六〇八話 熱く冷たく妖しく
トウマを倒そうとした葉王の邪魔をした四条美雪。
四条美雪は自分のやるべきことをやるためにと言っているが、彼女の言葉をそのままの意味で受け取るのなら彼女はトウマの味方をすると言っていることになる。
彼女のその言葉の真意を確かめるべくヒロムは大剣を構えながら問い詰める。
「アンタの言葉、そのままの解釈をするなら「十家」を潰そうとするアイツの味方をするってことでいいんだよな?
仮にも「四条」の当主であるアンタが自分と関係の無い「八神」の当主に加担してしまうのか?」
「アナタが言ったはずです。
アナタ自身復讐の道から抜け出せたのは手を差し伸べる相手がいたからだと。
そしてトウマさんにもその相手が……婚約者がいると」
「たしかに言った。
けどそれは今のトウマを闇から救うために話したことであってそうしろって意味じゃない」
「それは理解してますよ。
でも……今の私がここから去ればトウマさんを失望させる。
今の私に出来ることはトウマさんが果たそうとする事を手助けすること、そのためのこの行動を「四条」の家が咎めるはずはありません」
「……見た目は大和撫子のくせして中身は脳筋かよ!!」
「説得するだけ無駄だァ、姫神ヒロムゥ。
この女は兄共々精神が歪に歪んでる能力者ァ、その女があの狂った堕天使に魅入られてる以上こっちが語る言葉は一切聞き入れられないィ」
美雪の言葉にヒロムが少し取り乱していると彼を落ち着かせるべく葉王は話していく。
「八神トウマが闇に囚われるきっかけに触れたようにあの女もあの男の闇に魅入られ染まった可能性があるゥ。
言葉でどれだけ諭そうとしてもォ、結局は相手にされずに終わるのがオチだァ」
「ならどうする?」
「力で解決するしかねェなァ。
この女に分からせた上で手出し出来なくするにはそれしかねェ」
「……そうか」
葉王の言葉、四条美雪を止める方法は話し合いではなく戦う他ないと知ったヒロムは彼の言葉に理解を示すと少し考え、そして考えが頭の中でまとまるとヒロムは葉王に尋ねた。
「葉王、さっきの話を深堀することになるが……アイツを倒したら勝ちって話はアイツの中の闇を消したらって事だよな?」
「まァ、オレとオマエの勝負においてはオマエの勝ちはアイツの中から闇を消すことだからなァ。
それがどうしたァ?」
「……葉王、オマエはトウマを頼む。
オレとフレイたちは……四条美雪を倒す」
ヒロムの思わぬ提案に葉王は普段彼に見せないような驚きの表情を見せ、ヒロムの言葉を受けた葉王は彼にそれでいいのか確認する。
「いいのかァ?
アイツを倒すために強くなりィ、アイツを闇から救おうと今ここにいるオマエがそれを諦めてもォ?」
「別にトウマとの戦いを諦めたわけじゃない。
オレはただ一つの可能性に賭けたいだけだ」
「可能性?」
「オマエが言ってたようにあの女も心が闇に染まってるのなら止める必要がある。
あの女を止めることでトウマの心がどう動くか分からないけど、少なくともトウマは自分を守ろうとしたあの女が倒されれば心の中にある闇を今以上に解放すると思わないか?」
「……なるほどォ。
オマエの目的であるトウマを倒すことと闇を消すことを両立させェ、心からヤツを敗北させるための方法としては的確かもなァ」
「今のままトウマを倒すことを諦めてアイツを完全に本気にさせて戦うことが前提になるからアイツの力は今以上に強くなるけど……オレとオマエなら問題ないよな? 」
「全くだなァ。
オマエもまだ本気じャないしィ 、オレもまだ奥の手は残してあるからなァ」
「じゃあ……それで頼む」
任せとけェ、と葉王はヒロムの頼みを受けるとトウマを相手にするため走っていき、葉王が走っていくのを阻止しようと美雪が杖を構えようとすると彼女の前にヒロムは立ち塞がる。
そしてヒロムの援護をするようにフレイたちは武器を構えて並び立つ。
「……邪魔するのですか? 」
「先に邪魔したのはアンタの方だ。
オレと葉王はトウマを止めようとしたのにな」
「その口振り、そして先程の会話……アナタは鬼桜葉王と繋がりがあったのですね」
「繋がりなんて大層なもんじゃねぇよ。
「竜鬼会」の一件やカリギュラのヤツらに襲われた時に色々と手助けしてくれたのがアイツだ。
アンタや他の当主はオレを利用して地位を安泰させようとしてるだけだったけどな」
「人を救った自分を称えろ、と?
アナタは何も救っていない、アナタはただ街で暴れただけ。
その結果街は壊れて人が傷ついた、その罪をアナタが問われただけ」
「なるほど……さすがはトウマの狂信者ってところか。
トウマと考え方が同じだな」
「不満でも?」
「不満はねぇよ、むしろ……」
美雪の言葉にヒロムは何故か面白そうに返すと身に纏う白銀の稲妻を強くさせ、稲妻を強くさせるとヒロムは美雪を強く睨む。
「オマエに対して情けをかけずに済みそうで安心した!!」
ヒロムは地面を強く蹴ると美雪を倒そうと接近しようとする……が、美雪は杖を振ると無数の氷塊をヒロムに向けて放って行く手を阻もうとする。
ヒロムは迫り来る氷塊を難なく殴り壊しながら美雪に接近していき、美雪との距離を詰めるとヒロムは拳を強く握って拳撃を放つ。
だが、ヒロムの拳は美雪には当たらない。
美雪に命中すると思われたその瞬間、美雪の体は幻のように消えてしまう。
「!!」
ここですよ、とヒロムの後ろから美雪が言い、彼女の声に反応してヒロムが振り向くと……そこには数人の美雪が立っていた。
普通に考えればありえない光景だが、「四条」の当主である美雪が相手ならヒロムは焦ることもなく冷静さを保てた。
「オマエの能力か。
いや、氷を操るオマエが氷以外を操るのならその杖に兵器を仕組んだか?
それとも氷の力をその杖に仕込んでるのか?」
「無駄口が多いですね」
「そんなことを考える暇があるのですか?」
「どうせ倒してしまう相手なら気にせず倒せばいいのに」
数人の美雪が次から次にヒロムに向けて言葉を発すと同時に挑発していくが、挑発されるヒロムはため息をつくと冷たい口調で美雪に告げる。
「全部偽物って分かってるから付き合ってんだよ。
いつまで自分が強いと勘違いしてやがる」
ヒロムは美雪に告げると地面を軽く蹴り、ヒロムが軽く地面を蹴ると稲妻が地を駆ける。
地を駆けた稲妻は数人の美雪に襲いかかり、稲妻に襲われた数人の美雪は全て煙のように消えていく。
数人の美雪が消えるとヒロムは大剣に稲妻を纏わせながら素早く後ろに振り向くと投擲し、投擲された大剣は飛んでいく途中で何かに止められる。
大剣が何かに止められて消えるとその地点に氷の壁が現れ、氷の壁の向こう側には美雪が立っていた。
氷の壁、ヒロムの投げた大剣に打ち勝つところからかなり強固なものであることが窺え、その壁の向こうから美雪はヒロムに問う。
「何故私がここだと分かったのです?
私は居場所を教えるような真似はしていませんし、私の用意したデコイから本体である私の居場所は割出せないはず」
「……オマエ、頭悪いだろ?」
「はい?」
「今のは稲妻の応用によるソナーだ。
稲妻を走らせたのはたしかにオマエの偽物を消すためだったが、同時にオマエの居場所を割り出すためにオレだけが感知できるレベルの衝撃も放ってた。
だからオマエの居場所はすぐに見つけれた」
「……ソナー、ですか。
原始的なやり方ですのね」
「オマエらみたいな最初から能力持ってるヤツと違ってこっちは能力が無いなりに必死に足掻いて能力者と戦えるように強くなったんだよ。
まして高い地位で偉そうにしてるだけのオマエとは違う」
「そう、ですか。
なら……アナタは私には勝てませんよ」
美雪が氷の壁越しに杖を振るとヒロムの頭上に巨大な氷塊が現れ、現れた氷塊はヒロムを押し潰そうと落下する。
氷塊の落下、その程度のことでヒロムが動じることもなく稲妻を強く放出させて砕き防いだが、ヒロムが氷塊を砕くと美雪は不敵な笑みを浮かべる。
「……砕きましたね」
「あ?」
「さよなら……アイス・エイジ・プリズン!!」
何かを嬉しく思うのか笑みを浮かべる美雪が叫び、彼女が叫ぶとヒロムの体が凍りついていく。
突然のことに対してヒロムは焦ることなく稲妻を全身に駆け巡らせて何とか対処しようとするが、ヒロムが対処しようと駆けさせようとした稲妻までもが凍りついてしまう。
「これは……!?」
「アイス・エイジ・プリズン。
私が持つ能力で最も強力で回避できない技。
私の氷を砕いた相手の体内に砕かれた氷の粒子が侵入し、内部から熱を奪って凍結させる。
その凍結範囲は人体の水分はもちろん、纏う魔力や能力も含まれる。
炎の能力ですら、この技の前では凍るだけ」
「くっ……」
「さよなら……アナタをあの人が殺せなくて残念だけど、私が役に立ててよかった」
美雪が言うとヒロムの体は全身凍結し、体が凍結したヒロムの姿を確認した美雪は氷の壁を消すとフレイたちを見ながら離す。
「さて、アナタたちの主はもう死にました。
あとはそのまま朽ちて……」
「……何言ってやがる?」
美雪の言葉、それに被せるように男の声が彼女に問う。
突然の声に美雪が疑問を抱いていると、男の声……凍結したはずのヒロムは言葉を発していく。
「なるほど、熱操作か。
そのを利用した大気中の水分の凍結と急激な熱操作による蜃気楼を用いた偽物、そして体内にその力を内部から発動させて人体を凍結させるとはな」
「ど、どうして……!?
アナタの体は凍結して……!?」
少し違います、と全身凍結しているヒロムのそばに紫色の長い髪の槍を持った少女の精霊・アイリスが現れ、現れたアイリスは美雪に向けて言った。
「以前のマスターなら今ので息絶えていたでしょう。
ですが今のマスターにはこの程度は問題ないのです。
今のマスターには……私がいますからね」
アイリスが言うと彼女は全身に紫紺色の稲妻を纏いながら装いを変えていく。
ノースリーブのような袖のない衣装にミニスカート、ミニスカートの上から紫紺色の布を巻き、両手には紫紺色の手袋、足にヒールを履いたアイリスは両耳にハート型の美しい宝石のイヤリングを着けると輝きを周囲に放ちながら槍を振る。
「まさか……!?」
「そう、これが天醒した私、「零槍」アイリスの真の姿……「天零」アイリス。
そして私がいるからこそ使える力をアナタにお見せしましょう」




