四八〇話 気まぐれな葉王
「終わりだ、鬼桜葉王!!」
薙刀に黒い稲妻を纏わせたヒロムが鋭い突きを放ち、反応が遅れて防御が間に合わない葉王はヒロムの薙刀の刃が体を貫く。
刃が葉王の体を貫くとともに黒い稲妻が更なる追撃を加えるように葉王の体を貫き、稲妻に貫かれた箇所は焼け焦げてしまう。
「がっ……」
刃で体を貫かれ、さらに稲妻に貫かれた場所が焼かれている葉王の体からは斬撃を受けて負傷した時と同じように出血はしておらず、苦しそうな素振りを見せる。
が、ヒロムはそれを気にすることも無く葉王の体を貫いた薙刀を引き抜くと葉王を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた葉王はそのまま倒れ、倒れた葉王が起き上がるかどうかを警戒しながらヒロムは薙刀をいつでも構えられるようにしていた。
「……」
「ヒロム!!」
葉王の動きに警戒するヒロムのもとへとまだ傷の手当てすら完全に終わっていない真助とノアルが駆け寄り、二人の治癒を行っていたセイナも慌てて駆け寄ってくる。
「お二人ともまだ治癒は終わってませんよ!!」
「大丈夫、気にしないでくれ。
今はそれはどうでもいい」
「ノアルの言う通り気にしなくていい。
そんなことよりもだ……ヤツは倒せたのか?」
セイナが心配する中でノアルと真助は自分の傷よりも葉王を倒したかどうかを気にしており、真助は葉王を貫いた張本人であるヒロムに訊ねた。
「手応えは?」
「あった。
確実に攻撃は通ってる」
「ならもうヤツは……」
「なるほど、理解した。
シンギュラリティに到達した能力者ということにばかり気を取られていたがそういう理屈か」
葉王を倒した手応えはあったとヒロムが答えると真助は葉王について何か言おうとしたが、その葉王は突然起き上がり一人で何かを呟いていく。
起き上がったことに驚きを隠せないヒロムたち。
いや、そこだけではない。
ヒロムが薙刀と黒い稲妻で仕留めたはずの葉王の体には与えたはずのダメージが一切なく、葉王自身も何事も無かったかのような平然とした態度だった。
「バカな……!?」
「今確実にヒロムが貫いたはずなのに……!?」
「何故アイツは……生きてるんだ!?」
「……愚問だなァ。
そんなのオレが強いからに決まってんだろォ」
葉王が何事も無かったように平然としている事に驚きを隠せずに戸惑うヒロムたちに対して葉王は当たり前のように言い返す。
その言い返す時の口調は先程までと打って変わっていつものあの気の抜けたような口調に戻っていた。
「……驚かされたなァ。
まさかこの短期間で武器に自身の姿を投影して騙す術を覚えるなんてよォ」
「生き残るためには何でも利用する、そういうもんだろ。
それよりもオマエは一体何をした?
確かにオレはオマエを……」
「貫いた、だろォ?
たしかに貫かれたし稲妻に傷を焼かれた。
痛かったぜェ?」
「はぐらかすな。
何をしたか教えろ」
「……相変わらず急かす野郎だなァ。
そんなんじゃ女に嫌われっぞォ?」
「それはない」
「ヒロムにその心配はない」
「……なんでオマエらが答えんだよ」
葉王の言葉にヒロムよりも先に真助とノアルが何故か自信満々に答え、二人が答えたことにヒロムは不満しかなさそうな顔をしていた。
「くっ……ハハハハハ!!」
彼らのやり取りを見るなり葉王は突然笑い出し、笑うと葉王はヒロムに向けて言った。
「……なるほどなァ、面白い。
いや、本当に面白い男だなァオマエは」
「あ?」
「オレはオマエがシンギュラリティに到達したばかりだと思っていたがァ、オマエには同じようにシンギュラリティに到達した精霊が内包されていたなァ。
謎が解決したァ、オマエの急激な成長の要因は通常はありえないシンギュラリティ到達の形だったんだなァ」
「おい、何一人で納得してやがる?
オマエはまだ説明してないことが……」
「オレが何をしたのか、だったか?
何もしてねぇよ、何もなァ」
「は?
ふざけ……」
「ただの因果律の操作だよ」
「……何!?」
葉王の口から出た言葉に驚きを隠せないヒロム。
そのそばで真助とノアルは葉王の言葉が分からないのか不思議そうに顔を見合わせていた。
「因果律ってなんだ?」
「分からん。
何かの力なのか?」
「因果律というのは何かの事象が起こるには、必ずそれに先立ってその原因となる事象が存在しているという原則のことです」
「?」
「どういうことだ?」
不思議そうに顔を見合わせる真助とノアルにセイナが因果律について説明するが、それでも二人はいまいち理解していない。
そんな二人にセイナは簡単な例え話を一つ挙げた。
「例え話ですが、机の上に卵を一つ置いているとします。
その卵が机から転げ落ちて卵が割れた……これが因果律なんです」
「……つまり?」
「えっと、つまりですね……」
「つまりはよォ、今の例え話なら卵が落ちるという原因があった上で割れるという結果が生じてんだよォ。
原因と結果、決して逆転するはずのない事象こそ因果律ってわけだ」
「な、なるほど……」
「訳わかんねぇけど何となく分かったわ。
けどよ、それだと説明出来なくないか?
オマエはヒロムが薙刀で倒そうとして貫かれた。
それなのに因果律を操作っておかしくないか?
今の話ならオマエは因果律の操作であの攻撃を貫かれなくすることは出来るって話だろ?
貫かれた後に何も無かったのはどう説明する気だ?」
「ヘェェ、鋭いなァ鬼月真助ェ。
たしかにオマエの言う通り、因果律の操作なら貫かれる結果の前に起こる事を操作して防ぐ能力のようにも思えるよなァ?
けどなァ、それはシンギュラリティに達する前の話だ」
「シンギュラリティに達する前?」
「まさか……」
「察しがいいな、姫神ヒロムゥ。
そう、オマエのシンギュラリティ到達によって金色のブレスレットと真理の精霊が生まれたようにオレはシンギュラリティに達することであらゆる因果律を好きなタイミングで操作できるようになったのさ。
結果が立証された後でも事実を改変して全ての因果を消し、自分の命さえも止まりかけても因果律を操作して平然と動かせる……それがオレの完全覚醒した能力「因果」の力だァ」
「なっ……!?」
「じゃあオマエの体から傷が消えるのも……攻撃を受けた事実を改変する因果律の操作ってことなのか!?」
「そしてオレのこの覚醒した力は新たな因果律を生むことも出来る。
例えば……オレに攻撃しようとした敵は自分の力の暴発によって吹き飛ばされる、とかな」
「!!」
「さっきオレらが吹き飛ばされた時の攻撃はそれだったのか!!」
「物分りがよくていいねェ。
その通りだァ、あの攻撃はオマエら自らの力によるもの。
オレを本気で攻撃しようとした力がオマエらを襲ったってわけだなァ」
「……なら血が出ていなかった理由は何だ?」
葉王が話していく中、ヒロムは未だ解決していない疑問をぶつけた。
そう、葉王はヒロムの斬撃を受けても薙刀に貫かれても出血しなかった。
戦闘中にヒロムが葉王に問い詰めようとしても葉王は答えなかった。
だが今なら……
「オマエの能力が因果律の操作なのはよく分かった。
ならオマエの出血しない理由は何なんだ?」
「それも因果律の操作ってヤツだなァ。
この完全覚醒した因果律の操作は普通の因果律の法則すら無視できるゥ。
傷が出来れば出血するという因果律を無視してオレは傷が出来ても出血しないという風に体を操作したのさァ」
「……そうなったらもはや因果律の操作じゃないだろ?
オマエの望むものを生み出す力じゃねぇか」
「まさにそれだなァ。
オレの完全覚醒した因果律の操作はオレの望みを具象化する。
つまり不可能を可能にし、可能を不可能にしてしまえる能力ってわけだなァ」
自身の能力について語る葉王、その葉王の能力の正体を知った真助とノアル、セイナは言葉を失うしかなかった。
不可能を可能に、可能を不可能にしてしまえる改変の力と言える因果律の操作の力。
命を奪おうとしてもその因果さえ消してしまい、攻撃される時はその攻撃が暴発するして自壊するように因果を操作して平然とやり過ごせる。
これまで多くの能力者に遭遇してきた真助やノアルはもちろんのこと、能力の規模が違いすぎる相手を前にしてセイナはただただ鬼桜葉王という人間を前にして得体の知れぬ恐怖に襲われていた。
が、ヒロムは違った。
三人が襲われている得体の知れぬ恐怖を感じないのかヒロムは落ち着いた様子で立っており、そしてヒロムはヒロムは葉王を見ていた。
そのヒロムの視線を受ける葉王はヒロムにごく自然な質問をした。
「恐怖はないのかァ?
倒せないかもしれないって恐怖はよォ」
「そんなものはない。
オレがオマエの言うシンギュラリティってのに到達してるのならオレがオマエを倒せばいいだけの話だ。
倒す方法がないならあらゆる手を試してでもオマエを倒す、オマエが何度も立ち上がるならオレはオマエを何度も倒してやる」
「強気な発言だなァ。
いいのかァ?啖呵切って下手伐っても知らねェぞォ?」
「多少の啖呵は切らねぇと覇王としては今後やっていけねぇだろ。
それに……仲間の先陣切って進むリーダーとしては多少の無謀は必要だろ」
「……」
(こいつゥ、人が見てないところで一丁前に成長しやがってよォ。
会った時は迷いまくりの頼りねェ偽りの覇王だったくせにクロムって偽りの心を乗り越えたからか体と力だけじゃなく心まで成長してるってわけかァ)
「……リュクスに報告しねぇとな」
「リュクスだと?」
「……そういやオマエ、何日か前にリュクスに「偽りの覇王」って呼ばれたんだなァ。
アイツの代わりに仲間のオレが謝っとくかァ」
「……やっぱりアイツは「一条」の能力者だったのか」
「まァな。
悪かったなァ姫神ヒロムゥ、オマエの事をアイツ含めてオレたちは甘く見過ぎていた」
葉王は気持ちの込められていない言葉で謝罪し、そしてどこからか名刺を出すとヒロムに投げ渡した。
ヒロムは葉王が投げ渡した名刺を受け取り、受け取ったヒロムに葉王は伝えた。
「喜べ姫神ヒロムゥ。
シンギュラリティに到達した褒美にしばらくはその番号に電話すれば何でも教えてやるよォ」
「……胡散臭いな」
「信じる信じないは自由だがァ、オマエの後ろ盾が「七瀬」だけじゃ不安だろォ?」
「……」
「頼りたくなったら連絡を寄越せェ。
それと……さっさと帰らなきゃ仲間のもとに帰りなァ」
じゃあなァ、も葉王は気の抜けた挨拶を残すと音もなく消え、葉王が消えた後ヒロムは葉王から受け取った名刺を見ながら真助たちに伝えた。
「……ヤツとの連絡は取引だ。
オレが管理する」
「分かってる。
それより……」
「ああ、まずは帰ろう。
みんなのところに」




