四三話 疑問
ガイはバッツの気配を察知しようと神経を研ぎ澄ませるが、バッツの気配はまるで感じられない。
一人取り残される形となったガイはため息をつくと、どうしたものか考えた。
バッツの発言を信じるのならばガイが過去に「修羅」を使用した場面にいた人物、そしてガイの面識のある人物がバッツとして「八神」のもとにいることになる。
だがバッツは終始ふざけてるような口調で行動も謎が多い。
それに、敵の言葉を不用意に信用するのも釈然としない。
「……判断材料が少ないな」
ガイの中で結論を出すにはそれに至るほどの情報がない。
いや、なさすぎる。
どうしたものか、と悩んでいると誰かが近づいてくる気配を感じ、ガイは「折神」を抜刀できるように構えた。
「……追っ手か?」
バッツが逃走した今、その可能性は低いが、万が一の可能性もある。
バッツは「修羅」の力を消し、さらに殺気を消すと抜刀しようと全神経を刀に集中させる。
数は二人、それも慌ててこちらに向かって来ている。
来るなら来い、そう思ったガイだったが、姿を見せた二人の姿を確認したガイは安堵のため息をつき、思わず手に持った刀を手放す。
「驚かすな……」
大丈夫か、とソラとイクトはガイの姿を見るなり安心したような顔をし、同時に周囲の状態を見て何か起きていた事に気づく。
いや、気づくだろう。
戦闘があったであろう痕跡として無数に飛び散った血がそこら中にある。
ソラはガイの体に異常がないか調べようとしたが、ガイはそれを遠慮すると何があったかを簡単に説明した。
「この前襲ってきた「八神」の牙天ってやつが千人引き連れて襲ってきたんだよ」
「でもどこにもそんなのは……」
イクトはガイの言う千人の敵を探そうと周囲をキョロキョロ見ているが、「説明はまだ終わってない」とガイはため息混じりに言うと続きを説明し始めた。
「全員倒したよ、オレが。
「修羅」使ったから余裕だったしな」
「オマエ、あれ使ったのか?」
そうだが、とガイは何か問題があるのかと言いたそうにソラを見るが、特に問題もないのでソラもそれ以上は何を言うわけでもなく、続きを説明するように目で訴えた。
何のことか知らないであろうイクトは知りたそうな顔をしているが、ガイはソラの視線に気づくと、話を戻した。
「まあ殺しはしてないから安心しろ。
少し切り刻んだだけですんだが……消しやがったんだよ」
「誰が?」
「バッツって妙なやつが現れて……」
「「本当か!?」」
ガイの口から出た人物の名、バッツのその名を聞いたソラとイクトは同じタイミングで声を出して驚き、その反応からガイも二人がすでに会っていることを確信した。
「オマエたちのところにも来たんだな?」
「ああ。
ここに来る前に「ハザード・チルドレン」ってやつを引き連れて現れたんだ」
「そう言えばバッツが牙天と話してる時に出てきたな、その名前。
まるで「ハザード」を利用したかのような……」
「その通りだよ。
バッツは……「八神」は「ハザード」を兵器利用しようとしている」
「……さすがは「八神」、だな。
「角王」でダメなら次の手か」
「ていうか、バッツはガイが苦手であろう能力者を集めたって言ってたんだけど……」
「そうなのか?
能力使われる前に倒したからわからないな」
マジかよ、とイクトは淡々と話すガイに対して驚く。
するとその横からソラがガイに質問をした。
「バッツは……アイツはヒロムについて何か言ってたか?」
「ヒロムのことを?
いや……アイツはオレらのデータが取れたからと言って消えたからな」
「データ?」
「戦闘データらしいが、その千人の能力者もそのための駒だったみたいだしな」
ガイの説明を聞いたソラは想像していた情報が聞けなかったからか少し不満そうな顔をしており、今度はガイからソラに質問をした。
「ヤツが何か言っていたのか?」
「ガイには賞金がかかってるんだってさ」
ガイはソラに質問したはずなのに、なぜかイクトが口をはさむように答えた。
が、イクトの言葉を聞いたガイは不審な点に気づき、それをイクトに伝えた。
「そんな風には見えなかったぞ?
どちらかというとオレを始末しようとしてるようにも見えたが……」
「それはどうでもいい。
というか、ヒロムにも賞金がかけられてる話が前にも出てたが、本当に出てるなら今頃色んなヤツに狙われてるはずだ」
「つまり……ソラはガイにもヒロムにもそんなものはかけられてないと?」
「ああ、そうだろうな。
それよりも、バッツはヒロムの「ハザード」を治すとかふざけたこと言いやがったんだ」
「アイツが?
「八神」の人間なのにか?」
いや、そもそも本当に「八神」の人間なのかすら怪しいのに、ヒロムの「ハザード」を治すなんて言われても信用なんてできるはずもないが……
ガイがそう思っていると、ソラはバッツが口にした言葉を伝えた。
「それにアイツは「器」って言ってたんだ。
それがヒロムのことかはわからないが……」
「……「器」?」
「詳しくはわからないが、何か企んでるのは確実だ」
それより、とソラは辺りを見渡すとガイにある人物について尋ねた。
「シオンはどうした?
まさか二手に別れたのか?」
「いや、今日は別件があるらしい」
「別件?
オマエとの特訓はいいのか?」
「オレの方はな。
元々ヒロムに負けた憂さ晴らしに付き合わせただけだしな……」
((負けて悔しかったんだな……))
「確か、シンクに用があるって言ってたな……」
「……てことはハルカが一人になってるのか。
どうす??」
「じゃ、巫女さん迎えに行ってから大将のとこ行こうぜ?」
「だな。
ヒロムの特訓がどうなってるのか見に行きたいし、それがいいな」
***
街から少し離れた位置にある今は使われていない工場跡地。
廃棄されたであろう無数の大型トラックに古びた機械設備、そして風化していつ崩壊してもおかしくないような建物がそこにはある。
そしてそこへ、シンクは一人でやって来ていた。
まるで誰かを探すかのように周囲を見渡しながら、ゆっくりと内部へと進んでいた。
「「狂鬼」はどこに行った……?」
(ヒロムと一戦交えていたのは今朝夕弦から聞かされた。
だからどこかで療養しているはずだが、あの男が医療機関に身を寄せるなどありえないし、今住んでる家もないはず……だとしたら……)
「……!」
シンクは何かに気づいたのか足を止め、そしてゆっくりと背後を確認しようと振り返る。
振り返るとその先にはこちらに向かってくるシオンの姿があった。
「紅月シオンか……
何の用だ?」
「少し聞きたいことがあってな。
悪いが尾行させてもらった」
「いいのか?
女の方は?」
「静かに話すには邪魔だろ?
だから置いてきた」
シオンはシンクのもとへ近づくとシンクを見ながらある質問をした。
「なんで今「八神」のヤツは「覇王」を狙う?」
「その話か……
というより、まだ仲間として認めてないのか?」
シオンのヒロムの呼び方が気になったシンクはそれについて言及しようとしたが、シオンはそれを無視して話を続けた。
「本当にあの男が「無能」だと感じているなら今までだって始末できたはずだ。
なのに今になって動き出した?」
「オレが知ってると思うか?」
「オマエしか知らないだろうから聞いてんだよ。
何せオマエはあの八神トウマと一緒に行動していたんだろ?」
シオンの言葉は事実だが、だからといってシンクも素直に答えようとは思わなかった。
言いたくない訳では無いが、如何せん相手がシオンだからというのもある。
これがヒロムをよく知るガイやソラならまだしも、「姫神」の家に属する夕弦ならまだしも、最近ヒロムの力になると決めたばかりのシオンだから少し躊躇ってしまう。
が、その一方でシオンがそこまで積極的に力になろうとしているのも事実だ。
シンクはため息をつき、少しだけ沈黙するとシオンの問いに対して答えた。
「……あくまで可能性の話だが、それでも文句はないな?」
「ああ、話せることは話せ」
偉そうな言い方だ、とシンクはシオンの言葉に少しだけだが不満を持つが、すぐにそれを忘れて話し始めた。
「元々ヒロムは「八神」にとっては次期当主候補だったんだ。
フレイたち精霊を宿し、それをすべて同時に操れるほどの才能は未だかつてないからな」
「だがヒロム本人には力がない」
「力はある……単身で戦えるだけの力はな。
問題は「八神」の家が能力者にこだわったことだな。
「十家」の一角を担うからこそ上に立つ者もそれに付き従う者も能力者であるべきだと考えていた」
「自分勝手にも程があるな……」
「そうだな。
……五歳の時にヒロムを「無能」として見捨てたのは事実だし、「八神」としてもその結果として自分たちにとって手を焼く存在になるとは思ってもなかった」
ならなぜだ、とシオンが続け様に問いかけてくるが、それについてもシンクは答えた。
「一度戦ったことのあるオマエはら妙だと思ったんじゃないか?
ヒロムの底知れぬ力について」
シンクに言われてシオンはヒロムとの一戦を思い返した。
たしかにヒロムは強かった、今思い返してもそれは当然そう思う。
こちらの攻撃をすべて避け、挙句落雷レベルの攻撃も回避してみせたのだから。
だが、それだけなのか?
それはヒロムがそうなろうと努力したからじゃないのか?
シオンがふと疑問に思っていると、それを察したかのようにシンクが結論だけを述べた。
「……「八神」がヒロムを今狙うのはただ始末するためじゃない。
ヤツらは……ヒロムの中に何か「力」があると考えている」
「アイツの中に……」
そこまでだ、とシオンとシンクに向けて何かが放たれ、それは二人の間を通り過ぎると建物に命中して大きな爆発を起こす。
シオンとシンクは放たれた方向へと殺気を放つと同時に構えた。
そして、二人のもとへと敵が近づいてきていた。
シオンはそれが誰かはわからないでいたが、シンクは一目見たいだけで誰なのか理解した。
「狼角……」
よお、と呑気に歩きながら狼角はこちらに向かっていた。
「コイツは……角王か?」
そうだ、とシンクは答えると舌打ちをした。
そう、この男はシンクにとっては厄介でしかなかった。
「角王の中でトウマがもっとも信頼し、何かあればすべてを託そうと決めているほどの男だ」
「つまり……アイツが「角王」リーダーってか?」
違うな、と狼角の隣に一人、新たに男が現れる。
銀髪のオールバック、そしてピアスを何箇所にもつけた青年。
その男はただ冷たくシンクを睨んでいた。
「……獅角」
「久しいな、裏切り者・氷堂シンク。
トウマ様の命によりオマエを始末しに来た」
「やれるのならやってみろ。
オレはそのトウマより強いぞ」
獅角、その名を聞いた気がする。
そう思ったシオンはこれまでを振り返ろうとするが、答えはすぐに出た。
「天獄」についてシンクが話した時に確かソラが確認し、その時に言っていたのだ。
副隊長の狼角、隊長の獅角、と。
つまり
「あの男がリーダーってことだな」
だとすれば今の状況はまずい。
ヒロムが一人、ソラとイクトが協力して一人、さらにイクトが一人倒した程度でまだ実力未知数の「角王」のツートップが目の前にいるのだ。
だが、シオンはそんな状況下で思わず笑みを浮かべてしまう。
「……何が嬉しい?」
シオンの笑みに気づいたシンクは何となくの理由を察しながらも確かめるようにシオンに問う。
「嬉しいに決まってんだろ?
アイツと戦ってからしばらく戦闘から遠のいてたし、昨日までガイの憂さ晴らしに付き合わされてたんだ。
……久々に暴れられるなら嬉しくもなるだろうが」
「……ま、オレには理解出来んな」
そうか、とシオンは雷をその身に纏うと、さらに雷を右手に集め、それを槍へと変化させる。
造形術、それによる槍の作成だが、ハッキリ槍とわかるほどの完成度の高さにシンクは少し驚いていた。
「……さすがは「月閃一族」。
戦うことに関してはエリート級だな」
シンクは獅角を見ながら構えようとしたが、シオンはなぜか獅角を睨むように槍を構えていた。
まさか、と思ったシンクは念の為にシオンに確認をとった。
「オマエが獅角をやるのか?」
「……悪いな。
強い方を寄越せ」
「……そうか。
だが気をつけろよ?
ヤツらは今じゃ滅多に見れない獣だからな」