うヒロムの言葉を信じつつもこのままではまずいと考えるテミスとマリアは早々に決断して何とかするように提言する。
二人の精霊の言葉、それを受けたヒロム自身もそこについては理解しているものの決断を下せない。
いや、決断しようとしてもなかなか出来ない。
「……今のトウマは攻撃と防御のどちらかに特化して最強になれる反面で選択していない方は最弱になる。
オレたちの攻撃を防ぐために防御を選べば最強の盾を、オレたちに攻撃を放てば最強の矛に相応しい力で襲ってくる。
そこの切り替わる瞬間を狙えばアイツにダメージを与えることが可能だと分かったけど、ダメージを与えても再生してしまうアイツの「天霊」の再生能力は健在どころか力を増している。
再生させずにアイツにダメージを与えて止めるにはそれを上回る力で攻撃するしかない」
「でしたら全員で攻撃と防御が切り替わる瞬間に……」
「それも考えたが、そのやり方だとトウマの中の機械天使に対策されている場合効果がない」
「機械天使の中に……?」
「四条貴虎はゼクスと手を組むと同時にトウマを利用するために万が一の時は機械天使三体を取り込ませて強制的に「ネガ・ハザード」に変貌させた姿、ルシファーってのにするって話をしていた。
あの四条貴虎がわざわざ「ネガ・ハザード」ではなく別の名を用意してるってことはそれなりの対策とそのための何かを仕組んでるって話だ。
となればオレやオマエら全員の力は調査済みだろうしその力の全てを調べ尽くして弱点も見抜いているはずだ」
「では私たちが一斉攻撃をしても……」
「大したダメージにはならない。
それどころかこっちが消耗するだけで痛手にはならない」
「どうしたらいいのですかマスター」
トウマを倒すためにヒロムやフレイたち全精霊が一斉に攻撃を放ったとしても用意周到な四条貴虎が仕込んだ機械天使を取り込んだトウマには通用せず、逆に自分たちが消耗するだけで終わると警戒するヒロム。
そのヒロムにフレイはどうしたらいいのかを問い、問われたヒロムは恐る恐る口を開けると自身の考える策と呼ぶ一つの手段について話していく。
「……オレの霊装の力を使う。
フレイたちの霊装の力は能力の延長にある力……つまりは能力を極限まで高めた結果に生じる力のようなものだ。
だからかもしれないがトウマは霊装の力を体に受けてもダメージとして残さない。
けど、オレの霊装はまだ誰も知らない。
あの一条カズキですら知らないこの霊装の力なら……」
「ダメですマスター!!
その霊装の力はまだ不完全で一撃放つだけでもマスターに大きな負担がかかってしまいます!!
その力を使うのは無謀すぎ……」
ヒロムの考えを聞いたフレイが彼を止めようとしたその時、ヒロムに向けて衝撃波が襲いかかっていく。
襲いかかってくる衝撃波に気づいたヒロムは何とかして躱すもタイミングがズレたのかヒロムが着ているジャージの上着は衝撃波を掠めてしまい、それによってボロボロになったジャージはヒロムの体から離れていくように飛んでいく。
「ちっ……!!」
「今のを避けたか。
さすがだな」
衝撃波を何とか躱したヒロム、そのヒロムを褒めるように言うと変貌したトウマの前に四人の男が現れる。
獅子を模した肩アーマーを付けた男・獅角、帽子を被り六本の刀を携えた男・刃角、右手に眼帯をしたかつてはプロボクサーだった男・拳角、そして先日ヒロムにトウマを救ってほしいと言った男・狼角だ。
四人の男、彼らはトウマの部下にして「角王」と呼ばれし能力者たちだ。
その彼らが今ここに現れたその意味を理解したヒロムは舌打ちをすると獅角に告げた。
「邪魔するな獅角。
オマエらの相手をしてる暇はない」
「オマエに拒否権はない。
トウマ様のために……ここで完全に終わらせる」
「……オマエらが何を思おうが関係ないが、オレはただトウマを止めたいだけだ。
トウマは今、色んなヤツに騙されて……」
関係ない、と獅角は魔力を纏うとヒロムに向けて攻撃を放っていく。
放たれる攻撃をヒロムはフレイたちとともに防いでいくが、ヒロムたちが防ぐ中で刃角と拳角は獅角に続くように攻撃を放っていく。
三人の放つ攻撃を防ぎながら反撃しようとするヒロム、そんな彼の前に立つように狼角は移動すると獅角たちに訴えかけた。
「……もう、やめにしよう獅角。
コイツは……姫神ヒロムはトウマ様を止めようとしてくれてるんだぞ」
「何?」
「気でも狂ったのか、狼角?」
「目を覚ませ刃角。
今のトウマ様を見て何も思わないのか?
今のトウマ様の姿を見ても胸を張って立派な当主だって言えるのか?」
「貴様、トウマ様を侮辱するのか?」
「……オレはもう耐えられない。
苦しみに悩まされて亡くなった許嫁に……ホタルに対してオレはもう胸を張って生きていくことはできない」
「ホタル……!?
斬角の……リクトの姉が狼角の許嫁!?」
狼角が口にした言葉にヒロムは驚きを隠せなかった。
ホタルと呼ばれたのは八神ホタルという女性でかつてはヒロムの行く手に立ちはだかった斬角こと八神リクトの姉であり、ヒロムと同じように複数の精霊を宿しながらもその力に耐えられず亡くなった人物だ。
狼角の口からその名が出たことに驚きを隠せないヒロムは言葉を失い、ヒロムが言葉を失っていると狼角は続けて獅角たちに訴えかける。
「オレたちは胸を張って世間に貢献してると言えるのか?
トウマ様を……トウマを見ても苦しくないのか?
自分のやってる事は間違ってないと胸が張れるのか?
角王の証として与えられるギアがどうやって生まれたのか、オマエらは知らないのか?
このギアを使ってきたオレは力を得たと思っていた。
だがこれは……」
狼角が訴えかける中、突然魔力が刃となって狼角の腹を貫く。
魔力の刃に体を貫かれた狼角はフラつき、狼角がフラつく中でヒロムが魔力の刃が飛んできた方を見ると刃角が刀に魔力を纏わせながら地面と水平に構えていた。
刃角がやったかは分からないが、現時点では刃角が何かしたとしか思えなかった。
そんな刃角はため息をつくと魔力の刃に腹を貫かれた狼角に告げた。
「トウマ様のことを侮辱するつもりならアンタは敵だ。
裏切り者として始末する」
「刃角……!?」
「つうか、ギアを与えられた時点で何かしらあるって察するだろ普通。
それを今更ずべこべ言われても知らねぇよ」
「バカな……!?
このギアは……」
「このギアは「八神」の人間の魂が対価に使われてるんだろ?
なら……オレたちは与えられた時点で「八神」に仕える覚悟を決めなきゃならねぇ」
「そういうことだ狼角。
オマエが何を思ったかは知らないがオレたちの使命を忘れたのなら……処分するだけだ」
刃角だけでなく獅角までもが狼角の言葉に反論するように言うと魔力を強く纏い、拳角は何も言わずに炎を纏うと拳を構える。
もはや狼角の言葉は意味が無い、そう感じたヒロムは狼角を助けようと白銀の稲妻を纏おうとした。が、狼角はそんなヒロムを止めるように彼の前に立つと彼にあるものを手渡した。
手渡されたもの、それを受け取ったヒロムは思わず狼角に聞き返してしまう。
「オマエ、これは……!?」
「……リクトが手放して行ったラース・ギアの残骸と……オレに与えられたフェンリル・ギアを極秘裏に合体させたアンチェイン・ギアだ……。
これを……オマエに託す……」
「何言ってやが……」
「それと……これも、頼む……」
手渡されたもの、それは腕輪のような黒い装置であり、それをヒロムに渡した狼角はさらに彼にペンダントを渡した。
いや、ロケットペンダントだ。中に写真を入れることが出来るロケットペンダントだった。
ヒロムがそのペンダントを開けるとそこには少しだけ若い狼角と一人の女性がいた。
おそらくこの女性は……
「姫神ヒロム……、それをホタルの墓の前にでもいいから……置いてくれ……。
罪を償えていない身……せめて存在の証明だけでも置いて、ほしい……」
「狼角、何を言って……」
「東雲、牙王……それが……オレがかつて捨てた名前だ。
じゃあな……オマエがトウマと一緒に歩んでいたら、オレは幸せだったかも、な……」
「待て、狼角!!」
ヒロムが待つように叫んでも狼角は聞こうとしない。
彼の声をかき消すように狼角は雄叫びを上げると狼の獣人となって走り出して獅角たちに攻撃しようとする。
だが……獅角たちはかつての仲間を前にして魔力を強く纏うと何の躊躇いもなく攻撃を放っていく。
放たれた攻撃は容赦なく狼角を抉り、貫き……
「狼角ーーーー!!」