五六五話 迫害の余興
カリギュラの介入により荒らされたリゾートはその後鬼桜葉王の出現と彼ら「一条」の計画についてが明かされたことにより思わぬ展開を迎え、その結果ヒロムたちは彼らと手を組む展開となった。
その予期せぬ出来事から数日が経過し、九月となった。
そこに到るまでは長かった。
単に色々あったと言うのは不十分すぎるほどで、そして複雑すぎる。
その一つが、ヒロムのこれまでの関係の変化だ。
リゾートからの帰還後、ヒロムのもとへと数人の大人がやってきた。
春花ミサキ、羽崎チカ、蝶羽ユカリ、雛神リアナ、波神ユウナの五人のそれぞれの両親・もしくは彼女たちの保護者となる人物がヒロムの屋敷にやって来てある事を伝えに来たのだ。
「姫神くん、これ以上娘たちを危険に晒さないでもらえるかな。
これ以上は娘の気持ちを尊重したとしても黙認できない」
「娘との婚約についてもキミが「姫神」の家から身を引くのであれば無かったことにしてもらいたい。
彼女たちを解放してもらいたい」
ヒロムが無理にそうさせていたわけではないが、大人からすればそう見えたのだろう。
大人たちの申し出にヒロムは異論を唱えることも無くその申し出を受け入れてミサキたちを……彼女たちを返そうとした。
しかし……彼女たちは黙っていなかった。
「私たちは無理やりここにいたわけじゃありません!!」
「ヒロムさんが守ってくれていたのに、そんなひどい言い方しないで!!」
これまでのヒロムを知る彼女たちは必死に大人に訴えかけたが、ヒロムはそれでも大人に異論を唱えることも無かった。
下手に何かを言うよりも大人の言い分を聞き入れるのが彼女たちのためだとヒロムは分かってたからだ。
大人たちの言葉に何も間違いはない、それなのに反論してしまえばヒロムはこれまでの全てを無に帰してしまうことも分かっている。
これまでの経験、こういう大人が介してくるような経験はないに等しかったが、あらゆることを経験してきたヒロムは教えられることも無く理解してしまっていた。
それ故にヒロムは大人の言い分に従い、彼女たちを家に帰らせ、彼自身はこの広い屋敷に一人で暮らそうとして……いたが、ここに至るまで戦いが続いたことと「姫神」の協力が無くなったこともあって真助やノアル、カズマやギンジの住居は確保されていない。
手を組むこととなった「一条」が手を貸してくれるわけでもなく、ひとまずはヒロムの屋敷に住まうことになり、彼ら「天獄」に協力してくれる情報屋のネクロが彼らの住まいに適したような住居を見つけてくれると伝えてくれた。
賑わっていた屋敷にはヒロムと仲間が数人。
広すぎる屋敷に集まっていた彼女たちの姿がないだけでこんなに虚しさが大きくなるとはヒロムも思ってはいなかった。
ユリナやリサ、エレナにユキナ、それにリナたち。
今回の件で保護者が来なかった彼女たちは親からの注意は受けたもののヒロムとのかかわりは制限させることなく、これまで通りにヒロムのもとへと足を運んで来れる。
だが、保護者が来た五人に関しては……彼女たちの意思とは関係なく保護者サイドからかかわることを控えるようにヒロムに通告されている。
もう、屋敷に姿を見せることも無いかもしれない。
チカと約束を交えた真助もヒロムのこの話を受けてから、彼女との約束を忘れようとしている。
そして、それすらも考えないようにしようとヒロムは日常に戻ろうとしたが、それすらも日常が許さなかった。
そう、未だに「竜鬼会」の一件によるヒロムへの偏った報道は無くなっていない。
おかげでヒロムは今でも外に出れば悪者扱い、出歩くこともままならない。
そして、その余波は……学校にも
「……」
九月となり二学期が始まったヒロムが登校して自分のクラスの席に向かえば、そこにはひどい落書きやゴミがばら撒かれた彼の席があった。
「犯罪者」「クズ」「人殺し」「死んでしまえ」……悪口として書けるだけの言葉が書かれている。
彼の仲間であるガイやソラ、イクトの席には何もされておらず、そして彼の後ろの席であるユリナの席にも何も無かった。
ヒロムだけが、イジメを受けてるかのような仕打ちを受けているのだ。
「ヒロムくん……」
自分の席の惨状を前に何も言わないヒロムに声をかけようとするユリナ。
そんなユリナのことなど気にすることなくソラは怒りに身を任せてヒロムの机を蹴り飛ばすと教室にいる生徒を睨んだ。
「コソコソしてねぇで直接来いよ……!!
オマエらみたいなやつがふざけやがって……!!」
「やめろ、ソラ」
怒りを抑えられないソラを宥めるようにヒロムは言うと彼が蹴り飛ばした机を元に戻し、そして荷物を持って何故か帰ろうとする。
「大将?
どこに行くのさ?」
「……帰る。
オレがここにいると気分が悪いヤツらが多いようだからな」
「いやいや大将、そんなの気にしなくても……」
「オマエらを巻き込むつもりは無いし、こんなヤツらに付き合うつもりもないからな。
帰らせてもらう」
「待てって大しょ……」
さっさと帰れよ、とヒロムを止めようとするイクトの言葉に被せるように一人の生徒が言い、その生徒はヒロムを睨みながら彼に言った。
「悪いとか思ってるなら元に戻しなさいよ。
私の弟は……オマエのせいで怪我したのに」
「……オレの家もコイツのせいで滅茶苦茶だ」
「オレの兄貴も巻き込まれた」
「私のお姉ちゃんも……」
一人が言えば吊られるように次々に不満が出てくる。
「竜鬼会」のリーダーの悪事を止めようとしたヒロムは仮にも正義であるはずなのに、これまでの偏った報道は彼ら彼女らの小さな不満を間違った方向へと導き、その結果ヒロムを憎むように仕向けている。
そしてヒロム自身、その事に文句すら言わない。
それどころか、受け入れているし、何なら彼ら彼女らの小さな不満を描き立てようとしてしまう。
「……謝って治せば気が済むのか?
オマエらの中の不満ってのはそんな安いもんなのか?」
「よせヒロム」
「……オレも守ろうと必死だった。
オマエらとは違って血を流してこの有り様だ。
それでも……変わらないんだな」
何か意味深な言葉を残して教室を出ていこうとするヒロム。
教室は居心地が悪くなるように不穏な空気が溢れようとしていた。そこが息苦しいと感じたユリナはヒロムを追うように走って追いかけようとしたが、そんな時だった。
『……聞こえていますか、全校生徒の皆さん』
教室を出ようとしたヒロムを止めるように聞こえてくる教室に設置されたスピーカーからの放送。
ヒロムの足は止まり、ユリナも止まり、そして全員がその放送に興味を向ける。
『皆さんの無意味な行動、楽しませていただきました。
何も出来ずに見てるだけで大切なものを失った皆さん、その皆さんの怒りは無駄に集められて姫神ヒロムに向けられている。
笑えますよね?』
「何、この放送……?」
『彼を信じる者がいる中で一人では何も出来ずに束になって嫌がらせをするくらいしか出来ない愚かな皆さんの愚行、これからの人生で会う人に自慢するといいでしょう!!』
「……誰なんだ、この放送を流してる野郎は?」
『私が誰か、と不思議に思ってるのかな姫神ヒロムくん』
「!?」
放送を聞く中で呟いたヒロムの言葉に反応するかのようにスピーカー越しにヒロムの名を呼ぶ放送を流す人物。
どこかでヒロムを見ているかのようにタイミングよく彼の名を呼んだ放送者にヒロムやガイたちが警戒心を強める中、放送者は驚きの言葉を発していく。
『我々カリギュラを甘く見ないでもらいたい。
「竜鬼会」の一件でキミが英雄的な活躍を見せた一方で憎しみを背負い追い詰められているのはよく理解している。
だからこそ、キミは世界を在るべき形に変えるための存在なのだ』
「カリギュラ……!!」
「ヤツらがこの学校にいるってのか?」
『姫神ヒロム、キミとキミたち仲間のことはずっと見ていた。
我々カリギュラに必要な素質を持ちしキミはそんなゴミと一緒に暮らすなんて勿体ない!!
どうせなら、この世界を変えるために見捨てるべきだ』
「ふざけたことを……!!」
『今ならキミたちの仲間と、キミが大切にしてきた彼女たちのことも救ってあげよう。
これなら、キミも協力してくれるかな?』
「……オマエらの本当の目的は何なんだ?
何のために、オレを狙う?」
放送を行う何者かに問うように言葉を発すヒロム。
本来なら相手側に聞こえるはずのないこのヒロムの言葉も、向こうにはしっかりと聞こえているらしく、ヒロムの言葉に返すように相手側は語っていく。
『ヘヴンに言われたことを忘れたのかな?
キミが狙われるのはキミがそこにいるからだ。
他でもないキミ自身がそうさせているのさ』
「あくまでオレが悪いと?」
『理由の一つとしてはそうだね。
けど、それとは別の理由がある』
「別の理由?」
『キミが人類の味方をするからだよ。
キミが滅びゆくだけが運命の人類の味方をして守ろうとするからこそ、我々カリギュラは邪魔されぬようにキミをどうにかしたいのさ。
この世界には不要な人間が多すぎる、だから選別しなきゃならないだろ?』
「まさか……」
『ここまで言えば分かるよね?
我々カリギュラは……人類を消したいのさ』
スピーカー越しに明かされるカリギュラの目的。
だがそもそもこの相手が本当にカリギュラの人間かすら怪しいし、今の話の内容すら真偽を定かにはできる要素が少ない。
要は言い方だ。
この教室の息苦しい空気の中でヒロムをその気にさせようと適当に言ってる可能性もあるし、カリギュラを利用する人物かもしれない。
とにかく、答えを出すには判断材料が無さすぎる。
それ故にヒロムは何故か話の通ずるこの放送者から話を聞き出そうとしていたが、それを……相手側は見抜いていた。
『判断材料がほしいとか思ってるなら諦めてもらおう。
キミが判断すべきは我々に協力するか否かのみ。
拒むのなら……この学校の人間を順番に殺すだけだ』
スピーカーから発せられた言葉にザワつく教室。
ヒロムの答え一つで命が奪われると知って焦っているのか他の生徒たちはヒロムを見ており、ガイやソラはこれが敵の罠である可能性を感じていた。
いや、間違いなく罠だ。精神的にヒロムが追い詰められそうになる中で迫られる選択。
ヒロムに冷静な判断をさせぬように追い詰めていくやり方、それらが彼らにそう感じさせている。
『猶予を与えよう。
本日の夕刻に私はキミに答えを聞きに行く。キミが我々に協力するかをな。
その答え次第では……我々はキミたちに罰を下す』




