五四五話 ソウル・エンター
精神世界、その先にあるとされる世界・精神の深層。
精神世界の先にあるその世界、ヒロムはこれまで何度も訪れているが今回のようなケースは初めてだ。
何せ、敵か味方かハッキリしないアナザーの一人とともに来ているのだから。
そのせいか、ヒロムは少し不思議な感覚を覚えていた。
アナザーの用意した道を走るヒロム、怪しさしかないアナザーのことを少しだが信用しつつあるように思えたのだ。
欠片ほどの信用だ。だがそれでもヒロムはアナザーのことを信用しつつあるように思えたのだ。
いや、そう思うしか無かった。アナザーが用意した道を走っている今、疑っているのならこんな道を走ることなどないのだからそうに決まっている。
アナザーに対しての自身の中での思いが変わりつつある、それをヒロムは微かに感じていた。
だがそれでもヒロムの中にある疑問は解決しない。
その疑問はシンギュラリティの覚醒やフレイたちの状況など今に関してでは無い。
過去の……数日前に起きたある事件についてだ。
事件、などと言えるようなことでは無いが、ヒロムにとっては霊装やゼロの出現という想定していない事が多く起きたのだからそう言っても過言ではない。
その件が関与している疑問についてヒロムは走りながらアナザーに訊ねた。
「アナザー、オマエのことを信用する上で確かめなゃならないことがある。
それについて答えてくれるよな?」
『答えられることなら、ね』
「……オレがゼロを宿して真理に到達したきっかけとなったクロム、アイツはオマエらアナザーの一人じゃないのか?」
ヒロムの口から出たクロムの名。
ヒロムの心の闇を自称し、その裏でヒロムの精霊とその力、そして仲間であるガイたちの力をも取り込んでヒロムに成り代わって全てを支配しようと企んでいた偽りの人格。
偽りの人格、とヒロムたちは呼んでいたがゲンムや今ヒロムといるアナザーの存在がヒロムたちの中でのクロムの存在を見直させていた。
クロムの容姿もアナザーと同じようにヒロムにそっくりだった。
アナザーの瞳の色がヒロムと異なるようにクロムも髪の色などが違った。
本物のヒロムと差別化されるようにアナザーやクロムは一部分を変えている。
容姿、外観の一部分の変更、クロムとアナザーではその点が似ている。
「オレたちはクロムはオレの中で起きた精神崩壊に合わせて現れた偽りの人格だと認識していた。
けど、オマエらアナザーの出現がその可能性はないと判断させようとしている。
オレとそっくりな容姿、オレと見分けをつけるかのように特徴を変えている……オマエらとクロムのやってることは同じだ」
『クロムが我々アナザーの一人ではないか、と?』
「オマエはオレたちにアナザーとはどういう存在かを教えたし、真理の到達が不十分ってことも話していた。
けどな、肝心のクロムのことはハッキリと語ってないよな?
クロムのことを虚構と言っただけで、それ以上は何も触れようとしなかった」
『逆に触れるほどの関わりがないと思わなかったのかい?
我々アナザーとクロムは……』
「オマエはゲンムのことを「我」の方と言う呼び方をしてアナザーの一人であることを強調するかのような言い方をした。
対してクロムは虚構の一言、それ以上語ることを避けるような口振りだった」
『考えすぎでは?』
「どうかな?
オマエらアナザーが本当にオレを導くって言うならクロムの存在についてはもう少し触れても不自然じゃない。
何せ、あの場にはオレの精神世界へと訪れていたソラたちもいたんだからな」
クロムという疑問にアナザーは考えられる可能性、そしてヒロムの考え過ぎについて口にするが、アナザーの言葉に対して次々にヒロムは言い返してアナザーにクロムの事を語らせようとする。
ハッキリさせなければならない。
アナザーが本当にヒロムや精霊を導くために現れたのならヒロムの抱く疑問であるクロムの謎について答えなければ導くためというアナザーの言葉に信用性が無くなり、それどころか今少しだが信用しつつあるヒロムの心境は簡単に一転してしまう。
「答えろよ、アナザー。
クロムのこと、詳しく話してもらおうか」
『……いいだろう。
深層まではまだ時間があるから、時間潰しの代わりに話すよ』
ヒロムに問い詰められるような形に嫌気がさしたのかアナザーはクロムについて話そうとし、精神の深層に向かう最中、アナザーはヒロムの前に現れて彼の邪魔をしたアナザーのことを話していく。
『キミの考えている通り、クロムは我々アナザーの一人だ。
ただし、アナザーの一人になるはずの存在だったのさ』
「なるはずの存在だった……?」
『正確に言うなら我々アナザーはキミがこの世に生命を宿し、命を肉体に宿した際にの奥底に生まれる存在、それがアナザーだ。
我々アナザーは良くも悪くもその者の心の中で存在し、存在する中で可能性を見届ける義務があった』
「それがオレやフレイたちを導くってことなのか?」
『そうだ。
キミは生まれると同時に四十という精霊を宿し、多くを宿した結果としてまだ自我が強く確立されていないキミの心は崩壊しようとした』
「それを防ごうとするために二十九人の精霊はオレの精神世界と深層にそれぞれ封印されたってわけだな?」
確認するようにアナザーに聞くヒロム、そのヒロムの言葉にアナザーは頷くと彼に言った。
『そう、キミに万が一のことがあってはならないと判断した精霊はそれぞれの存在についての記憶やその存在についてを秘匿するように封印し、その結果で姫神ヒロムという精神の崩壊は免れたが、彼女たちの思惑から大きく外れた想定外のことが起きてしまった』
「記憶の矛盾、だな?」
『そうだ。
彼女たちは封印が解かれるまでは互いに記憶から名前やその存在すら忘却されるように封印を施したはずだったが、キミの急激な成長と順に開放される封印の副作用が記憶を混濁させたのだ』
アナザーの言う記憶の混濁、それにはヒロムも覚えがあった。
真助と戦った後に精神世界に訪れた際に出会ったセラのことをヒロムは知らなかったのに、フレイは知っていたし、セラは何故か彼女だけが知ってるのもおかしなことでは無いような言い方をした。
それだけではない。守護の精霊や闇を宿した精霊、さらには本当の名を隠して仮の名で試練を与えてきた精霊。
今思い返せばどう考えてもおかしな点が多すぎる。
アナザーはその全てが精霊たちの封印にあると言うのだ。
「精霊の記憶やらの矛盾についてはよく分かった。
だが肝心のクロムのことはハッキリしてないぞ」
『慌てないでくれ、ここから話していく。
封印を施した二十九の精霊によって精神の崩壊は免れたが、その時の我々も言うならアナザーとして存在を得たばかりであり、不完全な面もあった。
そんな中でキミの前にクロムと名乗って現れたアナザーの一人の個体が不要な感情を抱いてしまったのだ』
「不要な感情……」
『クロムは……「僕」と名乗るはずだったヤツはキミの精神の崩壊を目の当たりにしたことで自分が優れているという勘違いを引き起こし、そして自分が支配しようと考えたんだ。
我々アナザーはヤツを消そうと試みたが時同じくして生まれた存在、故に力は同等だったがために消すことは不可能だった』
「だからオレの精神の崩壊を阻止すべく封印を施した精霊の手を借りたのか?」
『そうだ。
消すことは不可能と判断した我々は精霊の封印とともに奥底に沈ませ、いつの日か封印が解かれて現れれば消すことにした……が、その封印の中でクロムは八人の精霊を取り込んでしまい、そのせいで我々の手の出せない新たな人格となってしまった。
本来あるはずの無い人格へとなったヤツを我々は虚構と呼び、ヤツはヤツでゼロの名を借りてキミの力を高めた後、クロムと名乗って乗っ取ろうとした』
「オレの中で生まれたオマエらの中から異物が生まれ、その異物がオレを支配しようと企んでいたってか。
虚構云々差し引いてもなんの面白みもない展開だな」
『結果としてクロムの存在はキミとゼロを結びつけ、そして真理に到達させたわけだが、到達した形が形なせいでキミは不完全な到達になってしまったのさ』
「不完全、ね。
どの道オマエらアナザーが干渉してきたならそほ不完全なものも修正されるんだろ?」
『少し違うね』
ヒロムの言葉に対してアナザーは一言呟くと立ち止まり、アナザーが立ち止まるとヒロムも思わず止まってしまう。
何かおかしなことを言ったのだろうか?
ヒロムの中で自身の発言の中に問題があったのか考えようとするが、アナザーはそんなヒロムの心を読んだかのように彼に告げる。
『修正というのは少し違う。
キミの成長と変化はもはや確立され、覆しようのない結果として今の形になっている。
我々に出来ることはここから先に起こるであろうことに対しての対策を取ることとキミの行く末を見定めることだけ。
キミがどう考えようと我々のこれからの行いでキミのこれまでが書き換わるようなことはないんだ』
「ならオマエらは今のオレがこれから向かうであろう道筋を見極めるだけってことか?」
『平たく言えばそうだ。
そして今回引き起こされようとしている天醒はまさにそれに該当する。
これからの姫神ヒロムという我々の王の行く末が左右される、そう言っても過言ではないのさ』
「そうか」
アナザーの言葉にヒロムはただ一言返すとふたたび走り出そうとし、走り出そうとする中でヒロムはアナザーに対して伝えた。
「レディアント・ロードの力ってのはよく分からねぇし、それを手に入れたとしてオレがどうなるのかは分からねぇし、下手したらオマエらも分からねぇんだろ。
そんな曖昧な未来なら、オレはオレの手で変える。
今までどんなことも乗り越えてきたオレたちの力なら未来への道筋の一つや二つ書き換えるくらい簡単だろうからな」
『完全な覚醒に到る自信があるのかい?』
「自信がなくてもやる。
今のオレに残された道はそれだけだ」
アナザーに対して言うとヒロムは先に進むべく走っていき、走っていくヒロムの背中を見るとアナザーは彼に対してある思いを抱く。
『……姫神ヒロム。
キミの言う通りかもしれない。
どうやら我々アナザーはキミのことを勘違いしているようだ。
レディアント・ロード、覚醒の証たるその力を持たずともキミの心は強い。
その心の強さなら、キミは……』
最後まで言葉を発さずにアナザーは動き出し、そしてヒロムの後を追って走っていく。
アナザー、彼の真意は……