五四三話 アナザー・エンカウント
鬼桜葉王がガイたちに自分の目的、「一条」の計画を話しているその頃……
姫神ヒロムの精神世界
ヒロムはそこにいた。
白銀の城が一際目立つこの精神世界、ヒロムはその城の城門の前に立っていたのだ。
「いつの間にここに……?」
(グラムって野郎がアイツらを殺そうとして、その時に自分の中から何かが溢れてきて、それから……)
ここに来るまでのことを一通り振り返ろうとするヒロム。
だが妙なことに記憶がないのだ。
カリギュラのグラム、敵の出現と仲間が危機に瀕する状況は記憶にあるのだが、そこからこの精神世界へと訪れるまでの間の記憶がないのだ。
抜け落ちたのか、それとも……
とにかくヒロムにはここに到る経緯とその記憶がない。
「思い出せないとかじゃないな。
まるで最初からなかったように……」
悩むヒロム、悩む中でヒロムはふとあることに気づく。
「そういえばフレイたちは?」
いつもなら精神世界へと赴けば呼ばなくても頼まなくても出迎えてくれる彼女たちの姿がない。
それどころか気配も感じられない。
「アイツら、一体どこに……」
『その前に話をしようか』
ヒロムが自分の宿す精霊、ここにいるはずのフレイたちを探そうとしていると突然彼の前に光が集まっていく。
集まった光は人の形を成していき、そしてそれは実体を得ると姿を変えていく。
ヒロムそっくりの容姿、唯一の違いとも言える緑色の瞳の少年。
その少年をヒロムは知っている。
「アナザー……!!」
『やぁ、久しぶりだ。
とはいっても、外の世界では半日も経ってないのかな?』
「何の用だ?
オマエと話すことは無いし、オレは今フレイたちを探さなきゃならないんだよ」
『何のためにだい?』
「あ?」
フレイたちを探すという目的はあっても目の前の少年・アナザーと話す気は無いことを口にするとヒロムは彼の前から去ろうとするが、アナザーはそんなヒロムに問う。
『何のために探すのか、教えてもらえるかな?
彼女たち精霊を探すためにここにわざわざ足を運んだのかい?』
「どういう意味だ?」
『なら言い直そう。
何故キミはここにいる?』
「……オマエ、何か知ってるのか?」
アナザーの言い方から何かを察するヒロム、そのヒロムはアナザーを警戒するように睨んでいるが、睨まれるアナザーはそんなこと気にすることも無くヒロムと話をしようとする。
敵である可能性があるが故に警戒するヒロムと対局的に彼との距離を縮めようと考えてるようなアナザー。
そんなアナザーの態度に呆れてかヒロムはため息をつくと彼を睨むのをやめて彼に訊ねた。
「フレイたちはどこにいる?」
『警戒してなくていいのかい?
キミは……オレを嫌ってるだろ』
「嫌いだ、大嫌いだ。
けどな、オレの今を知るのはオマエだけだし、オレ自身もここにどういう理由で来たのか記憶にない。
オレと精霊を導くために存在すると謳ってたオマエがわざわざ現れた理由を冷静に考えた結果がこれだ。
今回の件……オレが記憶もなしにここに来た理由についてオマエは知ってるんだろ?」
『もちろん。
キミが悩んでるようだったから教えに来たんだからね』
「……なら質問に答えてもらおうか。
フレイたちはどこにいる?」
『彼女たちは無事だが、今は疲れを癒すべく休んでいるよ』
「疲れ?」
アナザーから話を聞こうとするヒロムだったが、そのアナザーが口にした言葉に耳を疑った。
アナザーが言うにはフレイたちは疲れを癒すべく休んでいるらしい。
が、何故彼女たちは疲れを抱き、休まなければならなくなったのか?
フレイたちの居場所を聞き出そうとしたヒロムだったが、アナザーの言葉を聞くと余計な疑問を抱いてしまった。
「どういう意味だ?
なんでアイツらが疲れを?」
『ああ、安心してくれ。
別にキミが普段からコキ使ってるからとかキミの無茶ぶりに付き合わされてたからとかそんな理由じゃないからね』
「……なら余計な言葉を並べるな。
単刀直入に本題を述べてくれ」
『ここで目を覚ます前……つまり外での記憶はどこまで覚えてる?』
ヒロムに問うようにアナザーは言うが、アナザーの問いの意味がヒロムには分からなかった。
目を覚ます前の精神世界の外での記憶について訊ねてきたのだ。
精神世界の話をしようとしているのに、何故かその外の世界でもある現実世界のことをアナザーは聞こうとしている。
「何の関係がある?」
『大アリなんだけどね、これは。
オレの知ってる限りではキミはカリギュラのグラムという男が現れ、現れたその男が仲間を次々に倒していくところまでは覚えているんだろ?』
「……把握してるならいちいち質問するな」
『キミの口から聞きたかったのさ。
この件に関するキミの興味の度合いを知りたかったからさ』
「……そうかよ。
とりあえず教えてくれ」
『まぁ、いいよ。
キミのお仲間が倒されて全てが危機に瀕した時、キミは何も出来ぬ自分に不甲斐なさを感じ、そしてあの時の状況に少しだが絶望感を抱いてしまった。
敵を倒して仲間を守りたい、キミは故意なのか無意識かなのかは分からないがそう心に抱き、その強い感情が……キミのシンギュラリティを加速させ、一時的に覚醒させたのさ』
「シンギュラリティの加速?
待て、前の葉王との戦いの時もシンギュラリティの加速は起きてたけどオレは……」
『あの時とは状況が違った。
紅月シオン、黒川イクト、相馬ソラ、鬼桜葉王、そして今回の戦いでシンギュラリティに到達した東雲ノアルと鬼月真助、さらには独自の成長を遂げたゼロ。
キミ以外にあの場にはシンギュラリティの能力者が七人もいた。
同じ場所に七人もだ』
「前の葉王との戦いの時とは違ってるってか」
『それだけではないよ。
今回の戦いでは勝利に傾きつつあった戦局をグラムという一人の男が覆していた。
あの圧倒的な強さを前にしてキミはかつてないほどの危機感と仲間を守りたいという思いを強く抱き、その思いと七人があの場にいたことによる急激な感応現象によって加速が強く引き起こされ、起こされたシンギュラリティの加速がキミの限界を大きく超える形で覚醒させた』
「それでどうなった?」
『キミは一時的に到達したのさ。
レディアント・ロードの力にね』
「レディアント・ロード?」
アナザーの口から発せられた言葉、「レディアント・ロード」。
その言葉が何を意味するのか分からないヒロムは聞き返すようにアナザーに言い、ヒロムの反応からアナザーはそれについて詳しく話そうとする。
『レディアント・ロードとはキミがシンギュラリティの能力者として完全覚醒した際にその身に宿すキミの本来の力だ。
その力は……あらゆる能力者の能力を凌駕し、誰もが手出し出来ぬ万に至る数の未来を掴み取り己の意思で未来を確定する』
「己の意思で未来を確定するって……そんなの未来を好きに書き換えられるってことなのか?」
『結論を述べるなら、ね。
詳細を話せば長くなるが……キミとしてはレディアント・ロードの力よりも彼女たちの居場所の方が気になるだろ?』
「……そうだな」
アナザーの言う通り、ヒロムはフレイたちが今どこにいるのかの方が気になっている。
ここに来るまでの記憶がないこと、そしてシンギュラリティの加速については知りたいことではあるが今はそれよりもフレイたちがどこで疲れを癒すべく休んでいるのかを知りたかった。
「フレイたちは今どこにいる?」
『精神の深層の中にいる。
彼女たちはキミのシンギュラリティの加速によってそこに導かれ、そしてそこでレディアント・ロードの力をキミに渡すべく無意識下でキミと強く繋がっていたんだ』
「シンギュラリティの加速でオレたちが繋がってた……?」
『正確には精霊の使役という能力のみのキミにこれまで以上の力を与えるにはそうするしか無かったらしい。
それがシンギュラリティの加速が出した答えであり、精霊たちはそのために自らも知らぬうちに強く繋がったようだ。
身に纏う「クロス・リンク」やキミの霊装と繋がることで共有する力とは異なる異常な強さのね』
「……本当に無意識下でアイツらがやったのか?」
アナザーの話を聞くヒロムは突然アナザーに問う。
「オマエはオレに言ったな。
オレはゼロと深層に向かったことでシンギュラリティに到達したが、そのせいで不完全だってな。
精神の深層へとオレ一人で来いとオマエは言ってたけど……今もオマエはフレイたちを利用して向かわせようとしてるんじゃないよな?」
『今回はそれは関係ない。
むしろ……オレはキミに全てを教えて表に戻ってもらいたいのさ』
「表に?
どういうことだ?」
『今のキミの体はあのイヴナントという機械兵器の影響で鬼桜葉王の因果律を操る能力や他の治癒術を受け付けなくなってしまっている。
それどころか不完全とはいえ覚醒の証たるレディアント・ロードの力を使った反動で深く眠りについてる状態だ。
それ故にキミは今のままでは戻れないのさ』
「それと精神の深層へと向かうことに何の関係がある?」
『重要なことだ。
まず一つはキミが無意識下で発動してしまったレディアント・ロードの力を理解し、本格的に使うその時のために備える必要がある。
そのためには精霊の力が不可欠だ』
「なるほど、要は外でオレが何をしたのか知るために手っ取り早い方法が精神の深層に行くってことなんだな?」
その通りだ、とアナザーはヒロムの言葉に対して答えると次の理由を彼に話した。
『ゲンムとの戦いの中で精霊・テミスが天醒したのは覚えてるね?
実は……我々としても想定していない事態が起きようとしているんだ』
「想定していない事態?」
『詳しくは精神の深層に向かう途中で話すが、簡単に言えばレディアント・ロードの力が表で発動した影響で精霊の何体かが天醒しようとする危険性がある』
アナザーが話す内容、それを聞いたヒロムは違和感を感じていた。
アナザーはヒロムに対して天醒とは本来の力に達しているヒロムの精霊が天の字名へと到る可能性を秘めた上でその域に達した際に起こる奇跡だと言っていた。
その奇跡とも言える天醒が起こることをアナザーは危険だと言うのだ。
「どういうことだ?
さっきは天醒のことを丁寧に教えたくせに今度は天醒を防ぎたいかのような言い方じゃねぇか。
まさかだが、オマエらアナザーはオレたちが強くなるのを止めたいのか?」
『逆だよ、我らの世界の王。
我々は……キミたちの力の崩壊を止めるために天醒を阻止したいんだ』