五五話 来訪
ヒロムの屋敷。
その屋敷の屋根の上にシズカとテミスがいた。
別に何の意味もなくそこにいるのではない。
屋敷に対して奇襲をかけてくる敵がいないわけではない。
彼女たちはそれに備えて、見張り番をしているのだ。
「……さすがに何もないわね」
テミスは辺りを見渡すとシズカに伝える。
そうね、とシズカは答えながらも異変がないか見渡していた。
見張り番として何もないことは喜ばしいことだが、それでも彼女は安心できないらしい。
「何かあるかもしれない……」
「そうは言ってもこの数時間の間に人の出入りもなければ周辺を通る人も何もする気配はないわよ?」
「だからこそよ。
あの「八神」と、それに仕えるバッツが私たちにバレるような手を使うと思う?」
「それは否定出来ないわ。
でも、それは逆に言うなら私たちが警戒しすぎて手を出さないだけかもしれないわ」
テミスの言葉、それが確かなものであるのは事実。
こちらが警戒するように敵も警戒しているのならば、敵はこちらのスキを突いてくるに違いない。
となれば、変に警戒しすぎるのは後手に回される可能性が大きい。
「……そうね。
あなたの言う通り、気を張りすぎたのかも」
テミスの言葉に納得したのか、シズカは一息つくと、警戒心を解いた。
「今朝のことで少し大袈裟になりすぎてたわ」
「大丈夫よ、シズカ。
それくらいしてこそあなたらし……」
テミスが最後まで言葉を発するより先に、屋敷の門の前に一台の黒い車が停まる。
二人ともその車に対して警戒心を露わにするが、車から人が降りてくると、その人物を見るなり二人は警戒心を解いた。
それどころかテミスはため息をついていた。
「まさかマスターへのお客だったなんて……
マスターは知ってるのかしら、あの方が来るのを」
「それらしいことを言ってないってことは知らないんじゃないかしら?
とにかく、私はマスターに報告します。
テミスは来客の対応をお願いします」
わかったわ、とテミスはそのまま門の方へと飛んでいき、シズカは音もなく消える。
***
「お待たせ」
ユリナはヒロムたちの昼食をつくり、リサとエリカに手伝ってもらいテーブルへと運んでいた。
ヒロムもアイリスとともに席に着いており、ユリナはヒロムの前に料理を運んだ。
「今日はトマトとバジルの冷製パスタだよ」
今日の昼食について説明するユリナの話を聞く一方で短時間で作ったとは思えないほどの目の前の料理を見るなりヒロムは思ったことをハッキリと言った。
「相変わらず、料理だけはすごいな……」
「マスター、失礼ですよ?」
アイリスはヒロムの言葉について指摘しようとしたが、ヒロムはそれについて自ら言及した。
「よく考えろって。
ユリナは五十メートル走っただけで息切れるくらい体力ないし、勉強も下から数えた方が早いくらいの順位だ。
そうなったら「だけ」をつけないとかわいそうだろ?」
「私としては「だけ」をつけるマスターがひどく思えますが……」
大丈夫だよ、とユリナはヒロムの言葉に対して何も思わないと言いたげな笑顔でアイリスに言うと、続けてヒロムに言った。
「ヒロムくんみたいに何でも出来るわけじゃないから出来ることを頑張りたいの」
「そっか……」
「とりあえず、夜は焼き魚でいい?」
ユリナは屈託のない明るい笑顔で尋ねた。
が、
ちょっと待て、とヒロムは慌てて立ち上がるとユリナに訂正するように促す。
「早まるな、考え直せ。
あんな危険物を作ろうとするな」
ヒロムは何とかしてユリナが魚料理を作るのを阻止しようとしている。
それも当然、彼は焼き魚や煮魚などの魚料理が嫌いなのだ。
苦手ではなく、心底嫌いなのだ。
だからこそここまで嫌な反応をするのだ。
「だってヒロムくん魚嫌いだけど、栄養のこと考えると食べておかないと……」
「だからってあんな悪臭放つのを食わそうという考えを持つなよ」
「だって私料理ぐらいしか出来ないもん……」
ヒロムの言葉を多少なりとも気にしているらしく、ユリナは頬を膨らませながらヒロムを見つめる。
何か求めている、それはヒロムにでもわかる。
ただ、それが何かを考えなければならない。
「えっと……」
「む〜……」
「リサ、なんでユリナは……」
「知りませーん」
「……エリカでいい。
なんで……」
「自分で考えるのも大事だよ?」
いつも自分に対して甘えてくるリサとエリカ、何かあればこれでもかと協力的な姿勢でいてくれる二人が理由を教えてくれない。
どうやら、ヒロムは何かまずいことに気づいていないらしい。
この場で助けを求めれるのはもうあと一人しかいない。
「……アイリス、助けてくれ」
「マスターが余計なこと言うからですよ?
謝ってください」
「はぁ……ごめん」
心がこもってないと言ってもいいような軽い謝罪だが、ヒロムのそれを聞いたユリナの顔には笑顔が戻った。
「じゃあ夜は何にするか考えておくね」
「……魚でないことを祈るよ」
ユリナの笑顔の裏に何も無いことを祈りながらヒロムは昼食の冷製パスタに手をつけようとした。
が、そのタイミングでシズカが音もなく背後に現れる。
「マスター、ご報告します」
「ああ?」
「愛華様が来られました」
「そうか……はあ!?」
一度納得したような返事をしたヒロムだが、シズカの言葉からある人物の名があると気づいたとき、驚きの声を上げてしまう。
「どうかしたの?」
リサはヒロムがなぜ驚いてるのか気になるようで、ヒロムの隣に座ると教えてほしそうに見つめる。
さらにエリカもヒロムの隣に座ると愛華様というのが誰なのか質問した。
二人とも先ほどまでとは打って変わってヒロムに近づき、下手すれば抱きつきそうな距離感だ。
せっかく笑顔が戻ったユリナだが、リサとエリカの行動に少し顔色が……
「その愛華様って誰?
女の人みたいだけど……」
「オレの家族だよ。
つうか、なんでここに……」
「愛華様の誕生日パーティーのことでは?
マスターが参加されるか聞きに来たのでは……」
アイリスの口から出たパーティーという単語。
ヒロムは言うなと言わんばかりの顔をし、視線でそれを訴えるが時すでに遅し。
パーティーと聞いたユリナたち三人は何のことなのかヒロムに説明を求めた。
「パーティーって?」
「愛華様がもうすぐ誕生日なので、「姫神」の家でパーティーを行うんです」
「……説明始めやがった」
「す、すみません。
ですが言ってしまった以上、もう知ってもらった方が……」
ヒロムに謝罪するアイリスだが、ヒロムも愛華様という人物が来ていると聞いた時点でいずれ話さなければならないことだとはわかっていた。
「……はぁ。
面倒だな」
「どんな人なの?」
ヒロムの顔色を伺いながら確認するようにユリナは訊いてみるが、ヒロムはどこか嫌そうな顔をしており、答えるのも嫌そうだった。
それでも気になるようユリナは恐る恐るではあるが、その理由について質問した。
「どんな人か教えてくれないの?」
「……いい人だよ」
「でも嫌なの?」
「……まぁ、な」
お連れしました、とテミスが部屋に入ってくるとヒロムはため息をつき、そして頭を抱える。
「どうせパーティーのことだろうな……」
「アニキ!!」
テミスが開けた扉から来たのは赤い髪の少年。
どこか幼さが残るその少年は目を輝かせながらヒロムのもとへと走ってくる。
「アニキ、久しぶり!!」
「よぉ……」
少年の元気そのもののその笑顔とは裏腹にヒロムは不機嫌さを全面に出していた。
が、それを気にすることなく少年は話し始めた。
「久しぶりに会えてうれしいぜ!!」
「なんでオマエが?」
「この人が……愛華様?」
んなわけあるか、とリサの冗談に強いツッコミを入れたヒロムは少年について簡単に説明した。
「コイツは愛染真斗。
オヤジの弟子で、オレとは……従兄弟だ」
「従兄弟!?」
ユリナたちは少年・愛染真斗とヒロムを交互に見るとそれはないと言いたそうな顔でヒロムを見た。
三人の反応に呆れるヒロムはため息をつくと説明をした。
「真斗は父方の姓である「愛染」を名乗っているが、本名は姫神真斗、オレの……」
「私の姉の蓮華の息子なんです」
すると入口の方から床につくのではないかというくらい長い黒髪の女性が現れる。
げっ、とヒロムはその女性を見ると気まずそうに目をそらす。
もしかして……
ユリナはヒロムの反応からすべて理解し、確認するように目の前の女性に尋ねた。
「あなたが愛華様ですか?」
「はい、姫神愛華……ヒロムさんのお母さんです」
「へぇー……って」
「「「お母さん!?」」」




