六二四話 狂気の女王
「……相馬ソラ、アナタの手でゼロを殺して私のもとへ届けなさい。
そうすれば私が全て終わらせてあげるわ」
「オマエ……!!」
「アレは元々私が利用するはずだった闇、その闇を私の野望を知った飾音が盗んだのよ。
だから……それを取り返せれば何もかも終わらせてあげる。
どう……悪い話じゃないでしょ?」
ソラに対して取引を持ちかける四条美雪。本性を表した彼女の提示した条件はヒロムの闇として宿るゼロの殺害と彼を明け渡すこと。
彼女はこの提示した条件を承諾して手を貸すのならこの騒動を止めると言うのだ。
だがソラはそれを信用しなかった。いや、信用云々の前に美雪の話に耳を貸すつもりは毛頭なかった。
「生憎だがアレはもうヒロムのものだ。
オマエが何を企んでようとゼロはもうヒロムのために戦う戦士となっている」
「戦士?
一度はアナタたちを苦しめようとした闇なのよ?
それなのにアナタは受け入れていると言うのかしら?」
「今のアイツは紛れもなくヒロムのために戦おうとし、ヒロムもゼロの存在を認めている。
ヒロムが認めているのならオレがゼロの存在を疑問視する理由はどこにもない」
「姫神ヒロムが認めてるから?
あの「無能」に全ての判断を委ねているとでも言うのかしら」
「そうだ」
ソラは紅い拳銃「ヒート・マグナム」に炎を纏わせると次々に炎弾を放って美雪を仕留めようとするが、美雪は魔力を強く放出すると不気味な触手のようなものを出現させて炎弾を全て破壊してしまう。
「話と途中に攻撃なんて無粋な真似を……」
「敵の話に耳を貸す気は無い」
話の途中でもあるのに攻撃してきたソラに冷たい視線を向ける美雪。その美雪の視線を受けるソラは「ヒート・マグナム」に炎を纏わせると狙いを美雪に定めたまま彼女に告げた。
「オレの全てはヒロムのためにある。
アイツが戦うと決めたからオレはともに戦うことを決めた。
アイツが前に進むと決めたからオレはそのための道を開く力になると決めた。
オマエが何と思おうと関係ない。オレはアイツが決めたことのためならこの身を犠牲にしてでも力になる。
アイツが散々殺したいと憎んでいたトウマを闇から救いたいと決めたのなら……オレはそれを邪魔しようとするオマエを殺してでも成功させるだけだ」
「当主の名を語れるだけの実力と資質があるというのにそれを無駄にするつもりなの?
アナタが私の頼みを聞いて協力さえされば「無能」と呼ばれる彼のことを英雄として扱うように計らうことも出来るし、何ならアナタたち全員を当主に近い地位へ就かせることもできるのよ?
それでもアナタは……」
「勘違いするなよ。
オレが求めているのはヒロムという存在とそのために動く力だ。
オマエの言うような薄汚いやり方で手に入れた地位なんかに興味はない!!」
美雪の言葉を否定するようにソラは「ヒート・マグナム」の引き金を引くと炎をビームのようにして撃ち放ち、放たれた炎は爆炎となりて美雪に襲いかか……るかと思われたが、美雪が右目を妖しく光らせると爆炎が彼女が身に纏う魔力の中へと吸い込まれていく。
「!?」
「……そう、そこまで頑なに拒むなら仕方ないわね。
アナタを手中に収めれさえすれば計画は完璧になると思ったのだけどね。
そう上手くいかないのなら、力で分からせるしかないわ」
「今、何をした?」
「どうせ知る必要のないこと、知ったところでその時にはアナタは私の道具になってるのよ!!」
美雪が強く叫ぶと彼女の魔力が禍々しいオーラを放ちながら無数の触手のように変化してソラに襲いかかろうと動き出し、動き出した魔力の触手に向けてソラは構える「ヒート・マグナム」の引き金を引いて炎弾を放っていく。
放たれた炎弾は美雪の魔力の触手を破壊しようと迫っていくが、魔力の触手は禍々しいオーラを強く纏うと迫り来る炎弾を破壊してしまう。
炎弾を破壊した魔力の触手は禍々しいオーラを纏いながら鋭く尖っていくと槍の如く貫き殺そうとソラに襲いかかるが、ソラは足に炎を纏わせると自身の機動性を強化して高速移動するようにして次々に襲いかかってくる魔力の触手を躱して美雪に迫ろうとする。
魔力の触手を躱しながら美雪に接近していくソラは紅い拳銃「ヒート・マグナム」の銃身に炎を集めると刃の形を与え、炎の刃を有した「ヒート・マグナム」を構えたソラは美雪に接近すると彼女を焼き斬ろうと一撃を放とうとした。
しかし……
ソラが「ヒート・マグナム」の銃身に与えた炎の刃で一撃を放とうとすると美雪はさらに右目を妖しく光らせ、彼女の瞳が妖しく光ると美雪の周囲の空間が歪み始めていく。
空間が歪むと彼女の体はその中へ取り込まれていき、彼女の体が空間の歪みの中に完全に入ると歪みは美雪諸共ソラの前から消えてしまう。
「どこに……ッ!?」
空間の歪みと共に美雪が消えたことによりソラの一撃は空を切るだけで終わってしまい、彼女が消えたことでソラが標的を見失っていると彼を背後から鋭く尖った魔力の触手が腹を抉り貫くように襲いかかる。
「がっ……!?」
魔力の触手に腹を抉り貫かれたソラは吐血してしまい、貫かれた腹は勢いよく血を吹きこぼしていく。
ソラを貫いた魔力の触手は貫いたままソラから離れようとせずに彼を苦しませ、ソラが痛みに耐えようとしていると突然空間が歪んで美雪が姿を現す。
姿を現した美雪はソラのもとへ歩み寄ると彼に話しかける。
「哀れよね、アナタは。
私の言う通りにしていれば苦痛なんてなかったのに。
不完全な「魔人」の力を持つアナタではその致死レベルのダメージを再生するにしてもかなり時間がかかるはず。
仮に生き長らえることを考えているのなら道はひとつしかないわ。
私の言う通りにしなさい」
「て、てめぇ……!!」
「残念ね、相馬ソラ。
最初から私に素直に従っていればアナタは私に操られることなく自らの意思で動けたのに、これでは私が操るしか生きる道は残されていないわ」
「……」
「あら、話す気力も残されてないかしら?
完全に死なれては困るから早く……」
なぁ、と魔力の触手に貫かれるソラが一言呟くと彼の体は紅い炎を強く纏い、炎を強く纏ったソラは全身を炎に変えると身を貫く魔力の触手から逃れるように抜け出し、魔力の触手から離れるとソラは実体を戻して炎を美雪に撃ち放つ。
撃ち放たれた炎を美雪は禍々しいオーラを強く纏うことで防ぐと魔力の触手を操ってソラを仕留めようとするが、ソラは紅い炎を燃え滾らせるとともに魔力の触手に向けてそれを放ち、放たれた紅い炎が魔力の触手を焼き消してみせる。
魔力の触手が焼き消されると美雪は一度ソラから離れようと後ろへ飛び、着地することも無く禍々しいオーラを纏いながら浮遊する美雪はソラに視線を向けながら彼に言った。
「炎化の技術を体得しているなんて、スゴイわね。
でも……腹を貫かれたその傷でそれだけの炎を放てば体が持たないわよ?」
「あ?」
「私の魔力の触手はアナタを貫き、その手応えはたしかに感じ取った。
もうアナタは何をやっても……」
「何言ってやがる。
あの程度で終わるわけないだろ」
「強がりはよしなさい。
今のアナタのその傷は……え!?」
美雪の言葉に被せるように言い返すソラ。ソラの言葉が一種の強がりだと思っている美雪は魔力の触手が貫いた彼の腹の負傷について指摘しようとしたが、それを指摘しようと視線を向けた時美雪は驚きの声をあげてしまう。
彼女にとって信じられない光景、それ故に美雪は驚きを隠せなかった。
「どうして……!?
私の一撃はアナタに致命傷を与えたはずよ!!
不完全な「魔人」の力では再生すら間に合わないレベルの致命傷を与えたはずなのにどうして……どうして腹の傷が消えているのよ!?」
美雪が驚きを隠せず取り乱してしまう理由、それは先ほど魔力の触手が貫いたはずのソラの腹だ。
彼の腹には今間違いなく貫かれて大穴が開いていなければおかしいのだが、今のソラの腹にはそれらしきものは無かった。
腹が貫かれたであろう痕跡としては彼の服の腹の部分に前と後ろに大きな穴が開けられているが、ソラの体には穴と呼べるような傷はなかった。
ありえないことだ。
確実に背後から不意を突いて仕留めたはずなのにソラは何事も無かったかのように服だけボロボロになって平然としている。
何かしら理由がある、そう考える他なかった彼女は取り乱す自身のことなど構うことなくソラに問おうとする。
「何故なの!?
何故アナタはあの一撃を受けて生きてるのよ!?
それに腹の傷、アナタが私に従わなければ助からないようにアナタの再生速度を計算してダメージを与えたのに何故……!?」
「うるせぇ女だな、騒がしい。
何故とかそんなもん、オマエが把握してることが全部だとか勘違いしてんじゃねぇぞ」
「答えなさい……!!
何故不完全な「魔人」であるアナタが今も生きている!!」
「オマエの力じゃオレを殺せなかったってだけの事だろ。
今更騒ぐなよ」
ふざけるな、とソラの態度が気に入らない美雪は叫ぶと魔力の触手を新たに生み出し、生み出した魔力の触手に禍々しいオーラを纏わせながら鋭く尖らせるとソラを殺そうと襲いかからせるが、ソラは首を鳴らすと全身から紅い炎を放出して魔力の触手を破壊する。
魔力の触手を破壊した紅い炎……いや、これまでの紅い炎とは違う。
紅蓮の炎、紅々と燃え滾るその炎はソラの周りの大地を焼き焦がし、ソラの発する炎は空気すら焼き焦がすかのように熱を発していく。
これまでの炎とは比べ物にならない力を発する紅蓮の炎、その炎を前にして美雪は警戒して数歩ほど後ろに下がり、美雪が後ろに下がる様子をソラはどこか呆れながら彼女に言った。
「オマエはさっきからずっと不完全だと言っていたが、何を基準にそう判断したか教えてもらいたいものだな。
オレがいつ、この力が不完全だと言った?」
「何ですって……?」
「たしかにオレは不完全だった。
だからオレたちは一つの答えに到達して完全な「魔人」に変化した」
己の力について語るソラの右の瞳がオレンジから紅に変わり、そして左の瞳も金色に変化する。
紅と金のオッドアイとなったソラ、そのソラは紅蓮の炎を強くさせると両腕に炎を集めていく。
「オレはアイツの力になるため、アイツの邪魔をするヤツらをこの手で倒すために心も体もイグニスと一つにした。
人間の能力者のオレと炎の「魔人」のイグニスが一つになることでオレたちは真の姿となり、炎の「魔人」を宿した人間の能力者の相馬ソラとなった」
「そんなことが……!?」
「……覚悟しろよ、女。
今のオレたちは手加減なんて出来ないからな!!」