六一〇話 輪廻の翼
四条美雪を倒したヒロム。
そのヒロムは身に纏っていた天醒したアイリスの霊装の力を解くとトウマの方へ向かおうとしていた。
「……さて、葉王がどこまで追い詰めてるのか気になるな。
アイツのことだから最初から本気出してるはずは無いだろうけど、下手すりゃ加減してる状態で倒してる可能性もあるから油断ならねぇ」
十家会議を混乱に陥れるとともに全ての陰謀が明かされて悪の道に進んだトウマは今鬼桜葉王が相手をしている。
葉王の強さはこれまで何度も戦ったことのあるからヒロムは嫌というほど思い知らされている。
成長を続けるヒロムが幾度となく本気になっても葉王は余裕を持ってそれを制してきた。
「天獄」の戦力増強のためにセイナ・フローレスのもとへ向かった際に現れた葉王との一戦、つまりはシンギュラリティの能力者のことを知らされたその戦いでヒロムは一瞬葉王を追い詰めた。
追い詰めた、ただそれだけだ。倒すには至らず、与えたダメージは葉王の能力によって無かったことにされる始末だ。
能力者の枠を超えた存在、それが鬼桜葉王だ。
対するトウマはヒロムが一度追い詰めて倒したことのある相手。
今の実力は計り知れないとしてもヒロムの中ではトウマが葉王を苦戦させるとは思わなかった。
だが、彼の考えは覆される……
「なっ……!?」
トウマのもとへ向かうとしたヒロムが葉王が倒していないか気にしていると勢いよく彼が気にかけていたその葉王がヒロムのそばを横切るように吹き飛んでいく。
吹き飛んできて葉王は何とかして受身を取ると立ち上がり、立ち上がった葉王は吹き飛ばされたわりに負傷もなく平然としていた。
「葉王、何して……」
「来るぞォ、姫神ヒロム!!」
何があったのかヒロムが尋ねようとすると葉王が叫び、葉王の言葉を受けたヒロムはすぐに彼が飛ばされてきた方へ体を向ける。
ヒロムが体を向けるとその先にはトウマが立っており、トウマは闇に染まった翼と光の翼を羽ばたかせると闇と光を無理やりに一つに合わせようとし、無理やりに一つにしようとして生まれる拒絶反応にも似た強い力を衝撃波にしてヒロムと葉王に向けて放つ。
「この!!」
トウマが放った衝撃波を止めるべくヒロムは左手の白銀のブレスレットから白銀の稲妻を強く放出させて衝撃波の方へ解き放ち、解き放たれた白銀の稲妻がトウマの放った衝撃波を相殺する。
衝撃波が相殺されるとトウマは再び闇と光を無理やりに一つにしようとして衝撃波を生み出すとそれを放つが、放たれた衝撃波は狙いが定められていないのかヒロムや葉王のいる方に放たれるも軌道がズレて会議の会場となっている国技館の壁を撃ち抜いて破壊してしまう。
「アイツ……!!」
「気ィ抜くなよォ、姫神ヒロム。
今のアイツはもはや自分の目的のためなら手段を選ばない野郎だァ。
オレたちを殺すためなら世間にどう思われようが関係ないってのが今のアイツの考えだァ」
「落ちる所まで落ちたってのか」
「元々落ちてたのさァ。
それを「八神」に身を隠してるゼクスがさらに落としたんだァ」
「まさかだが、倒せないとか言わないよな?」
当たり前だァ、と葉王は首を鳴らしながらヒロムに返すとそのまま続けて彼に告げた。
「シンギュラリティにも達してない人為的な強化を施されただけのヤツに負けるわけねェだろォ。
シンギュラリティに到達したオマエを倒すのに比べたらァ、余裕すぎるんだよォ」
「それはアイツよりオレの方が強いって解釈でいいんだよな?」
「好きに捉えろォ。
仮にそうだとしてもォ、先にアイツを倒すのはオレだからなァ」
「させるかよ。
アイツを倒すのは……」
「仲良しごっこはまだ続くのか?」
ヒロムと葉王、互いにトウマは自分が倒すとして一歩も譲らない中、ヒロムの言葉を遮るようにトウマは冷たい口調で彼らに問うと闇の翼を怪しく光せる。
闇の翼が怪しく光るとヒロムの精霊に破壊されたはずの機械天使・オーディンとロキ、ラグナレクが闇を纏いながら破壊される以前の万全の状態で蘇る。
ただでさえ機械天使のその姿は見たものを威圧するような風貌なのに、闇を纏った機械天使はより一層威圧感の増した兵器となっていた。
三体の機械天使の復活にヒロムと葉王はどちらがトウマを倒すかという話をやめ、フレイたち精霊はヒロムを守るように彼のそばに現れると武器を構える。
そのフレイたちの構える姿を見たトウマは不快感を顔に出しながらヒロムに向けてあることを話していく。
「その精霊、そいつらがいなければ「八神」は罪を犯さずに済んだ。
オマエの存在が「八神」を歪ませ、「八神」を堕落させたんだ」
「勝手なこと言うなよトウマ。
オマエが「八神」の魔の手に落ちたせいで親父や愛華はオマエやオレをどうにかしようと道を踏み外してるんだ。
その責任をオレ一人に背負わせんなよ」
「責任?
ふざけたこと言うなよ「無能」。
オマエが今まで抵抗していたから何もかもが滅茶苦茶になってんだよ。
それを責任とか都合のいい言葉で押し付けようとするな!!」
トウマが叫ぶと闇を纏った機械天使・オーディンが動き出し、動き出したオーディンは両手が有する鋭い爪でヒロムの体を引き裂こうと襲いかかる。
オーディンの爪が襲いかかろうとする中で精霊・フレイとラミアはそれぞれの武器である大剣と刀に稲妻を纏わせてオーディンの攻撃をとめ、二人がオーディンの攻撃を止めると精霊・マリアが琥珀色の稲妻を纏いながらオーディンに接近して拳の連撃を叩き込んで殴り飛ばそうと試みたが、闇を纏った機械天使のその体は闇を纏う以前の状態に比べると力が増してるのかマリアの拳の連撃を受けたオーディンは怯む様子もなかった。
それどころかオーディンはフレイ、ラミア、マリアの三人の精霊を吹き飛ばすかのように闇を解き放ち、解き放たれた闇に三人は吹き飛びはしなかったものの押し返されてオーディンから離されてしまう。
三人の精霊が離れるとオーディンは雄叫びをあげて再びヒロムに襲いかかろうとしたが、オーディンが動き出そうとした瞬間ヒロムは白銀の稲妻を無数の刃にして解き放つとオーディンに次々に命中させる。
白銀の稲妻の刃を受けてもオーディンは動じないが、その様子を受けたヒロムは葉王にあることを伝えた。
「葉王、オマエは少し休んでろ」
「あァ?
何訳のわかんねぇことを……」
「オマエの狙いはトウマというよりはトウマの裏にいるゼクスのはずだ。
そのゼクスを引き摺り出してオマエが戦い、オレたちがそれぞれ倒したい相手を倒した上で「八神」を潰せば一石二鳥だろ。
今のままトウマをどっちが潰すか続けてもゼクスはトウマを見限って雲隠れするかもしれねぇ」
「なら聞くがァ、ゼクスを誘き寄せる策でもあんのかァ?」
「オマエらの話を聞くかぎりじゃゼクスの狙いは自分の思い描く「八神」を作り上げるための力のある器、今はトウマが都合のいい器として利用されてる訳だが……仮にそれを覆してオレが優れた器として認識したらゼクスはどうすると思う?」
「……なるほどォ、自分を囮にするのかァ。
だが今のあの状態のアイツの強さはオマエの知るこれまでとは桁外れェ、油断すれば……」
「油断するわけないだろ。
仮にもオレは何年もアイツを倒すために強さを求めてきた人間だ。
理由は違えど今もアイツを倒すために強くなったし、アイツもそれを覚悟してあれほどの力を得たんだ。
そんな相手に油断するわけない」
それに、とヒロムはトウマを見ると左手の拳を強く握り、ヒロムの左手の拳が強く握られると彼の白銀のブレスレットが光を灯す。
「アイツを見たおかげでオレは一つ感情について学ばせてもらったからな」
「まさか……」
(コイツゥ、昨日の夜はカズキに教えられなきャ「勤勉」と「慈悲」の答えにたどり着けなかったのにィ、倒すべき相手を前にして答えをすぐに見つけ出しやがッたァ。
シンギュラリティの加速……ここに来てそれを自力で起こしてんのかァ?)
ヒロムの言葉、そこから葉王はヒロムが自身の力を他者の教え無しで引き出していると考え、力を引き出しているヒロムのその成長はシンギュラリティによるものだと考えるとため息をつくなり一歩後ろに下がる。
「葉王?」
「オマエが提案したんだろォ。
ならオレはオマエの作戦通りに待機してゼクスの出現を待つことにするゥ」
「それなら作戦通りにゼクスを誘き出さなきゃな。
ゼクスがどんなヤツかオレはよく知らねぇから何とも言えねぇが、そいつが現れた時は頼むぞ」
任せとけェ、と葉王はヒロムに伝え、葉王の言葉を受けたヒロムは前に出るとトウマに向けて叫んだ。
「トウマ!!
オマエの望み通りに決着をつけてやる!!
オマエの言う通りオレが全てを狂わせたのか、オマエがオレたちを狂わせたのかハッキリさせてやるよ!!」
「ハッキリさせる……?
笑わせるな!!オマエではオレを倒せないことを思い知らせてやる!!
オレが優れていることを証明し、ここでオマエの全てを終わらせてやる!!」
ヒロムの言葉を受けたトウマは彼に対しての感情をむき出しにすると闇と光の翼をそれぞれ大きく広げながら殺意にも似た憎悪の感情を全身から発し、トウマが全身から発するその憎悪を前にしてヒロムは深呼吸すると落ち着いた様子で何かを語っていく。
「さて……オマエのおかげで知れたこの感情を試すにはも少し時間が必要になる。
だからそれまではこれで相手になってやるよ」
ヒロムが左手を横に伸ばすと彼の左手首の白銀のブレスレットは緋色の光を放ち、光が放たれると彼のそばにマントを翻しながら剣を構えた少女の精霊・アルマリアが現れる。
アルマリアが現れるとヒロムの瞳は緋色に光り、ブレスレットから放たれる光はヒロムの周囲に四散すると眩く光りながらヒロムの周囲を駆けていく。
「……欲深き陽炎、散るは得る故。
一を選ぶこと無き全を選びし欲の手よ、緋色の感情に手網を掴まれその強欲さを解き放て」
ヒロムが言葉を並べると周囲を駆ける光はヒロムの体に重なるようにして一体化し、光と一体化したヒロムは全身を緋色の装束に包むと黒いマントを翻し、そして剣を手に持つとガントレットとブーツを装備してトウマに向けて言った。
「ファントム・ソウル……オマエ相手に使うには惜しいが、オマエの闇を引き出すには都合がいいかもな」