四二三話 仕えるべき相手
精神世界……
クロムによってフレイたち全精霊が奪われたヒロムは精霊たちの全ての攻撃を受けて負傷、肉体の激しい損傷とダメージによって意識を失ってしまったヒロムは精神世界にいた。
「……」
外で受けたダメージの影響か全身ボロボロのヒロム。
それどころか精神世界も大きく変化していた。
白銀の城が目立っていたヒロムの精神世界は大地が酷く荒れ、白銀の城は灰色に変色し無数の亀裂が生じるとともに崩壊していた。
「……何も無い」
ボロボロになった体で倒れるヒロムは一言呟くと薄暗い雲に覆われた空を見上げ、そして悔しそうな表情を浮かべながらクロムの言葉を思い出していた。
『無駄だ。
そいつらの中にオマエの存在はない』
『最初からオマエにそんな力はない!!』
「……オレは最初から「無能」だったのか……」
クロムの言葉を思い出すと己の無力さに押し潰されそうになり、吐露した言葉にヒロムは涙を浮かべる。
これまでの月日を共に過ごしてきた精霊に裏切られ、全てを奪ったクロムからは完全に見捨てられ、挙句守ろうとして何も守れなかった。
その悔しさがヒロムの瞳に涙を浮かばせ、そしてヒロムは涙を流し落とす。
「……無様だな……」
自分を哀れむように呟くヒロム。
すると……
『そんなことないよ』
どこからか声がした。
女の優しい声……それに聞き覚えのある声にヒロムは起き上がり、そして何とかして立ち上がると声の主を探そうとした。
「どこから……どこにいる……!!」
動かすのもやっとな体で何とかして探そうとするヒロム。
だがどこにも声の主が見当たらない。
それでも探そうと必死になるヒロム。
『大丈夫だよ』
また声が聞こえてくる。
どこからなのかもかも分からず、ひたすら探そうとするヒロム……だが、それでも見つからない。
「どこに……」
見つからないことに苛立つヒロムはその苛立ちを抑えようとするかのように左手で髪を掻く。
すると……
『必ず帰ってきてね』
また声がした。
三度目の声、ヒロムは三度目の声とともに声の主を見つける。
「まさか……」
ヒロムは何かに気づいたのかジャージのポケットに手を入れ、あるものを取り出した。
かつてユリナたちからヒロムの安全を祈るようにして渡されたお守り代わりのキーホルダー。
そのキーホルダーが微かではあるが光を放っていた。
『私たちがいるよ』
「まさか……」
ショッピングモールでユリナたちが買い揃えた程度のキーホルダーが意思を持つように言葉を発している。
いや、彼女たちがヒロムに渡す時に抱いていた想いが込められているとでも言うのだろうか?
ヒロムが三度聞いた声……それらは間違いなく普段からよく聞くユリナの声と似ていた。
「……こんなことって……」
(ありえない……ってことはないよな。
本来の精神を崩壊させて生まれたっていうオレが存在してるのならな)
「……奇跡が起きたところで……」
『どうかな?』
すると何かがヒロムの前に現れ、現れたそれは形を得ると人の姿になっていく。
そしてその姿を見たヒロムは驚きを隠せなかった。
「オマエは……!?」
『久しぶりだな、ヒロム。
外だと数日、こっちの時間軸だと……何時ぶりだ?』
***
現実世界……
ボロボロに負傷し意識を失い倒れたヒロムは屋敷の一室にて急いで駆けつけた七瀬アリサの治癒術による治療を受けていた。
治療か終わるのを部屋の前で待つガイたち、そしてユリナたち。
ヒロムの無事を祈る彼ら彼女らの間には言葉はなく、静寂に包まれたその場は重い空気に支配されていた。
「……」
「……」
「……」
沈黙が辺りを包む中、部屋の扉が開き、扉から七瀬アリサと付き人として一緒に来ていた十束俊介が姿を現すも彼ら彼女らの前にてヒロムの容態を説明した。
「……言い難いことですが、非常に危険な状態です」
「どういうことだ?」
「……まず姫神さんの全身の細胞は精霊から受けたとされる攻撃で粉々にされています。
分かりにくいと思いますが……彼の体は治癒術を施しても細胞がほぼ死滅してる状態のため受け付けてくれないんです」
「回復しないのか!?」
それだけじゃありません、とガイが驚く中アリサは彼らにある事実を伝えた。
「臓器や骨の損傷も激しく、今息をしてるのが奇跡の状態です。
おそらく彼がこれまで魂の半分以上を精霊へと変化させていたことで完全に損傷しなかったのが救いですが……このままでは呼吸がいつ止まってもおかしくありません」
「そんな……」
アリサの報告にショックを隠せないユリナたち女性陣。
彼女たちがショックを受ける中、自分たちは強く意思を持とうとしたソラはアリサに質問した。
「助かる方法はないのか?」
「……方法ならあります。
まず延命措置として彼の死滅してる細胞と人工的に用意した細胞を入れ替えて治癒術を受け付ける状態にしないといけません」
「ならそれを……」
「ですがこのままでは出来ません。
どこか安全で確実にオペの出来る場所と装置がないと……万一成功しても彼は目覚めないかもしれません」
「ならその設備の整った場所に向かおう。
どこにある?」
「ここからならお嬢様が管理されてる病院が近いですね。
そちらに運べば……」
待て、と十束の話を止めるように真助は言うと窓の外を見ながらガイたちに向けて言った。
「ヤツが戻ってきたぞ」
「ヤツって……クロムか?」
「ああ。
何の目的かは分からないが、ヤツの気配が戻ってきている」
「どうするガイ?
ヤツが戻ってきたのなら……」
「……一かバチかの方法でいくか」
ガイが口にした一かバチかの方法の意味が分からないソラたちは顔を見合わせ、アリサはガイにその方法について質問した。
「雨月さん、その方法と言うのは?」
「……クロムを倒して全ての精霊をヒロムに返させる。
そうすればヒロムは「復元」の力を取り戻して再生できる」
「バカ言うなよ。
大将の「復元」はダメージが消えるわけじゃない。
消した傷を数十倍の痛みにしてフィードバックさせる力だぞ?
今の大将の負傷で使ったら……」
「ならクロムが迫る中でヒロムを運べって言うのか?
ここに戻ってくるってことはヤツがヒロムに手を出さないとはかぎらない」
「……ガイの言う通りだな」
ガイの方法に異論を唱えたイクトはガイに反論され、ガイのイクトに対する言葉を聞いたシンクは上着を脱ぎ捨てると外に出ようと歩いていく。
「どこに行く気だ?」
「止めるなよソラ。
クロムはオレが殺す」
「どうやってだ?」
「……ガイが言うようにクロムから全てを取り返す以外にこの場を打開する作戦はない。
となればヒロムの全てを奪ったあの男を倒す他ない。
方法は……この際どうでもいい」
「……そうか 」
ならオレも行く、とソラはため息をつくとシンクを追うように歩いていく。
が、まだ納得していないイクトはソラを引き止めるかのように話しかける。
「待てよソラ!!
相手はヒロムの精霊を全て奪ったあのクロムだぞ!!
三十二人の精霊を同時に出されたら数で不利なオレらじゃ……」
「なら黙ってヒロムを守ってろ。
オレはヒロムと違って邪魔するなら精霊だろうと迷いはしない。
全ては……ヒロムのためだ」
「……」
「イクトはアリサ、十束さんとここに残ってユリナたちとヒロムを守れ。
他のヤツらはクロムを殺すぞ」
「「了解」」
「……ああ、もう!!
人手足りないのにここで守りに徹するとか無理だ!!」
「……なら来い」
ソラの指示にも近い言葉にシオン、真助、ノアル、夕弦は返事をすると歩いていき、イクトはムシャクシャしながら独り言を言い、それを聞いたソラはイクトに来るように指示を出す。
イクトはソラを追っていき、ガイも気合いを入れ直すと彼らを追うように歩こうとする。
が、そんなガイの手をユリナは掴んで彼を止めてしまう。
「……ユリナ?」
「お願い……みんなで帰ってきて」
「……分かってる。
絶対ヒロムを助けるために戻ってくる」
「……約束だよ?」
「……約束だ。
ヒロムのことは任せた」
ガイはユリナに伝えると彼女の手を優しく離させ、そして刀を手に取ると歩いていく。
「みんな……」
これ以上何かが傷つくのを見たくはない、その感情に押し潰されそうになるユリナは大粒の涙を流していた……
***
屋敷の外……庭に出たガイたちは敵を迎え撃とうと一列に並び、一列に並んだガイたちの前からヒロムを負傷させる元凶となったクロムがゆっくりと歩いてくる。
「揃いも揃って何だ?
オレを倒す気でいるのか?」
「……返してもらうぞ!!
ヒロムから奪った全てを!!」
ガイは霊刀「折紙」を抜刀するとクロムに突きつけるように構えながら言うが、クロムはガイの言葉を聞くと呆れながらため息をついてしまう。
「……間違えるなよ。
アレが使ってたのは元々オレの所有物だ。
奪ったのはアレで、オレは取り返しただけだ」
「取り返した?
精神が崩壊するほど脆弱だったオマエが?」
ソラは紅い拳銃「ヒートマグナム」を構えるとクロムを挑発するかのようにある事を告げていく。
「精神が崩壊するようなことになることがオマエの弱さだ。
ヒロムならオマエみたいにはならない」
「……後付けの精神如きにオレが越えられるわけねぇだろ。
アイツはただオレが戻るまでのスペアでしかない」
「そうか……。
けど、オレらからしたらオマエの存在はウイルスと大差ねぇんだけどな!!」
シンクは冷気を纏うと全身に力を纏い、そして竜装術・「氷牙竜」を発動すると氷の翼を広げながらクロムに向けて叫んだ。
「ヒロムとしてこれまで生きてきたのはオマエじゃない!!
オレたちの仕えるアイツこそがヒロムだ!!」
「……やっぱ戻ってきて正解だった」
クロムが指を鳴らすとクロムの後ろにフレイたち精霊……三十二人の精霊が現れ、精霊が現れるとクロムは自身の目的を語る。
「ヒロムから全て取り返せば終わりだと思ったが……オマエらがあんな「無能」に仕えてるってなれば必ずオレから奪い返そうとする。
そう思って戻ってきたらこの有様だ……オマエらが二度とそんなこと考えないように始末するしかないよな?」
クロムは黒い稲妻を纏いながらガイたちに殺気を放つが、殺気を受けてもガイたちは怯まない。
それどころかこれまでにないほどに強い殺気を全身から放って武器を構えると全身に魔力を纏っていく。
「なら教えてやるよ……!!
オマエが喧嘩を売った相手が間違ってたってことをな!!」
ガイが走り出すとソラたちも走り出し、仲間全員が走り出すとガイは仲間に向けて叫んだ。
「加減なんてするな!!
アイツを殺して全て取り返すぞ!!」
「「応っ!!」」
「……やれるもんならやってみろ、取り巻き共が」




