四七話 鬼桜葉王
鬼桜葉王。
その青年の登場によりシオンたちのいる戦場の空気は一気に重くなった。
そして、シンクから彼の正体について聞かされたシオンと真助はただ驚くしかなかった。
「アイツが「一条」の……」
「ああ、一条カズキが信頼を置く一人だ。
だが……なぜここに?」
「別に大した事ねぇよ〜?
オレはただ、仕事しに来たんさ〜」
「仕事?」
「カズキの目的のためにはオマエらが不可欠だからさ……
始末されるのは困るんだよ」
葉王は欠伸を交えながら説明するが、あまりにもいい加減な態度とその言い方にシオンは少しだが苛立っている。
「用件だけさっさと言え」
「……冷たい野郎だな、紅月シオン。
オレはただ、助けてやっただけだろ?」
「助けた?」
葉王の言葉に違和感を感じた真助は聞き返すが、葉王はそれを無視して座り込むと語り始めた。
「オマエらはカズキにとっては重要だが、オレからすればどうでもいいわけよ。
だから……気にしなくていいぜ〜?」
「ふざけんな!!」
葉王の言葉に、我慢の限界に達したシオンは全身から雷を放出しながら叫び、そして構えた。
「黙って聞いてればいい加減なことばかり言いやがって!!
何が目的だ!!」
「……焦んなよ。
オマエらはどうせオレには勝てない」
「何だと?」
葉王の言葉により、シオンに次いで真助も怒りを覚え、「血海」を構えていた。
「も一回言ってみろや」
「事実だ。
オマエらは大して強くもないあの角王に本気になっても苦戦してるんだからな〜」
「さすが「一条」の幹部さん。
実力も順位も上なら余裕ってか?」
「そう言うなよ、鬼月真助。
オレは事実を言っただけだぞ〜?」
待て、と熱くなるシオンと真助をシンクは制止するとともに葉王にその真意を確かめようと試みた。
「オマエがここに来たのは一条カズキの命令か?」
「だとしても言わねぇよ〜?
オレはオマエらの指図は聞かねぇ」
「……なぜ「八神」の人間に手を出した?」
「そんなのオマエらがカズキの目的に欠かせないからさ」
「それは聞いた。
本当は何が……」
うるさいなぁ、と葉王は欠伸をするとすぐさまため息をつき、そして面倒くさそうにシンクに告げる。
「オマエらが何しようとオレには関係ないし、オマエら雑魚が何しようが「十家」には勝てない」
「……何?」
「証明してやろうかぁ?
どうせオマエらはオレに傷を与えることすらできない」
「……偉そうに言いやがって!!」
完全に痺れを切らしたシオンは「雷鳴王」の雷をさらに激しく放出し、そして爆音を轟かせると葉王の前に急接近すると葉王を蹴り飛ばそうと視認できぬほどの速さで蹴りを放った。
当然、誰もが反応出来ず、おそらく葉王が蹴り飛ばされた時にシンクと真助がそれに気づくだろう。
が、現実はその予想とは違う展開となった。
シオンが放ったその蹴りを葉王は右手の人差し指で止めており、蹴り飛ばす所か一歩も動いていなかった。
「なっ……」
目の前で起きたことが信じられないシオンは思わず警戒し、葉王から少し距離を取った。
それは意図して行ったことではなく、思わず「無意識で」行ったこと。
距離を取ったシオンも自分の行動に驚いていたが、葉王は驚きもせず、それどころか何の反応も見せずに退屈そうに立ち上がる。
「……ま、セオリーだわな。
無謀に攻撃を繰り返すよりはマシだ」
「何をした……?」
「そんなのも確認しなきゃわかんねぇの?
哀れ……だな!!」
葉王が右足を一歩前に出した。
ただ葉王はそれだけの事しかしていないのに、シオンは音もなく吹き飛ばされ、何度も地面に叩きつけられる。
「!!」
何が起きたのか。
シンクと真助は理解が追いつかなかったが、それよりも先に葉王を警戒し、二人は構えた。
「この……」
吹き飛ばされたシオンは飛ばされた先で何とか立ち上がるも、全身がボロボロで限界が近いように見えた。
(何が起きた……?
オレは……ヤツに何を……)
「……こうなったらオレたちでやるぞ、「氷牙」!!」
「言われなくても分かっている!!」
真助に言われるも頭では理解しているシンクは飛翔しようとしたが、そのシンクの目の前に葉王がすでに立っていた。
いつの間に、とシンクがほんの一瞬驚く中、シンクの背中を強い衝撃が襲い、そしてそれに気づいた時にはシンクの全身を衝撃が走り、身を覆う氷が砕けながら吹き飛ばされてしまう。
シンクが吹き飛ばされても気にとめずに真助は葉王を倒そうと斬りかかるが、葉王はそれを避けようともせず、それどころか葉王に触れそうになった刀は突然弾き飛ばされてしまう。
「……は?」
「弱いくせに群がる」
葉王が手をかざすと真助も吹き飛ばされ、さらに葉王は吹き飛んだ真助の行く先にいち早く現れると、飛んでくる真助を地面に叩きつける、
「がはぁっ!!」
「そして群れを成しながら虚勢を張る」
この、とシオンが轟音を響かせながら葉王に接近すると殴りかかるが、葉王はその攻撃を避けるとシオンの顔を勢いよく蹴り、さらに目にも止まらぬ速さでシオンを殴り飛ばす。
「この……!!」
「己の未熟さから目を逸らし、己の無能さを理解しない」
「貴様ァ!!」
葉王に接近したシンクは冷気を纏った拳で何度も何度も攻撃を放つが、葉王はそれをすべて右手のみで防いでいく。
だが、シンクにとって好都合なことだ。
「竜装術・氷牙竜」は触れたものすべてを凍結させる。
つまり、このままやれば葉王は……
「そうやって己の力を過信しているから未熟なんだ!!」
本来ならシンクの力で凍結しているはずの葉王の右手は一切その影響を受けておらず、それどころか葉王に攻撃を防がれていたシンクの拳の氷が砕けていく。
「何……!?」
「この程度でオレを倒せると思うなぁ!!」
葉王は右手の拳に力を入れるとシンクを殴り、殴られたシンクの体を覆う氷が砕け散り、攻撃を受けたシンク本人は後ろへと倒れてしまう。
「シンクー!!」
シンクと真助が倒れ、一人残ったシオンは葉王を見て思わず恐怖を感じ、そして気づけば体が震えていた。
「あ……」
「……ようやく理解したなぁ〜。
オマエらとオレでは格が……」
「ああああ!!」
己を強く鼓舞するように雄叫びをあげるシオンは全身の雷を大きくさせながら走り出し、葉王に捉えられぬように縦横無尽に駆け回り、そして葉王のスキを突こうと右手に雷を集中させて殴りかかった。
しかし
そのシオンの行動全てが無駄に終わった。
シオンの放った渾身の一撃は避けることも防ぐこともしない葉王体には触れたが、触れた途端に音もなくその力のすべてが消え、本来なら与えているはずのダメージすら与えられずに終わっていた。
ありえない、とすべての可能性を込めたであろう攻撃が何の成果も成さなかったことにより少なからず絶望を抱いたシオンは膝から崩れ落ちてしまう。
「そんな……」
「……闘志が尽きたようだな〜。
強い云々以前の問題だ」
倒す価値もない、と葉王はシオンに冷たく言うとともに蹴り飛ばし、その場を去ろうとした。
「……待て」
だが、ボロボロになりながらもシンクは立ち上がり、そして葉王を睨みながら構えようとしていた。
葉王はシンクのその姿を見ると深くため息をつき、そして冷たく言い放つ。
「このまま倒れてれば見過ごしておいたのにな〜」
「オマエら「一条」が、なぜ……」
「最初に言っただろ〜?
カズキにとってオマエらがいないと困るんだって。
そのために生かしてやったんだ」
「……情けをかけるのか?」
「ああ〜、バカにしてんのか〜?
オマエらが何をしようがオレらには何の影響もない。
ただ、己の力を理解させたかっただけだ」
それに、と葉王は冷たい眼差しでシンクを見ながらふとあることを伝える。
「オマエが「八神」を裏切ろうがオレはどうでもいい。
それはオマエが「八神」にいても意味がない、姫神ヒロムといた方がいいと考えたからだろ?
だったらオマエは何も悪くない」
「何を……」
「……オマエのおかげでカズキの計画が進み出したんだからな」
葉王は何か意味深なことを言い残すと音もなく姿を消し、そしてそのままどこかへと消えていく。
待て、とシンクは追いかけようとするが、時すでに遅し。
葉王に逃げられたのだ。
「……ああああ!!」
シンクは自分の不甲斐なさとシオンや真助をここまでボロボロにさせてしまったことを情けなく思い、そして悔しさのあまり叫んでしまった。
「くそ……!!」
(偉そうな口を叩いてこの有様か……
情けなさすぎてコイツらに何も言えない……)
「オマエが悔しがるとは、意外だな」
いつの間にか起き上がっていた真助は弾かれた「血海」を拾うと鞘に収めながらシンクに告げる。
「相手はあの「一条」の幹部、生きてるだけでもマシだ」
「そうかもな……」
「……バッツ」
真助が口にした言葉、聞きなれぬその言葉にシンクは思わず聞き返してしまう。
「なんだそれは?」
「謎の多い戦士、ということだけしかわからん。
ただ「ハザード・チルドレン」とかふざけたものをつくろうとしてやがる」
「それが何か……」
「それは「四条」の兵器と併用して運用するための実験らしい……が、これだけ言えばオマエも察しがついただろ?」
「……「八神」が「ハザード」を利用すると?」
「だろうな。
オレの知るかぎりでは「四条」とそういった連携を取れるのは「八神」だけだ。
何故なら……「八神」の当主・八神トウマは「四条」の当主・四条美雪と許嫁の関係にあるのだからな」
「……だが、なぜ?」
シンクは不思議そうな顔をしながら悩んでいた。
その一方で真助はシンクの反応を見るとため息をつき、そしてその場を去ろうとした。
「どこに行く気だ?」
「「八神」に追われていたオマエなら何か知っているかと思ったんだがな……」
「なるほど……だとしたら悪かったな」
「……オマエはこれからどうする気だ?」
「シオンを連れてヒロムのところに行く。
オマエも来るか?」
別にシンクはヒロムの許可を得ている訳でもないのに真助を誘おうとする。
が、シンクの誘いを受けた真助は少し笑みを浮かべると足を止め、そしてシオンの方へと向かうとシオンを担ぎ、シンクに告げる。
「そうと決まれば案内しろ、「氷牙」」
「……わかったよ」




