四七三話 ディメンション・オーダー
セイナの案内のもとで客室に案内されたヒロムたちはソファーに座っており、セイナは慣れた手つきで紅茶を用意すると三人の前のテーブルに置き、彼らと向かい合うようにソファーに腰掛ける。
「お聞きしてた時間より少し遅かったみたいですが、道中何か問題でもありましたか?」
「少しな。
ここに来る前に立ち寄った場所に敵が現れてそれを対処してたから遅くなった」
「そうでしたか。
お怪我はありませんでしたか?」
「怪我はねぇな。
だからそこまで心配しなくても大丈夫だよ」
「そうでしたか。
では……」
その前に、と真助はセイナの言葉を遮ると彼女に質問をした。
「オレたちとしてはアンタがウチのボスとどういう関係か知りたいんだが説明してくれるよな?」
「今までオレのことそんな呼び方したことないだろ?」
「黙ってろヒロム。
さてお嬢さん、教えてくれるよな?」
「私とヒロムさんの関係ですか?
二年前にお力になっていただいた時に知り合ったのですが……」
「例えばだけどよ。
ほんの興味本位の話だけどヒロムに恋心は?」
「恋心ですか?」
「そう、恋愛的な側面からヒロムのことを……」
「すみません。
私はヒロムさんとは対等な立場で友好的な関係を保つことを心掛けようとしてるのでそういうのはありません」
「……あっそ」
真助の質問であるヒロムに対する恋心もとい邪な感情の有無に対してセイナは一語一句真面目に答え、その答えを聞いた真助はつまらなさそうに質問を終わらせる。
……が、セイナの言葉を聞いたノアルは真助が終わらせようとした質問を自分が代わりに行うかのように彼女に質問した。
「友好的な関係を保つことを心掛けようとしてるってことは以前はあったのか?」
「い、いえ!!そんなことはありません!!
たしかにヒロムさんは能力者として強い素質を持たれ、そしてそれを発揮するだけの高い潜在能力を秘められています。
私はヒロムさんのそういう所に惹かれ、そして能力者としての手本としたいと思っているかぎりです」
「手本、か……」
「手本にするほど立派な男か?」
「真助、オレを弄ることを楽しんでるな?」
気のせいだ、と真助は自身の言葉に対して若干不満を抱きつつあるヒロムに適当に言うとセイナに対して言った。
「さて……本題に入っていいよな?」
「オマエが仕切るなよ」
「構うなよヒロム。
誰が仕切っても同じだろ」
「いや真助。
ここはやはりリーダーであるヒロムが……」
「固いこと言うなよノアル。
たまには仕切りたいんだよ」
((それが本音か……))
少し強引な真助にヒロムとノアルは呆れた様子で視線を向け、その視線を受けても気にしない真助は取り仕切るようにセイナに話を進めた。
「事前に連絡が来てるなら用件は分かるよな?」
「はい、存じております。
先日ヒロムさんを守るはずの「月翔団」の方がヒロムさんの抹殺のために動き出し、ヒロムさんは一時的な歯止めとして強襲をかけられたのですよね」
「ああ、そうだ。
その結果ヒロムが導き出したのが戦力の拡大だ。
ヒロム率いる「天獄」には今現在十一人しか能力者がいない」
「ゼロを合わせたら十二人だ」
「……補足ありがとなノアル。
現状のヒロム側の戦力と敵の戦力との差は大きい上に敵が多すぎる。
「月翔団」やテロリスト、そしてヒロムの命を今も狙う「八神」。
とにかく今敵の数に対してヒロムの力になれる仲間は少なすぎるってわけだ」
「それで戦力拡大として私の名前が出たのですね?」
「いや、アンタの名前が出たのはついさっきだ。
どういうわけかヒロムはアンタのことも誘うってとを隠してやがったからな」
「そうですか……。
私はヒロムさんや皆さんのお力になろうと考えております。
ヒロムさんからご連絡を受けた時から何とかしてお力になろうと思い、そして私もその「天獄」に参加させていただきたいと決めました」
「なら話が早くて助か……」
待ってくれ、とノアルは話の結論をまとめようとする真助を止めるとノアルはセイナに対してある事を確認しようとした。
とても重要な、彼女にとっては今後を左右される確認だ。
「セイナ・フローレス、キミに確認したいことがある」
「私にですか?」
「ああ、キミにだ。
とても大切なことだからしっかり考えた上で答えてほしい。
キミは見たところ普通の能力者だ。
そのキミがヒロムとともに戦うということはこれから戦う相手は権力を有するような相手を敵に回すことになる」
「それは大丈夫です。
私は……」
「キミがどう考えてるかは分からない。
だが「八神」がヒロムを殺しに来てキミがヒロムに加担して戦えばキミは「八神」と同時に「十家」全てを敵に回すことになる」
「ノアル、今更何言ってんだ?」
ノアルがセイナに対して行う質問に違和感を感じるヒロムは彼に真意を問おうとするが、ノアルはそんな彼の問いに対して自身の思いを伝えた。
「オレたちがさっき会ったネクロや今ゼロやガイたちが会いに行ってるアストは多くの賞金稼ぎと取引してきて懸け引きを理解しているから確認の必要はないと判断してる。
だが彼女は違う。
こうして話をしている彼女からはごく普通の少女というものしか感じ取れない。
そんな彼女を巻き込むこちらには彼女が後悔しないように道を示す必要がある」
「ノアル、その確認をしなくてもセイナは……」
「これはヒロムが見込んでるから大丈夫とかで済ませられる話じゃない。
「八神」や「十家」との戦いに巻き込まれれば彼女は二度と日の目を見ることもないかもしれない。
ヒロム、その事は誰よりもオマエがよく知ってるはずだ。
「八神」が押した「無能」の烙印のせいで忌み嫌われ、助けを求めることすら出来ぬ苦しみの中で生きてきたオマエなら分かるだろ。
彼女がこれから受けるかもしれない仕打ちはその比じゃないかもしれないんだ」
ノアルの言葉を受けたヒロムは何も言い返せず、そして真助もノアルの言葉に何かを感じているのか何も言わなかった。
ノアルの言い分は間違いではない。
彼らの選択一つで今後は大きく動き、そしてその動きに彼女が流れ込んでくれば必ず何らかの仕打ちは受けることになる。
「八神」がヒロムにした仕打ち以上のことが待っているかもしれない。
だからこそノアルは慎重に事を進めようとしている。
が、そんなノアルの思いとは裏腹にセイナは彼に伝えた。
「お気遣いありがとうございます。
ですが私はヒロムさんのお力になると既に決めています。
たとえ何を言われても変えるつもりはありません」
「……キミが思っている以上の結末が待っていてもいいのか?」
「構いません。
私はお力になるためなら迷いません。
私も……迷わずに自分の心に従ったあの時のヒロムさんのように決断したんです」
「ヒロムのように?」
「……」
(あの時のか。
まだ覚えたとはな……)
セイナの言葉に心当たりのあるヒロムはかつて自分が彼女に告げた言葉を頭の中に浮かべていた。
『迷う時間があるなら前に進む!!
オレの成すべきことのために……オレはオレの道を行く!! 』
「私はあの時、どうすべきか悩みました。
ですが私の前でヒロムさんは迷うことなくどうすべきか決断して戦うために前に進まれました。
私は私自身がそうなるべくこれまで鍛錬を重ね、そしてその成果をヒロムさんのもとで示したいのです」
「……」
「ノアル、セイナがここまで言う以上オマエの心配するようなことは何も無い。
これ以上の心配はセイナに対して失礼だ」
「オレもヒロムに同感だ。
彼女の言葉には強い決意と覚悟がある。
それをオレたちが拒むことは出来ない」
セイナの言葉にノアルは何も言わず、そんなノアルを説得するかのようにヒロムと真助は彼に言葉をかけ、ノアルは二人の言葉を聞くと静かに頷く。
そして……
「セイナ・フローレス、キミへの無礼を侘びる。
その覚悟……ヒロムの力として借りさせて欲しい」
「もちろんです。
ヒロムさんの……皆さんのお役に立つべく尽力させていただきます」
決まりだな、とヒロムはどこか安心したような表情で呟くとセイナやノアルたちに伝えた。
「大まかな話はここで済ませて移動しよう。
ネクロと合流してさらに詳しい話をして……方針を決めたらゼロたちと合流だ」
***
三十分程かけて現状の説明と今後についてをヒロムが説明し、セイナが一通り理解したところでとりあえずの話は終えた。
ひとまず京の都からイクトとシオンがネクロとともに待つ滋賀に向かうべくヒロムは真助とノアル、そしてセイナとともに移動のためのバスに乗るべく歩いていた。
歩く道中ヒロムはセイナに対して色々と確認をしていた。
「じゃあ他のヤツらはセイナとは別行動なんだな?」
「はい。
他の方は各自で請け負った依頼を完遂した後に合流する予定です」
「相変わらずの行動力だな」
「少しずつ前に進むためにやれることをやってるだけなんですよ」
「真面目だな」
「それが私の取り柄ですので」
ヒロムの言葉にセイナは笑顔で返し、彼女がヒロムに言葉を返すと真助は素朴な疑問を彼女に訊ねた。
「そういやアンタは何かの組織を立ち上げてるのか?
今の話だとまるで自分がその組織のトップのようにも取れるけど……」
「組織と言うよりは自警団のようなものです。
賞金稼ぎの方のように依頼を受けて活動するのですが私たちの場合は情報屋の他にも民間企業からの護衛依頼なども受けることがあるんです」
「民間企業からか?」
(民間企業となれば市民や地域から信頼されているようなものだ。
その信頼を捨ててまでオレたちに力を貸してくれるとなると相当な覚悟の上での決断ってことなんだな……)
「いいのか?
信頼されてきたものが無くなっても?」
「構いません。
信頼を失ったならまた培えばいいのですから」
「……強いんだな、アンタは」
「ホント、尊敬しちまいそうだぜェ」
どこからか聞こえてくる言葉。
ヒロムでもなければ真助、ノアルでもない男の声。
その場にいた全員が警戒して声のした方を向くと……
そこには鬼桜葉王が立っていた。
「鬼桜葉王……!!」
「よォ、姫神ヒロム。
それに鬼月真助と東雲ノアルが一緒かァ。
そっちの女は初めましてだよなァ?」
「アナタはヒロムさんの仲間なのですか?」
違う、と真助はセイナの言葉に対して強く言うと二本の小太刀の霊刀「號嵐」を抜刀して構えながら彼女に説明した。
「アイツは敵だ。
何度もオレたちの前に現れて行く手を阻んできた敵だ」
「おいおいィひでぇなァ。
オマエらはどんだけオレの的確な助言に助けられたと思ってるんだァ?」
「全部オマエらがヒロムを利用するためだろ?
白々しい言い方するなよ」
ひでぇなァ、と葉王は余裕しかないような態度で呟くと真助に向けて告げた。
「武器を下ろせェ。
構えたままじゃ疲れるだろォ?」
「ふざけるな。
オマエはここで……」
「オレは邪魔しに来たわけじゃあねェ。
今日はオマエらにお得な情報を持ってきたのさァ」
「情報?」
「そう……トウマについてな」




