五三四話 ガゥガゥ!!
「……何!?」
変化を遂げた輝きがノアルの前で形を得て現れたその時、ノアルは想像を超えたそれの姿に驚きを隠せなかった。
「ど、どういう事だ……!?」
ノアルの前に現れたもの……それを見て驚きを隠せなかったのは彼だけではない。
負傷して援護することに専念しているヒロムと彼の精霊であるテミスも同じように驚いていた。
「ま、マスター……あれは?」
「よ、よく分からない……。
あんな形で現れるなんて思わなねぇし……」
「というより……あれは何なんですか?
その、見たまんまだと……」
「真助と同じように現れたからそう思ってるだけなんだが……あれは……精霊なのか……?」
ヒロムとテミスが驚く中で戸惑いを隠せぬ瞳で見るもの……ノアルの前に現れた輝きが形を得て現れたそれの正体が何かに頭を悩ませていた。
何故なら、ノアルの目の前に現れたそれは……大きな卵だったのだ。
灰色の卵、大きなその卵が動く気配はなく、ノアルはただただ戸惑っていた。
「こ、これどうしたらいいんだ……?」
戸惑うノアルは精霊について詳しいヒロムの方に視線を向けるが、視線を向けられたヒロムは条件反射なのか首を横に振って分からないことを全力で伝えようとしていた。
首を全力で横に振って伝えようとするヒロムのその動作から全てを察したノアルはどうすべきか戸惑いながらもとにかく何とかしようと現れた卵に触れようとする。
「……」
割らぬように恐る恐る、そして不用意に力を使わぬように「魔人」の力を一度解いて元の姿に戻るノアル。
恐る恐る両手で、殻を割らぬようにゆっくりと触れようとするノアル……だったが、彼の指が殻に触れると途端に殻にヒビが入っていく。
「嘘だろ!?」
力を入れぬように細心の注意を払って触れたにも関わらず殻にヒビが入ったことに驚くノアルだが、ノアルの反応など構うことも無く全体にヒビを入れていき、そして……
「ガゥ〜」
卵の殻が割れ、中から可愛らしい生き物が顔を出す。
恐竜のようなドラゴンのようなどちらかハッキリはせずとも竜種の赤子だと分かる幼く黒いその生き物は青くつぶらな瞳を持っており、足に比べると大きな手には可愛らしい爪が三本生えていた。
可愛らしく鳴く竜種の赤子の口には小さな牙しかなく、可愛らしい小さな尻尾を振っていた。
「ガゥ〜?
ガゥ?」
竜種の赤子は何やら辺りをキョロキョロ見渡し、そして何故か不安そうに鳴いている。
「ガゥ〜……ガゥ〜……」
何かを呼ぶかのように不安そうに鳴く竜種の赤子。
ノアルは不安そうに鳴くこの赤子が心配になったのか歩み寄ると手を伸ばそうとする。
すると……
「ガゥ〜!!」
ノアルが手を伸ばそうとした時、竜種の赤子はノアルを見るなり不安そうに鳴いていたのから一転して嬉しそうに鳴くとノアルの方へとテクテク駆け寄って彼の足に抱きついたのだ。
ノアルの足に抱きついた竜種の赤子は安心した様子でどこか嬉しそうにノアルの足に頬ずりし、その様子からノアルは何かを感じ取った。
「あの卵はオレの力が発した輝きから生まれ、この子はその卵から産まれた。
だとしたらこの子はオレを親と思ってるのか……?」
(精霊と宿した人間の主従ではなく一種の親子の関係性のようにこの子はオレを……)
ノアルは竜種の赤子の頭を優しく撫でると抱き上げ、抱き上げられた竜種の赤子が不思議そうにノアルを見つめる中で話しかけた。
「名前はあるのか?」
「ガゥ?」
「名前だよ、名前。
言葉が通じないのか?」
「ガゥ?
……ガゥ!!」
ノアルが名前を訊ねると竜種の赤子は元気よく鳴く。
その鳴き方からノアルは何かに気づいたのか確かめるように言った。
「名前は……ガゥなのか?」
「ガゥ!!ガゥ!!ガゥ!!」
ノアルが名前を確かめるように言うと竜種の赤子は嬉しそうに何度も鳴き、その様子からノアルはこの赤子の名前を知ると優しく言った。
「ガゥ、オレはノアル。
オレたちは家族だ」
「ガゥガゥ?」
「言葉が分からなくてもいい。
オレは家族としてオマエを守るよ」
「ガゥ!!」
「ふっ……」
ノアルの言葉を何となくで理解しているのか竜種の赤子……ガゥは元気に鳴き、ガゥの声を聞くとノアルは嬉しそうに微笑む。
が……
「くっ……!!」
ノアルがガゥと和やかな雰囲気になる中でヘヴンを相手にすべく向かっていったはずの真助と黒狼・空牙が吹き飛ばされてノアルの前で倒れそうになり、真助たちが倒れそうになる中でヘヴンは薙刀を構えながらこちらに向けて歩いてくる。
「真助、無事か?」
「ああ、なんとかな。
それがオマエの精霊か?」
「あぁ、名前はガゥだ」
「ガゥガゥ!!」
「……何て言ってんだ?」
「大丈夫かと心配されてるぞマスター」
「……精霊同士は分かるのか」
「そういうことだな、マスター」
ガゥの鳴き声を聞いても何を言いたいか分からない真助が不思議そうにしているも空牙は真助に解説し、解説された真助は驚くことも無く冷静に理解していく。
そんな中、ヘヴンは真助とノアルたちに向けて歩く中で薙刀に黒い稲妻を纏わせていく。
「……戦場に覚悟のない子どもを連れ込むとはいい度胸だな、東雲ノアル。
一度はシンギュラリティに達する兆しがあるかのように思えて警戒していたが、結果としてオマエたちは内に眠る精霊を呼び覚ましたに過ぎない。
ましてそれが人語を理解する狼と何の力もないような赤子だから尚更警戒する意味が無くなる」
「言ってくれるじゃねぇか……!!」
「事実だろ、鬼月真助。
その狼が加わってもオマエの力は多少増した程度でそれほどの変化はない。
変化のない力など……あってないようなものだ」
「野郎……!!」
「それに東雲ノアルを見ろ。
オマエのように戦闘を手助けするような精霊ならまだマシだったのに現れたのは戦うことすら務まらないような赤子。
そのような赤子を抱えながら戦わなければならない東雲ノアルはもはや戦力にすらカウントされない」
「黙れ」
ノアルが抱くガゥのことを酷く言うヘヴンに対してノアルは黙るように言い、ヘヴンに黙るように言ったノアルは続けてヘヴンに言った。
「争いの火種しか生まないオマエたちが偉そうに語るな。
ここにあるのは小さくとも命、そして命に大小もない。
ここにあるこの命、それを守ることにこそ人としての強さがあるんだ」
「魔人として生まれておきながら命を語るのか?
魔人だと恐れられたがために見捨てられ、家族の愛も受けずに捨てられたオマエが?
人の感情やらを分からぬオマエが命を語るのか?」
「知らないのなら知っていけばいい。
これから知れば……知らなかった過去なんて忘れていくらでも未来を変えられる!!」
「未来など変わらない!!
現に姫神ヒロムは必死に足掻いても未来を変えられなかった!!
ヤツは「無能」の烙印を押された時点でもはや通るべき道が決められていた」
なら変えてやる、とノアルはヘヴンの言葉に対して言い返すと続けて自身の覚悟を言葉にする。
「ヒロムの未来がアイツ一人で変えられないならオレが手助けする!!
未来が誰かに決められた道しかないのなら……オレが新しく切り開く!!」
「ガゥ!!ガゥガゥ!!」
ノアルが自身の覚悟を口にするとガゥはそれに反応するように鳴き、ガゥが鳴くとノアルとガゥの体が光を纏っていく。
「力を貸してくれ……ガゥ!!」
「ガゥガゥガゥ〜!!」
「……竜魔一身!!」
ガゥが力強く鳴くとノアルとガゥは眩い光に包まれていき、さらにノアルが叫ぶとガゥは光の中で紫色の魔力となってノアルを包み込んでいく。
魔力に変化したガゥに包まれていくノアルの全身は「魔人」の力で黒鬼へと変化していくが、ガゥが変化した魔力が黒鬼となったノアルを包み込むと更なる変化を遂げていく。
胴体へと黒い鎧が纏われると両肩に竜の爪を思わせるようなアーマーが装着され、両腕両足は竜の手足を思わせるようなアーマーが装着されると鋭い爪を発現させ、さらに腰部分にもアーマーが装着され、角を額から生やしたノアルの顔を覆い隠すように竜を彷彿とさせるような黒いヘルメットが装備される。
装備されたヘルメットにはノアルの左下にある傷のような痣に酷似した模様が入り、そしてツインアイが浮かび上がるとノアルは全身から溢れんばかりの力を放出しながら構える。
「力が……漲る!!」
『ガゥガゥ!!』
「ば、バカな……!?
この変化は……」
「シンギュラリティへの到達だ」
ヘヴンが驚いていると少し離れた場所でイクトとともにキリスとバローネの相手をしている葉王が敵に攻撃を放ちながらヘヴンにも聞こえるようにノアルや真助、そしてヒロムにノアルのこの変化について話した。
「東雲ノアルは人になろうとしていた。
だかノアルは元々人であり、ただ「魔人」として世間を知らないだけだったのにそこに強く拘っていた。
だからこそシンギュラリティに到達できる兆しがあっても到達出来ずにいた。
だが、今ノアルは自分に出来ること、人として為すべきことと向き合ったことにより己の中の可能性に出会い覚醒した」
「なっ……じゃあこれがノアルの……」
「ノアルのシンギュラリティの力はあのガゥって精霊なのか……」
「ありえない……!!
シンギュラリティとは人が容易く到達できるものでは無い!!」
葉王の説明にヒロムと真助が驚きながらも納得しようとする中、ヘヴンだけは葉王の話を否定しようとする。
「シンギュラリティの能力者が何の必要性もなく生まれるなどあってはならない!!
秩序を乱すようなその力は……オレがここで消す!!」
「させるか」
『ガゥ!!』
ヘヴンはノアルの変化を否定すべく手に持つ薙刀に黒い稲妻を纏わせながら攻撃を放とうとするが、ヘヴンが攻撃を放つ瞬間にノアルは音も立てずに敵に接近し、そして魔力に変化してノアルと一体化したガゥが鳴くとノアルは両手のガントレットが竜の爪の形をした魔力を纏っていく。
「はぁっ!!」
竜の爪の形をした魔力を両手のガントレットに纏わせたノアルは敵を切り裂くかのように攻撃を放ち、放たれたノアルの攻撃がヘヴンの薙刀を破壊すると共に彼の鎧にダメージを与えていく。
「ぐぁっ!!」
「はぁぁぁあ!!」
攻撃を受けて怯むヘヴンにノアルは連続で攻撃を放ち、放たれた連続攻撃がヘヴンを追い詰めていく。
「すげぇ……」
「感心してんじゃねぇぞ、鬼月真助」
ヘヴンを追い詰めるノアルの力に魅入る真助に注意するように葉王は言うと続けて彼にある事を伝えた。
「オマエのその精霊が何故現れたのか、それはもう分かってるはずだ、
そして、どうすべきかもな」
「……っ!!
まさか……」
葉王の言葉で真助は何か気づいたのか空牙の方に視線を向け、視線を向けられた空牙は頷く。
空牙が頷いたことで全てを理解した真助は嬉しそうに笑みを浮かべると両手に持つ霊刀から変化させた妖刀「狂血」を強く握って空牙に言った。
「空牙、少し付き合ってもらうぞ」
「マスターのオマエが求めるなら好きなだけ付き合ってやる」
「そうか。
なら……人狼一身!!」