五八六話 リターンキッズ
精霊・ティアーユに連れられ戦場となった場から避難していたユリナはただヒロムの無事を祈り、彼が戻ってくることを待っていた。
心配になると同時に不安になってしまう。
ヒロムがこうして戦いに身を置くことはこれまでに何度もあったし、ヒロムが戦ってくれたからユリナが敵に襲われて怪我をするなんてこともなかった。
だが代わりに、いつも負傷するのはヒロムだ。
戦う術を持たぬユリナはただ見ていることか祈ることしか出来ず、それ故に非力で何も出来ない自分が許せない時もあった。
以前の「竜鬼会」の件も、「七瀬」主催のリゾートの時もユリナは守られるだけ。
戦って傷ついていたのはいつもヒロムだ。
そして今回もまた守られ、ヒロムが戦っている。
ユリナの中には不安しか無かった。またヒロムが傷ついて戻ってきたらどうしよう、何かあったら自分はどうすればいいのか……考えないようにしようとしても考えてしまう、最悪の場合を……ヒロムが戻らなかった時の事を。
考えてはダメだと分かっていてもここ最近の負傷しても戦うヒロムの姿を見ているユリナはどうしてもその事を考えてしまう。
不安を抱えるせいで考えなくていい事まで考えてしまう、時分で自分に不安を抱かせている。
「ヒロムくん……」
彼の身を案じ、そして彼の無事を祈るユリナ。
すると……
「呼んだか?」
ユリナが彼の名を口にしたその時、男の声がした。
声のした方をユリナが見ると、その先にヒロムがいた。
ヒロムには目立った外傷などもなく、戦いの場からユリナを逃がしたあの時と変わらぬ姿でこちらに歩いてくる。
ヒロムの姿を見て安心したのかこれまで抱いていた不安の全てが無かったかのようにユリナは笑顔を見せるとヒロムに駆け寄っていく。
「ヒロムくん!!」
「何か問題でもあったのか?」
「ううん、違うの。
ヒロムくんのことが心配で……」
「……大丈夫だよ。
見てくれればわかるけど、怪我はしてないから大丈夫だよ」
「そっか……。
でも隠したりしてない?
無理してるなら遠慮せず……」
「大丈夫だよ、ユリナ。
何かあればちゃんと報告するから、な?」
心配になるユリナに優しく話すヒロム。
そのヒロムの言葉を聞いたティアーユは何かを感じたのか彼に話しかけた。
「マスター、少しお聞きしたいのですが……戦いの最中で何か問題が起きましたか?」
「問題?」
「たしかにマスターは怪我をされてないようですが、何かあったのか声色がすこしおかしい気が……」
「……まぁ、あったのはあったな」
ティアーユに言われ、ヒロムは先程の狼角の話を思い返した。
敵であるはずの自分に自身が仕える主人のトウマを倒せと頼んできた。
その話のせいでヒロムの話し方にも少し変化が生じたのだろう。
可能性でしかないが、ヒロムはティアーユに……そしてユリナに狼角に言われたことを簡潔に伝えた。
「敵であるはずの男から奇妙な話をされてな。
散々人の命狙っといて都合のいいこと言ってきたから問答無用で断った」
「奇妙な話?」
「話すと余計に不快感が増すから忘れたいくらいの内容だよ。
あんな話させるくらいならさっさと倒せばよかった」
「戦ってはいないのですか、その男とは?」
「まぁ、な。
興醒めだよ、あんな話されたら……倒したいって思ってもやる気が削がれる」
そうですか、とヒロムの態度から察したティアーユはこれ以上話を聞こうとせずに終わらせようとし、彼女の反応を受けてヒロムは話題を変えようとした。
「それよりも悪かったなユリナ。
せっかく心配してくれてたのにまた迷惑かけちまって」
「ううん、気にしないで。
ヒロムくんが無事なら私は大丈夫だよ」
ヒロムの言葉に優しく返すユリナ、だがヒロムはそんな彼女の言葉を素直に受け取ることは出来なかった。
実際のところユリナはヒロムのことを多少なりとも心配していたはずだ。それを理解しているからこそヒロムは彼女の大丈夫という言葉の裏には何かあると感じてしまうら、
だからと言ってヒロムは彼女にその事を言及するような真似はしないし、彼女が大丈夫というのなら彼女の言葉を信じようと自分に言い聞かせるように何も返さなかった。
「……大丈夫ならよかったよ。
それよりユリナ、もしよかったらウチに寄ってくか?
待たせた詫びもしたいし、たまにはユリナの手料理食べたいんだけど、ダメか?」
「ううん、大丈夫。
むしろ誘って貰えるなら行きたいくらいだよ」
「そっか。
じゃあ、行こっか」
ヒロムはユリナに笑みを見せると歩き、ユリナも彼の隣に並ぶように歩いていく。
二人の歩く姿をティアーユはどこか微笑ましそうに見つめながら二人の後ろを歩いていく……
***
ヒロムがユリナと自身の屋敷に向かおうとしている中、バンドグループ「kiss heart」のメンバーの愛咲リナたち五人を家まで送り届けようとするガイとシオンは遠く離れた場所で異変を感じ取っていた。
「ガイ、今のは……」
「ヒロムが敵と戦ったな。
そこまで派手に戦ってないところを見ると、カリギュラでは無さそうだな」
(カリギュラは今やオレたちとの戦闘を重ねて実戦データを多く集めている。
そのデータがあるせいでカリギュラの戦士は簡単に倒せるようなレベルでは無くなってる。
その点を考えると……)
「ヒロムを襲ったのは「八神」だな」
「なら角王か。
性懲りも無くヒロムに挑むとは愚かなヤツらだな」
誰がヒロムを襲ったのかを冷静に考えるガイの隣でシオンはどこか呆れ気味に言葉を発し、シオンの言葉にガイも賛同……いや、「八神」を同情するような言葉を使う。
「ヒロムとの実力差が大きくなる一方で具体的な対策もなしに兵力を失うように無謀な攻撃ばかりしてくるだけ。
カリギュラのような兵装も無いのに何故かヒロムに挑むのは哀れだよな」
「だな。
無駄死にしたいのか、数が多けりゃどうかなると思ってるのか……」
ねぇねぇ、とシオンがガイに向けて話していると沖波カンナはシオンに話しかけようとする。
が、カンナが声をかけようとするとシオンは彼女から逃げるように数歩離れる。
「近寄るな」
「あら、どうして?」
「オレは女が苦手なんだよ」
「どうして?」
「オマエには関係ない」
カンナの問いに冷たく返すとシオンは一人先に進むかのように足早に歩いていき、冷たくされたカンナはガイに助けを求めるかのように視線を送る。
カンナの視線を受けたガイは気まずそうに愛想笑いをするとシオンの女性嫌いの事をカンナに話した。
「シオンは別に好き好んで嫌ってるわけじゃない。
過去の出来事のせいでシオンは心に傷を負って女に対してのトラウマみたいなのが出来てるんだ」
「え、そうなの?」
「あぁ、シオンはアレでも一応は克服しようと努力してるから今は何も言わずに見守っててほしい」
「そうなんだ。
分かったわ、雨月くんがそこまで言うならあまりしつこくするのはやめるわ」
ガイの話を聞くとカンナは素直に聞き入れ、シオンへの接し方に気をつけると約束してくれた。
が、カンナが約束してくれた矢先、先に進むシオンは何故か足を止める。
「シオン?」
足を止めたシオンが何かを感じた、それに気づいたガイはシオンに声をかけたがシオンはガイに指示を出すように伝えた。
「ガイ、今すぐその女どもを避難させろ」
「敵か?」
「敵……という認識で間違ってないのなら敵だ。
ヒロムが敵として認識してるのなら今は敵かもな」
「……そういうことか」
シオンが言わんとすることを理解したガイはため息をつくとカンナやリナたちを守るように立つと腰に携行する刀の柄に手をかけ、シオンも首を鳴らすと右手に雷を纏わせる。
いつでも戦える状態、二人が戦闘態勢に入るとリナやカンナたちは不安になって身を寄せあい、彼女たちが不安を感じているとガイとシオンの前に軍服にも似た黒い装束に身を包んだ男や女……能力者が現れる。
現れた能力者は剣や銃などの武器を手に持っており、ガイとシオンは現れた彼ら彼女らが自分に対して少なからず敵意があることを認識すると構えた。
「死にたくないならどけ。
オマエらの上官とオレたちの王の関係はもはや敵対関係に等しいから、加減するつもりは無い」
「ガイが優しく言ってる間に失せろ。
オマエらとはもはや縁を切った関係でしかない。
敵と話すことは無い……失せろ」
「失せろと言われて失せると思ってるのか?」
ガイとシオンが現れた能力者に忠告していると、それに反応するように能力者たちの前に一人の男が現れる。
いや、少年だ。ガイやシオンよりは年齢は若そうな少年。
赤い髪の少年は殺意に満ちた瞳でガイとシオンを睨むと彼らに告げる。
「オマエたちはオレたちにとって脅威にしかならない。
団長の判断のもと、オマエたちは始末しなくちゃならないんだよ」
「あ?
ガキ、ナメてんのか?」
「……真斗、オマエがそっち側に立つとはな」
少年……愛染真斗の言葉にシオンは若干イラッとし、真斗の言葉を聞いたガイはどこか悲しそうに彼を見ていた。
ガイは真斗のことをよく知っている。ヒロムに憧れを抱き、そしてヒロムのことをアニキと慕っていた彼を知るからこそ今の真斗の変貌ぶりが悲しく思えたのだ。
「真斗、オレたちがオマエと戦う理由はない。
こっちにはオマエら「姫神」とは無関係な民間人もいる、だから……」
「抵抗しないなら後ろの民間人には手を出さない。
抵抗するならオマエらごと攻撃する、それだけだ」
「ガキが、自分の言ってること分かってんのか?」
「分かった上で言ってるんだよ紅月シオン。
オマエたち二人が抵抗しないのなら民間人には手を出さないし、オレたちも二人を殺せばここから去る。
団長の指示さえ遂行できればそれでいいだけだからな」
「真斗、オマエ……」
「なら都合がいい」
冷酷な言葉を発する真斗にガイが反論しようとすると誰かがそれを邪魔するように言葉を発し、その言葉がするとともに雪が降り始める。
九月だと言うのに季節外れの雪、リナたちは突然の雪に戸惑っているが、ガイとシオンは雪が降るその理由に気づいているらしく落ち着いていた。
「派手な登場だな……」
「悪目立ちしすぎだな」
「せっかくだ、場を和ませるような粋な計らいも必要だろ」
ガイとシオンが呆れる中、雪が降る中で水色の髪の少年が天からゆっくりと下りて現れ、現れた少年は真斗を見るなり彼に言った。
「それに、オレとしてはコイツらに用があるから都合がいい」
「氷堂シンク……!!」
「愛染真斗、だったか?
とりあえずオレがオマエの名前をおぼえてる間に……失せろ」




