五八話 祝愛
パーティー会場。
賑わう会場の中、ヒロムは隅の方で椅子に座っていた。
この位置に来る途中、一人の少女といたが、その少女は少し席を外している。
そんな中で待つヒロムは、少し様子がおかしい。
「……ミスったな」
最悪の事態に陥っていた。
いや、ヒロムがパーティーの参加に嫌がっていたのはこうなるからだ。
「くそ……」
参加しなければ母・愛華に何を言われるかわからない。
そう思ったからあえて参加したヒロムだが……
「ああ……やばい……」
この状況でヒロムは後悔するしかなかった。
後悔しても何にもならないが、とにかく後悔しかなかった。
ある目的があるからこそ、それを理由に参加したヒロムだが、その目的が果たせる状況でないと動けない。
「……くそ、人多すぎるだろ……」
人混み、というべきか。
このパーティー会場に集まった大勢の人たちの姿にヒロムはため息をついた。
ヒロムにとっては苦手なことなのだ。
こういうパーティーにおける人の多さは苦手なのだ。
「ダルい……」
「お待たせしました、ヒロム様」
ヒロムの呟きをかき消すように一人の少女がやってくる。
若草色と呼ぶにふさわしい鮮やかな緑色の腰まである長い髪、緑色の瞳の少女は抹茶色のドレスを着ており、そしてその手には料理が盛り付けられた皿を持っていた。
色鮮やかに盛り付けられた皿はとても綺麗だった。
それを持つ彼女のその美しさがあるせいか、余計にそう見える。
「遅くなってしまいました」
「いいよ……。
で、その料理は?」
「ヒロム様のお食事です。
お嫌いなお魚などは入れてませんよ?」
そこまで気を使ってくれるとは。
変に気を遣わせて申し訳ないとヒロムは思うのだった。
「……悪いな、チカ」
大丈夫ですよ、と少女・羽咲チカは微笑みながら返事をするとヒロムに料理の盛られた皿を渡した。
ヒロムはそれを受け取ると一口食べた。
さすがはパーティーに並ぶ料理だ、味は問題ない。
「ったく……人の多ささえなけりゃな……」
これだけの人がいるのには耐え難いヒロム。
さらに言えば「月翔団」に属する女性団員などに声をかけられることもある。
それがあるから嫌なのだが……
「私はヒロム様に会えるだけで嬉しいですよ?」
チカはヒロムに対して笑顔で気持ちを伝えるが、ヒロムはそんなチカを見るとどこか羨ましく思えた。
「……オマエのその余裕が羨ましいよ」
「余裕、ですか?
そうなのでしょうか……?」
ヒロムの言葉がいまいち理解できないチカは不思議そうな顔で悩み出した。
そこまで深く考えなくても……
ヒロムはそう思ったが、そこがチカらしい所でもある。
ユリナと同じように純粋で、素直で他者への思いやりを持つ彼女らしい。
「……ふっ」
(同じではない、かな……)
ユリナたちとチカを同じにするのは失礼だとヒロムは思った。
彼女たちにはそれぞれに良い所があり、そして個性があるのだから。
ユリナは人一倍優しく、そして感化されやすい。
リサはスキンシップが多すぎるが、ああ見えて他人への配慮はしっかりできる。
エリカはリサと似てるところが多々あるが、リサとは違うものがある。
というか、リサとエリカはいつも二人で同じようなことしてるから同じようにしか見えない時がたまにあるのも確かだ。
だがそんな彼女たちに共通しているのはヒロムを誰よりも想っているということだ。
ヒロムとしては理解できないらしいが、その反面心のどこかではそれを嫌悪せずに受け入れている。
「……変わってるのはお互い様なのかな」
「?」
「ああ、独り言だよ。
そういやチカはお嬢様学校で楽しんでるのか?」
「お嬢様学校ではないですよ、ヒロム様。
普通の女子校ですが、こうしてヒロム様とたまにしかお会い出来ないのは寂しいです」
そうか、とチカの言葉にどう反応するべきかわからないヒロムは適当な返事を返すと再び料理を食べ始めた。
するとチカはヒロムのジャージを見ると話題を変えるように話し始めた。
「ヒロム様、そのジャージ着てくださってるんですね」
「ああ……うん。
たまに着てる、かな」
「たまにでも着ていただけてるならお誕生日にプレゼントした甲斐がありました」
「……ああ」
「ところでヒロム様……」
あちらの方は、とチカが指をさした方向をヒロムが見ると、そこにはこちらをただ見つめるユリナがいた。
げっ、とヒロムは思わず目を逸らすのだが、逆効果。
それがかえってユリナの機嫌を損ねてしまう。
ユリナはこちらに来るとヒロムの顔をじっと見つめる。
「……どうした?」
「すごく楽しそうだね、ヒロムくん」
「気のせい……」
「……私のドレス褒めてくれなかったのに……」
ユリナは小さな声で呟いたが、ヒロムはそれを聞き取ることが出来ず、何を言ったんだと言う顔をしているが、ユリナは言おうとしない。
「?」
「な、何でもない。
それよりその人は?」
「あ、ああ……羽咲チカだ。
オレとは……昔からの付き合いになる」
「羽咲チカです。
よろしくお願いします」
チカはユリナに対して丁寧に頭を下げて挨拶をし、ユリナもそれを見てそうしなければと思い、頭を下げて挨拶をした。
「よ、よろしくお願いします!!」
「で、こっちは姫野ユリナだ」
「……ついでみたいな言い方しないでよ」
「まあ、ヒロム様が仰ってた方ですね?」
「ヒロムくんが?」
やばい、とチカが何か言おうとしてるのに気づいたヒロムは止めようとしたが、チカはそれに気づいた上でやってるのか、何も気にすることなく笑顔で話し始めた。
「今年のお正月なんですけど、ヒロム様からいつも学校で自分の世話をしてくれる可愛いお姫様がおられると仰ってたのです」
「お姫様!?」
「チカ、それ以上は……」
「一度お会いしたかったんです。
あ、私のことはチカと呼んでください」
「あ、私のこともユリナで……」
よろしくお願いします、とチカは笑顔でユリナに歩み寄り、二人は仲良さそうにしている。
少し恥ずかしい話をされたが、ユリナの機嫌も損ねずに済んだと安心するヒロム……だったのだが……
「ヒロムく〜ん?」
するといつからいたのか、リサとエリカがヒロムを挟むように横に座り、そしてヒロムに抱きつく。
「おい……離れろ」
さすがにこのパーティー会場でこれは周りの視線が気になる。
それにチカが何を言うのか……
「まあ、そちらの方は大胆なのですね」
「いや、感心してる場合か!!」
「あ、私桃園リサ。
リサって呼んでね」
「高宮エリカ、エリカって気軽に呼んでね?」
「あ、私羽咲チカと申します」
どさくさに紛れて自己紹介するリサとエリカにもチカは丁寧に頭を下げて挨拶をする。
が、ヒロムはその前にこの状況をどうにかしてほしい。
「ユリナでもチカでもいい。
どうにかしてくれ」
「あ、ごめ……」
「あら、いいじゃありませんか。
ヒロム様のことを皆さん愛されてるのですから」
チカは笑顔でとんでもないことを言い放つ。
ユリナと、ヒロムに抱きつくリサとエリカはチカの言葉に少し顔を赤くし、ヒロムもそれを聞いて少し困惑していた。
「チカ……何言ってるの?」
「?
おかしなことを言いましたか?」
「あ……いや……」
(そういうことを何の考えもなく言ってしまうとこがこの三人と違って怖いんだよなぁ……)
チカに対して少しばかり驚かされたヒロムだが、こちらに向かって近づいてくる男の存在に気づくとリサとエリカを少し強引に離れさせた。
「なんだぁ?
人前でこんなに女連れ回しておいてオレが来たらやめるのかぁ?」
気が抜けたような語尾の男はヒロムに近づくと冷たく言い放つ。
黒髪に対して前髪のみ金色のメッシュが入っており、金色の瞳はどこか鋭さを感じ取れる。
スーツではなく、何か民族衣装にも似た服を着た男はただヒロムを見ている。
向こうもだが、ヒロムも相手のことを知っている。
「……「月翔団」団長が何の用だ?」
「え、「月翔団」って……」
「夕弦さんがいる組織だよね?」
「なんだ、お嬢さん方には教えてあるんだなぁ?」
「……悪いか?」
悪くはないなぁ、と男はヒロムに言うとユリナたちに自己紹介をした。
「初めまして、白崎蓮夜だぁ」
「あ、初めまして……って白崎って……」
ユリナは男・白崎蓮夜の名を聞いて少し頭の中を整理し、そして一つ確認した。
「……夕弦さんとはどういう関係なんですか?」
「んぁ?
アイツはオレの娘だがァ?」
「「親子!?」」
「そんなに驚くことか?」
「初耳だよ、ヒロムくん!!」
「蓮夜様に比べて夕弦様は落ち着かれてますからね」
「おいおいぃ……
それじゃオレが落ち着きねぇみたいな言い方だなぁ?」
白崎蓮夜はため息をつくとヒロムに対してただ一言告げた。
「カルラから全部聞いてる。
だからなぁ、やるならオマエらでやれよぉ?
オレら「月翔団」は何もしねぇからなぁ」
「……わかってるよ」
「……そうかぁ。
じゃあ、楽しめやぁ」
蓮夜はユリナたちに軽く一礼するとそのままどこかへと歩いていく。
ヒロムに対しての言葉の意味、どういうことなのだろうとユリナたちは不思議に思っていた。
が、その疑問を解決する前に次なる客人が来る。
「やぁ、みんな」
やって来たのは姫神飾音、ヒロムの父親だ。
チカは当然のように挨拶として一礼し、ユリナたちもそれにつられるように一礼するが、ヒロムは何もしない。
「楽しんでくれてるかな?」
「はい、飾音様。
本日はお誘いありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!!」
「……よぉ」
「相変わらずこういうのは嫌いかい?」
ヒロムの反応には慣れてるのか飾音は何か文句を言うわけでもなく、微笑んだ。
が、なぜかヒロムの態度は冷たい。
蓮夜が来た後だからなのだろうか?
チカと話していた時やユリナたちがやってきた時にはなかった冷たさがヒロムのすべてを占めていた。
「ヒロムくん……?」
さすがのユリナも異変に気づいたらしく、心配そうにヒロムを見るが、ヒロムはチカから受け取った皿をユリナに渡すと椅子から立ち上がった。
「ヒロム?」
「……忙しかったのか?」
「ああ……心配かけたね。
少し調べていたんだよ、「八神」のことをね。
こんな話ここですべきじゃないかな……」
「別にオレは気にしない」
「いや、彼女たちが楽しんでいるのに……」
知るかよ、とヒロムは冷たく言うと飾音の肩を掴むとどこかへ行こうとする。
「ヒロム様?」
「ごめん、チカ。
ユリナたちとここで待っててくれ」
「ひ、ヒロム!?」
困惑する飾音にヒロムは耳元で囁くように告げる。
「話がある、「八神」に属するバッツについてだ」