四四話 不調
獣?
何のことだ?
シンクの言葉から何のことかを理解出来ていないシオンは獅角をじっと見つめた。
獅角、その男は銀髪オールバックに金色の瞳、黒いコートに身を包み、肩には金色の装飾、とくに左肩に関しては獅子の頭を模している。
そして顔には数箇所、ピアスがついている。
獣というのはあの肩の獅子のことかと思ったが、狼角の方を見ると少し違うのかと悩んでしまう。
狼角に外見の特徴として獣を連想させるものはない。
つまり、その結論である可能性は低いと思われる。
「……よくわからんが、倒せばいいだけだ」
「極論を言えばそうだが、できるのか?」
「黙って見てろ。
オレが強いところを証明してやる!!」
シオンはシンクに対して吐き捨てるように告げ、そしてそのまま獅角を倒すべく走っていく。
黙って見てろ、とシオンは言うが、そういうわけにもいかない。
シンクは首を鳴らすと、こちらに向かって歩いてくる狼角に視線を向けた。
狼角は余裕なのかポケットに手を入れながら鼻歌交じりに歩いている。
挑発のつもりなのだろうが、そう上手く挑発にのせられるほど頭は悪くない。
シンクはただ静かに魔力をその身に纏うと狼角の動きに警戒し、そして構えた。
臨戦態勢、言うならばそれだが、シンクの姿を見ても狼角は余裕を見せたままだった。
「……ずいぶんと余裕だな」
「んん〜?
オレのことか?」
他に誰がいる、とシンクが言おうとすると狼角はポケットから手を出し、さらに鼻歌を止め、シンクに対して強い殺気を放った。
「余裕も何もねぇよ。
オレは勝つ気で来てんだからな」
「無様に負けるトウマの仇討ちか?
熱心なことだ……」
「……そうだな」
殺気を放っているはずの狼角のその顔になぜか一瞬悲しそうな表情が浮かんですぐに消えるが、シンクはその一瞬に気づき、それが何故なのかシンクには理解出来なかった。
が、だからといって理解したいとも理解しようとも思わない。
なぜならシンクにとって狼角はただ倒すべき敵でしかない。
「情け容赦のない狼角が感傷に浸るとは何の真似だかは知らないが……大人しくしてれば安らかに眠らせてやる」
「それはオマエのためか?
それとも……あの「無能」のためか?」
「決まっている。
すべてはヒロムのためだ!!」
そうかよ、と狼角は一瞬でシンクの前へと距離を詰めると蹴りを放つが、狼角の蹴りがシンクに命中する手前で氷の盾が現れてそれを阻止する。
が、それは想定していたのか狼角はすぐに次の攻撃を放つが、シンクはそれも氷の盾で防いでしまう。
何とか隙をつくろうと狼角は何度も攻撃するが、シンクはただ同じように氷の盾で防いでいく。
そのシンクは激しく動く狼角とは正反対にまだ一歩も動いていない。
「オマエも余裕ってか?」
「……余裕とは違うな。
オマエの攻撃が遅すぎて避ける気にもならないだけだ」
「笑わせんなよ!!」
狼角が右手に力を溜め、勢いよくシンクに殴りかかり、シンクは同じように氷の盾で防ごうとした。
が、狼角の攻撃を防ごうとした盾は砕け、シンクは狼角の拳から放たれた衝撃波により吹き飛ばされてしまう。
「!!」
(なんだ……この技は……!!)
シンクは少し驚いた顔をするが、氷の壁を飛ばされた方向に出現させると、体勢を立て直し、それを足場にして着地した。
何が起きたのかシンクはわかっていないと思ったのか、狼角はわざわざ説明を始めた。
「オマエがトウマ様に全力を見せなかったように、オレもオマエに対しては全力を見せていなかった」
「……それで?」
「だが、このままじゃ埒が明かないのも事実。
だからオレはオマエを最初から全力で殺しにいく」
そうか、と狼角の言葉を聞いたシンクは両手を氷で覆うと鋭い氷の爪へと形を変えると構えた。
「そこまで言うなら……やってみろ」
***
「オラァ!!」
勢いに身を任せ、そしてその勢いを上乗せした槍での攻撃を放つシオンだが、獅角はそれを片手で掴み取り、そのまま槍を握り潰した。
だが、槍といってもただの鉄やら鋼でできたものではなく、シオンが先ほど雷を造形術を用いて生成したものだ。
人間の腕力で鉄などを砕くのは当然驚くし、雷の槍を止めるのなら能力者が相手ならおかしいとは思わない。
が、シオンの雷の槍を止めた獅角は素手で握り潰し、その上槍を形成していた雷によるダメージを受けていなかった。
「なっ……」
予想してなかったがためにスキが生じ、シオンは獅角の攻撃に反応出来ず、殴り飛ばされてしまう。
「くそ……!!」
何とか受け身を取り、槍を造形しようとしたシオンだが、そんなシオンを見た獅角は冷たくつき放つかのように語り始めた。
「無駄な抵抗はするな。
オレは裏切り者の氷堂シンクを殺しに来ただけだ」
「ふざけてんのか?
その後でオレも殺すんだろ?」
「トウマ様からはそんな命令は受けていない。
故に貴様と戦うことに関しては何の必要性も感じない」
「ーーーーふざけんなぁ!!」
シオンは全身に纏う雷を大きくすると獅角との距離を一気に詰め、拳による連続での攻撃を放つ。
しかし、そのシオンの行動及び攻撃に何の反応も示さない獅角は微動だにせず、それどころかシオンの攻撃を受けようとしていた。
なめられている、直感でそう感じたシオンは頭の中で怒りが募り、雷をさらに大きくしながら激しく攻撃し続けた。
「オラオラオラァ!!」
「……無駄なことを」
シオンの連続攻撃を受ける獅角は顔色を変えることなく受け続けており、それどころかその体にはダメージが与えられていなかった。
攻撃を放つシオンもそれは目で見てハッキリとわかっていたが、それでも攻撃の手を緩めず、それどころか勢いを増しながら続けていた。
が、それでもシオンの攻撃によるダメージはなく、獅角はただつまらなさそうに立っていた。
「なめやが……」
「もういいだろう」
シオンの次に放たれた攻撃を獅角は受けることなく、手で止め、そしてそのままシオンの拳を掴んだ。
何かされる、すぐにそう感じたシオンは振り払おうとしたが、獅角の強い力により拒まれ、それどころかその強い力により痛みが体中に電流のように走っていく。
「ぐぁっ……!!」
「抵抗はするな。
これ以上の抵抗は見逃せなくなる」
「……まるで無関係なヤツは殺したくないとでも言いたそうな言い方だな」
「当然だ。
貴様にはまだ利用価値がある」
「利用価値……だと?」
「そうだ。
オマエを上手く使えば、あの「無能」を殺せる」
「なるほど……!!
オレにアイツを殺させたいのか?」
「いいや。
オマエには他のヤツら……あの「無能」の周りにいる障害を排除してもらう」
獅角の言葉を聞き、何を言ってるのか分からないという反応を見せるシオンに対して獅角は蹴りを入れ、シオンを蹴り飛ばすと続けて説明した。
「あの「無能」の精神をまず壊す。
そのためには信用を得ている敵だったはずのオマエが適任だ」
「……ふざけるな……!!
自分勝手にも程が……」
「適材適所という言葉がある。
今のオマエはまだヤツらのことを仲間として見ていない」
「知ったような口を……」
「無駄口を叩くなら決めろ。
我ら角王の一人となるか、駒となるか……屍となるかを!!」
獅角が右手に魔力を纏わせるとそれは勢いよく大きくなり、同時に金色の輝きを放つとともに獅子の頭の形へと変化していく。
ヤバい、とシオンは立ち上がるなり避けようとしたが、背後から何かが勢いよくシオンにぶつかり、それを妨げる。
何が起きたのか、シオンが背後に視線を送ると、シンクとの戦いの最中にこちらへと何かしらの攻撃を放った狼角の姿があった。
「この……」
「油断か?」
すると獅角の右手から獅子の頭の形へと変化した魔力が放たれ、勢いよく迫るとそのままシオンに襲いかかる。
「ぐぁっ……!!」
「レグルス・バレット」
シオンに直撃した獅子の頭の形へと変化した魔力は光を外部へ放出しながら大きく弾け、そのままシオンを吹き飛ばしてしまう。
吹き飛ばされたシオンは身動きがとれずに吹き飛び、放置されたままになっている大型トラックへと衝突してしまう。
「がは……」
衝突による衝撃と弾けた魔力によるダメージによりシオンの全身はボロボロになり、内蔵でも損傷したのだろう、シオンは口から血を吐き出してしまう。
そんなシオンにトドメをさせるかのように獅角がゆっくりと歩き始めた。
「シオン!!」
シオンの危機を察知したシンクは狼角を吹き飛ばして助けに向かおうとしたが、狼角はシンクの攻撃を防ぐとそれを阻止しようとシンクを殴る。
「!!」
「オマエが巻き込んだからアイツも死ぬんだ。
見届けろよ!!」
シンクの狼角の戦闘、この状況の中でも聞き取れる。
シオンは何とか立ち上がると、その身に纏う雷を右手に集中させる。
無駄な足掻き、今のシオンの行動は獅角からすればそう見えるのだろう。
ただ冷たく、見下すかのような眼差しで睨み、そして獅角は再び右手に獅子の頭の形をした魔力を纏わせる。
「楽に逝かせてやる」
「……こんなところで……」
抵抗しようと構えるシオンだが、体に力が入らず、気がつけば膝から崩れ落ちていた。
(こんな……ところで……)
さよならだ、と獅角が攻撃をシオンへと放とうと走り出す。
その時だった。
音もなく何かがシオンの前に現れ、そしてそれは黒い雷を発すると獅角に向けて放ち、獅角の右手の魔力を消し去った。
「!!」
「……?」
「……おい、楽しそうなことしてんじゃねぇぞ、コラ」
シオンは傷のせいか、一瞬それが誰なのかわからなかった。
だが、獅角と狼角、そしてシンクはそれの正体を知っていた。
「貴様……「狂鬼」!!」
「鬼月真助……!!」
何故ここにいる、と言いたげな顔で見る獅角と狼角に対し、シンクは真助の姿を見ると安堵のため息をついた。
「やっぱりいたか……」
「……オマエ……」
よお、と真助は何か小さな袋を取り出すとそこから丸薬を一つ取り出すとそれをシオンの口に強引に入れる。
当然抵抗しようとするシオンだが、真助はただ飲み込めと告げる。
「鎮痛薬だ。
痛みを抑えられる」
「……情けのつもりか?」
「助けられたのに第一声がそれか?
まぁいいけど……それより、オマエは何迷ってる?」
真助は「血海」の柄を指で弾くように遊びながら問いかける。
が、シオンは答えようとせずにただ黙り込んだ。
「……言えねぇよな。
どうしていいのか悩んでるなら」
「やはり、自分の命が惜しいか?」
何言ってんだ、と真助はシオンを挑発するような発言をした獅角を睨む。
「コイツが何に悩んでるかはコイツにしかわからないが、少なくとも何となくならオレでもわかる」
「違うと言いたいのか?」
「それが知りたいならオレを倒して直接聞けばいい」
待て、とシオンは痛みに耐えながらも何とか立ち上がると真助の肩を掴み、邪魔せぬようにと告げようとしたが、それよりも先に真助がシオンにあることを伝えた。
「オマエの中にあるその迷いは間違いじゃない。
そう、その迷いは「覇王」と戦ったからこそわかるものだ」
「アイツと……?」
「それがわからなければ勝ち目はない。
だが……同じ「月閃一族」の末裔が命を落とすのは心苦しいから、加勢してやる」
真助の言葉を聞いたシオンはふざけるなと言いたげな顔で、さらに不満そうに口を開く。
「赤の他人の手を借りる気はない!!」
「頭悪いな、オマエ。
同じ末裔だろ」
「だが……」
黙れ、と獅角がシオンと真助に向けて攻撃を放つが、「血海」を抜刀した真助はすぐにそれを斬り裂くと、シオンに一つ提案した。
「時間を稼いでやる。
その間にオマエが倒せるように準備しろ」
「……偉そうな口叩きやがって!!」
やってやるよ、とシオンは全身に雷を纏うとさらにそれを大きくしながら激しくさせていく。
「ぐっ……!!」
獅角の攻撃によるダメージによる激痛、真助が無理やり口に入れた鎮痛薬を飲んだのに痛みが和らがない。
シオンがその身の傷の痛みに苦しんでいると、獅角が阻止しようと動き出した。
「させると思うか?」
「邪魔させねぇぜ?」
獅角がシオンのもとに向かおうとすると、真助はそれを阻むように獅角の前に立つ。
「どけ、貴様は部外者だ」
「悪いな……オレは強くならなきゃならないんだ。
アイツと……「覇王」と再び戦うためにも!!」
させるか、と狼角がシオンに襲いかかろうと迫るが、シンクはシオンの前へと現れると氷で狼角を弾き飛ばす。
そして
「シオン……オマエが悩んでるならオレも助けてやる。
だから、オマエはオマエの答えを見つけろ」
シンクの周囲のものが次々に凍りつき、そしてシンクの両腕、両足が凍りついていく。
「ここから先……オレに触れれば貴様の負けだ、狼角!!」