五五九話 目覚めの覇王
現実世界……
眠りについていたヒロムが精神世界からこちらに戻ってきて目を覚ました。
ヒロムの記憶では精神世界で意識が戻る前は無意識下で不完全なシンギュラリティの覚醒の証たる力を使おうとした直前までしか記憶になく、目を覚ます現在地まで現実世界で何が起きてたかは分からぬ状況にある。
「……ここは?」
目を覚ましたヒロム、体を起き上がらせると体はベッドの上にあった。
戦闘しやすいように普段のジャージを着ていたはずなのに病院の入院着のような服に着替えさせられており、左腕には点滴の針が刺されていた。
その場で周囲を見渡すが、ベッドのそばの点滴と小さな冷蔵庫、ベッドのそばに小さな窓があるくらいでとくに特徴的なものはなかった。
窓の外の景色を確かめようと目を向けるが、外を見ても一面は海。
リゾートを企画してくれた「七瀬」の当主・七瀬アリサのクルージング船の中にある医務室かとヒロムは思われたが、昼間のソラの件ではこんな部屋は使っていなかった。
別の部屋と考えるべきなのだろうが、この部屋は「七瀬」のクルージング船にしてはどこか殺風景であり、リゾートとは程遠い雰囲気にあった。
怪しさを感じつつあるヒロムは念の為ベッド近くの冷蔵庫の中を確かめようと扉を開け、ヒロムが冷蔵庫の扉を開けると彼の視界には冷蔵庫に入れられたいくつかの保存食のようなものが映る。
冷蔵庫の中の保存食のようなもの、それを見たヒロムは怪しんでいた感情を確信に変えた。
今いるこの部屋、そしてこの部屋があるとされるここは「七瀬」のクルージング船ではない、とヒロムは考えた。
「……リゾート目的の船でないとしたら、ここはどこなんだ?」
ここが「七瀬」の有するクルージング船でないと考えるヒロムはその一方でここが別の乗り物だとしたらそれは何なのかについて考えていく。
窓の外の景色は海、そこからは船であることは考えられるが、これが船だとしてもその船の所有者は誰なのか?
仮に「七瀬」だとして、これほどのものを直ぐに手配できたのだろうか?
そして、何より気になるのは……戦いの行方だ。
アナザーとして現れたトゥルースの言葉を鵜呑みにするのならヒロムが無意識下で発動した力によってカリギュラたちを倒したと考えられるが、仲間たちについてはなにも聞かされていない。
ガイたちは今回の戦いでカリギュラのグラムの猛攻を受けていたし、何よりもユリナたちがどうなったのかが気になる。
眠りについていた正確な時間すらハッキリとしないヒロム。
どうにかして現状を知りたいと思っていた矢先、ヒロムがいる部屋の扉が開き、誰かが中へと入ってくる。
「……目が覚めたのか」
入ってきた人物はやって来るなり起きているヒロムを見て安心したような表情を浮かべ、ヒロムも入ってきた金髪の少年の姿を見るとどこか安心したような表情を浮かべる。
「ガイ、無事だったのか」
「まぁな。
けど、鬼桜葉王がいなかったらこうして動けなかったかもしれないけどな」
金髪の少年・雨月ガイの姿を見て安心するヒロムにガイは話をしていくが、その彼は未だ傷が残っているのか手や首に包帯を巻いていた。
無理もない、彼は自身の宿す幼子の精霊・飛天をグラムの攻撃から守ろうと庇った結果、幼子の飛天は無事で済んだものの庇ったガイは全身を負傷してしまったのだ。
ヒロムが眠りについていた間に本来は敵のはずの加勢に現れた鬼桜葉王の手による治癒を受けた彼の傷はある程度治っているらしいが、ヒロムはそんな彼の体の心配ではなく現状の方を心配してそれについて話させようとした。
「ここは「七瀬」の船の中なのか?」
「いや、この船は鬼桜葉王が「一条」に手配させた船だ。
リュクスの足取りを追う鬼桜葉王や「一条」はどういうわけかオレたちが「七瀬」とリゾートに行くことを知っていたらしく、カリギュラの出現などを危惧してか緊急用の船を用意していたらしい」
「用意のいい事だな。
ソラたちは……無事なのか?」
「外の敵を迎撃していた夕弦とカズマ、ギンジは軽傷で済んだし、グラムの攻撃を受けたソラたちもオレと同じように鬼桜葉王の治癒を受けて傷が治って今は待機してるよ」
「そうか。
その……」
「ユリナたちはオマエのことをずっと心配してたよ。
下手したら今も寝ずに起きて待ってるかもな」
ユリナたちの無事を聞こうとしたヒロムの言葉を受けるよりも先にガイはユリナたちについて簡潔に話し、それを聞いたヒロムは何故か申し訳なさそうな顔を見せる。
そのヒロムの顔を見たガイは咳払いをするなり、彼にある事を伝えた。
「今回の件は別にヒロムのせいじゃないし、ヒロム一人が背負う必要も無いよ。
元々カズマたちが警戒していたおかげで敵に気づけたわけだし、ユリナたちには怪我はなかったんだしさ」
「その反面でオマエらは傷ついた。
オレが不甲斐ないせいで……」
「その不甲斐なさも、眠ってる間に精神世界で何とか取り返そうとしたんだろ?」
ガイの口から出た言葉、彼の口から精神世界でのことを言われると思わなかったヒロムは驚いた顔を見せ、ヒロムのその顔を見たガイは何故それについて言ったのかを話した。
「ゼロが言ってたのさ。
ヒロムが目を覚まさないのは傷ついてるからじゃなくて、未知の力を発動したことで何かを感じて手掛かりを掴もうとしてるだけだってな」
「アイツ……」
「まぁ、オレたちもヒロムがそうやって前に進もうとしてくれてると分かって安心したし、オレたちはオレたちで負けてられないなって思わされたよ」
「……そうか」
ヒロムのことを信じ、そしてヒロムが眠る中でも強くなろうとすることを理解してくれているガイはヒロムに負けじと努力せねばならないという姿勢を見せ、彼のその前向きな姿勢にヒロムはどこか気持ちが安らぐ。
深い意味は無い、だがこうして仲間がそばにいて自分を見てくれていることにヒロムは安心感を覚え、この一時がかけがえのないものだと感じていたのだ。
そんな風にヒロムが感じていると、ガイは彼に対して今伝えるべき事を一から彼に伝えようと話し始めた。
「ヒロム、起きて早々で悪いんだが、冷静に話を聞いて欲しい」
「何かあったのか?」
「鬼桜葉王の仕える「一条」の目的がわかったんだ。
いや、正確には鬼桜葉王が自分からオレたちに目的の全てを明かしたんだが……「一条」は今の「十家」をオレたちに壊させたいらしいんだ。
偏った報道や正されるべき事が野放しにされたままでも何食わぬ顔で我関せずの「十家」の存在を変えるために「十家」のどの家でもいいから潰してヒロムを新たな一角の代表にするのが狙いらしい」
「オレを当主に?
ヤツらが「十家」を変えたいのなら力づくで終わらせればいいだけじゃないのか?」
「鬼桜葉王が言うには今の「十家」の存在と在り方を世間は当たり前だと思っている。
前回の「竜鬼会」の件も誤った報道をしていても「七瀬」以外の「十家」は見て見ぬふり、その報道を見た世間はヒロムを悪として追い詰め、「十家」のことをより崇拝しているのが現実」
鬼桜葉王、そして「一条」の目的。
その目的であるヒロムを新たな「十家」の一角の代表とするという話はヒロムにとっては疑問でしか無かった。
世間の認識云々はあるかもしれない、だが現状で「十家」のトップとして君臨している「一条」の当主・一条カズキの決断と行動によって「十家」を組み直すとなれば世間は当たり前のように容認して終わるはずだ。
なのに、何故かヒロムを関与させ、さらには新しい形となった「十家」の一角の代表として立たせたいらしい。
「一条カズキや鬼桜葉王の行動からして何か企んでるとは思ったし、姫神愛華があの男に頼った理由も謎のままだったからかもしれないけどよ……結局のところ、オレたちがヤツらの手のひらの上で踊らされてたのは事実だろ?」
「そこは……事実だな。
話を聞くかぎりじゃ「一条」としてはシンギュラリティに到達したヒロムが覚醒して力を得るのが目的だったらしいし、鬼桜葉王が言うには正直なところオレたちがシンギュラリティに到達してもしなくても関係ないんだとよ。
オレたちが到達してシンギュラリティの能力者になっても「一条」には利益がないらしいし、実際の利益としてはシンギュラリティの加速でヒロムのシンギュラリティの到達と覚醒が加速されるってとこらしい」
「……要するにアイツらはオレが不完全なままじゃ計画に支障が出るから覚醒させたいがためにシンギュラリティの能力者のことを話してオレたちをその気にさせて、オレがシンギュラリティの覚醒に達したらそれで良かったってことなんだろ?
小難しい言い方して「十家」がどうとか言ってるようだけど、結局はオレが覚醒してアイツらの計画に必要な鍵となればよかったってわけだ」
「まぁ、そんな感じだったな」
気に食わねぇな、とヒロムは吐き捨てるように言うと腕に刺された点滴の針を引き抜き、ベッドの上から下りると入院着を脱ぎ捨てようとする。
「まだ安静にしてないと……」
「オレがいない間に面倒な話をされたんだろ。
なら目を覚ましたオレが直接会って話を聞いてスッキリさせるのが手っ取り早い」
安静にすべきだとガイは彼を止めようとするが、「一条」の目的についてある程度聞かされたヒロムは落ち着いてられないのか入院着を脱ぎ捨て、ベッド近くを探してジャージを見つけるとそれに着替えて部屋を出ようとする。
ジャージに着替えるなり部屋を出ようとするヒロム、まだ安静にすべきだと思うガイは彼を何とか止めようと考えるが、そんなガイの思いを理解しているヒロムは彼を見るなり伝えた。
「どうせアイツから話を聞くだけだ。
穏便に済ませるつもりだし、オマエが気にするようなことはしねぇよ」
「けどまだ体は……」
「心配ない。
派手に動かなきゃいいんだからな」
それに、とヒロムは話す中でガイから視線を外すと彼に背を向けながら部屋を出ようとする中で言った。
「今は少しでもオマエらの負担を減らしたいし、さっさとやることやってユリナたちに顔を見せに行きたいんだよ。
アイツの話聞かねぇと会いに行きたくても安心して会えないからな」
「ヒロム、オマエ……」
「ユリナたちに今会って心配かけたこと謝ったところで葉王の話がまだならどの道安心させられない。
ユリナたちのためにもオレのためにもハッキリさせたいだけだ」
ガイに自身の思いを伝えたヒロムは部屋を出ようと扉を開け、扉を開けるとガイとともに部屋を出て葉王が待つであろう場所へと向かって歩を進める。




