五六六話 狂気の脈流
校内放送というツールを利用したカリギュラからのメッセージ。
一方的なものではなく、ヒロムが何を話すかを見透かしたかのような内容。
どこかで内通してる人間がヒロムを見ながら話させてるのかと思うようなそのメッセージ、そのメッセージを受けた学校内は不穏な空気で包まれていた。
平穏な日々、楽しいはずの学生生活。
ヒロムのことを嫌悪して敵対心を向ける者たちにとってはヒロムが視界に入らなければそれを忘れて過ごせたのかもしれない。
だがこの校内放送を介して校内に伝わったメッセージはそんな彼ら彼女らの意識にヒロムの存在を強く焼きつけ、焼きつけられたヒロムの存在が彼ら彼女らの心の闇を増長させる。
何故なら、ヒロムの判断一つで人の命が消えるからだ。
街を襲った「竜鬼会」の一件についてはヒロムが破壊をもたらしたと考えているこの学校の生徒、そして捏造に近い報道の影響は彼ら彼女らの正常な判断を鈍らせる。
生徒の命を守るためにカリギュラに従ってしまえばヒロムは完全な悪となり、カリギュラに逆らって犠牲者が出ればヒロムは見殺しにしたとして咎められる。
カリギュラが行ったとされる今回のこの校内放送を使って迫った選択。
その二択にはどちらもヒロムにとって不利になるものでしかなく、その両方がヒロムを精神的に追い詰めるものとなっていた。
この状況にヒロムは……どう答えを出すのだろうか
***
昼休みになった。
カリギュラの校内放送の一件から今に至るまでは結局のところ通常通りに授業が進んだ。
だが、その授業中は普通とは言えなかった。
カリギュラの校内放送の標的とも言えるヒロムが教室にいるだけで空気は必要以上に悪くなり、耐えかねたヒロムは自ら教室を去ってしまった。
帰ったわけではない、ただ教室を去って屋上に逃げるようにそこに滞在していた。
そして昼休みになって彼が心配になったガイ、ソラ、イクト、シオンはヒロムの様子を見るために屋上に、そしてユリナも彼が心配になって一緒に来ていた。
ユリナと仲のいい桃園リサと高宮エリカ、そして一時期ヒロムが入り浸っていたライブハウスでバンド活動をする愛咲リナたちもいた。
が、彼ら彼女らが心配する中、問題の渦中にあるヒロムは何食わぬ顔で平然としていた。
「面倒だな。
夕方までどうやって時間潰そうか悩むんだよな」
「なら授業に出ろよ」
「いや、そういう問題じゃないだろソラ!?
授業受ける前に大将はカリギュラのヤツらに……」
「分かってるに決まってんだろ。
答えはもうすでに決まってるならいつも通りに授業出ろって話なんだよ」
「そもそも大将っていつも通りに授業出ても寝てるだけだろ?」
「……それもそうだな」
ヒロムが退屈そうにする中、ソラとイクトはヒロムが授業に出た場合の話をするが、二人の話に呆れるガイはため息をつくとヒロムに相談した。
「ヒロム、カリギュラの選択肢には選ぶ余地はない。
ヤツらに下る方を選んでもオマエが悪党になるだけ、ヤツらの誘いを断って戦闘になれば今以上の仕打ちが待ってるだけだぞ」
「どちらにせよヤツらはヒロムに選択肢を与えるつもりは無い。
自分たちの目的のためになら容赦なく攻めてくるだろうな」
ソラやイクトとは対照的にガイとシオンはヒロムの身の心配、そしてカリギュラに対しての危機感について話していく。
普段なら戦いとは縁もゆかりも無いユリナたちの前ではこう言った話をガイは避けたがるが、もはや彼女たちも放送を聞いている身だし、何よりも彼女たちは先日のリゾートの一件でカリギュラの襲撃を目の当たりにしている。
今更隠す必要も無いし、何なら彼女たちもヒロムのことを心配しているはずだ。
だからこそガイはヒロムの身とカリギュラについて話そうとし、シオンもカリギュラについて気にしてるのか同じように話を進めようとする。
そんな中でシオンは校内放送をした人物についての疑問をガイに話していく。
「あの放送、誰がやったと思う?
この学校外の人間の仕業だと思うか?」
「部外者の仕業だとして、ここまでしっかり用意がされてるのは不思議に思うな。
あの放送直後に放送室に向かったけど、誰かがいた形跡もなかったし何かを放送された形跡もなかった。
どこかから誰かが放送用のスピーカーを全てハッキングしたって考えれば部外者の仕業だと言えなくもないけど、そうなった場合この学校の設備に詳しくないと不可能だという点が解決しない」
「ここを卒業した人間の可能性は?」
「ありえなくもないが、わざわざここでヒロムに決断させる理由が説明出来なくなるんだよな。
リゾートの時にはそれらしい事を口にしていなかったカリギュラの連中が今になってこの学校内で行動を起こした理由、それも気になるんだよな」
話す中で抱く疑問、その疑問はガイの言う通りだった。
何故カリギュラはこのタイミングでヒロムに選択する余地のない選択肢を与えるような放送をしたのか、何故カリギュラはヒロムが校内にいると分かって放送したのか、そして数日前の襲撃から時が経過したこのタイミングで何故カリギュラはヒロムを追い詰めようとするのか。
数日前の襲撃の際はグラムという男がガイたちを追い詰めた上でヒロムをどうにかしようとしていた。
精神的に徐々に追い詰めるかのようなやり方、前回はそんなやり方だったのに今回は最初からヒロムの逃げ場を潰すかのような方法を取ってきた。
やり方が異なる、その点についての理由がガイは気になっていたのだが、そんな中でリサはガイに質問をした。
「ねぇ、ガイ。
もしあのカリギュラって人らを真似した模倣犯だったらどうなの?」
「模倣犯?」
「ほら、ヒロムくんを目の敵にする誰かがカリギュラって人らの名前を……」
「残念だけどその線はないよ」
「どうしてなの?」
「カリギュラってのはリゾート中のオレたちに襲撃をかけてきたヘヴンやスローネらが名乗って初めて知った名前だ。
その名前をあの場にいなかった人間が知るのはまず不可能だし、そもそもカリギュラがヒロムを狙ってるなんて話はテレビニュースどころか周りのヤツらは知るはずのない事だからだ。
校内にいる人間の全員がカリギュラについて初めて知ったはずだろうし、何より不可解なのはヒロムとヘヴンの会話を知ってるってことだ」
リサの推理について一方的に否定するのではなくその理由をしっかり補足した上で話すガイが気にする点、それは校内放送をしたカリギュラ関係者たるその人物がヒロムと戦っていたとされるヘヴンが口にしたという言葉を知っている点だ。
ガイたちが戦いの後にヒロムから聞かされた話、カリギュラがヒロムたちの邪魔をするのはそこにヒロムがいるからだという一方的な理由。
狙われる立場にあるヒロムがそこにいる、だからカリギュラや「八神」などの敵はいつも襲いかかってくる。
その話を確実に知っているのは言葉を発したヘヴンと言われたヒロム、そして後から話を聞かされたガイたち。
つまり、第三者がヘヴンの口にしたこの話を知る方法はヒロムやガイたちから聞くかヘヴンたちカリギュラがこの話を広める他に知る術はない。
情報提供元がない状況で知る方法がない、それが現状。
ましてヒロムとヘヴンの会話を知ってるとなると……
「一番考えられるのはヘヴン自身が他人になりすましてあの放送をしたってことくらいだな。
けど、今までのカリギュラのやり方からしてそんな回りくどいことを……」
「そんなのを考えても仕方がない。
すでに起きたことを気にするくらいなら、これから起きることを考えた方が楽だぞ」
ガイがカリギュラのやり方について悩む中、彼のその悩みを無駄と言わんばかりにヒロムは言うと別の話題へと話を持っていく。
「ヤツらはオレがどう決断を下すか確かめる必要がある。
校内放送を用いたのはオレをこの校内で孤立させて逃げないように仕向けるためだとすれば、夕方まで待つと言ったヤツらの中の誰かが現れるかもしれない」
「けどヒロム、ヤツらが現れるなんて確証は……」
「あの放送ではオレが逆らえば順番にここの生徒を殺すって言ったからな。
オレの答え次第ではオレの目の前でここの生徒を殺していかなきゃ意味が無い。
そのためには……ヤツらが自らここに赴いて直接行動を起こす他ない」
「仮にあの放送の内容が全て現実になるとしても、ヤツらはオマエが従ったところで虐殺を実行しない保証はないわけだろ。
オマエがどう答えてもヤツらのやることに変わりがないなら、答える意味はあるのか?」
ガイにヒロムが説明していると横からソラが自身の感じた疑問についてヒロムに話し、その上でソラはヒロムが決断する意味があるのかを彼に問う。
問われたヒロム、そのヒロムはソラが予想していないことを語り始めた。
「ヤツらはオレがどう答えようが最後にはオレを仕留めるつもりだ。
オレがどう答えてもどの道何か策を立ててると考えたら言葉だけで終わらすはずもない。
まして……クルージング船でオレが見せたっていう力を警戒しているとしたら、ヤツらは従うか従わないかを問うだけで終わるはずがない」
「ならヤツらはオマエがどう答えても始末するつもりであんな無意味な事をしたのか?」
「カリギュラ目的が本当に人類を消すことならオレが従ったところで助けの手を述べるはずもない。
それに……」
何かを言おうとしたヒロム、そのヒロムは何故かユリナたちの方に視線を向け、少し彼女たちを見つめるとガイたちに伝えた。
「ヤツらはオレの弱点をすでに把握している。
それなのに別の方向から攻めてくるのはおかしな話だ。
オレの弱点……オレの守りたいものはここにあるんだからな」
「ヒロム……」
「とにかく、ヤツらの誰が来てもオレはこの手で倒して鎧の下の素顔を晒すだけだ。
晒した上でカリギュラの全てを吐かせる、今オレがやるべきはそれだ」
夕方になれば何か動きがある、それが確かなものだと考えるヒロムはガイたちに今やるべきことを口にする。
そしてヒロムはソラに目を向けると彼にあることを訊ねた。
「ソラ、一つ確認したいんだけどさ。
オマエってオレのためなら何でも躊躇わずにやってくれるか?」
「何だ急に?」
「深い意味は無いよ」
「……程度にもよる。
まぁ、敵を倒せって言うなら容易い事だけど……」
「なら頼めそうだな。
実は……」
ソラの意志を確認したヒロム、そのヒロムはガイたちにも聞こえるようにソラにあることを頼んでいく。
その内容は話を聞くガイたちが驚くものだった……