四二話 修羅開闢
「久しぶりに使うか……オレの能力をな」
ガイの纏う蒼い魔力。
禍々しく、鋭い殺気を放つ魔力。
それを見たバッツは素顔を隠している状態でもわかるくらいに驚いていたが、同時にガイの言葉を不審に思っていた。
「ただの魔力でそこまで殺気を放てるのは驚いたが、オマエの能力でこの千人を倒せるのか?」
「やれるやれないはどうでもいい。
ただ、そろそろオレも本気出さなきゃヤバいだろうしな」
「まるで加減してたような言い方だな?」
そうだ、とガイはバッツの方へと向けて「折神」の切っ先を突きつけるように構える。
「オレはこれまで本気を出さなかった。
その理由がわかるか?」
「さぁな?
オレはオマエじゃないからオマエの考えてることなんてわからねぇな」
「そうか、なら教えてやるよ。
簡単な話……オレが本気になったらアイツのスゴさが目立たなくなるんだよ」
ガイの言葉を聞いて、バッツは何が言いたいのかさっぱりわからなかった。
しかし、ガイの言う「アイツ」が誰を指して言っているのかはすぐにわかった。
「……「覇王」か」
「そうだ。
アイツは強い、だからこそアイツの強さとそのスゴさを敵にわからせる必要がある」
「なるほど……。
だが、ただそれだけのために手を抜いていたのか?」
「そうだ。
それに……」
ガイは全身に纏う蒼い魔力をさらに大きくし、同時に千人いる目の前の能力者たちに殺意を向ける。
「いつも能力使って勝っても面白くねぇからな」
「……ふざけた真似を!!」
ガイの言葉に怒りを覚えた牙天は魔力を纏うと構え、千人いる能力者も同時に構えた。
「貴様にこの数を倒せるとでも思っているのか!!」
「当然だ。
だから三分くらいは楽しませろ」
「何を……」
「三分間は「折神」には魔力を与えない。
だから簡単には倒されるなよ?」
「バカにするなぁ!!」
牙天が叫ぶとともに、千人いる能力者は一斉に走り出した。
一部の能力者が魔力による弾丸や矢を生成し始め、ガイはそれを視認はしてもどうにかしようともせず、避ける用意もしない。
「学生風情の剣士が調子に乗ればどうなるか教えてやれ!!」
「「はっ!!」」
生成された弾丸や矢がガイを撃ち抜こうと勢いよく放たれ、速度を増しながらガイに迫る。
が、ガイはそれでも避けようとしない。
牙天はそれを見ると何を思ったのか、突然笑い、そしめガイを見下すように叫んだ。
「口だけか?
哀れだな!!
オマエのような身の程知らず……」
「うるさいな」
弾丸や矢がガイに直撃する、その時だった。
ガイの体に触れるよりも前に蒼い魔力に触れた弾丸や矢は突然、何の前触れもなく切り刻まれていく。
ガイが「折神」で斬り落とした様子もなく、それどころかガイは動いてすらいない。
牙天は何が起きたのか、予想外の出来事に唖然とし、言葉を失っていた。
「……別に動く必要が無い。
避けれたがオレの能力の前では自壊するだけだ」
「……な、なにをした!!」
「うるさいな……。
何もしてねぇよ」
「ふ、ふざけたことを!!」
次々に能力者がガイに襲いかかろうと迫るが、ガイはそれを見るとため息をつき、「折神」を構えると走り出した。
「ふざけてるのはどっちだろうな」
ガイに向けて剣や槍、斧などで攻撃が放たれるが、ガイの振るった「折神」の一撃を受けた武器は砕け、そしてガイは武器を失った能力者を蹴り飛ばしては次の相手を斬り、さらに次を斬るとその次に襲いかかる。
「折神」は魔力を与えねば鈍らも同然の斬れ味。
だがガイの剣術の腕の前ではその斬れ味を感じさせぬほどの一撃を放っている。
斬撃を受けた敵は体に傷を負い、用済みと言わんばかりにガイに蹴り飛ばされていく。
それでも隙をつこうとガイに迫る敵の能力者たちだが、ガイは迫り来る能力者に対して次々に攻撃を放ち、倒していく。
「……どうした?
こんなものか?」
ガイは「折神」を勢いよく振り、敵を威嚇するように構えるとただただ殺気を放っていた。
「つ、強い……」
「ば、化け物……」
敵の能力者は警戒するあまり動きが止まり、そして半分ほどの能力者がガイから遠ざかろうとゆっくりと後ろへ下がっていく。
が、ガイはそれに気づくとため息をつく。
「……拍子抜けだな。
これじゃ三分も楽しめねぇか」
ガイは呟くと音もなく消えてしまう。
敵の能力者たちはガイがどこに行ったのかを必死に探すが見当たらない。
どこに消えた?
牙天が気配を察知しようとした時だ。
「ぎゃああ!!」
能力者たちの群れの中から悲鳴があがり、それと同時に勢いよく能力者が吹き飛ぶ。
吹き飛んだ能力者は全員全身が刀で切り刻まれたような傷を負っており、その中心には「折神」を構えたガイがいた。
「もう少し楽しませろよ」
ガイは一気に加速して走り出すとともに敵の群れの中を駆け抜け、さらに斬撃を放って倒していく。
「甘い!!」
一人の男が「折神」を防ぎ、弾こうとしたが、ガイの蒼い魔力を纏った蹴りを受けると突然全身が斬られたような傷に覆われ、さらに血を吹き出して倒れる。
同時にガイは自身の後方にいる能力者たちに向けて蒼い魔力を放出し、その魔力に触れた全員が同じように負傷していく。
「バカな……」
「これで何人くらい減ったんだ?」
ガイは何人倒れたのかを確認しようと思ったが、数が多いこともあって面倒に感じてしまい、そしてある結論を出す。
「……全員斬ればいいだけか」
ガイは「折神」を地面へと刺すと敵の群れの中に突っ込み、そして敵を魔力を纏った拳と脚で倒していく。
現実で起きているのか?
牙天は目の前の戦闘にただ驚愕し、そしてガイに対して恐怖を感じ始めていた。
無理もない。
千人の能力者が束になって襲いかかる中を一切の攻撃を受けずに戦い、そしてありえぬ速度で倒していっているのだから。
「うわああ!!」
「ぎゃああ!!」
次々に負傷し、倒される能力者たち。
何が起きているのか理解するよりも先にガイに攻撃され、それにより気づけば全身が負傷した状態で倒されていく。
何とかしなければと敵は対策を練ろうとするが、ガイはその隙を与えぬように加速し、さらに素早く敵を倒していく。
「瞬きするなよ?
その瞬きが命取りになる」
ガイの走る速度はさらに速くなり、気づけば目視すら出来ぬ速さとなっておりただこの戦場には倒されていく能力者の叫び声が響く。
「うわああ!!」
「そ、そんな……」
牙天は自身の目の前の光景を疑うと同時にただガイの強さを思い知らされることとなった。
千人はいたはずの能力者たちはガイとの戦闘が始まったばかりだというのにもかかわらず、目視で簡単に数えれる人数にまで減っていた。
「……もう終わりか?」
「う、うわああ!!」
我を忘れて能力者たちはガイに向かって走り出すが、ガイは「折神」のもとへと戻るとそれをを引き抜き、それと同時に放った一閃により全員が倒れる。
こんなものか、とガイはため息をつくと「折神」を鞘に収めるとバッツと牙天の方を見た。
牙天は未だに目の前で起きた光景を信じられないようだが、バッツはガイの視線に気づいたらしく、気持ちのこもってないであろう拍手をしながらガイに話しかける。
「素晴らしい、最高じゃないか」
「仲間が倒されたのに余裕だな」
「相馬ソラと黒川イクト、あの二人も非常にいい戦闘データを残してくれた。
そして雨月ガイ、オマエも最高のデータを見せてくれた」
「なるほど……」
バッツが何を言おうとしてるのか察したガイはバッツのその発想に対して呆れてそれ以上は何も言わず、牙天と自分が倒した能力者たちを憐れむような目で見るしかなかった。
バッツはハッキリと言ってはいないが、今の言い方だと彼らはガイの戦闘データを手にするために利用されていたことになる。
つまり、最初からこうして倒されることも勝ち目がないこともバッツはすべてわかっていたのだ。
(牙天って野郎もだが、オレの倒した能力者は全員駒だった。
ただバッツの望みを叶えるための道具として使い捨てにされたんだ)
「……さすがは「十家」の戦士。
目的のためなら手段は厭わないんだな」
「当たり前だろ?
オレの目的のために必要なことなら何でもやるさ」
ちょっと待て、とバッツの言葉に今更ではあるが不信感を抱く牙天がバッツに掴みかかる。
「ふざけてるのか?
オマエが提案したからこうして千人集めて雨月ガイを襲い、調整中の「ハザード・チルドレン」も使用許可を出してもらってたんだぞ?
それなのに……」
「理解しろよ〜?
オレが「ハザード・チルドレン」を選んだのはオレの目的のために成長させたかった。
そして雨月ガイを潰させたかったのはどれほどの実力者か見るためだ」
「な……」
「オマエの忠誠心とかはどうでもいい。
オレはただオマエを使えば雨月ガイの能力を拝めるとおもったからさ」
ふざけるな、と牙天はバッツに殴りかかろうとして拳を突きつけるが、バッツはそれを右手で掴むなり強く握り
牙天の拳がそれにより骨がひび割れていくような音を鳴らす。
「あああ!!」
痛みが牙天の体を巡り、それを見ていたガイは思わず「折神」を抜刀しようと構えるが、バッツはそれを制するように左手をガイに向けてかざした。
ガイもそれを確認すると構えるのを一瞬躊躇うが、それでも「折神」を握る手には力を入れて構えた。
「敵を助けようとか考えるなよ?」
「勘違いするなよ?
オレはまとめて始末しようと考えてるだけだ」
「威勢のいいことだ。
さすがは「修羅」の能力者」
「何……!?」
ガイはバッツの発言に驚き、そしてなぜバッツの言葉にそれが入っているのか考えた。
ガイの能力、それが何かは一度も言っていない。
ガイはただ、ヒロムの強さを目立たさせるために本気を出さず、能力を使うことを避けていたと最初に告げただけだ。
なのにどうしてだ?
「その能力は術者を刀剣そのものへと変え、魔力の触れたものを切り刻む性質がある。
久しぶりに見たが、一段と強くなってるなぁ」
「……「修羅」の性能まで知ってるのか?」
「珍しい能力だからな。
忘れようにも忘れられない、何せ百年に一人現れるかすら怪しい能力だからな」
バッツはガイの能力「修羅」について妙に詳しい。
それに今バッツは言った。
久しぶりに見た、と。
その言葉を聞いたガイは自然と頭の中で結論を導き出すことが出来た。
バッツのあの仮面の下の人物、つまりはバッツの素顔。
その人物は……
「オレが出会ったことのある人物か……」
「Excellent!!
ただそれだけの情報から答えに辿り着くとはなぁ」
バッツは嬉しそうに話すが、素顔も見えず、怪しさしかないこの男が言っても信憑性が薄い。
ガイの導き出したその答えすらわざと誘導して出させた可能性もある。
それに今のこの男の口調すらも演技だとすれば誰なのかすら特定できない。
「まあ……とりあえず、今日はデータが取れたからこの辺にしといてやるよ」
するとガイが倒した能力者全員と牙天が紫色に煙に変化し、風が吹くとともに消えてしまう。
「!!」
「じゃあな、ガイ」
突然のことでガイも反応出来ず、また全員が同じように消えたことに驚いたがために隙が生じた間にバッツも同じように煙となって消えていく。
「……くそ……!!」