六一八話 死神↔魔王
さて、と大鎌を振り回すイクトは首を鳴らすと二人の女当主に忠告した。
「傀儡にされてるみたいだから手加減しないけど、抵抗するなら本気で潰すんでお覚悟を」
「この男……!!」
「落ち着きなさい、ルルーナ。
挑発に乗るのはダメよ」
「あれ?
傀儡って言うからそれなりに洗脳されてるのを期待してたんだけど、違ったかな?」
違わないわ、と五樹・F・ルルーナはイクトの言葉に返すと続けて今の自分たちの状態を彼に話していく。
「私たちの意識はしっかりと保たれている。
だけど……心の奥底から溢れてくる怒りにも似た禍々しい何かが頭の中を掻き乱す……!!
八神トウマの愚行を止めなければならないのに……全ての元凶がそこにいる「覇王」と思わなければ気が済まないのよ!!」
「ルルーナの言う通りよ。
何が起きてるかは分からない……だけど、私たちは意識がある状態で誰かに操られることもなく強い意志を押し付けられて苦しい。
それを消すためには……そこの男を消すしかないと私たちの頭が言っているんだ」
「うわぁ……そのパターンなの?
都合のいい所だけ洗脳して自我残したまま傀儡にするとか悪趣味にも程がある」
「そこをどきなさい……!!
邪魔立てするなら……「覇王」の協力者としてアナタを殺害する!!」
「オレを殺すってか?
なや……やってみろよ」
ルルーナの忠告、それを受けたイクトの言葉からは先程まであった優しさは音もなく消えた。
それだけではなく、どこかおチャラけているような態度だったイクトの態度は一変して獲物を狩る狩人の如く冷酷さを秘めていた。
「アンタらに対して恨みは無いし、何なら戦う理由も大して無いんだけどさ……。
結局そうやって戦いを望むなら仕方ねぇわな。
オレはここに大将を助けるために足止めするくらいの感覚で加勢に来たから止めやすそうなアンタらの相手を名乗り出たけど、そっちがその気ならオレもやる気にならねぇとって話だ」
「何を言って……」
「オレは大将みたいに名前すら知らない女相手に一方的に攻撃できるほど冷徹じゃないし、そんな残忍性も持ち合わせてない。
けど……オレもやるって決めたら容赦はしない」
ルルーナと一葉に向けて己の意思を伝えたイクトは全身に魔力を纏い、イクトが魔力を纏うと衝撃のような強い力がルルーナと一葉を威圧する。
魔力を纏うとともに発せられた力に圧される二人、その二人の姿を見るヒロムはイクトに尋ねた。
「イクト、任せていいのか?
そいつらは……」
「任せてくれていいよ大将。
大将はさっさと弟との因縁に決着つけてよ」
「けど……」
くどい、とソラはヒロムに対して冷たく言うと続けて彼に自分たちがここに来た理由、そしてヒロムが強くなったことについてを話していく。
「オレたちがここに来たのはオマエの行く手を阻む者を足止めするためにやれることをやりに来たわけだが、生憎オレたち全員トウマを倒したい気持ちはあるんだよ。
オマエがどうしてもトウマではなくこんな雑魚を相手にしたいと言うなら交代してやらんでもないが、オマエは何のために強くなったのかを忘れるな。
オマエが強くなったのは誰でもないオマエ自身がアイツを止めて正気に戻すためだろうが。
それを忘れるな」
「ソラ……」
「ソラの言う通りだヒロム。
オレたちは以前よりはるかに強くなってる。
ヒロムの心配も分かるが、今はトウマを倒すことに集中するんだ」
「オマエに心配されなくともオレたちは強い。
まして傀儡にされた当主相手なら尚更問題ない話だ」
ソラに続くようにガイとシオンもヒロムを安心させるように伝え、彼らの言葉を聞いたヒロムは自分の中にある彼らを心配する思いを拭うように深呼吸をして伝えた。
「コイツらは頼む。
オレは……オレのやるべきことをやる!!」
ソラたちに伝えたヒロムは稲妻を強く纏うとトウマに向けて走り出し、ヒロムが走っていくとソラはガイたちに伝えた。
「……標的は分担して請け負った当主だ。
どうせ「天霊」の力の影響で簡単に死ぬことは無いだろうが、加減はしろ。
傀儡化を解いた後は当主としてそれなりの責務を果たさせなきゃならないからな」
「殺すなってことだろ?」
「分かりやすい説明だ。
要は半殺し程度で抑えて身柄を拘束してしまえば終わりってことだ」
「簡単に言うけど、一応相手は当主だぞ?」
「バカかイクト。
オレたちの中で一番弱いオマエが魔力を纏っただけで威圧されるようなヤツらだ。
簡単に言ってやらなきゃ強くなった意味が無いだろ」
「……それもそうか。
なら、半殺し程度で終わらせようか」
「半殺しにするしないは個人の判断だ。
とりあえず……コイツらを倒してしまえばいいだけの話だ!!」
倒せばいい、その言葉で話をまとめるとソラは全身に紅い炎を強く纏い、ソラが紅い炎を強く纏うとそれに続くようにガイは魔力を纏いシオンは雷を全身に纏っていく。
雷を纏ったシオンは地面を強く蹴ると九岳マサキと六道シンゴを倒すべく走っていき、ガイは刀を握り直すと三日月宗近を相手にしようと歩を進めていく。
二人が動く中でソラも四条美雪を倒すべく動き出し、そしてイクトは大鎌を振るとルルーナと一葉に質問した。
「今更だろうけど戦うならそれなりの覚悟できてるってことでいいよな?
というか、オレが倒しても恨むとかそういうのは無しだけど問題ないよな?」
「偉そうな言い方を……!!」
「私たち「十家」の当主の邪魔をするのか……!!」
「当主の邪魔?
悪いけど……オレはオマエらを当主とは認めていない。
都合が悪ければ立場を口にするその思考、街が襲われてても何もしてなかったヤツらが自分の地位を今更見せつけるようなそのやり方が気に入らない。
それに……今のアンタらは当主でも何でもない、ただの傀儡にされた能力者だ」
黙れ、と一葉は全身に魔力を強く纏うと剣を構え、構えた剣に魔力を纏わせると巨大な斬撃をイクトに向けて飛ばし、それに続くようにルルーナはレイピアを地面と水平に構えて刀身に魔力を纏わせながら連続で突きを放つと刃の形をした無数の魔力をイクトの方へと飛ばす。
斬撃と刃の形をした魔力が飛ばされ、飛ばされたそれがイクトに迫っていく。
だがイクトは敵の攻撃が迫る中で大鎌を手放してしまう。
「「!?」」
敵の放った攻撃が迫り来る中での武器を手放す行為、その行為に驚くしかない一葉とルルーナだったが、二人が驚く中でイクトの身に変化が生じる。
イクトが手放した大鎌は音も立てずに黒炎に変わるとイクトの全身を包み込み、黒炎に身を包まれたイクトは黒衣を身に纏うとともに右腕を黒炎と一体化させる。
黒炎と一体化した腕は黒く染まると鋭い爪を宿し、どこか禍々しさのようなものを持つそれを得たイクトは迫り来る敵の攻撃を黒炎とともに鋭い爪で破壊していく。
「なっ……」
「何を……」
「大鎌を持つオレは「死神」でしかなかった。
けど今のオレはこの体に宿る力に身を委ねたことにより「死獄」の力を操る魔王となる」
「魔王ですって?
偉そうなことを!!」
イクトの言葉にルルーナが異を唱えるように叫ぶと走り出そうとするが、イクトは彼女が走り出すよりも前に彼女の前に移動して右腕の爪でルルーナのレイピアを粉砕し、レイピアを粉砕したイクトは続けてルルーナの体に爪で一撃を食らわせる。
イクトの詰めの一撃を受けたルルーナは仰け反ってしまうが、攻撃を受けたはずの彼女の体には一切の傷がなかった。
「……?」
「アンタはこれで終わりだ」
何も起きていない体に戸惑うルルーナ。そのルルーナに終わりを告げるとイクトは背を向けて一葉の方に向かおうとする……が、イクトの態度が気に入らないルルーナは怒りをあらわにすると全身に魔力を纏いながらイクトに襲いかかろうとする。
「私はまだ戦える!!
オマエのような下等な能力者が……」
「言ったはずだ。
終わりだってな」
ルルーナの言葉を最後まで聞くことも無くイクトは左手の指を鳴らし、彼が指を鳴らすとルルーナが身に纏う魔力が突然黒炎に変化し、変化した黒炎はイクトの変化した右腕に似たような禍々しい無数の腕を生み出すと彼女の体を捕え、ルルーナを捕らえた腕はそのまま彼女を黒炎に引きずり込もうとする。
「なっ……何を……!?
いや、いや……!!止めて!!
お願いだから……止めて!!」
「悪いね。
オレのこの力……「死獄魔王」の力はアンタらじゃ止められない」
「ルルーナ!!」
禍々しい腕によって黒炎の中に引きずり込まれそうになるルルーナを助けようと一葉が走ろうとするとイクトは右腕に黒炎を纏わせて爪の一撃を放ち、放たれた一撃は一葉の体を抉り、血を流させながら彼女を倒れさす。
倒れた一葉は血を吐き、立ち上がる力も無いのか倒れたままルルーナの方に目を向ける。
倒れた一葉が助けに行くことが出来ぬ中でルルーナは黒炎の中へと引きずり込まれていき、そして……
「いやぁぁぁぁあ!!」
「ルルーナ!!」
安心しなよ、とイクトが指を鳴らすと身を抉られた一葉の全身が黒炎に飲まれていく。
「あぁ……ぁぁぁぁあ!!」
「そんなに彼女が大事なら、一緒に行けばいいさ。
現実と虚構の見分けもつかなければ出口も終わりもない「死獄」の世界へな」
イクトが再び鳴らすとルルーナと一葉を飲み込もうとする黒炎は消滅するが、二人は意識がないのか動く気配がない。
目は開いている、だが彼女たちの体は動く気配がない。
二人の当主が動かないことを目視にて確認するとイクトは伸びをすると黒衣と黒炎、そして黒炎と一体化させた腕を元に戻し、黒炎を大鎌へと戻すと手に取る。
大鎌を手に取ったイクトは意識がなく倒れるルルーナと一葉を見下ろすように視線を向けながら彼女たちに告げた。
「アンタらは当主に選ばれるだけの力を持った能力者だったかもしれない。
人望とか才能とかそういうので認められたんだろうけど……結局は当主になれない人間を見下してたんだ。
だから大将のことを知ろうともせずに周りがいうがままに潰そうとした。
悪いけど……そんなアンタらを当主とは認めないからな、オレは」
大鎌を持ったままイクトは二人に背を向けてその場を歩いて去っていく。
ルルーナと一葉は目を覚ますのか、それとも眠りについたままなのか……それは、イクトにしか分からぬ事だった……