四八一話 思想暴動
どこかの屋敷
「一条」の当主である青髪の青年・一条カズキが玉座のような椅子に腰掛けて資料を眺める中、葉王は音も立てずに彼のもとに現れる。
「よォ、帰ったぜェ?」
「……遅すぎる。
何をしていた?」
「姫神ヒロムの相手だよォ。
アイツの仲間は血の気が多くて嫌になるねェ」
「姫神ヒロムと戦ったのか?」
「オマエも戦ってたんだからいいだろォ?
さすがは偽りの心を乗り越えてシンギュラリティに到達した能力者ってだけのことはあったよ。
それに……アイツ含めて精霊全員が真理の精霊になった影響でシンギュラリティに到達したから主の姫神ヒロムのシンギュラリティとしての成長は想像を超えてるぜェ」
「精霊が……?」
葉王が気だるげに報告し、葉王の報告を受けたカズキは葉王にヒロムの精霊について訊ねた。
「シンギュラリティは能力者が到達する特異点だ。
何故人でもない精霊が到達する?」
「人型の精霊だけどなァ。
それにアイツの精霊なら到達してもおかしくはァないィ」
「……そうか。
ヤツはたしか魂を精霊と同化させていたな」
「そういうことだァ。
偽りの心……クロムが仕向けた策によりヒロムは精霊と同化していた。
その影響は少なからず精霊にも及び、その結果姫神ヒロムとの同化の解けた精霊は人と交わった事から人という因果を得てシンギュラリティに到達したってことになるなァ」
「ならば四十一番目と四十二番目の精霊が異常に強い力を得て顕現したのにも説明がつくな。
シンギュラリティに到達した姫神ヒロムの心とシンギュラリティに到達した四十の精霊の意思を受けて生まれたクロムすら知らなかった精霊だ。
その力は可能性を導き、そして全能の宇宙すらみちびく」
「残念だがその力は拝めなかったぜェ。
しかも「アンリミテッド・クロス・リンク」すら見れなかったしなァ」
「おそらく姫神ヒロムと心の闇として新たに誕生したゼロは互いの霊装越しに精霊を行き来させて召喚や力の行使を行ってる。
だがその行き来は一方的で姫神ヒロムとゼロの使い魔間に意思疎通する術はないようだな。
オマエが見たがってた「アンリミテッド・クロス・リンク」は天の字名を持つ強力な精霊二体を纏う力だ」
「オレに使うにはもったいなかったってかァ?」
「いや、違うな。
使いたくても使えなかったんだ。
姫神ヒロムが「天剣」フレイを召喚していたとしてもゼロはそれをブレスレット越しに使役しようとして出来ない状況になって初めて分かるのかもしれないし、あの二人はブレスレットを通じてやり取りしてるのが精霊だけなら連絡を取れない限りは意思疎通して使う精霊を確認したり出来ないのかもな」
「つまりあのブレスレットはシンギュラリティに到達した証の力を持つと同時に精霊の出入口になってるってわけかァ。
なら通路は?」
「おそらくその通路となってるのが精神の深層なのだ、うな。
精神世界の奥底にある選ばれた人間のみが目に出来る神秘の世界。
偽りの心を宿したまま到達した姫神ヒロムならあれを連絡通路にして精霊のやり取りをしててもおかしくはない」
次々にヒロムとその精霊について自身の考えを話していくカズキ。
そのカズキの話を聞く葉王は指を鳴らしてどこからか椅子を出現させると腰掛け、座ると葉王はカズキに言った。
「オマエ、姫神ヒロムのこと気にいってるだろォ?」
「……計画のためだ。
あの男のことを好き好むとか気に入るとかはない」
「ホントかァ?」
「本当だ。
もっとも……オレたちの計画としてはヤツが八神トウマの先を進み続けていないと困るという理由があるけどな」
「……アイツかァ。
ここ最近オレらのところに姿見せなくなったけどよォ、何してやがるんだァ?」
「数時間前にゼロの前に現れた。
どうやらヤツらは新たな人造の精霊、ロキとラグナレクという二体を生み出して八神トウマに宿させている」
「また人造精霊かァ。
懲りねぇヤツらだなァ」
「それが先代当主の欲に飲まれて支配されて心を潰された今の当主のやり方だ。
そのやり方が人造の精霊を生み出させ、そしてそれを宿してまで猿真似をしようとしている」
「人造の精霊で姫神ヒロムに勝てねぇって分かってねぇんだなァ。
哀れで悲しいよォ」
「それだけじゃない。
ヤツが……ゼクスが表舞台に現れたぞ」
「……あ?」
カズキの口から「ゼクス」というワードが出ると葉王の表情は険しくなる。
ヤツという言葉からあえて言い直した所を見ると人名なのは確かだが、葉王はヒロムの前でも見せなかった険しい表情をカズキの前で見せていた。
「このタイミングであの野郎が?
ついにヤツらも本気ってわけか?」
「オレが当主となって十の名家の集う「十家」の頂点に君臨してから長い月日が経つ。
そして月日が流れるに従って「十家」の闇は大きくなる一方だ」
「とくに先代当主の呪いを受けた八神トウマが当主になった「八神」はその闇の全てと言っても過言じゃねェからなァ。
計画のためには八神トウマを利用する必要があったから多少手は貸してやったがァ……これ以上は野放しに出来ないって話だなァ」
「だが「一条」の当主であるオレやその家臣であるオマエが直接手を下すことは不可能だ。
行き過ぎた行動を止めるための武力介入ならまだしも狡猾なヤツらの全てを止めるとなれば今の「十家」の立場を捨てなければならない」
「させねぇからなァ?
オマエはこのまま当主として君臨してもらわなきゃ困んだよォ」
「……当主の座を下りるつもりは無い。
だからと言って何もしないわけじゃない。
そのために……姫神ヒロムを利用する」
「計画の鍵をわざわざ危険に晒すのかァ?」
「シンギュラリティに到達した能力者なら話は別だ。
シンギュラリティに到達出来るほどの状態にまで実力がついたのなら八神トウマなど敵ではない。
それに八神トウマは一度もオマエを追い詰めてはいないが姫神ヒロムはオマエを追い詰めたんだろ?」
「あァ、追い詰められたぜェ。
完全覚醒した因果律の操作がなきゃ何回か殺されてたしなァ」
「シンギュラリティの能力者として確実に力を増している姫神ヒロムならば八神トウマを倒せる。
ヤツが倒れれば「八神」は自然と滅びゆく道にあるからそこからは何もせずとも終わりだ」
終わらねぇよォ、と葉王はカズキの言葉に異論があるような言い方をするとある事をカズキに伝えた。
「姫神ヒロムが「八神」を潰せばよォ、その影で暗躍してる「四条」……とくに四条貴虎の動きが目立つようになるだけだァ。
「四条」のためにって口実のもとで軍事力拡大を目論むにアイツは姫神ヒロムを兵器利用するつもりだぞォ」
「四条貴虎か……。
たしかに好き放題動かれるのは面倒だな」
「アイツだけじゃァねェ。
今ではなり潜めてる他の「十家」も「八神」が派手に動かなくなったら暴れるかもしれねぇしよォ、姫神ヒロムが「八神」を潰したって聞きつければ世間の名目のために姫神ヒロムを狙うかもしれねェだろォ?」
「……それは「七瀬」も例外ではない、と?」
「あの女にはそこまでの度胸はねェかもなァ。
けどよォ、姫神ヒロムに少しでも加担したことを後ろ盾に脅されたらァ……最悪の場合は寝返るかもなァ」
「なるほど……」
葉王の話を聞いたカズキは彼の言いたいことを全て理解したような返事をし、そして椅子に座りながら足を組むと葉王に別の話題のことを話していく。
「例のヤツら……あの鎧のデバイスシステムのヤツらの足取りは?」
「……掴めてねェなァ。
どこに逃げたかはわからねェけど、どこかで機会を伺ってるのは確かだなァ。
足取り云々の話をするならよォ……デバイスシステムの運用考えてる「四条」を監視しとくべきじゃねぇのかァ?
鎧のヤツらに関して今まさに怪しいのは「四条」のヤツらなんだからよォ」
「証拠がない。
確たる証拠がなければ冷静さを欠如した八神トウマが当主の「八神」のように事は上手く運べない。
まして「四条」を裏で操っているのは四条貴虎だ。
その四条貴虎が証拠を掴めぬように動いているとすれば……こちらから先に手を出すような動きを見せることはオレたちの立場を危うくさせることに繋がる」
「……身動き取れねぇってことなのかァ?」
「いや、取れないことは無い。
だがリュクスが四条貴虎の前で四条美雪を盾に交渉したことでそれは難しくなってるけどな」
「リュクスのせいかよ。
つうかよォ……今の今までろくに戻って報告しなかったアイツが何で今になって戻ってきたァ?
二年前の情報屋の件も結局アイツは中途半端に終わらせてるじゃねぇかよォ」
「それは一理ある。
葉王、オマエはリュクスをどうしたい?」
「どうってのはァ?」
「オレがオマエと出会ってこの計画を立て、アリスとアラトと出会い、計画はさらに大きくなった。
その計画にシンギュラリティの能力者……つもりオレたちと同じ存在がもっと必要だと意見がまとまったタイミングで向こうから現れて家臣になったが……ヤツはオマエに比べて大した成果は挙げていない」
「……オレが不要だって言えば始末するのかァ?」
「オマエの頼みなら善処する。
オレたちの計画はほぼオマエがやるべき事を進めてくれているからオマエの判断にオレは何も文句は言わない」
「マジかァ?
それ言われるとよォ……アイツをどうにかしたいって言わざるを得なくなるよなァ」
「なら消すか?」
「……利用価値がないのから消してしまいたいなァ。
今のアイツの動きはァ?」
「おそらく今は「四条」の動きを監視しているはずだ。
ヤツに任せる予定だった「八神」の監視は今アリスがやってる」
「……仕える身でありながら所在を掴ませないとはなァ。
まァ、いいかァ……カズキィ、悪いがオレの一存でいいならよォ、オレの気分と独断で好きに始末していいよなァ?」
「構わない。
オマエの判断に一任する」
リュクスの始末について葉王は時分の気分と独断で行うことをカズキに告げるように確認し、カズキは葉王の判断に一任することを伝えた。
カズキに判断を一任された葉王は彼に一礼するように頭を軽く下げると立ち上がってどこかに行こうとする。
が、そんな葉王にカズキは一つ忠告した。
「葉王、分かってるとは思うがあまり姫神ヒロムに深く関わろうとするなよ?
オマエの悪い癖を出さずに頼むぞ」
「……了解してるさァ」
カズキの忠告に葉王は気の抜けた返事を返すと音も立てずに消え、葉王が消えるとカズキは一息つくように息を吐いた。
そして自分だけになったこの場で一人話し始めた。
「計画は予想外の事に巻き込まれながらも各日に進んでいる。
そしてその第一段階であるシンギュラリティの能力者の確保は完遂されそうだ。
となれば……後はあの腐敗した「八神」の始末を進めなければならないな。
次の目的のため……姫神ヒロムを「十家」の人間に仕立て上げてこの腐敗した序列を壊す為にもな」




