四八九話 テストメント・コンタクター
「……精神の調整が必要だな」
ヒロムたちが「七瀬」の所有する島でリゾートに興じてる最中、その裏で何かが暗躍していた。
バイザーのようなもので加工された仮面をつけ、赤い肩鎧を付けてマントを纏った男が何やら電子機器を操作していた。
操作している電子機器には無数のケーブルが繋がれており、繋がれたそのケーブルの先には何やら人一人が余裕で入れるようなカプセル装置が横たわっていた。
いや、入れるようなではない。
今実際に入っているのだ。
カプセル装置の中には「八神」の現当主である八神トウマが眠りについてるかのように入っており、そして装置の中には怪しい薄紫色の液体が貯水されている。
貯水された液体の中に浸かるトウマは眠りについてるからか呼吸器に異常があるのかは分からないが口と鼻に酸素供給用の装置が装着されており、そして額には何やらケーブルに繋がれた吸盤型端子が装着されている。
そう、この仮面をした男はあの時……ゼロがトウマにトドメをさそうとしたした時に現れてトウマを連れ去った張本人だ。
「オーディン、ロキ、ラグナレク。
三体の人造精霊に組み込みれた精神抑制装置で奥底に眠らせているはずの精神が目覚めつつある。
今このタイミングで精神が目覚めるのは都合が悪い。
我々の目的……姫神ヒロムの抹殺のためにもまだ眠りについてもらわなければ困る」
(力の支配の中に生きるからこそ生まれる復讐心と憎悪。
その矛先は必ず姫神ヒロムに向けられなければならない。
人造精霊の力はこの男のそれによって増幅する)
「……「天霊」の力も人造精霊の汚染によってその増幅する力の恩恵を受けている。
となれば精神を完全に掌握すれば八神トウマは殺戮の能力者として完成する」
仮面の男は電子機器を操作しながら一人で次々に言葉を並べるように話していき、そして電子機器のボタンを強く押すとカプセル装置中に何やら電流が流れる。
深い眠りについてるのかは分からないがトウマは電流が流れているのに何の反応も見せず、仮面の男もトウマの様子など気にすることなく電子機器の操作を続ける。
「……精神の同調率は百パーセント、奥底に眠る精神の反応も途絶えた。
これで人造精霊は本来の力を発揮出来る」
(だが何故人造精霊の設計に精神の揺らぎが左右するように組み込まれている?
兵器として運用するはずの人造精霊に何故不要なものが備わっている?)
電子機器を操作しながらモニターの数値を見る仮面の男は疑問を抱く。
疑問を抱く仮面の男、その男のもとへと何者かが忍び寄ろうとする……が、仮面の男は電子機器を操作したまま忍び寄ろうとする何者かに話しかけるように言葉を発する。
「忍び寄ろうとしても無駄だと教えたはずだ。
その程度の気配なら簡単に見つけられるとも教えたはずだ」
「……トウマ様の容体は?」
「オマエが心配することではないな獅角。
オマエは早く姫神ヒロムの始末のための駒を揃えろ」
仮面の男に忍び寄ろうとしていた何者か……角王の一人の獅角は仮面の男に気づかれたからか普通に彼に歩み寄ってトウマの状態を訊ねるが、訊ねられた仮面の男は冷たく言葉を返すと続けて獅角に言った。
「そう言えば獅角、オマエは姫神愛華にも内通していたな。
オマエの提案で人造精霊の作製を「一条」のファウストと言う科学者に依頼して設計させたようだが、その設計の際にオマエも携わってたんだろ?」
「何が言いたい?」
「姫神愛華と内通していたオマエがあの女の思惑に従って人造精霊の中に感情の揺らぎに反応するという無駄な機能を付与したんじゃないのか?」
「何故トウマ様のために戦うオレがそんなことを?
たしかに姫神愛華に内通はしていたがそれは鬼之神麗夜と手を組むため。
それ以上の理由はない」
「どうかな。
姫神愛華は姫神ヒロムから回収したとされる力の込められた石版を「一条」の鬼桜葉王に預け、預けられたあの男はオマエがテロリストに仕立てあげた「竜鬼会」の戦いでそれを阻むように解放させた。
タイミングよく、姫神ヒロムが力を取り戻して全てを覆すかのようにな」
「……たまたまだ。
それに「一条」の動きは把握しようにも出来ない。
ヤツらが何をしようと企んでるかは唯一面と向かって取引のできるトウマ様だけだ」
「……なるほど。
オマエはそのトウマ様のために尽力してると言いたいんだな。
……なら何故ギアを使わない?
角王の証であるギアを使えばオマエレベルの力ならまずヤツらは手に負えない。
無駄な醜態を晒すくらいならギアを使って仕留めろ」
「……次の戦いで使う。
これ以上の敗北は出すつもりは無い」
「……信用ならないな。
行方を晦ました斬角の捜索すらままならないような男の言葉など」
「……斬角は死亡したと考えるべきだ。
姫神ヒロムに倒されて生きているはずもない」
「それはオマエの勝手な憶測だ。
その程度の発言をするならとっとと結果を出せ」
「……失礼する」
仮面の男の言葉を前にして獅角は反論することも無く頭を下げるとその場から去るように歩いていく。
獅角の背を見るなり仮面の男は舌打ちをし、この場から去る獅角には聞こえぬように呟いた。
「……オマエはせいぜい利用されて死ねよ獅角。
どうせオマエには「八神」にいる資格はないからな」
それに、と仮面の男は電子機器を操作しながらモニターを見てある事を口にする。
「ここまでしっかりとトウマの精神を抑制してアップデートしておけば封印した精神はもう浮かび上がって来ることは無いはずだ。
そしてシンギュラリティに到達した能力者の連鎖反応に呼応する部分をこちらで制御してしまえば……その全てはこちらの思惑通りだ」
***
島……
お待たせしました、とセイナが焼けた肉と野菜を盛った皿を運んでヒロムたちのもとへ来る。
ヒロムは今、七瀬アリサと話をしていた雨月ガイ、相馬ソラからの報告をシンクとともに聞いていた。
そしてセイナがやって来ると同じようなタイミングで真助にヒロムのもとへ向かうように言われた夕弦がやって来た。
「セイナ、とりあえずそこに置いて座ってくれ。
夕弦も座ってくれ」
「分かりました」
「了解です」
ヒロムに言われるとセイナはテーブルの真ん中に皿を置いてヒロムの隣に座り、夕弦もヒロムに言われてソラの隣に座った。
二人が座ると話の続きをするかのようにソラはヒロムに言った。
「さっきも言ったけど夕弦とセイナが来たから改めて説明するが……ネクロは今独自に情報を集め、天晴とミスティー、音弥はその手伝いをしてる。
ネクロとは行動しない条件付きのアストはアストで個人的に調べてくれてるみたいだが、二人ともスローネやヘヴンについての情報は得られてないし、「八神」にも変わった動きはないって言ってる」
「トウマをゼロやソラたちが追い詰めてくれたのなら「八神」もしばらく動けないかもな。
けどあのヘヴンやスローネたちが一切足取りが掴めないってのが怪しいな」
「それから……数日前に殺人事件が起きたのを覚えてるか?」
「ああ、イクトが警察関係者として「七瀬」に協力してる五十嵐って人と調べようとしてた工業地帯でのあの事件か?」
「そうだ。
イクト自身も名前を明かす前のヘヴンの出現のせいで調べるどころじゃなくなってたみたいだから五十嵐さんに頼みっきりだったらしいが、昨日ヒロムがセイナのもとに向かってる時にイクトが個人的な依頼をしたらしい」
「何で今その話を?」
落ち着けよ、とソラはシンクに告げると話を続けた。
「ネクロが動いたことで進展があったのさ。
事件の起きた周囲一帯の情報と監視カメラを集めた結果……ある男の存在が浮上した」
「誰だ?」
「……リュクスだ」
「何!?」
「リュクスだと!?」
ソラの口から出た名にヒロムとシンクは驚きを隠せず、リュクスをよく知らぬセイナはヒロムに質問した。
「ヒロムさん、その……リュクスというのは?」
「あ、ああ……昨日邪魔しに現れた鬼桜葉王が言ってたヤツだ。
イクトが仲間になる時にソラたちの前に現れた精霊を宿す能力者なんだが……」
「素性はよく分からない。
「八神」に潜伏していたオレもヤツのことは把握できてなかった」
「……それでソラ。
ヒロム様のことを侮辱したその能力者が犯人なの?」
「いや、可能性があるってだけみたいだがネクロの話では工業地帯の監視カメラにしっかりと姿が映っていて、しかも現場近くから紅い羽根が落ちてるのが発見された」
「紅い羽根……」
「ヤツの現れた場所にはそれを示すかのように紅い羽根が落ちている。
二年前からそれが変わらないのならリュクスが犯人である可能性と同時にリュクスは犯人を唯一知る人物ってことになる」
「待てソラ。
「一条」の能力者が何故わざわざヒロムとは無関係な人間を殺す?
「一条」の能力者はシンギュラリティの能力者を集めてるんじゃないのか?」
「キキトを追ってオレとソラがイクトと西に向かった二年前、リュクスと遭遇したのは武器の生産されていた工場だ。
その件を踏まえると今回の件も一般人に見えた被害者は案外裏で何かと繋がってたのかもしれないしな」
ソラの話に疑問を抱くシンクに対してガイは可能性の話をし、その話を聞いたシンクも否定する要素がないのかそれ以上は何も言わなかった。
シンクが何も言わないのを確認するとヒロムはソラに伝えた。
「リュクスのヤツの目的は定かじゃないが葉王の仲間ならまた現れるだろうからその時捕まえるしかない。
今はヤツのことは忘れよう」
「忘れようって……。
せっかくネクロが調べたのによ……」
「殺人事件の操作は警察とギルドに任せるべきだな。
オレたちは正義の味方じゃねぇし、他に目的がある」
「ほかの目的、か……。
「八神」は別としてヘヴンやスローネに関しては確実に向こうが動かない限りは手の出しようもないぞ」
「分かってる。
だがこうして立て続けに襲撃してるってことは向こうにとって目論みが上手くいってないってことだ。
なら確実に現れる可能性のあるヘヴンやスローネたちを狙う方がいいだろうしな」
「……そうか」
「つうか長々して言い難いな。
なんかまとめていい呼び方付けないと……」
「……ヒロム、少しいいか?」
ヒロムが話す途中、突然それを邪魔するようにソラがある事をヒロムに告げようとする。
「オマエがどう考えてるかは昨日帰ってきて話をしてよく分かってはいる。
だがその上でオマエの意思に反してオレは行動する」
「何だよ?」
「オマエは鬼桜葉王の話を信用して今のトウマを倒して本来のトウマに戻して罪を償わせようと考えてるようだが……オレはトウマを殺す。
精神云々は関係なく……トウマは完全に殺す」




