五八二話 何も焦ることは無い
葉王が消えたことにより話は終わり、これ以上は話をしても何も進まないと判断したヒロムたちはその場で解散することにした。
愛咲リナ、漆羽ミサ、舞咲マキ、黒菱レイナ、沖波カンナの五人に関してはガイとシオンが、桃園リサと鷹宮エリカに関してはソラとイクトが家まで送り届ける事となり、カルラについては彼に対する不信感が拭えないゼロが同行する形で解散となった。
全員で動けば問題無さそうに思えるが、実際のところこれだけの人数で一斉に動けば悪目立ちしかねないし、何より大勢で動く最中に敵が現れれば身動きも取りにくくなるのが現実だ。
その問題を解決すべくヒロムたちはそれぞれが別行動を取るように彼女たちを送り届け、最終的にはガイたちはヒロムの屋敷に集まってもう一度話を整理しようと考えていた。
そして、肝心のヒロムはどうするのかと言うと……彼は姫野ユリナを家まで送り届けるべく二人で歩いていた。
淡々と歩を進めるヒロムに対してユリナはヒロムに遅れる形で歩いており、歩幅の差故なのかユリナはヒロムのあとを必死について行ってるような状態になっていた。
というよりは何故かユリナが気まずそうにしている。
そのせいか彼女はあえてヒロムの後ろを歩く形を取っているようにも見えた。
「……大丈夫か?」
遅れるユリナを心配してヒロムは一度足を止めて彼女に声をかけ、声をかけられたユリナは突然の事だったからか驚くと顔を赤くしてしまう。
「う、ううん。
大丈夫だよ……」
「本当にか?」
「うん、私は大丈夫。
ヒロムくんは気にしなくても大丈夫だよ」
「……その言い方されると、多少はオレにも原因があるとしか思えないんだけどな」
ユリナの言葉に思わずヒロムは思ったことを口にしてしまい、ヒロムの言葉にユリナは戸惑ったような表情で目を逸らしてしまう。
目を逸らした、それが全てを物語っている。
ユリナのその一瞬の行動で全てを察したヒロムはため息をつくとユリナに言った。
「思ってることがあるなら言ってくれ。
これじゃ昔と立ち位置が逆になっちまう」
「昔?」
「昔っつうか少し前か。
オレがユリナに何も話さなかったせいでユリナを困らせてたろ。
オレは困ってはいないけど、今の状況でなんかそれに似てる気がするんだ。
ユリナがオレに何か隠してる気がする、困ってるならオレに話してほしいとオレは思ってる」
「ヒロムくん……」
「話したくないなら無理に話さなくていいよ。
ユリナが話したくないのに話させようとするオレも悪いし、オレもユリナを困らせたいわけじゃないしさ」
優しく伝えるヒロム。
そのヒロムも今の自分の言葉を自分で聞くと少し前の自分とは変わったように思えた。
少し前ならユリナのためと言いながら彼女の声を聞かずに自分の都合で動いて「八神」と戦うことに明け暮れ、その結果ユリナを悲しませることばかりしてきた。
何度も彼女が涙を流すところを目の当たりにし、その度にヒロムは謝っていた。
謝ってはまた泣かせ、謝ってはまた泣かせての繰り返し。
最近になってようやく彼女の声を聞くようになり、そして自身の行動も彼女を悲しませないようにと少しは気にするようになった。
ただ、今のユリナの反応からすると先程の発言はまずかったかもしれないとヒロムは思っていた。
十家会議に乗り込んで暴れる、口でいえば簡単だが葉王が言うように無謀すぎる作戦だ。
それを実行しようとしたヒロムにユリナはなにか不満を感じているかもしれない、とヒロムは考えていた。
だが、ヒロムに優しく声をかけられたユリナの口から出た言葉はヒロムの予想とは異なるものだった。
「あのね……ヒロムくんは、十家会議に乗り込みたいの?」
「……え?」
「あ、違うの。
さっきの話聞いてるとヒロムくんはそうしたいのかなって……。
あの人は私たちのことを気にするべきだってヒロムくんに言ってたけど、でもヒロムくんがやりたいことなら私たちが邪魔しちゃ悪いかなって……」
「いや……大丈夫か?」
ユリナの言葉を聞いたヒロムは耳を疑い、思わず彼女に大丈夫かと訊ねてしまう。
再び問われたユリナはキョトンとしており、ヒロムはユリナに伝わるようにこと細かく話していく。
「さっきのは十家会議って聞いて冷静さを多少失ってたからそう言っただけで本気でそうしようと思ってたわけじゃない。
それにカリギュラの一件や今朝のオレの件も考えたらユリナたちには遠回しに迷惑を掛けてるから何とかしたいって思いもあったんだ」
「め、迷惑だなんて思ってないよ!?
私はただヒロムくんが心配で……」
「どの道今の流れをどうにかするには「竜鬼会」の件を虚偽の内容で世間に流してる「十家」の人間を何とかしなきゃならないって思うと、それを何とかできるかもしれないチャンスを前にすると冷静でいなきゃならないことを忘れちまう。
だからさっきのは話の流れで出ただけの言葉だから気にしないでくれ」
「でも……」
大丈夫だよ、とヒロムはユリナに優しく伝えて彼女に歩み寄ると彼女の手を取ると優しく握り、彼女の手を握るとヒロムは優しく伝えようとしたが、ヒロムに手を触れられたユリナの顔は途端に赤くなってしまう。
「ヒ、ヒロムくん!?」
「ん?
どうした?顔赤いぞ?」
「そ、その……あの……」
「?」
顔を赤くしてテンパるユリナ、何が起きてるのか分からないヒロムは不思議そうに彼女を見ているが、ユリナからすれば不思議そうに見ている彼が原因でこうなっていると言いたいくらいだろう。
だがユリナはなかなかそれを言えず、それを察することすら出来ないヒロムはわけも分からぬまま話を進めようとする。
「とりあえず落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
「お、落ち着くから……手は握らなくてもいいと思うよ……!?」
「そうか?」
「そ、そうだと思うますです!!」
思わず変な言葉になってしまうユリナ。彼女の言葉にヒロムはどこか納得出来ぬ部分があるまま彼女の手を離す。
ヒロムが手を離すとユリナの赤くなった顔は少し元に戻り、深呼吸して心を落ち着かせるとユリナはヒロムの話を聞こうとした。
「……ごめんね」
「いや、うん……いいけど。
とりあえずさっきの話については気にしないでくれ。
ユリナが心配してくれてるのに無謀な真似はしないから安心してくれ」
「うん、分かった。
ヒロムくんのこと、信じてる」
「あぁ、ユリナの気持ちを裏切らないように頑張るよ」
「あっ、ねぇ……ヒロムくん。
これからどうするの?」
無謀な真似はしない、ヒロムがそれを伝えるとユリナは話題を変えるようにある話を彼にしていく。
「あの人の話だとヒロムくんたちは「十家」の当主の人たちを倒して今の「十家」を作り直す手伝いをするんだよね?
それってヒロムくんにとっては今までみたいな生活が無くなるってことなんだよね?」
「……そうなるかもな。
アイツがどう指示してくるかにもよるけど、少なくとも変わるのは間違いない。
あの日から「無能」と呼ばれてきたオレの力を証明したり、「竜鬼会」の一件を訂正させたり……悪いこともあるかもしれないけど今言ったような事も起きるかもしれない」
「不安はないの?」
「不安しかないさ。
オレにとってはただ自分を狙うヤツらを倒すだけの毎日だったのが、今度はこっちから仕掛ける立場になるかもしれない。
下手すればユリナたちと会えなくなるかもしれないって思うと……正直不安だよ」
「ヒロムく……」
「なら、それを現実にしてやろうか?」
ユリナに対して不安を抱いていることを伝えたヒロム、そのヒロムにユリナがなにか言葉をかけようとしたその時、誰かがユリナの声をかき消すように言葉を発してくる。
その言葉を耳にしたヒロムとユリナは声のした方を向き、声のした先を見るとそこには男がいた。
二人の男、その二人の男をヒロムはよく知っていた。
「オマエら……!!」
「久しぶりだな、「無能」の姫神ヒロム」
二人のうち一人は黒いスーツに身を包み、スーツには不釣り合いな獅子の頭を模した肩当を右肩にしており、もう一人の方は羽織のようなものを纏い、腰に六本の刀を携行している。
ヒロムとユリナの前に現れたこの二人は自らの名を示すかのように装いもそれに際したものとなっている。
「獅角、刃角……!!」
「ほぉ、どうやら覚えていたようだな。
さすがは「竜鬼会」を討伐した偽りの英雄、真実を語る市民に汚名を着せられても記憶力は衰えていないか」
「偽りの英雄?真実を語る市民?
悪いがオレは英雄になるつもりなんてねぇし、「竜鬼会」の件を滅茶苦茶に広めてんのはオマエらだ。
ねじ曲げられた真実を語らせておいてよく言うぜ」
「勘違いしてんなよ、姫神ヒロム。
オマエはこの世界にとっては害悪でしかない。
今後の世界の発展と「十家」の活動においてもオマエは邪魔になる、だからオレと角王のリーダーたる獅角が手を下しに来たのさ」
「手を下しに?
オレがオマエら角王に直接危害を加えたか?
どっちかと言えば鬼之神麗夜に何かしらの情報を与えてた角王のリーダーとやらが「竜鬼会」の一件で何の責任も負わないのが不思議なんだが、その辺はどう説明するつもりだ?」
「何の話だ?
デタラメを言うのも大概にしておけ」
ヒロムの言葉に冷たく返す獅角。この男はデタラメと言うが、決してヒロムがその場しのぎで言っている作り話ではない。
実際に鬼桜葉王から受け取ったある写真には「竜鬼会」の発端となる男・鬼之神麗夜と接触していた獅角が写っていた。
それを知ってるからこそヒロムはこの場で鬼之神麗夜の名を出して獅角に問い詰めようとするが、獅角自身はその事を隠したいのかまるでないかのように冷たく言葉を返す。
獅角の態度からヒロムはこれ以上この話をしても意味が無いと判断し、獅角と刃角からユリナを守るように彼女を自分の後ろに隠れさせる。
「ヒロムくん……」
「大丈夫、オレに任せてくれ」
何をだ、とユリナへのヒロムの言葉に対して問い返すように獅角が言って指を鳴らす。
獅角が指を鳴らすとヒロムを囲むように次々にスーツを着た能力者が現れ、さらにスーツの能力者とは明らかに異なる装いの能力者が数人現れる。
現れた能力者、その能力者から発せられる気は獅角と刃角から感じ取れるものに似ており、おそらく彼ら彼女らは二人と同じ角王なのだろう。
次々に現れる能力者を前にしてユリナは怯えてしまうが、ヒロムはこの状況であくびをしていた。
「ふぁ〜……。
仕方ねぇ、ティアーユ」
あくびをしたヒロムは一人の精霊の名を呼び、名を呼ばれると長い銀髪に青い装束を纏った少女の精霊・ティアーユが現れる。
「ティアーユ、ユリナを頼む」
「お任せ下さい」
ヒロムの指示を受けるとティアーユはユリナのそばに歩み寄って彼女の手を取って彼女を守ろうとし、ティアーユにユリナを任せたヒロムはため息をつくなり獅角を冷たい眼差しで睨む。
「さて……殺してやるからかかってこい」